第九十六話 四人の少女
「……」
「えっと……ハナさんだよね? 初めまして、俺がここのダンジョンの管理人をしてるロイスです。よろしく」
「……よろしく……お願いします」
緊急会議を開いた翌日、早速新しい従業員候補の三人が来てくれていた。
まず朝八時前にはアイリスが妹のエルルを連れてきた。
おとなしい子だなというのが最初の印象だ。
アイリスもそうだがお兄さんも普段からテンションが低い感じなのでそれに似たんだろう。
というかゲルマンさんに似たのかもしれない。
あの人寡黙らしいからな。
アイリスから聞いた話では、昨晩家族の前で従業員の件を話したところエルルも行きたいと言ってくれたらしく、家族も住み込みじゃないのならいいよということですぐに決まったとのことだ。
ただおじさんだけは反対したらしく、最後はエルルに強く言われて渋々了承してくれたんだってさ……。
なので当面の勤務時間は食堂の従業員と同じ十時半~十九時半になった。
昨日は年齢を聞いていなかったがどうやら十三歳らしい。
そりゃおじさんも反対するはずだ。
これでもし住み込みにでもなろうものなら怒鳴り込んでくることは間違いないな。
なんせダンジョンに娘二人も取られることになるんだから。
まぁそれは置いといて、エルルはフランとホルンが姿を現すと嬉しそうな表情を見せた。
そのまま二人に施設の案内を頼んだのだが、食堂やカフェの存在、いつでも食べ放題飲み放題なことを聞いて凄く喜んでいたと後から聞いた。
やはり食べ物の効果は絶大だな。
もちろん食べ物だけじゃなく、実際にアイリスが仕事をしてる姿を見て環境面でも満足してくれたとのことだ。
エルルに関しては問題ない。
アイリスとフランとホルンの三人がフォローしてくれる。
問題はこっちだ。
今目の前にいるハナのことは昨日ミーノから少し聞いていた。
ミーノ自身はハナの存在は知ってるが直接は話したことのない間柄で、どうやら親同士が知り合いらしい。
肉屋と小料理屋だから取引先といった関係なのかもしれない。
それでこのハナって子、無口らしいんだ。
やはり親としては心配になるんだろう。
モモやメロさんがしっかり働いていることを聞いて、ダンジョンで働けば少しは変わるんじゃないかと肉屋のおばさんが相談されたらしい。
でも俺は無口なのは悪いとは思わないし、コミュニケーションが少し取りづらいことくらいで、周りが理解していればなにも問題はないと思っている。
職人ってそういう人が多いイメージだしね。
朝カフェのメニューを作るだけなら指示さえ守れば誰とも話さなくても大丈夫だしな。
それにミーノはおそらくハナが無言でも勝手に話しかけるだろうし、なにも答えてくれなかったとしてもそんなこと気にせずにまた話しかけるだろうからなにも心配していない。
そう、問題なのはハナではなくメロさんの妹、アンのことだ。
ついさっきここに到着したばかりなのだが、今は小屋の脇で泣いている。
それをメロさんとモモが慰めてるといった感じだな。
ミーノとヤックはこうなることを予想していたのか呆れかえっている。
アンはさっき俺たちの前に来るなり、ララに向かって
「ララってのはお前か!? 兄貴から赤い髪って聞いてたからすぐわかったぞ! 店長って聞いてたけどなんだまだ小さいガキじゃねぇか!? 兄貴もなんでこんなガキに従えって言うんだ!? 情けねぇな! まぁバナナやイチゴもあるって聞いたし、給料もいいみたいだし、果物食べ放題ってことなら働いてやってもいいけどよ!? 人が足りねぇんだろ!?」
事前に少々元気があるとは聞いていたもののまさかここまでとは思わず、俺が呆気に取られている間にララは……
「……あたっ! なにするんだよてめぇ!? 殴られてぇのか!? ……痛いっ! やめてっ!」
