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ほどなくして、騎士の招集に応じて四人の戦士が集まった。
アキラと少女を中心に、残りの五人が円形状に散開。じわじわと迫り来る機械兵器を迎え撃つ準備が整った。
参集した戦士たちの容姿は、いずれもちぐはぐだった。漆黒のライダースジャケットにカウボーイブーツを履いた金髪の女ガンマン。学者然とした白衣姿のメガネ男に、キャスケット帽に瀟洒なベストを着たピエロメイクの男。そして、ギンガムチェックのスカートを纏った、栗色のボブヘアが特徴的な少女。まるでハロウィンの仮装パーティーから抜け出してきたかのような現実感があった。RPGと銘打ったゲームだけあって、はなから中世風ファンタジーを想定していたアキラは少々面食らった。
「あいつら、なかなか襲って来ないわね」
金髪の女銃士が肩から引っさげたアサルトライフルを構えながら呟いた。
「だな。いきなりパーティー組んだからビビってんじゃねーのか?」
ピエロメイクの男が両手に持った小型ナイフを弄びながら応じる。
「それはないんじゃないかな。彼らはシステムに則った行動しかできない。NPCならともかく、仮想敵は感情なんて持ち合わせちゃいないよ」
白衣の青年がメガネを押し上げて注釈した。
どうやら〈仮想敵〉という言葉が、このゲームにおける怪物を示すらしい。
「そんな難しいことわかんないけどさぁ、向こうから来ないんだったら、こっちから”突撃隣の晩ご飯”でもすればいいじゃん」
ボブヘアの小柄な少女が甘ったるい声で言った。
「ま、それもそうだな」
ピエロがあっさりと同意して、足取りも軽く仮想敵へ向かって歩き始めた。
「君たち、同じギルドのメンバーなのか?」
ふと思いついたように、騎士が臨戦態勢を解いてピエロに尋ねた。
「いいや、全っ然。つーか、むしろ初対面?」
「そうね。戦闘中にナンパしてくるピエロなんか、あたしの知り合いにいるわけないもの」
「い、いや、あれはだな……」
女ガンマンがむっとした様子で腕組みして、顔を引きつらせたピエロを睨む。
「うえぇー! お姉さんもその変態に襲われたの?」
「ってことは、まさかあんたも……?」
ブロンドとブルネット、二人の女が互いに顔を見合わせる。
「い、いや……だからそれはだな……」
「でも実際、戦闘中に堂々とナンパしてたよね? ボク、ちゃんとこの目で見てたから」
白衣の青年がメガネを押し上げながら証言する。
「おまえら、初対面のわりには仲いいな……」
針のむしろにされたピエロを見ながら、アキラが呟いた。
「君たち、ホームルームはそのへんにしておきたまえ。そら、来るぞ――」
騎士が張り詰めた声で言い残し、こちらに切迫する機械兵器に向かって駆けだした。
「お、奴さんついに来やがったか」
ピエロが後に続いて飛び出し、その背後を白衣の青年が追走する。
「ちょ、ちょっと、みんな待ってよぉ?」
ボブヘアの少女が一拍遅れて後を追いかけ、金髪のガンマンが悠然たる足取りで歩き始める。
「そんなに焦らなくても仮想敵は減りゃしないわよ」
そして、乱闘が始まった。
白銀の騎士が淀みなく長剣を振るい、ピエロが一時も休むことなくナイフを連投。白衣の青年は猛然と敵の合間を駆け抜けながら次々と手榴弾をばら撒いていく。ボブヘアの少女が手の中から七色の光を発しながら敵を翻弄し、やや後方に陣取った金髪の女が両手に持った突撃銃をぶっ放す。雲霞のごとき機械兵器の大群から爆煙が立ち昇った。方々で盛大な爆発が生じ、地鳴りめいた振動が大地を駆け抜ける。五人が仕留め損なった機械兵器が虫のように四肢を蠢かしながらアキラに迫る。
「うぉっ!」
「ですから、何度言えば……あなたは下がっていてください!」
銀髪の少女が苛立たしげに一喝しながら、眼前に迫った機械兵器を刀で両断する。
「そんな目くじら立てなくてもいいじゃんかよ……」
アキラは唇を尖らせると、不本意ながら少女から距離を取った。
