第七十七話 半年計画
「まず再来週からラーメン店をオープンする」
「「「「……」」」」
誰も頷くことすらせず静かに聞いている。
「食堂でラーメンを出すことも考えたけど、やりたいことがあるからやっぱり物資エリアに出そうと思う。ウサギだけじゃなく人間もいたほうがいいから新たに従業員を一人雇うことになる」
……質問もないようだ。
真面目な話かと思ったらいきなりラーメンの話かよとツッコんでくれても良かったんだが。
「次に、武器屋を作ろうと思う」
……武器屋にも反応しないのか?
さすがに驚くだろうと思ってたんだが。
「商品は全てアイリスさんの作った物を置くつもりだ。種類としては剣、槍、斧、短剣を売るつもりだけどこれはアイリスさんの意見も聞きたい。素材は銅、鉄、鋼、ミスリルの物を売り出そうと思う。ある程度在庫が溜まった状態で始めたいから来月からを想定してる。当然ここにも一人新しい従業員を雇うことになる。それと採掘のためにウサギを増やすことにした」
ミスリルには反応するかと思ったけどそうでもなかったな。
「次だが、防具のメンテナンスも始めたいと思うんだ。だからまず防具に詳しい人を探したい。できれば防具を作れる人だったらなおいい。そしてそのうち防具屋も始める。冒険者たちには武器だけじゃなく防具の重要性もわかってほしいんだ。防具屋に関しては二人くらい従業員がいたほうがいいのかもしれない」
相変わらず人の話を最後まで聞いてくれるんだな。
ドラシーが言ってたように間違ってると思ったらとめてくれるだろうから、まだこのまま続けてもいいんだよな?
「次に来年のことになるが、四月に階層追加をしようと思う。そしてこれは中級者向けのものを作ることにする。フィールドはもう決めてある。ただ、魔物の種類が足りてないからこれは冒険者に依頼して魔石を取ってきてもらおうと思う。それによって食堂にも新しいメニューを多く追加したいと思ってる。もしかするとラーメンのように専門店を出すかもしれない」
四月って半年も先のことだよ?
そんなに先なのかってツッコミはないの?
それにまた食べ物の話だよ?
「今後のダンジョンの予定については以上だ。次に個別にやってもらいたいことを伝えるが、これはあくまで俺の希望なので聞かなくてもなんの問題もない。好きにやってほしい」
じゃあ言わなくてもいいんじゃないの?
……とか言える空気じゃないか。
「まずアイリスさんだけど、ララに剣を作ってやってほしい。ミスリルと鋼の二本。そしてさっきも言ったけど、武器屋開店に向けて武器を大量に作ってほしい。そんなに頻繁に買い替える人はいないだろうから、初級者から中級者向けの売れ筋の武器で構わないと思う。おそらく鉄の剣が多くなるんじゃないかな? そのあたりはララと相談しながらやっていってほしい」
「ん。わかった」
まぁアイリスさんなら大丈夫だろう。
「次にユウナだけど、一番優先してほしいのは杖のメンテナンスを行うために錬金術を覚えることだ。時間は三十分くらいかかってもいいから品質はカトレアと同じレベルまで到達してほしい。できないようなら早めに言ってくれ。誰も怒ったりしないからな。杖の錬金は一日中受け付けるが作業は午前中だけにしようと思う。午後からはなるべくララと一緒にダンジョンへ潜って戦闘の経験を積んでくれ。来年の四月から中級者向け階層に行けるくらいにはな」
「はいなのです!」
ユウナ一人では無理だろうが、ララとカトレアがいるからなんとかなるだろう。
「次にカトレアだけど、作ってほしい魔道具がいっぱいある。もちろん急ぎのものはないからゆっくりでいい。具体的には……まぁあとで言うよ。ただ再来週のラーメン屋開店に向けての店作りとユウナへの指導は明日から平行してやってもらうことになる。もちろん杖のメンテナンスもしばらくは頼む。ラーメン屋の作りは決めてあるから時間があるときに声かけてもらっていいか?」
「……はい」
なんとか言い出せて良かった。
正直、カトレアに言うのが一番こわかったんだよな。
