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ヴァルハラ・クロニクル・オンライン  作者: 式丞 凜
第1章 MURAMASA──妖刀
5/12

## 5 ##

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 桜花瓦版 

 帝都支部発行 C.E.6 4月21日付

【ミズガルズ決戦 四カ国連合軍の圧勝】


 ワールド2の歴史上、初めての試みである四カ国協同掃討戦――ミズガルズ決戦が決行された。わが桜花帝国からは幕府直轄の戦闘職、約三〇〇〇万人が動員され、多大なる戦果をあげた。


 半年もの時間をかけて中立地帯ミズガルズへ誘導された仮想敵(アグレッサー)は、勇猛果敢たる四カ国連合軍によってほぼ全滅したと思われる。


 これによって、現在ワールド2に出現(ポップ)している仮想敵(アグレッサー)の約七割が一掃された。獲得(ドロップ)したアイテムや素材、通貨などは二年前に締結された《ミズガルズ条約》にしたがって、各国に分配される予定だ。


 仮想敵(アグレッサー)の出現頻度が大幅に減少したことで、各国は自国の治世や文化の涵養に身を入れることができるだろう。わが桜花帝国も、完成間近となった《大陸間横断鉄道(イザヴェル)》の敷設にようやく本腰を入れることができるようになった。完成の暁には、各国との往来が容易になり、ワールド2のさらなる経済的発展が見込まれる。




【アルドニアの小売店(マーケット)で暴動 新素材の価格高騰が原因か?】


 先日のアップデートで実装された新素材《暗黒物質(ダークマター)》をめぐって、アルドニア共和国内の小売店(マーケット)で暴動が起きた。この新素材は、アルドニアの一部エリアと、ニネヴェ国最奥部という、ごく限定された場所でしか獲得(ドロップ)できず、実装直後からコアプレイヤーたちの垂涎の的となっていた。


 だが、この新素材が暴動にまで発展するほどの需要を誇るには理由がある。ワールド2未開の地――空域と海域。その空域への進出が、この新素材の出現によってにわかに現実味を帯び始めたからだ。アルドニア議会の技術顧問によれば、《暗黒物質(ダークマター)》を使って精製(クリエイト)されたアイテムは、一定時間滞空できることが確認されているという。この新素材を応用すれば、将来的には空域への進出も夢物語ではなくなるだろう。この革新的な新素材の実装は、現在行われているアルドニア評議会(コングレス)の審議へも大きく影響するとみられている。




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 ミズガルズを出立してから一日半。大名行列のごとき一団は、ようやく桜花帝国の首都《帝都》へ到着した。散々喚き散らしていたカルロとキャシーも、さすがに疲れたのか終盤はサムライたちに倣って黙然と歩を進めていた。


 燦然たる太陽が中天に昇る昼飯時、《帝都》の城下町は人でごった返していた。平屋の建ち並ぶ城下町からは屹然と佇む巨大な城が見えた。桜花城と呼ばれるその城の門前で、サムライたちは三々五々に別れて帰宅の途についた。疲労困憊、文字通り足が棒になっていたアキラ達も早々にその場を立ち去ろうとしたが、恰幅の良い武将風の男に呼び止められてしまった。


「長旅ご苦労でござった。疲れておるところ申し訳ないが、姫さまがそなたらを所望されておる。ご足労願いたい」


 有無を言わさぬ勢いでそう告げられた一同は、不承不承ながら、男の後について行くことにしたのだった。幾重にも張り巡らせた堀を越え、やたらと曲がりくねった小道を抜けて、散々振り回されてからようやく天守にたどり着いた。そして男は、だだっ広い座敷へアキラ達を案内すると、ここで待つようにと言い残し退室していった。男が立ち去ってからかれこれ二〇分ばかりが経過しようとしていたが、お呼びがかかる様子はまったく無い。しびれをきらしたカルロが城下町で仕入れた瓦版を顕在化(ロード)させ、畳の上に広げて読み始め、手持ち無沙汰になった他のメンバーたちも額を付き合わせて紙面を眺めていた。


