第八十八話 兄妹喧嘩
「うん、想定通りだ!」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
俺が一人納得してる傍らで、ララ含む八人は呆然としていた。
俺たちはバックヤードから店内のレジカウンター内へと入り、そこから店内を見渡している。
「どうした? ほら、こんな狭いカウンター内からじゃなくて店内を見てみよう!」
「……お兄、広すぎ」
当たり前じゃないか。
だってわざと広く作ったんだから。
町の武器屋も防具屋も店内には俺一人しかいないにも関わらず通路が狭いと感じたんだからな。
物を多く置こうとすれば当然通路が狭くなるのはわかる。
だがここではそんなこと気にしたくないし、お客は身を装備品で包んでいるんだから歩きにくいのも困るしね。
ぶつかってトラブルになるのも避けたいし。
「このベンチから右半分が武器屋だ。あっちの右奥は鍛冶工房の受付へと繋がるが今は壁を作ってる。ベンチから左は防具屋な。当然防具屋のほうがスペースは広い。扱う商品の種類が多すぎるからな。ここからは少し見えにくいがあっちの左奥はL字になっててカウンターの向こうには試着室がある。フランは防具の配置も考えてくれよ? ホルンも武器屋だけじゃなく防具屋のことも手伝ってほしい。できれば裾直しは覚えてくれ」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
みんなは無言でまだなにも置かれていない店内を歩き回っている。
「あっ、そうだ、一応ここには指輪を装備した人しか入れないようにしようか。万が一事件でもあったら大変だからな。鍛冶工房も明日からそうしておこう。まぁ店にだけ来る人なんていないとは思うが」
念には念を入れておこう。
それに店だけが目的の人がいたとしてもダンジョン入場料の50Gは貰うわけだから好きに見てくれ。
「商品の傍にタグはどうやって置こうかな~。服を手に取って元の位置とは違う位置に置かれたときが困るんだよな。それの対処はウサギにやってもらうしかないか。記憶力も自信がありそうだしな。商品番号みたいなのを見本の服にもタグにも記載しておいてお客にも間違いがないか確認してもらうようにしようか。裾直し印担当のウサギは二匹準備しておこう。レジにもそれぞれ一匹ずつ配置しておくか。袋詰めは必要になりそうだしな。タグをまとめて出されたときにも対処できるだろう。そうだ、ララ? ここのオリジナルの袋を作ろうか。大樹のマークが入ったやつな!」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
俺は独り言を呟きながら自分の考えを整理しているつもりだったが、いつのまにか周りにはみんなが集まっていた。
「ん? もう一通り見たのか?」
「お兄、今言ってたこと後でもう一度ゆっくり説明してね。できればカトレア姉が元気になってから」
「え? あぁ、まぁそのほうが良さそうだな。特にフランやホルンには早く覚えてもらいたいし。それに食堂のみんなもここの仕組みを知っていたほうがなにか他でも使えるいい考えが浮かぶかもしれないしな。ただカトレアはおそらくさっき俺が設計してるのを水晶玉で見てたはずだから知ってると思うぞ?」
「……ということはお兄が色々考えてたのを知ってたからなおさら無理して魔力使ってくれたんじゃないの?」
「え……そう言われたらそうかもしれない……としか言いようがないけど」
「……お兄、今日はご飯抜きね」
「えぇ!?」
周りのみんなは俺を哀れむように見ているが助け舟を出すようなことはしてくれず、「ご飯抜きでも仕方ないね」とでも言いたそうにしている。
魔力のことがさっぱりわからないみんなにもそう思わせるくらいの大改築だったのだ。
とそのとき、フランさんが一歩前に出た。
「ララちゃん、ごめんなさい、私が無理言ったからなの」
「私もです。私が店のレイアウト図なんて考えてこなければロイスさんもいきなり改築するようなことはなかったはずです。すみませんでした」
「ララ、私も三人でいっしょに住めるとわかったら気がはやってしまって……。ごめんなさい」
ホルンとアイリスもフランに続いてララに謝る。
俺が悪いのは一目瞭然なのにみんなにまで謝ってほしくない。
「いえ、みなさんが謝ることはなに一つないです。これはお兄の管理者としての責任の問題ですから。自分の望みのために従業員の体調不良を無視して実行に至ったことは凄くダメなことなんです。なにかを得るためになにか犠牲を出すこともときには必要なことかもしれませんが、その犠牲が人であってはならないのです。従業員も守れないような管理者に誰がついていきたいと思いますか」
「「「「「「「……」」」」」」」
ララが怒るのも当然だ。
俺は改築のことにワクワクしていてカトレアやユウナの体調のことまで頭が回っていなかった。
どうしたらいいかな。
ご飯抜きはツラい。
朝に牛料理は食べたけど遅くに食べたせいで昼はお腹減ってなかったから食べてないし、ちょうどさっきお腹が空いてきたと思ってたところだったのだ。
一応俺も病み上がりなはずなんだけど……。
そういやユウナは回復魔法を俺にかけまくったって言ってたな。
もしかして魔力が少なかった原因もそれかもしれない。
なんか凄く悪い気がしてきた。
いやもちろん悪いとは思っていたけど余計にって意味だからね?
