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ヴァルハラ・クロニクル・オンライン  作者: 式丞 凜
第1章 MURAMASA──妖刀
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## 2 ##

 ヴァルハラ・クロニクル・オンライン2――マイクロマシン技術による無端末通信ノンデバイス・コミュニケーションと、脳のあらゆる信号を読み取る測定種(ブレイン・シード)によって実現した、全感覚仮想現実ゲーム。RPGという伝統的なゲームのジャンルを踏襲しながらも、その想像を絶する現実感と没入感は、リリースされるや瞬く間に世界中を席巻した。クラスメイトも、ネットニュースも、著名人すらもこの革新的なゲームを口を揃えて絶讃していた。


 そして、サービス開始(ローンチ)から十一日が経った今日、アキラはついにゲームへ潜る(ジャック・イン)ことを決意したのだった。

 あまりにも現実的すぎる一連の出来事で、アキラはその経緯をすっかり失念していた。いや、よもやこれが仮想の世界だと見破ることなどできるはずもなかった。それほどまでに、この世界は真に迫っていたのだ。


 まるで覚醒しながらにして夢を見ているような、現実感と非現実感の混濁した奇妙な感覚。だが、これは紛れもなく仮想世界だった。その証拠に、遙か上空から地上に落下したにも関わらずアキラの体は傷ひとつ無く、正常に動いていた。


 膝についた土を払って、難なく立ち上がる。はるか上空から落下したというのに、骨折はおろか目眩すら感じない。


「はぁ……これがゲームで助かった……マジで死ぬかと思ったぜ……」


 ほっと息をついて辺りを見回すと、神話を描いた絵画のような、凄烈な闘いが繰り広げられていた。剣戟による甲高い金属音と戦士たちの勇猛な雄叫びが、方々から聞こえてくる。戦士たちと対峙しているのは、先ほど上空から見えた黒い影だった。無数の黒い粒子で覆われていた人の背丈くらいの黒影は、戦士に接近するや、ぐにゃりと形を変えた。そして、黒い粒子が虚空へ消え去り、その中から見るも醜悪な怪物が現れた。


 戦士たちの風貌と同じく、怪物のそれもまた、古代東洋の妖怪から中世の魔物(クリーチャー)、さらには多脚式の機械兵器(マシンウェポン)とじつに様々だ。


「これがヴァルハラ・クロニクル・オンラインか。噂には聞いてたけど、マジでリアルだな……」


 感嘆するアキラの背後から、猛烈な勢いで矢が飛んできた。矢は空気の唸りと共にアキラの頬を掠め、前方に鎮座する蒼い巨竜(ドラゴン)の目玉に突き刺さった。スイカ大の黄色い目から不気味な色の体液を垂れ流し、巨竜が禍々しい大口を開けて苦悶の叫びをあげる。


「さすが洋ゲーだけあって、けっこうグロいな……っと、そうだ。俺もなにか武器になりそうなものは――」


「そこの少年、後ろから来るぞ‼」


 蒼い巨竜の傍らで、白銀の全身甲冑(プレートアーマー)が手振りを伴って警告した。すらりと伸びた上背。それを包み込む白銀の鎧は一分の隙もない。優美な曲線を描いたシルエット。思わず武具であることを忘れてしまうような、簡素(ミニマル)な美しさ。およそ一切の余剰を排した工芸品のような甲冑を覆う深紅のマント。中世から甦った騎士そのものといった出で立ちだった。


 すっかり騎士に見入っていたアキラは、背後から加わった衝撃で前のめりに吹っ飛ばされた。


「ぐはぁ──ッ!」 


 まるでバットで打ちつけられたボールのように、アキラの身体が軽々しく宙を舞う。地面に叩きつけられ、背中全体にじんわりとした痛みが広がった。現実世界とは比較にならないほど軽微な痛み。その拍子抜けするような痛みに反して、吹っ飛んだ距離は数メートルを下らない。なんとも奇妙な感覚だった。


