第九十二話 麺屋モモ
「よっしゃあぁぁオープンだー!」
「三十分も並んだぜ!」
「システムはばっちり理解したよ!」
十一時近くになり、早くから並んでいた冒険者たちもよりテンションが上がってきたようだ。
「いらっしゃいませ! 麺屋モモ! ただいまよりオープンします!」
「「「「うぉぉぉぉー!」」」」
モモがオープンの宣言をするとおたけびのような声が地下から小屋の外まで響き渡った。
管理人室にいてもうるさいくらいだ。
俺はいつものように水晶玉で様子を見ている。
この瞬間がなによりの楽しみなんだ。
「当店のシステムおよび座席の関係上、一度にご案内できるのは十名様までとなっております! さらに当店ではお一人様ずつのご入場となりますので前後にお並びの方とは席が離れてしまうこともございますがご理解いただけると幸いです! ではこれより順番にご案内いたします!」
うん、しっかり説明できてるな。
お客は順番に席に案内されていく。
店の入り口は転移魔法陣になっている。
「うぉっ!? なんだこの席は!? 一人専用ってこういうことなのか!」
店に入ると左右に座席が五つずつある。
壁を向いて背中合わせになる形だ。
「一人一人区切られてるのか! 荷物を置くスペースも広い!」
「一人だと寂しいと思ってたが、これなら一人でも気兼ねなく食べられるし、店に入りやすいな!」
「注文はこれでするのか! これは食堂の魔道具と同じだな!」
そう、ここのラーメン屋は一人用の座席のみが十席、個室のような形で用意されているのだ。
予定ではテーブル席もあったんだが都合により規模縮小された……。
席に座り、テーブルのラーメン屋入り口から遠い側の壁に取り付けられた販売魔道具で注文を行う。
もちろんお金もここで入れる。
「あっさりとこってりか……これは悩むなぁ。どちらも豚骨なのは同じだが麺は細麺と中太縮れ麺で違うのか」
「う~ん、とりあえずこってりだな! それにしてもこれも30Gか……安すぎだろ……町だと80Gとられる店もあるぜ?」
「替え玉もできるのか! これは10G、町と変わらないな。でもここですぐお金入れるだけで注文できるのは楽でありがたいな。こいつ食べすぎだろって思われるの嫌だしな……」
この人たちは誰と会話してるのだろうか。
隣通し話してるのか思ったらそうではないし。
まぁ俺も説明しなくてすむからいいんだけどさ。
注文が入ると厨房エリアのウサギの出番である。
このラーメン屋は厨房エリアに隣接する形で作った。
今までの厨房エリアが奥に広がって、そこの横にラーメン屋がある感じだな。
鍛冶工房から見たら裏の位置にある。
ラーメンの提供は転送魔道具でやるから店はどこに作っても同じなのだが、こっちのほうが雰囲気があるのでそうしただけだ。
従業員はラーメン屋入り口を入ってすぐ左から厨房エリアと行き来できるようにしてある。
そこは転移魔法陣などではなく少し強めの結界を張ってるだけだ。
「このネギは食べ放題なのか! このピンク生姜も辛子高菜もか! サービスいいな!」
「俺はラーメン食べるときにはいつもライスも頼むんだが、ここには置いてないようだな」
「ラーメンを楽しんでくれってことだろ? そのくらいの意図がわからないとここのダンジョンにはついていけねーぞ!」
相変わらず席が離れているところでの会話が成立している。
みんな後ろを振り向かずに座席内をくまなく観察しながらだ。
まぁライスを食べたくなる気持ちはわからなくもない。
俺だって餃子や唐揚げが食べたくなるもん。
でもまずはラーメンを食べてくれ、二種類ともな。
それが俺からのメッセージだ。
「うぉっ! 奥に急にラーメンが現れたぜ! ……美味そうだ! どれ、いただきます」
「……おっ!? これは美味い! あっさりしながらもコクが凄い! 細麺が硬めなのも合ってる!」
「こっちのこってりも凄いぜ!? なんて言ったらいいかわからないが濃厚だ! ドロドロって言ってもいいかもしれない」
「中太縮れ麺とよくからんでるね! これが細麺だとスープに全部味を持ってかれる! さすがだな!」
「このチャーシューはヤバい……見てよこのホロホロ具合。こんな分厚いのに箸を入れただけで切れてしまうよ。これとご飯だけでチャーシュー丼にしても美味しそう」
「私はこのピンク生姜の味大好きだわ! 甘いのよ! それにこの煮卵っておそらくこのダンジョンのことだからシャモ鳥の卵よね? そんな高級品使って大丈夫なのかしら……」
「そこは気にしたらダメだ! 俺たちには理解できないんだからありがたく食べておくんだ!」
最近思うんだが、冒険者たちの味覚凄くない?