「あーあ、茶菓子の一つも出ねぇのかよ。ケチな城主だな、おい」


「ちょっと、あんた声大きいわよ。あたしたちまで同類と思われるじゃない」

 露骨に悪態をついたカルロの脇腹を小突いて、ティファニーが諫めた。


 カルロが唇を尖らせて「へいへい」と生返事を寄こすと、今度はティファニーの長い脚が強烈な蹴撃を放った。カルロが畳の上を吹っ飛んでいき、それを見ていたキャシーがけたけたと高笑いをあげた。サイーフも、釣り込まれたように腹を抱えて笑い出す。その傍らで、チャーリーは神妙な面持ちで瓦版を見つめていた。


 ここがゲームの中だということを思わず忘れそうになるくらい、この世界は現実的(リアル)だった。ログインしてこのかた、ろくにチュートリアルも受けていないアキラにも、一つだけわかったことがある。このゲームは単なるMMO─RPGではない。黒粒と共に出現する仮想敵(アグレッサー)というモンスターを倒し、レベルをあげて報奨を得る――そんな単純なゲームではなかった。


 この世界には国が存在し、そこでは人々が現実と何ら変わらぬ様子で生活し、職務に励み、互いに協力し合いながら暮らしていた。先ほど通り過ぎた城下町では、サムライの数よりも明らかに生産職とおぼしき人々の方が多かった。そのうえ、街の中には蕎麦屋や舞台小屋、さらには大衆浴場まで用意されており、そこに居るのはシステマティックな応答を返すNPCノン・プレイヤー・キャラクターではなく、血の通った立派な人間だった。


 血のたぎるような戦闘、安寧秩序をほこる街並み、そこに息づく人々――その全てが新鮮で、仮想空間だと割り切るにはあまりにも()()()()()()。そもそも、カルロが買った瓦版にしても、いったい誰が書いているのか。どういう仕組みで印刷されているのか。アキラは、この世界を構成している機序(メカニズム)が気になって仕方なかった。


 そんなアキラの思案を断ち切るように、胃袋がぐぐうぅ、と大きく鳴った。


 ――そうだ俺、昨日の晩から何も食べてなかった。


 昨晩、道中で立ち寄った街の屋台で、涙が出るほど辛い肉料理を食べて以来、何も口にしていなかったのだ。

 そのとき、アキラはふと、あることに思い当たった。


 ――俺はいったい、何時間ぶっ続けでゲームに潜って(ジャック・イン)るんだ?


 衰弱した現実世界の身体(リアルボディ)が脳裏に浮かび、嫌な汗が背筋をつたった。虚空を見つめ呆然としているアキラを見咎めて、チャーリーが歩み寄ってきた。


「どうした、アキラ? 顔色が悪いぞ」

 そう言って顔をのぞき込むチャーリーに、おそるおそるアキラは尋ねた。

「な、なぁ、チャーリー……俺はこのゲームにどれくらい潜ってるんだ……?」

 チャーリーは顎に手を添えて思案すると、

ワールド2(こちら)の時間で()()()()()くらいだろう」

 こともなげに返答した。さも当たり前だと言わんばかりの口調だった。


「俺、一度リアル(あっち)に帰るよ。たぶん、長い時間なにも食べてないと思うから……」

 先刻のフラッシュバックが再び蘇り、思わず声が上擦った。

 チャーリーは胸を衝かれたように眉をあげたが、やがて拍子抜けしたように破顔した。

「あぁ、それなら心配ないさ」


「どういうことだ! 俺は身体保全装置(バイオセーフティー)を使ってないんだぞ! きっと今頃、あっち側(リアル)の俺の体は衰弱しかけてるに違いない!」

 あまりの剣幕で言い寄るアキラに、みながはたと動きを止めてこちらに顔を向けた。しかし、チャーリーはあくまで悠然と構えたまま、噛んで含めるな口調でこう言った。

「落ち着け。こっちの世界じゃ四〇時間だが、あっち側だとまだ()()()しか経過していない。それだけの時間で衰弱するほど、アキラの体はヤワじゃないだろう?」


「三時間だと……⁉」

 おうむ返しするのが精一杯だった。あまりの衝撃に頭の理解が追いつかない。困惑を隠せないアキラの肩をサイーフがぽんと叩いた。


「こっちの時間は現実の1/183の速さで流れているんだ。それに、身体保全(バイオセーフ)のマイクロマシン群を散布していなくても、無端末通信ノンデバイス・コミュニケーションに用いる《測定種(ブレイン・シード)》には身体的危機管理(FRM)ユニットの搭載が国際法で義務付けられているからね」