まだ魔道具の内容についてはいっさい言ってないんだけど。
「最後にララ、ララは今と同じリズムで構わないと思う。全体のフォローだな。カトレアもまた忙しくなるからしばらく朝の受付は手伝ってくれるか? それとラーメンのスープ作りはもうウサギたちに任せられるのか? 早くラーメン屋の店員を雇うからそれまでにレシピを固めておいてくれ。午後はユウナとダンジョンに行くんだぞ? アイリスさんに新しい剣を作ってもらえよ? なにか心配事はないか?」
「もぉ! お兄! そんなに心配しなくても大丈夫だから!」
「そ、そうか」
ララのことになるとつい心配性になってしまうな。
とりあえずこれでみんなの今後の動きを共有することができたはずだ。
もちろんその通りにいくことなんてまずなく、都度臨機応変な対応が求められるが。
「なにか質問や意見ある? 来年四月の話は置いといて、直近の話から順番にいこうか。まずラーメン屋から」
「はい!」
「はい、ララ」
「従業員の立ち回りはどう想定してるの? 麺を茹でたり調理はウサギでしょ?」
「営業時間中はホールを任せたいと思ってる。座席への案内と、食べ終わった後の食器の片づけやテーブル拭きだな。営業時間は食堂と同じにする予定だから、昼間の空き時間にスープ作りや具材作りをしてもらいたい」
「物資エリアに作るんだよね? ホール担当もウサギじゃダメなの?」
「それも考えたが、やはり音がないのは寂しいと思ってさ。店員がいれば少しは活気付くだろ? それに調理も人間がしてると思ってくれる」
「ふ~ん、わかった。それモモちゃんでもいい?」
「モモ? モモでもいいがそれだと食堂の人出が足りなくなるから結局誰か雇うのには変わりないぞ? それにモモにできるのか?」
「食堂に新しい人入れるよ。モモちゃんもやりたいって言うと思う。もう大丈夫なはずだよ」
食堂を開いてすぐにわかったことなんだが、モモは人見知りが激しく、接客が上手くできなかったのだ。
肉屋で店に出てないのはそういう事情があったからだと理解することができた。
俺たちと話すときには普通のテンションの高い女の子なのに、知らない冒険者の前だと声が極端に小さくなり目も合わせられなくなるのだ。
でもそれもこの半年で改善されてきたらしい。
ダンジョンへ潜って冒険者たちと接したことも大きいのかもしれない。
「わかった。ならモモにはララから話してみてくれるか?」
「うん、聞いてみる!
「でもスープ作りとかはどうするんだ? ダンジョンに入る時間がなくなるぞ?」
「昼間の仕込みはミーノさんにやってもらおうと思うの。カレー作りだけだと暇みたいだし、それに最近私が作ってるのを横で見てたからきっとすぐにでもレシピ覚えてくれるはずだよ!」
「なるほど。ならモモは営業時間中はラーメン屋に入ってもらってそれ以外は今までと同じでいけそうだな。無理はさせないでくれよ」
「うん!」
ミーノが仕込みをしてくれそうなのは心強いな。
「じゃあラーメン屋はこれくらいにして、次は武器屋についてだな。なにか意見ある人?」
「ん」
「アイリスさん」
「ん、商品だけど、爪も作っていい?」
「爪? 爪ってなんですか?」
「主に武闘家とかの近接用の武器。手に装着して使う」
「へ? そんなのあるんですか? すみません見たことなかったもので」
「ん、素手が多いからね。でも強力な武器になると思うから作りたい」
「わかりました。それはお任せします」
「ん、あとララから聞いたんだけど……カトレアが作れるんならインゴット加工する魔道具も作ってほしい」
「!?」
それはまだカトレアには言ってなかった話じゃないか!
「えっと……それは」
「イメージは固まってますのですぐにでも作れますよ。でも二日ほど時間くださいね」
「ん、ありがと。私はそのくらいかな」
「……」
作ってくれるのか……良かった。
きっと俺を心配したララがみんなに話してくれていたんだな。
そうか、この緊張感は俺のせいだったのか。