「っ痛たぁ~……くない……ん? 痛くないぞ? 思ってたほど痛くないぞ?」


 アキラが目を白黒させながら立ち上がると、白銀の全身甲冑(プレートアーマー)が駆け寄ってきた。


「大丈夫か、少年? 戦闘服(コンバット・スーツ)はどうした? どこの所属だ?」


 言葉の意味が飲み込めずにアキラの口が、ぽかんと開かれた。それも構わず、騎士は手にした長剣を振り払い、心地の良い低声でこう告げた。


Set(セット)――Venus(ヴェヌス)――TripleFrameトリプルフレイム


 すると長剣が翠緑の光を帯び、アキラの背中から鈍痛がすっと立ち消えた。


「すげぇ!! なんだ今の⁉」


 直後、騎士が返答する間もなく、前方から淡青(アイスブルー)の紫電が急速に迫る。騎士は瞬時にアキラを突き飛ばし、左手に持った巨大な盾を胸の前で構えた。


「火線の届かない場所でじっとしていろ!」


 正面に十字架をあしらった白い巨盾に電荷の束が激突し、弾かれた幾筋もの電流が周囲に四散する。そのうちの一筋がアキラの頭上を飛び越えて、背後にいた鬼の群れに直撃した。電荷砲によって全身を灼かれた鬼たちは、断末魔めいた奇怪な叫びをあげながらくずおれた。肉の焦げる不快な匂いと、衝撃で巻き上げられた粉塵が周囲に立ちこめる。煙ごしに浮かび上がる、生き残った鬼たちのシルエット。のたりと動く影の中に、ひときわ小柄な影があった。


 そのとき、戦場を一陣の風が吹き抜け、白煙が晴れ渡った。


「あぁ…………」


 露わになった小さな影を見て、アキラの口から陶然たる吐息が零れた。

 鬼の群れに囲まれて、凜と佇む少女。血と硝煙で烟る戦場がぱっと華やぐような、匂い立つ美しさ。それはまるで、終末世界に咲いた可憐な百合のような、精美さと淑やかさに包まれていた。繻子のごとき艶やかな銀髪が風にたなびき、澄みきった蒼い瞳が凄みを帯びる。


「やあぁぁぁぁ――――ッ‼」


 少女が裂帛の気合いを放ち、右手に持った打ち刀を横ざまに一閃した。光が宙を走ったかのような、瞬く間の斬撃。白刃が横に並んだ鬼たちの腹を掻っ捌き、赤黒い血煙を撒き散らす。真っ二つになった(むくろ)が次々と崩れ落ち、それらは出現時と同じ黒い粒子となって虚空へ消えていった。


「す、すげぇ……」


 自他ともに認めるゲーマーのアキラでなくとも、彼女が強プレイヤーであることに異論の余地はないだろう。そう思えるほど、少女の強さは際立っていた。


 少女は手にした紙片で刃にこびりついた血糊を拭い取ると、颯爽と身を翻し、剣尖を正面に向けて身構えた。緩やかに湾曲した刀身を向けたその先には、新たに出現した巨大なトカゲの群れがいた。その大きさは熊と同程度で、その数はなおも増えていく。見るも奇っ怪な巨大トカゲを前にしても、少女はこちらに背を向けたまま微動だにしない。腰のあたりまで伸びた銀髪を風にたなびかせ、とめどなく増加するトカゲの群れと対峙している。そしてついに、しびれを切らした一匹のトカゲが、少女に向かって突進を開始した。丸太のような四肢で地面を蹴って、あっという間に少女へ迫るや、その場でくるりと急旋回。鋭利な棘のついた尻尾をぶん回し、猛然と少女に襲いかかる。