 サイーフは畳の上であぐらをかくと、白衣の内ポケットからメモとペンを取り出した。そしてメモ帳にペンを走らせながら、淀みなく言葉を続ける。授業のポイントをおさらいする教師のようだった。


「アキラは幼少期にナノマシン施術を受けてるよね?」


「あぁ……今じゃ受けてない人なんて、ほぼいないだろ」


「だよね。ナノマシンを注入し、脳を端末化(デバイサライズ)することによって実現した無端末通信ノンデバイス・コミュニケーション。ボクたちが今プレイしてるVCO2は、その究極形と言えるだろうね。脳を端末化したことで、ボクたちは手足を動かすようにして、オンラインに接続することができる。じゃあ、今こうしている瞬間、ボクたちの頭の中ってどうなってると思う?」


 不意を突く質問にアキラは言葉を詰まらせた。授業中に微睡んでいるところを教師に指名された気分だった。


「さぁ……あたりまえに使ってるだけだし、仕組みなんて考えたこともないし……」


「まぁ、先端技術なんて往々にしてそんなもんだよ。エジソンが電球を発明したとき、その仕組みを理解して使ってる人が一体どれだけ居たと思う? 前時代の人々だって、インターネットの恩恵を受けながら、その大半は仕組みについて無知だったらしいしね」


「えー、いいじゃん、それで! 昨日の武器の話とおんなじだよ。ちゃんと動いてて、使えたらそれで十分なの! 仕組みなんてキャシーは興味ないもん!」


 頭上にずしりとした重みが加わった。目だけを動かして上を見ると、まるで欄干に寄りかかるような格好で、キャシーがアキラの頭を抱え込んでいた。語気が強まるにつれて、アキラの頭髪を引っ掴むキャシーの手に力が籠もった。


「キャシーの言い分もわかるけどね。ちくいち仕組みなんて考えてると、頭の処理メモリがいくらあっても足りないわけだし……」


「それで、今こうしている間に俺たちの頭ん中では何が起こってるんだ?」

 カルロが横から割り込んで話題を戻した。


 サイーフはくいとメガネを押し上げた。こいつは一日に何度メガネを触るんだろうか。そんな場違いな疑問がアキラの頭に浮かんだ。


「端的に言うと、幽体離脱に近い状態だね。ボクたちの肉体は現実にあるけれど、意識は()()にある。外部からの刺激や情報を遮断し、ゲームエンジンを起動し、それらの情報を脳に直接送り込む──」


「要するに、一昔前は据え置き(コンシューマー)型のマシンとコントローラー、それにディスプレイでやってたことを全部俺たちの脳ミソがやってるってことだろ?」


「ざっくり言えばカルロの言うとおりだね。より正確を期すなら、ゲームのソフトウェア自体は各人の外部ストレージにインストールされていて、ボクたちの脳はその処理と出力を担っているって感じかな。そして、みんなの物理身体(リアルボディ)ががこめかみに着けているコインサイズのデバイス──測定種(ブレイン・シード)が脳波の検出と上書きを同時に行って、脳の処理を軽減する。その膨大な情報量を第七世代型通信規格、量子インターネットによってサーバーに送信する……と。あ、大丈夫? ついてきてる?」


