第九十話 武器防具会議
土曜日、受付も落ち着き、俺はリビングのソファに座っていた。
隣にはカトレア、向かいにはフランとホルンが座っている。
テーブルの上には水晶玉があり、そこから拡大された画面には冒険者たちが戦う姿が映し出されていた。
地下三階の山道、右ルートでの戦いの様子だ。
「シャモ鳥、ロック鳥、コンドルンに同時に襲われているようだな」
「……攻撃魔法がなくても上手く戦えてますね」
「コンドルンを矢で牽制しつつ先にシャモ鳥から倒そうとしてるようだな」
「……はい、お兄さんがロック鳥を抑えてますね」
「弟は盾を持つのをやめたのか。剣も変えたようだがあれは大剣ってやつだっけ?」
「そうです、鉄の大剣ですね。町で売ってる商品です。両手で持つこと前提なので鉄の剣よりも重いですが攻撃力も上がりますからね。盾を持たないので防御力は下がりますが」
「このパーティの課題は攻撃力だったからな。防御はティアリスさんの補助魔法でどうにかなってたし」
「前衛の二人は皮の鎧なんだね。そのお兄さんが持ってる盾は木の盾だし。兜は銅か」
「ここに来る初級者は防具屋で売ってるあんな重そうな鎧は着ないよ。山登りなんてとても無理だろ? でも鎧は着たいから選択肢があの皮の鎧しかなかったんだと思う。盾も同じような理由じゃないか? 頭はさすがに守りたいんだろう。そういや防具屋に盾コーナーなんてあったっけ?」
「こないだロイス君の言ってたことね。盾はウチじゃなくて武器屋に置いてあるの」
「あの木の盾もウチの商品ですね。銅の盾や鉄の盾もあるのですが、初級者には値段も安く軽い木の盾が好まれます」
冒険者たちの装備品を確認することになり、まず俺たちはティアリスさんパーティを見ることにした。
戦士、レンジャー、魔道士で女性が混じってるパーティだからサンプルにはちょうどいいと考えたからだ。
「ジョアンさんの弓の腕が上がってるな。コンドルンにダメージを与えられてるじゃないか」
「……コントロールは前から良かったですからね。となるとおそらくアイリスちゃん効果だと思います」
「そういや修理に出してたな。ジョアンさんはレンジャーなんだ。戦い方からしても防具は素早く動くこと最優先で考えてる」
「うん、あの服はウチで売ってるやつね。確かに軽いけど耐久力はそうでもない。よくある量産品ね。とはいっても服屋の服とはいっしょにしないでよね」
「俺から見たら軽さも耐久力もどれもあまり変わらないようにしか見えないんだけどな。そんなに素材で変わってくるものなのか?」
「もちろん全然違うよ。特殊な生地で作れば軽さも耐久力も兼ね備えた物が作れるわ。この女性が着てるローブもウチの商品だけど、これは絹だから綿で作るよりも軽いし柔らかく耐久力も少し勝るの。その分高いけどね。でもやっぱり防具には魔物の素材を取り入れたほうが耐久力が上がるわね」
「ふ~ん。他の冒険者たちもおそらく似たような装備が多いはずだ。防具屋はフランのとこしかないんだからな」
それから何組かの装備や戦い方を確認し、今後の武器作成や防具作成の方向性を決めた。
次に、フランに考えておくように言っておいた素材について検討することにした。
「で、いい素材になりそうな魔物はいた?」
「そうなの! カイッコって知ってる?」
「あぁ、あの本当に魔物かどうかもわからない弱いやつな。あんなのが素材になるのか? 小さい虫だぞ?」
「カイッコが作る繭が素材になるの! しかも普通の絹よりも丈夫ってパパが言ってた! でも噂でしか聞いたことないんだって。めったに出回らない超高級品らしくてさ。それがまさかダンジョンにいるなんてパパも驚いてたよ!」
「へぇ~、繭がなにかよくわからないけど。じゃあそのカイッコが襲ってこないように設定はするからあとはフランに任せていいか? 俺あの見た目がちょっと無理でさ。ウサギにやらせても喜ぶぞ」
「わかった! 普通の蚕の育て方は聞いてきたから同じようにやってみるね! カイッコ専用の小屋が欲しいな! あと、アルパッカって魔物の毛も欲しいの! 専用の牧場も欲しいな!」
「アルパッカかー。アルパッカも可愛いだけでおとなしいから戦闘には向いてないけど、一応襲ってこないようにしておくか。あのモフモフは確かに気持ちよさそうだ」
「もぉ~気持ちいいだけじゃないんだからね! でもカイッコとアルパッカをベースとして使えるのは裁縫職人としてこのうえないことなんだけど、売るとなるといくらにするの? とんでもない値段になるよ?」
「市場の価格を壊すことは避けたいからあまり高価な素材は使いたくないんだけどな。でもベースにしたいんだったら話は別だ。綿も栽培するんだよな? 生地はその綿と混ぜて作って、その割合で価格を決めよう。もちろん市場よりは遥かに安い金額にするけどな。だから念のためカイッコとアルパッカの名前は出さない」
「え……名前出さないの? 普通の絹やなんの魔物か動物かわからない毛として売るってこと?」
「ん? 不安なのか? 安いのにいい生地だったら普通は嬉しいだろ?」
「それはそうだね。カイッコやアルパッカってわかってほしい気もするけど仕方ないか。それより私の腕も生地に負けないようにしないとダメだね……」
「そうだな。生地の優秀さと価格ばかりに注目が集まらないように腕も磨かないとな」
これで服を作るための基となる素材は一応揃うのか?