二発ほど……。
ララは終始無言で次になにか言葉を発したら三発目が飛ぶぞ? とばかりに拳を握っていたが、それを見たアンは怯えだしてついには泣き出してしまったというわけだ。
なによりおそろしいのはいまだにララが無言だということ。
俺はこわくて横を見れない。
ハナもララとアンのやり取りを見て怯えてただろうから本当に無口なのかどうかは確認できなかった。
なにも話さなかったらアンと同じ目に合うと思ってむりやり挨拶をさせてしまったのかもしれないが、とりあえず声は聞くことはできたな。
「じゃあミーノはここに残ってもらって他の四人は仕事に行ってくれ」
「……オーナーすまねぇな、頼むぜ」
「大丈夫。それより今日の朝カフェは400食も出たんだ。明日はもう少し増えるかもしれない。100食は状態保存かけ直すから残りの400食分を頼むよ」
「本当に400食も出たのか!? すげぇな!」
四人は嬉しそうに小屋の裏口から厨房エリアへと行ったようだ。
朝カフェにいっさい関わっていないモモまで嬉しそうなのはいいことだな。
「じゃあ二人は小屋の中へ行こうか。その前にこれを指にはめてくれ」
受付はカトレアに任せ、俺とララとミーノ、そしてハナとアンは小屋の中に入り、端のテーブルに座る。
「これが食堂と昼カフェのメニュー表だ。ドリンクは昼カフェのほうに載ってる。なにがいい? 食事はもう少し後でな。そうだララ、せっかくだからエルルも呼んできてもらっていいか?」
「わかった」
ララはまだ機嫌が悪そうながらもエルルを迎えに行ってくれた。
「ドリンクは決まったか? お腹空いてたら今なにか頼んでもいいぞ? もうすぐ十一時だしな」
「……カフェラテのアイスもらえますか」
「バナナジュースがいい」
「了解。ミーノ頼めるか?」
「うん、少し待っててね」
ミーノは買取カウンターから中に入ると厨房エリアに消えていった。
「アン、さっきはララがいきなり悪かったな」
「……いや」
「手を出したララが悪いのは間違いない。でもあれはアンも悪いぞ? 例えばアンが初対面の相手にいきなりあんな口調で話されてみろ? 怒らないか?」
「うっ、それは確かに……」
「そうだろ? でもそれがわかるということはララの感じた痛みもわかるだろ? もちろんララも悪い。あいつはここの実質の経営者だ。それが従業員になろうとしてくれてる人に手をあげるなんてあってはいけないことだ。例えララがまだ十一歳だとしてもな。ハナもこわかったろ? 兄として二人に謝らせてもらう。すまなかった」
「……いや、アタイも悪かったし……オーナーが謝らないでくれよ」
「……私はなにもされてませんので」
「そうか。二人がしっかりしてて助かった。まだ十一歳の子供のしたことだと思って多めに見てくれ。でもここの経営を管理してるのがララだってのは本当だからな。給料もララが管理してる。料理も全部ララの作ったものがベースになってるし、ダンジョン内の構成もほぼララが考えたものなんだ。俺は単なるお飾り管理人だからな」
「「……」」
ここでララがエルルを連れて戻ってきた。
ミーノもアイスカフェラテを四つとバナナジュースを二つ持って戻ってきた。
「じゃあとりあえず座ってくれ。エルル、カフェラテかバナナジュース好きなほうを選んでくれ」
エルルはバナナジュースを選んだ。
それを予想して持ってきたミーノはさすがだな。
「さて、エルルは鍛冶師だからこの二人とは仕事が違うけど、年齢も近いし今日から働く仲間同士知っておいたほうがいいこともあるだろうから来てもらったんだ。こっちはアン、でそっちがハナだ」
三人は顔を見合わせ軽く会釈する。
「まずハナからいこうか。ウチで働いてもいいって思ってくれたんだよな?」
「はい」
「お母さんに言われてむりやりじゃなくてか?」
