第九十一話 新入従業員
「おい! ちょっとこれ見てみろよ!」
「なんだよ? ……え? ラーメン屋!? しかも今日オープンだって!?」
「行くしかねぇな! 十時半には戻ってこようぜ!」
「そうだな! それにしても相変わらずいきなりやってくれるぜ!」
朝から冒険者たちのテンションが上がっている。
ラーメン屋の店舗を作る前に武器防具屋を作ってしまったせいで延期も懸念された。
だがカトレアの頑張りと、店舗を予定より縮小することでなんとか今日開店できることになった。
店の入り口は小屋の入り口入ってすぐ左にあり、 鍛冶工房と同じように地下へと続く階段を設置した。
店内はカウンターのみ十席。
当初の予定ではテーブル席もありの二十四席だった。
半分以下に減らすことになったが、このほうが少し待ちも出て人気店のように見えるかもしれない。
それにラーメンは提供も早く、食べ終わるのも早い。
なので待ちもそこまでにはならないはず……とふんでるがどうだろうか。
毎日食べる人は少ないだろうし、一人週一~二回として一日にだいたい五十~六十人の客を見込んでいる。
それによって食堂の負担も少し減ってくれればいいと思う。
なんせこの後にはカフェのオープンも控えているのだから。
管理人室前が静かになったのは十時過ぎだった。
今日は月曜日なので来場客は多く、今の時点で百七十人だ。
鍛冶工房にメンテナンスを頼む人も多く、八時からついさっきまでは列ができていた。
おっ?
従業員たちが来たようだな。
馬車を引いてるのはウェルダンだ。
先々週仲間になった牛の魔物のウェルダン。
彼は馬車を引くことに楽しみを覚えたようだった。
きっかけは武器防具屋を作った日のこと、ウェルダンが仲間になった日のことか。
メタリンが魔力を吸収されすぎて寝込むことになり、急遽代わりにお願いしてみた。
彼は快く引き受けてくれ、早速練習しはじめたのだ。
もともとメタリン馬車の速さについてきてここに辿り着いたのだから、ポテンシャルは相当あるとは思っていた。
牛だからなんとなく引くの得意そうだし。
シルバと同じくらいの大きさだから小さいけど。
実際引かせてみるとメタリンよりもわずかだが振動が少なく乗りやすいではないか。
結局その日の送迎もなんなくこなしてくれ、次の日からは毎日二往復してくれているのだ。
それも楽しそうに。
メタリンは修行として馬車を引いていたこともあり、仕事を取られたことになんの不満もないようなので良かったと思う。
小屋の中に馬車を入れ、まずウェルダンが出てきた。
俺も管理人室から出ていく。
「ウェルダン、お疲れ」
「モー! (早くなかった? 揺れも少なくしたよ?)
「あぁ早かったな。偉いぞ。部屋に牧草があるから休憩してくれ」
「モー! (わーい!)」
ウェルダンは走って魔物小屋に入っていった。
ちなみに名前については誰もなにも言ってこないのでこれでいいんだろう。
「「「「「おはようございます!」」」」」
「おはよう。今週からはまた大変になるだろうけどよろしく頼むよ」
「任せてくれ!」
「人気店にしてみせます!」
威勢のいい返事をしたのはメロさんとモモ。
やる気は十分なようだ。
「うん、朝からラーメン屋の看板にみんなが食いついていたぞ。今日はミーノもウサギたちのヘルプに入ってくれ。モモはホール最優先で余裕があったら厨房も見てやってくれ。じゃあ二人は準備を頼む」
「「はい!」」
ミーノとモモは先に厨房エリアへ向かった。
「午後からは昼カフェのオープンだが、問題はないんだよね?」
「あぁ、大丈夫だ! 安心してくれ!」
「はい! 楽しみすぎてあまり眠れませんでした!」
「睡眠は大事だぞ? あまり無理はするなよ。今週はまだ始まったばかりなんだから」
「はい! 頑張ります!」
この二人には今日から昼カフェの運営をやってもらわなければならない。
明日の朝からは朝カフェも開始だからその準備も今日から同時に始まる。
それともう一人、ミーノの紹介で先週から新しい従業員候補が働きだしている。
「リョウカも体調は大丈夫か? 先週一週間は慣れないことばかりで疲れただろ? 昨日はゆっくり休めたか?」
「はい! みんな良くしてくれますし、楽しいですよ! ご飯も美味しいですし、お給料も研修中なのにあんなにいただいちゃって……。母に話したらなにか裏があるんじゃないかって言われましたけど」
「裏かぁ~、どうなんだメロさん?」
「そうだなー、裏がなさすぎるのが困るところなんだよなぁ~。誰だってこんないい条件のところで働きたいだろうし、あえて挙げるとしたら働いてみると噂よりもさらにいい環境だってことが裏かもしれねぇなぁ~」