 ふとメモ帳に走らせたペンを置いて、サイーフが気遣わしげに訊いた。生徒の理解を確かめる教師そのものといった口調だった。


「『日本語でおk』ってのが正直な感想だな」

「なにそれ? アキラくんって日本人なの?」

 ティファニーが驚いた様子で言った。再び脱線しそうになった二人にチャーリーの鋭い一瞥が飛んだ。はやく終わらせろ、目顔がそう告げていた。


「ここまでの話で何か感じたことはないかな?」

 サイーフがメンバーをぐるりと見渡し、キャシーとカルロが同時に沈黙を破った。 


「俺たちの脳ミソって案外すごいのな」

「なんか新人類って感じ? スーパーヤサイ人みたい!」

「どこのベジタリアンだよ……」

 アキラの突っ込みを差し置いて、サイーフが再び口を開く。

「そう、ボクたちの脳は、今こうしている間にも膨大な処理をこなしている。つまり、常に高い負荷がかかった状態ってこと」


「あーなるほどね。高負荷に晒され続けた結果、それを処理すべく脳は絶賛フル稼働状態。で、その結果、時間の進行が遅れるってわけね」

 ティファニーが金髪を指先に絡めながら、ずばり言い当てた。


 旧世紀、コンピューターと呼ばれていた機械(マシン)が、過負荷によって遅滞するようなものだろうか。アキラは近現代史の授業で得た知識から、漠然とそんなことを考えた。


「夢の中では時間の流れが現実よりも遅くなるだろう? あれと同じことだ。過負荷による処理速度の低下――今じゃ、百八十三倍に引き延ばされた時間を使うためだけに、VCO2へログインする学究の徒もいるらしい。……っと、そろそろお呼びがかかりそうだ」

 ふすまの側に座っていたチャーリーが、廊下の気配を察して言葉を切った。


 やがて床板を擦る足音が近づき、ふすまの前で止まるや、廊下から野太い声が響いた。

「お待たせしました。上様がお待ちでございます」


 チャーリーがふすまに手をかけて引き開けると、壮年のサムライが廊下に深々と頭を垂れて座っていた。立派な裃で身を包み、恭しく両手を床について平伏するその様は、旧世紀の時代劇で見た光景そのものだった。


「ようやくお出ましか。ケツにカビが生えるかと思ったぜ」

 カルロが皮肉もあわらに立ち上がり、両手を上に掲げて全身を伸ばした。


「あなた、まさかそのままの恰好でミカドの謁見を(たまわ)るつもりですか?」

 凜と響き渡った一声に、カルロがバランスを崩してたたらを踏んだ。一同が声のほうへ目を向けると、サムライの隣にユカが立っていた。セーラー服姿ではなく、きらびやかな緋色の着物を纏い、銀色の長髪をまとめて結い上げている。まさに時代劇の美姫そのものといった麗姿だった。


「ミカドだと?」

 チャーリーが勢いよく立ち上がって訊いた。


 ユカはこくりと頷き、控えていたサムライを手振りで下がらせた。

「我が国で最も高貴なお方があなたたちをお待ちです。戦闘服(コンバット・スーツ)はご遠慮願います」


 一同は困惑げに顔を見合わせていたが、やがて焦点を失った虚ろな目で宙を見つめると、縦横に視線を動かし始めた。アキラにはその目の動きに見覚えがあった。無端末通信を使用する際の特徴的な動き。視線を操作することによる入力方式。端末(デバイス)という概念が肉体と不可分になった現代ではすっかり見慣れた光景だった。現実世界(リアル)と同じ要領で視線を操作しようとしたアキラの耳に、凜とした鈴のような声が届いた。


「ところで、あなた常装服(カジュアル・スーツ)は持っているのですか?」


「カジュアル? この恰好で十分にカジュアルだと思うけど……」


 そう言って、アキラは自分の服装をしげしげと見下ろした。量販店の棚に並んでいるような黒い無地のパンツと白のTシャツ。黒のズックは座敷にあがる前に脱いでいたので今は裸足だったが、見紛うかたなくカジュアルな風貌だと言えるだろう。


 だが、ユカは心底あきれかえったようにため息をつき、冷ややかな(ジト)目をこちらに向けた。


「はぁ……あなた、ここをどこだとお思いなのですか? ワールド2最古の国、桜花帝国の城内ですよ? バカも休み休みに言ってください」


「バ、バカってなんだよ! 俺はまだこのゲームについて何にもわかってないんだ! べつに、そんな言い方しなくったっていいだろ」


「バカだからバカだと申し上げたのです! 当座はこれを着用してください」


 ユカの蒼い瞳が一瞬だけ焦点を失い、虚空を水平に横滑りした。すると彼女の手の中で無数の蒼い粒子が光彩を放ち、ひときわ大きく輝いたかと思うと光の中から男性用のスーツが現れる。