なんていうか繊細だ。
俺が期待してるような感想をそのまま言ってくれてる。
それにいくらシャモ鳥が卵をドロップするからといって普通これがシャモ鳥の卵なんてわからないだろう。
もしかして味覚までレベルアップしているのか?
「……あ~美味かった! 替え玉も頼みたいところだが今日は我慢するか……みんなにも早く食べてもらいたいしな!」
「そうだな! 俺も本当はこってりも食べてみたいがそれは夜か明日以降の楽しみにとっておくか!」
冒険者想いの冒険者たちだ。
次に待つ人たちのために早く席を開けてくれようとするなんて。
「ありがとうございましたー! またお越しください!」
「もちろんだ! 美味しかったよモモちゃん! 頑張ってな!」
「また夜も来るよ! ごちそうさま!」
「はい! ありがとうございます! お気をつけて!」
ここの従業員はみんな名前も顔も覚えられている。
ほとんどの冒険者がもう数か月間通ってるし、従業員は少ないからな。
みんな日曜などはマルセールの町でも声をかけられることも多いそうだ。
おかげでどこの実家の店にも顔を出してくれる冒険者が増えたらしい。
道具屋だけは他の肉屋八百屋ほど恩恵は受けれてないみたいだけどな。
でも薬草類の買取は増えてるんだから文句の一つもありはしないだろう。
お客が帰った座席はモモが清掃し、補充が必要なものは転送魔道具により厨房エリアにある予備と瞬時に交換される。
ラーメン屋で新たに働くことになったウサギは三匹。
営業中は麺担当、スープ担当、仕上げ担当に分かれている。
……次のお客が入ってきたな。
そういやどのくらい並んでるんだ?
う~ん?
ざっと五十人くらいか?
まだ二十分も経ってないが、まぁこんなものか。
最近行列に対する感覚がよくわからなくなってきたな。
「パンケーキかぁ~、どうしよう食べたすぎる……でも十四時~十六時限定かぁ~」
「とりあえずラーメン食べて、またあとでおやつ休憩がてら十五時に来てみようよ! ドリンクも何種類かあるみたいだし、どっちにしろいつも十五時に休憩してるじゃん!」
「それもそうね! でも十五時に食べてまた十八時にはさすがに食べれないんじゃない? でもかといって町で食べるのは嫌だしね……」
「じゃあ十四時に来よう! そしたらまた夜にはお腹空いてるって!」
「……そうね! いっぱい動くんだから大丈夫よね! でもハンバーガーも気になる……」
そうだ、ついさっきラーメン屋の開店と同時に看板を設置したんだった。
女性二人組には受けはいいようだな。
まぁこちらとしては食の選択肢を増やしただけなので別にお客が入らなくても問題はない。
あくまで朝カフェの準備の合間に昼カフェをするだけなんだからな。
「あっさりとこってりがあったよ! 俺はあっさりにしたけど、こってりも美味そうだった……。明日はこってり食べるつもり!」
「へぇ~、中はどんな感じなんだ?」
「それは入ってみてのお楽しみだな!」
食べ終わって出てきた人と並んで待ってる人が会話をしている。
こうやって口コミで拡散されていくんだ。
食堂もいつもよりは少ないがそれなりにお客は入ってるな。
ミーノがラーメン屋のヘルプでいないから今日は三人で回しているがなにも問題なさそうだ。
リョウカも仕上げ担当で手際よくやれているように見える。
さて、次は昼カフェか。
今日明日と楽しみなことが多いな。