他人がプレイしているゲームを傍から見ているだけなど、ゲーマーにとって生殺しも同然の仕打ちだ。そして、日がな一日ゲームに没頭することが生きがいと言ってもいいアキラにとって今の状況はまさにそれであり、過度のフラストレーションで全身がむずむずするほどだった。
我慢の限界に達したアキラが、少女の再三の忠告を無視して戦闘に加わろうかと思った瞬間、天上から無数の弓矢が雨あられと降り注ぎ、周囲に群がっていた機械兵器の群れに命中した。あちこちで爆発が生じて連鎖反応を引き起こし、周囲一帯で機械の大群が次々と爆散する。
「おい、上だ! 上を見てみろ!」
いつの間にか戦線から戻ったピエロの男が頭上を指さして声を張り上げた。
淀みきった灰色の雲の下、漆黒の甲冑が弓矢を構えて浮遊していた。頭部をすっぽりと覆い隠すフルフェイスの兜。背中から生えた六枚の翼。純白の翼と漆黒の甲冑が織りなす不穏なコントラスト。それはまさしく晦冥から出現した死神そのものだった。
「なにアレ? あんな仮想敵見たことないんだけど?」
機械兵器を殲滅し終えた金髪女が、こちらに歩み寄りながら困惑顔で尋ねた。
やがて異変を察知した他のメンバーも集まり、皆の視線が上空の天使へと注がれた。
「こちらは治安維持機構だ。プレイヤーID【OHNP-528491】――貴様には《第一級討伐命令》が下されている。これより、神の名のもとに貴様を討伐する。これを阻害する者も違反者と見なすので留意するように。以上だ」
漆黒の天使は、事務的な口調で淡々と告げた。
「ふぇっ? ヴ、ヴァルキリー? え、なんで、マジで、嘘でしょ?」
ブルネットの少女がすっかり取り乱した様子で上ずった声をあげた。
「ってか誰だよ、違反者認定されたバカ野郎は? しかも第一級討伐命令だと? 救いようのないバカ野郎じゃねぇか。誰だ? お前か?」
ピエロの男が呆れかえったように嘆息して、白衣の男を睨みつける。
「いやいやいやいや。違うから! ボクじゃないから!」
「んじゃ誰だよ! 俺は巻き添え食らうなんてごめんだぜ。とっと名乗り出ろよ」
七人が猜疑に満ちた目で互いに見つめ合い、不穏な空気が漂った。
「その第一級なんとか、ってのは何なんだ? あの天使の言うとおりにするとどうなるんだよ?」
場の雰囲気を和らげようと、アキラが出し抜けに質問した。
すると、ピエロが目を大きく見開いてアキラの顔を覗き込んだ。
「んだと? おまえ、《ヴァルキリー》のことも知らねぇのか? ってか、お前が違反者なのか?」
どうやらアキラの思惑は裏目に出たらしい。
見かねた騎士が助け船を出した。
「この世界の治安を司る特殊な存在だ。ゲームの進行に著しく損害を与えるプレイヤーを取り締まるのが彼らの役目。そして《第一級討伐命令》は……奴に殺されたが最後、この世界から永久的に追放される」
「あたしも噂には聞いたことがあるけど、実物見るのはこれが初めてだわ。そもそも《第一級討伐命令》なんて、数百人単位で無差別にプレイヤーキルでもしない限り発令されないんじゃなかったっけ?」
女ガンマンが、さらりと伸びた金髪を指に絡ませながら訊いた。
「それはそうなんだが……」
騎士は言葉を濁し、天使を見上げて問いかけた。
「確認のため、違反の内容を教えてもらえないだろうか」
「違反内容は司祭に確認しろ。我々は神の託宣に従っているだけだ」
漆黒の天使が重々しい声音で返答した。その直後、上空から天使の姿が忽然と消えた。まるで手品のように、一瞬にして消失した。次の瞬間、アキラの背後で空気がよどめいた。背中に悪寒が走り、本能がその場から逃げろと知らせていた。反射的に後ろを振り返ったとき、視界に飛び込んできたのはアキラより頭一つ分は大きい漆黒の全身甲冑だった。
「────ッ⁉」
咄嗟に歯を食いしばり、衝撃に備えた。
転瞬、アキラの眼前で二本の刃が激突──めくるめく火花を散らしながら、銀髪の少女がアキラの前に踊り出た。