「【承認】を選択して早く着替えてください。()()()()()()()時間が押していますので」


 多分に棘を含んだユカの言葉に、アキラは思わず反駁しそうになったが、またぞろ言い含められそうな気がして、ここは大人しく彼女の言葉に従うことにした。視界に浮かんだ淡青(アイスブルー)のメッセージボックス。そこに浮かんだ二つの文字列に視線を合わせると表示色が白に変わって選択される。


【『ユカ』から『アイテム名:スーツ』が贈与されました。受け取りますか?】

【承認】/【拒否】


 視線を【承認】に合わせて小さく頷くと仕草(ジェスチャー)が認識され、選択項目が実行された。続いて視界の右下に浮かんで渦を巻いている半透明の円――いわゆる《ナレッジ・サークル》に視線を滑らせ、そのまま焦点を保持するとコンソール画面が展開する。


 メッセージ/フレンド/アイテムストレージ/設定(コンフィグ)――これらの項目が半透明の状態で視界に広がり、その中から先ほど受け取ったアイテムを【選択】・【装備】した。するとアキラの全身がまばゆい緋色の粒子で覆われ、その下から就活生が着るような簡素なスーツが出現する。どうやらこのゲームの出現エフェクトらしき光の粒子が霧散すると、視界の左側に各ステータス値がずらりと列記された。


「おぉー! なんかアッキーが急にオトナっぽくなった!」


 服装を変えたキャシーが、アキラをまじまじと見つめながら言った。フリルのついたスカートにコルセットという、なぜかスチームパンクスタイルの衣装は、畳張りの大座敷のなかにあってことさら奇妙な感じがした。


「あら、けっこう似合ってんじゃないの」


 鼻孔をくすぐる香水の香りに振り返ると、紺青のイブニングドレスに着替えたティファニーが立っていた。胸元と背中が大胆に打ち開いたボディコンシャスな衣装。耳朶で揺れる金色のイヤリング。齢一七になったばかりの高校男子が直視するには、いささかあだっぽすぎる風貌だった。


「いつまで油を売っているつもりですか! 着替え終わったのなら、さっさと私について来てください!」


 ユカは憤然と言い放つと、淑やかな摺り足で廊下を進んでいった。その後にサイーフ、カルロ、チャーリーの順で続き、アキラもその背中を追いかける。少し離れてティファニーとキャシーが何やら仲睦まじそうに歓談しながら後に続いた。


「さすが天下の桜花城、この廊下どこまで続くんだろ」

「だべさだべさ。なまら長げぇ廊下だべ」

「……ところでサイーフ、君はどうして白衣のままなんだ?」

「あぁ、これね。白衣はオールマイティだから。ほら、学者さんが記者会見を開くとき、白衣着てたりするでしょ?」

「まぁ、それもそうだな」

「おい、頼むから誰か俺のボケを拾ってくれ……」


「それはそうと、チャーリーのスーツ、すっごい綺麗だね。生地のきめ細かさがアキラのと全然違うよ」

「悪かったな、俺のはお仕着せのリクルートスーツで」

「そうむくれるんじゃない、アキラ。もともとスーツというのは、農耕民が外出時に着ていた上着が発祥だと言われている。時代と身分に合わせてスーツはその形を変えてきた。だからリクルートスーツは現代という時代性と学生という身分を同時に体現する立派なスーツなんだ」

「へぇー。なんか、チャーリーがそんなに喋るのって意外だったな」

「おいおい、私をなんだと思ってたんだ? クラスの学級委員とか言わないでくれよ」

「こら、だからを俺をスルーするんじゃ――」


「いや、だってチャーリーって俺の中学時代の生徒会長に似てんだもん……」

「あーそれボクもなんとなくわかる気がするよ。チャーリーってさ、なんかこう、トップの座に君臨してそうなイメージがするんだよね」

「…………もういい……俺は絶対に喋らんからな……金輪際、二度と、いっかな、口を開かんとここに誓う!」

「三重否定という小賢しいレトリックから、カルロの切迫感がひしひしと伝わってくるね」

「あえて細説することによってカルロの心を抉りにかかるとは、サイーフもなかなか酷薄な手段に出たもんだ」


「…………もういい……俺、帰る……」


「「「ほら、いくぞカルロ」」」


 カルロは三人に羽交い締めにされたまま、ずるずると廊下を引きずられていった。

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