「あ……危ないっ!」


 巨木のような尻尾が少女に触れる寸前、再び打ち刀が一閃した。目にもとまらぬ太刀筋で尻尾を叩き斬り、トカゲの群れに向かって疾走。一挙に間合いを詰めるや、襲いかかるトカゲたちを難なく躱し、次々と斬り倒していった。切断された尻尾や首が宙を舞い、事切れたトカゲたちが折り重なって倒れていく。やがて残り三匹になったトカゲたちは、タイミングを合わせると少女に向かって同時に襲いかかった。迫り来る連携攻撃を躱すべく、少女はダンサーのような身のこなしで跳躍した。


 そのとき、周囲に乾いた銃声が響き渡った。アキラが思わず身をすくめると、仄白い光が視界を横切った。そして、その光は宙を舞っていた少女の脇腹に激突し、華奢な身体が横ざまに吹っ飛んだ。


「おい! 大丈夫か⁉」


 気がつくと、アキラは全力で駆け出していた。少女は地面に落下すると、そのままびくりとも動かなくなった。三匹のトカゲが少女に迫り、右手からは新たに細長い砲身を乗せた()()()()()()()()が現れる。どうやら、あれが先ほどの銃声の主らしい。


「怪物にドラゴンに、巨大トカゲ……しかもサイボーグまで居てんのかよ、無茶苦茶だなこのゲーム……」


 アキラは地面に転がっていた長剣(サーベル)を引っ掴むと、なりふり構わずトカゲに向かって突進した。


「くそっ! こっちだ! トカゲ野郎‼」


 少女を取り囲んでいたトカゲたちが律儀にこちらを振り返ったとき、アキラは加速した勢いそのままに長剣を振り下ろした。長剣が鈍い音を響かせてトカゲの背中にめり込み、不意打ちを食らったトカゲは耳障りな悲鳴をあげながら体をくねらせた。剣を引き抜くと、背中に刻んだ裂傷から赤黒い血が噴き出し、アキラは思わず目をつぶった。


「うえぇ……気持ち悪っ! なんか口に入ったし! なんで洋ゲーって、こうも過剰にグロいんだ……」


 口に入ったトカゲの血をぺっぺと吐き出したとき、腹部に衝撃が加わり、それと同時に右腕全体から力が抜け落ちた。まるで右腕の全神経が一瞬にして死んだような感覚。そして目を見開いたとき、アキラは自らの体に起こった異変を瞬時に理解した。


 先ほどまでそこにあった自分の右腕が、肩口からばっさりと食い千切られ、足下に転がっていのだ。咄嗟に左手で切断された肩に触れると、ぬめりとした血が手のひら全体に付着した。


「あ……あぁ……あぁぁぁ……」


 喉が干上がり、言葉にならない呻き声が零れる。


 カッターナイフで切った程度の痛みしか感じなかったが、たしかに()()()()()()()()()()()()()()()。目の前の凄惨な傷痕と、それに反した軽微な痛み。自然の法則を無視した奇っ怪な光景に、全身が総毛立つ。


「な……なんだよ、これ……ホントにゲームなんだよな……」


 これまでいくつかのVRゲームはプレイしたことがあったが、ここまで容赦ない損傷(ダメージ)エフェクトは初めてだった。通常、過度な暴力表現は控えられるはずなのだが、海外製のゲームはそういったことに寛容なのだろうか。


 そんなことを考えながら手のひらについた己の血を眺めていると、今度は背中から衝撃が加わり、アキラはその場に横倒しになった。傍らには先ほどの銀髪の少女が、ぴくりともせず横たわっている。


「お、おい、あんた! 大丈夫か⁉」


 先ほどは勇猛な戦いぶりに気を取られて気づかなかったが、至近で見ると少女の風貌はおよそ戦場とは不釣り合いだった。へその上でばっさりと切断された純白のセーラー服。両袖からは白い肩が覗いており、シースルーの白いアームカバーがほっそりとした両腕を覆っている。紺青のプリーツスカートから両脚をすっぽりと包み込むニーハイソックス。両肩から伸びたセーラー服の白条は、胸の前に垂れ下がった緋色のネクタイで収束する。およそ剣士とは無縁の、さながら下校中の女子高生といった出で立ち。