「だそうだよ?」
「私もまだ一週間ですがミーノが言ってたことがよくわかりました。実家の宿屋で今まで私はなにしてたんだろうって思ったくらいです」
「宿屋も立派な仕事だと思うけど……それに接客業だから共通する部分はたくさんあるだろ? その経験があったからすんなり新しい仕事にも慣れることができたんだと思うし。で、どうだろうか? これからもウチで働いてもいいって思ってくれるんなら今日から従業員になる気はある?」
「えぇ!? もう従業員にならせてくれるんですか!?」
「働きぶりは文句ないしね。ララの了承も取ってるしなんの問題もない。それにウチは今日から先週よりもさらに忙しくなるから人手を求めてるんだ」
「いえ、こちらがお願いする立場ですから。喜んで従業員にならせてください! 今日からよろしくお願いします!」
「あぁ、ありがとう。こちらこそよろしく。なにか心配事があったらいつでも言ってくれ。ミーノ伝いでもいいからな。メロさんが嫌ならそれも遠慮なく言ってくれていいから」
「おいっ! オーナーそりゃないぜぇ~」
「ふふっ。ロイス君がデートしてくれないってミーノが不満言ってましたよ?」
「ロイスオーナーばかりモテてズルいですよ! 僕だってもう少し大きくなれば……」
「まぁ仲良く楽しくやってくれ。休憩は適当にとるんだぞ? ドリンクも好きなだけ飲んでいいからな。お客がいないときはサボってもいいとは言わないけどゆっくりしていいからな。ただお客からは見えないようにはしてくれよ?」
「ったくオーナーがそんな調子だと気が抜けちまうぜ。リョウカ、てわけだから気楽にな」
「そうですよ! リョウカさん確か妹さんいましたよね? 今度紹介してくれませ……痛いっ!」
「ほらっ、行くぞ!」
ヤックはメロさんに頭を叩かれ、引きずられるように連れていかれた。
リョウカも笑いながら二人についていった。
うん、従業員の関係も良好のようでオーナーとしては安心だ。
問題が起きるのはたいてい人間関係のことだからな。
ちなみにリョウカは俺とミーノより一つ年上の十六歳。
何気にこの年の生まれは今まで従業員にはいなかった。
二つ上はメロさん、アイリス、フラン。
同い年はミーノとホルン。
一つ下はユウナにモモにヤックと、それなりに近い年齢はいっぱいいるのにだ。
冒険者で言えばティアリスさんやジョアンさんと同じ年か。
でもこうやって考えるといかにウチのダンジョンが若い人材で溢れているのかがわかる。
経営してる側も冒険者側もだ。
来年四月に予定してる中級者向け階層を追加後はきっと年齢層はグッと上がるんだろうな。
トラブルが起きそうな予感しかしない……。
やっぱり初級者向けだけでいいかもしれないなぁ~。
「お兄! ちょっと!」
「ん? どうした?」
ララが管理人室の中から呼んでくる。
「カトレア姉に休むように言ってくれない? さっきまで工房でユウナちゃんと杖の錬金をしてて、終わったと思ったらバックヤードの作業部屋でフランさんとなにか話し込んでるのよ。ラーメン屋とカフェのシステムも完成してせめて今日くらいゆっくりしてもいいのに……。あれじゃ体壊しちゃうよ……」
「そうだな。わかった、俺からも言ってみる。で、ユウナは?」
「……そこで寝てる」
部屋の中のソファを見るとユウナが寝転がっていた。
徐々に杖のメンテナンスも任されてるみたいだからそれで疲れたんだろうな。
ゆっくり寝かしといてやろう。
……というわけにはいかない。
「おい」
「わっ! なんなのです!? 少し休憩中なのです!」
「あぁ。あと少しは休憩でも構わないが、もう少ししたら忙しくなるからな」
「え? なんかあるのです?」
「……ラーメン屋のオープンだよ」
「あっ!? そうだったのです! 早く並ばないと一巡目に入れないのです!」
「違うだろ。お前は整列させる側だ。列は小屋内のロッカー側に向けて作ってくれ。そこから折り返して入り口側に向かって、まだ並んでるようならまたロッカー側にな。テーブルは撤去してあるし、ロープも延ばせるようにしてあるから」
「えぇなのです!? お腹減ったのです! 早く食べたいのです!」
「昨日から言ってあっただろうが。じゃあ今から先に店の中で食べてこいよ。モモには言うんだぞ? 準備の邪魔しないようにな!」
「一番乗りでしかも貸し切りなのです!? やったーなのです!」
「ララ、味のチェックがてらいっしょに行ってくれるか?」
「うん! じゃあここは任せたよ! あとカトレア姉のこともね!」
ララとユウナは厨房エリアに向かったようだ。
時刻は十時半を過ぎている。
……ダンジョンから冒険者が出てきたようだな。