「はい」
「家の小料理屋では料理も手伝ったりしてたのか?」
「はい」
「そうか。得意料理はなにか聞いてもいいか?」
「出し巻き卵です」
「おぉ? 小料理屋って感じだな。でもウチではハナの勉強になるような料理はないかもしれないけどそれでもいいのか?」
「はい」
「わかった。とりあえず一週間は研修期間とするから続けるかやめるかはその間に考えてもらって構わない。時間については従業員のみんなと同じにしておくか? 家の手伝いとかもあるんなら昼だけとかでもいいぞ? 他に希望があれば言ってくれ」
「みんなと同じがいいです」
「じゃあ十時半にここに来て十九時過ぎにここから帰ることになるけどそれでいいか?」
「はい」
「じゃあそれで頼む。なにか相談事があったらいつでも誰にでもしてくれていいからな? 特にミーノはおせっかいだからうるさかったらはっきり言うんだぞ?」
「はい」
「そこははいじゃないでしょ? もぉ~」
うん、ハナは聞いたことにはすんなりと答えてくれる。
だてに俺は受付業務だけをやってきたわけじゃないぞ?
曖昧な質問じゃなくて、はいかいいえや複数の選択肢で答えられる聞き方をすればたいていの人は答えてくれるもんだ。
料理の腕を活かせる場面があるかどうかはわからないがウチで働きたいと言ってくれてるんだしいいだろう。
「さて、アンだが、まだウチで働いてもいいって気持ちは残ってるかな?」
「もちろんだ! ……です。八百屋の仕事は暇だしよ~……暇ですし。それにここの果物が大好きなんだ! ウチにあるのは食べちゃダメって言われてるからあまり食べれないし……。兄貴も毎日楽しそうだしな~」
なんだ、はっきり自分の意志があるじゃないか。
というかメロさんにそっくりだな。
話し方だけじゃなくて性格も。
それに好きな果物の傍で働きたいって気持ちもいいじゃないか。
「ララ」
「……あの、さっきはごめんなさい。私がおとなげなかったです」
「え……いや、アタイのが年上だし……まだアタイも子供……いや、こっちこそごめんなさい! いきなり失礼なこと言ったよな? ごめん……」
「いいんです。手を出した私が悪いんです。経営者としてあるまじき行動でした。ごめんなさい。しばらく自宅謹慎します。アンさんもハナさんもエルルさんもわざわざ遠いところまで働きに来てくれてありがとうございます。今ウチは人が足りてなくて大変な状況なので凄くありがたいんです。慣れない環境で大変だとは思いますがまずは一週間働いてみてください。ではあとのことはお兄とミーノさんにお任せします。私はこれで」
「え……ちょ」
「「……」」
ララは足早に小屋から去っていった。
三人はぽかーんとしている。
おそらく自分より年下のララの言動に戸惑ってるんだろう。
それとも自宅謹慎するって言葉にか?
自宅謹慎て言ったってせいぜいみんながいる時間に厨房エリアに顔出さなくなる程度だ。
ダンジョンに入ればみんなにはわからないからな。
ミーノはそれがわかってるからこその無言だ。
十一歳の少女にこの発言をさせたことが三人の心に響くのはわかりきってるからな。
といってもハナとエルルは最初から問題はないんだからアンにどう伝わったかどうかだけど。
「まぁここで働くことになるんなら三人は同期みたいなもんだから仲良くやってくれ。じゃあミーノ、一応エルルも連れて三人に厨房エリアとバックヤードの休憩スペースとか案内してもらってもいいか? その後食事休憩をしてから朝カフェメニューに取り掛かってくれ。エルルは途中で抜けてアイリスのところに戻ってもいいからな」
「わかったわ。ロイス君はなにも心配しなくてもいいからね」
とりあえず目先の人材確保は終了だ。
木工職人?
それはまだまだ先の話になりそうだな。