「全員、下がってなさい!」
少女の切迫した声に、一座の全員が驚愕した。
「瞬間移動だと⁉ 未実装の能力すら使えるって噂はマジだったのかよ……」
ピエロが、そろそろと後ずさった。
銀髪の少女が飛び退いて間合いを確保すると、風のような速さで天使に突進する。周囲に鬼火のような蒼い火の玉を浮かべながら、手にした打ち刀を逆袈裟に斬りかかった。天使はその場を一歩も動かず、甲冑と同色の長剣で斬撃を受け止めると、さっと手首を振り払い、少女の攻撃を難なく往なした。勢いを削がれた少女に、わずかな硬直時間が発生する。天使がその僅かな間隙を狙って長剣を振りかぶる。そして漆黒の刀身が少女の脇腹めがけて振り下ろされたとき、周囲に浮遊していた火の玉が一点に凝集──蒼い炎の壁を形成した。天使の一撃が炎の壁に阻まれる。
その間に素早く体勢を立て直した少女が壁の側面から颯爽と駆け出し、天使の背後に回り込むや再び斬りかかった。だが、天使の背から伸びた六枚の翼が滑らかに動いて交差し、少女の攻撃を受け止める。これらの連撃が目にもとまらぬ速さで繰り広げられ、一同は完全に言葉を失い、その様子をただ呆然と見つめることしかできなかった。
「ね、ねぇ……あたしは《ヴァルキリー》って初めて見たんだけどさ、こんなに互角にやり合えるもんなの? 高レベルプレイヤーを確実に離島送りにするために、チート級に強いって聞いてたんだけど……」
二人の剣戟を目で追いながら、金髪の女が確かめるように言った。
「あ、あぁ……そうだな。私もそう聞いていたんだが……」
白銀の騎士がおそるおそる同意した。
少女と騎士はひとしきり斬り結ぶと間合いをとって正対した。両者の間で、無言の殺意が激突する。
「違反者を庇うとは見上げた根性だ。用があったのはそこの小僧なんだがな」
そう言って、天使は長剣の先端をアキラに向けた。
一同が驚嘆の声をあげ、その目がアキラへと集中する。
「え……俺?」
「貴様だ、小僧。貴様はこの世界から抹消されるべき存在なのだ」
「でも……俺はさっき初めてログインしたばっかりで──」
「そんなことは私に関係ない。神がそう裁定したのだ。私はそれに従っているに過ぎん」
「なんだよ、それ……そんなの、絶対なにかの間違いに決まってる! 俺はなにも悪いことなんてしてないんだ‼」
「たわけ。そうやってせいぜい吼えるがいい。この小娘は貴様を庇った。違反者の逃走幇助は同罪となる。これで獲物が二匹に増えた。じっくりと殺してやるから覚悟していろ!」
「嘘だろ……おまえ、なんで俺を庇ったりなんかしたんだよ……」
震える声で発したアキラの問いかけに、しかし少女は答えない。
鋭く光る碧眼で天使を睥睨し、こちらを見向きもしなかった。
アキラは視線を転じ、漆黒の天使をまっすぐに見据えると昏い声で呟いた。
「名前、教えろよ……タイマン張るつもりなら、相応の覚悟を持って名乗りやがれ」
「我が名は《熾天使》──治安維持機構ヴァルキリーの長にして神の申し子。この世界の秩序を担う司直の大天使だ」
レギンレイヴはそう言い残すと三対の翼をはためかせ、天空へ飛び去っていった。
熾天使の姿が見えなくなると、銀髪の少女は安堵のため息を漏らし、腰のベルトに吊り下げた鞘へ打ち刀を収めた。他の面々も深々と息をつき、へなへなとその場に座り込む。
「はあぁぁ……マジで死ぬかと思ったよぉ〜」
「俺も、小便ちびるかと思ったぜ……」
「いや、そもそもこの世界に排泄機能なんて存在しないから大丈夫だと思うよ」
「そこマジレスするんだ……といっても、あたしも同じくらいビビってんだけどね」
「あの状況では怖がって当然だろう。それよりも……」
騎士が言いさして、少女を見やった。
何ごともなかったかのように、乱れた長髪を平然と掻き上げる少女へ、アキラはゆっくりと歩み寄った。少女がふと顔を動かし、清冽な碧眼でアキラを見つめる。
「なぁ……おまえ、何者なんだ……?」
答えを求める皆の視線が、少女へ集まった。