「……フラン、服をベンチの上に並べてくれるか? みんな揃ってるしちょうどいいだろう」
「え……今? ……うん、わかった」
フランとホルンはどこかに服を取りに行った。
「お兄? そんなことする空気じゃなくない?」
「これ以上俺を責めたところでどうにもならないだろ。俺は反省してるし、あとでカトレアとユウナにも謝りにいく。もちろんピピとメタリンとドラシーにもな。でもそれは俺の問題であってここのみんなには関係ないはずだ。それに俺は大改築したこの建物に対しては悪いことをしたとはいっさい思ってない。それならみんなには気分よくこの建物を利用してほしいだろ。だからまずはフランの作った作品をみんなに見てもらって正直に感想を言ってあげてほしい。フランはここから防具屋兼裁縫職人としての一歩が始まるんだからな」
「……そんなこと言われたらなにも言えないじゃない。お兄ズルいよ……」
今度はララが下を向いてしまった。
みんなは俺たちの兄妹喧嘩のようなやり取りをずっと見せられている。
オーナーと店長の仕事上の言い争いとでも思ってるのかもしれない。
「ララ、昨日はお前に服を買ってきてやれなかったからな。今日はどれでも好きなのを選んでいいぞ。俺の小遣いで払うから気にせずにな。ただし、あまり商品がなくなるのも困るから三品までにしてくれよ? 町の防具屋の品揃えまでとはいかないらしいが、そこそこ種類や量もあるらしいからな。冒険者としての声も聞かせてやってくれ」
「……うん! 値段気にせず選ぶからね!」
久しぶりにララの笑顔を見た気がする。
昨日ララにだけ服を買って来なかったのを不満に思ってたのかもしれない。
それに今日カトレアとユウナは昨日俺が買ってきたフラン作の新しいローブを着てたからな。
いくら服に興味がないとはいってもそれは服をすぐに買ったりできるような環境じゃなかったからなのかもしれない。
フランとホルンは大きな箱を抱えて戻ってきた。
どうやら馬車の中に置いてたらしい。
それを見たメロさんとヤックはまだ箱があったことを思い出し、走って取りに行ったようだ。
ベンチの上には服が並べられていく。
「わぁ~! 服がいっぱい! でもこれ防具なの? 普通の服じゃないの?」
ララのテンションが上がってるようでなによりだ。
まだ箱がいくつかあるということは結構量が多いな。
床にも並べるしかないか。
と思ってたらララが採集袋の中からシートを取り出し、床に敷き始めた。
それも何枚も。
「ダンジョンの中でどこでも休憩できるようにいつも持ち歩いてるの!」
「……」
地下三階で休憩なんてこわくてできないんじゃないか?
いつ襲われてもおかしくないのに。
それに採集袋から取り出したということはドラシーが作ったものなのか。
もういっそのことダンジョン産に限らず袋にはなんでも入るようにしてしまおうか。
メロさんとヤックはすぐに戻ってきた。
こういうときは男性のほうが役に立つな。
俺?
俺は見てる担当だから行かない。
二人は箱を置くとまた走っていった。
……多くない?
「ちょ、ちょっとフラン!? まだあるの?」
「え? 防具屋より少し少ないくらいはあるって言ったよね?」
「そうだけど、どう見ても店頭に並んでたのより多くなりそうじゃないか?」
「あっ、そういうことね! 店の奥には在庫品もいっぱいあるからね! それも含めて考えてた!」
「……なるほど。まぁ嬉しい誤算なんだけど」
ということは町の防具屋並みの規模だったら今すぐにでも始められるということだよな?
肝心の品質チェックは今から始まるんだが。
ミーノとモモとアイリスも服を並べるのを嬉しそうに手伝っている。
ララは品質を見定めて……いるわけじゃなさそうだな。
「お兄! これにする! あっ、ちょっと待って! やっぱりこっちに……」
ララは目移りしまくりなようだ。
これは時間がかかりそうだな。