ここからはカトレアの仕事か?
「カトレアはどうだ? 考えはまとまった?」
「……はい、どうにかなりそうです。100Gも払いましたからね、ふふ」
「本当!? あの魔道具が作れるってこと!?」
昨日、カトレアとフランは町の服の加工業者へ行き見学をさせてもらっていた。
普段から一人100Gで見学が可能なことを聞き、カトレアが行ってみたいと言い出したのだ。
もちろん素材から生地ができあがるまでの過程を勉強するためだ。
フランは防具屋の娘でもあり裁縫職人として利用することもあるから無料でいいのだが、後々怪しまれるといけないので変装して100G払い見学したそうだ。
「……三種類の魔道具を作ります。素材から糸にする魔道具、糸から生地にする魔道具、染色する魔道具の三つです」
「あっ、そうだ染色用の素材も必要なんだった! それも栽培できるよね!?」
「……草木は豊富にありますから後でリストを確認してみてください。ふふ、お花畑もいいですね」
大丈夫そうだな。
それにカトレアがいれば俺がやることはなさそうだ。
「武器はなにかオリジナリティ出せないのかな?」
「オリジナリティですか……どうでしょうか、アイリスちゃんならなにかアイデアがあるかもしれませんが……」
「柄の色や形を町で売ってるものとは違うものにするとかは? でも銅の剣や鉄の剣にオリジナリティを求める人もあまりいないか。そうだ、武器も防具もどこかに大樹のマークを入れるようにしようか。それならもう魔道具があるから負担にもならないはずだ」
「それくらいでいいのでしたら。私もなにか考えてみます。防具には負けてられませんからね。木工職人の方がいたらもう少し幅が広がるのですが……」
「木工職人とやらはなにを作れるんだ?」
「主に杖や弓ですね。今のままだと魔道士の方には武器屋に来てもらえないですし……」
「町にいるのか?」
「マルセールにはいないんです。だからウチは南部にある都市から仕入れてます」
「そうなのか。う~ん、当面の課題にするしかないなぁ」
杖はウチでも作りたいな。
ユウナが持ってるあの杖が火を出せるのはなにか特殊な効果が付与されているからだろう。
ウチには鉱石もあるし魔石もある。
さらにカトレアがいるから魔法付与くらい錬金でどうにかなりそうなものだ。
「カトレア、錬金術で武器や防具に魔法付与とかできるんだよな?」
「……」
「……カトレア? ユウナの杖だってあれは錬金じゃないのかな?」
「……そうだと思いますけど」
んん?
カトレアにしては珍しい反応だな。
仕事を振りすぎて怒って話してくれなくなることはしょっちゅうだが、それとは少し違うような……
「ロイス君……魔法付与はとても高度な錬金術なの。そんなのできる人は錬金術師の中でもほんの一握りの人だけよ。いくらカトレアさんが凄いとはいえ、こんな若いうちから魔法付与ができる錬金術師なんて聞いたこともないし……」
「そうですよ。きっとユウナちゃんの杖はとても希少なものです。少なくともウチの武器屋では魔法効果が付与された武器は置いていませんし、置くとしても高額になると思います」
「そうなのか?」
「……はい、すみませんが今の私では力不足です……まず原理から勉強しないと」
「いや、すまなかった。それにカトレアにだってできないことがあるとわかって少し安心したような気がする。どっちにしろ初級者には必要なさそうな効果だからな」
そうか、難しいのか。
じゃあユウナの持ってる杖は高価な物なんだな。
どっかのお嬢様だったりするんだろうか。
もしかして今世界中で探しまわってるとか……。
そしてここで見つかったときには俺が誘拐犯に仕立てあげられ……
なんてことにはさすがにならないか。
武器屋と防具屋の開店はまだまだ先になりそうだな。