「……げ……て……」


 横たわった少女の頭が僅かに動き、かすかな声がした。


「大丈夫なのか? 怪我とかしてないか? って、ゲームなんだから怪我するのは当たり前──」

「……逃げて! 早く!」

「え……?」


 うずくまっていた少女がこちらに顔を向け、きっぱりと言い放った。


 血と泥で汚れた少女の顔が、蒼穹のような蒼い瞳がアキラを射抜いた。その端正な面立ちに思わず見入ってしまう。


「ぐッ──」


 少女は端正な面を苦しげに歪めて立ち上がると、手にした打ち刀をアキラに向けて横薙ぎにした。


「うぉ! ちょい待ち!」


 反射的に目を瞑って死を覚悟したとき、頭上で不快な鳴き声があがり、両脇に何かが転がった。再び目を開けると、鼻先の距離に絶息したトカゲが横たわっており、アキラはすぐさま跳ね起きた。


「ここは私が引き受けます。あなたは早く安全なところへ退避してください」


 少女は一方的に言い渡すと、颯爽と身を翻してその場を立ち去ろうとした。


「あ……ちょっと!」


 その背中に声をかけると少女はふと足を止め、周囲にさっと目を走らせながら小さく舌打ちした。


「どうやら、遅かったようですね……」

「え……? なにが……?」


 少女に倣ってアキラも周囲を見渡した。先ほど息絶えたトカゲの群れの姿はどこにもなく、四つ足の機械兵器の一団が二人を取り囲んで迫っていた。その数は数十を優に越え、見渡す限り続いていた。


「あなたはここでじっとしていて下さい」

 機械兵器の群れに囲まれながら、少女は臆することなくきっぱりと告げた。


「じっとしててって言われても……」

 アキラの言葉に取り合わず、少女は一歩前に踏み出した。すると少女の周りにいくつもの青い火の玉が出現した。


 そのとき、ひしめき合っていた機械兵器の群れの一部で盛大な爆発が生じた。濛々と立ち昇る爆煙の中、翠緑の光が瞬いた。そして煙の中からいつかの全身甲冑プレートアーマーが現れ、こちらに向かって駆け寄ってきた。


「君は……さっきの少年か」


「また助けてもらったな」


 アキラが照れ臭そうにそう返すと、騎士はじっとこちらを見つめ返した。頭部は白銀の兜で完全に覆われており、その表情はわからなかった。


「君……まさかとは思うが……」

「そうです。あなの予想通り、彼は本来()()()()()()()()()()()新規プレイヤーです」

 言葉に詰まったアキラの隣から、少女が割り込んだ。


「そんなはずは……『ミズガルズ決戦』の参加資格はプレイヤーLv20以上だったはずだ」

「先ほど上空を飛行中だった牽引馬(アルズウィズ)が何らかの原因によって爆破しました。恐らく彼はその生き残りでしょう」

牽引馬(アルズウィズ)が爆破しただと? そんなの前代未聞だ!」

 騎士は声を張り上げてしばらく呆然としていたが、やがて気を取り直したのか首を回して周囲を一瞥した。


「詳細はさて置き、ひとまずこの仮想敵(アグレッサー)を何とかしなければ……」

「私も同意見です。これだけの数ともなると油断できません」

「アルドニアの砲撃タイプ仮想敵(アグレッサー)──白兵に特化した我々には不利な相手だな。あそこにいる連中は君のパーティーか?」


 騎士が指さした方向へ目をやると、機械兵器の群れと戦っている四人の戦士たちの姿が見えた。

 少女が首を横に振って答えると、騎士は合点したというように頷いた。


「ならば即席でパーティーを組もう。役割(ロール)を分散していた方が効率的に戦えるだろう。私が声をかけてくる。君たちはひとまずここで待っていたまえ」

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