第七百四十二話 夜明け前
馬車の周りに土魔法で防御壁を作り、待機すること二時間、ダイフクたちがやってきた。
「ニャ~? (マドは見つかった?)」
ダイフクは真っ先にマドの安否を確認してきた。
「あぁ。今寝てる」
「ニャ~(良かったぁ~)」
「ユウナ、マドとコタローの容態を確認してくれ」
「コタローさんも発見できたのです!?」
ユウナは馬車に飛び乗った。
リヴァーナさんとメネアはゆっくりとダイフクから降りる。
……例の魔物は見つからなかったようだな。
「足の調子はどうだ?」
「ニャ~(やっぱりちょっと痛い。だから遅くなったの)」
「いや、別に遅くないから。で、魔物はどうだったんだ?」
「ニャ~(見つからなかった。呼びかけても出てこないし)」
やはりあいつがそうだったのかな。
鉱山間の距離がありすぎるとはいえ、この鉱山には謎がたくさんある。
「じゃあ帰りは馬車で休憩だ。ほら、馬車に乗れ」
ダイフクはゆっくりと馬車に乗りこむ。
右後ろ足が痛そうだ。
「お二人ともお疲れ様です。鉱山はどうでした?」
「思ってたよりだいぶ広いよ。天井とか高いし、道幅とかも」
「途中までしか入らなかったけど、奥までもっとありそうだったよね。でもアイアン系の敵がうじゃうじゃいるから腕に自信がある人以外は入るの禁止にしたほうがいいかも」
そんな人がこの王都にどの程度いるのだろうか。
「あれ? ハリルもいっしょじゃなかったっけ?」
「そっちにいるよ。なんかぼーっと山見てる」
山?
……ダイフクから聞いたか。
「ピピ、外行くぞ」
ピピを連れ、土壁の外に出る。
ハリルはジョウロで水をやっていた。
「怪我してないか?」
「……ハリ(うん)」
元気がない。
ただの疲れというわけではないだろう。
「ハリ? (ウェルダン君が死なない道はなかったのかな?)」
「……あの状況じゃ無理だろう。ピピが俺に知らせに来てくれなければ今頃王都の被害はもっと拡大しててさらに多くの人間が死んでたと思う。それに例えハリルがウェルダンといっしょに戦ったとしても勝てたかどうかはわからない」
「……ハリ(僕って弱いよね。ユウナちゃんも、僕が戦っても勝てないって思ってた。だから封印魔法で閉じ込めることにしたんだよ)」
なるほど。
ハリルはそのタイミングで戦場に参戦したのか。
「ミスリルゴーレム相手に勝つ自信があったのか?」
「ハリ(ないよ。すっごくこわかったもん。でも僕が戦わないとユウナちゃんが死ぬと思ったんだもん」
「その気持ちはユウナにも伝わってるさ。もしユウナとハリルが負けてたらどうなってたかはわかるだろ? それならもう一匹のゴーレムを野放しにしてでも目の前のミスリルゴーレムの動きを封じたのは賢明な判断だと思う。ユウナもハリルがいて心強かったはずだ」
「ハリ(うん。ユウナちゃんもそう言ってくれた。でも僕がララちゃんくらい強かったらあんな苦労しなくて良かったのに。ウェルダン君も死なずにすんだのに)」
「それはハリルだけじゃなくみんなが思ってることだ。ピピの気持ちになってみろ」
「ハリ(あ……ごめんね)」
「チュリ(別にいいですよ。でもあの空飛ぶゴーレムに確実に勝てるのはゲンさんくらいです。ハリル君の火と体当たりじゃ全く通用しませんよ)」
「……」
そんなにハッキリと言わなくてもいいのに……。
「チュリ(ですがあのミスリルゴーレム相手にユウナちゃんや町を守ったことは立派です。みんなも感謝してますよ)」
「……ハリ(うん)」
「全部を守るのは無理だ。特に今回は相手が悪かった。その中でハリルは良くやったと思う。ハリルがいなければユウナは封印結界を作れなかったかもしれない」
「ハリ(うん。前にロイス君がエマちゃんに教えてた方法を実践したんだよ? 敵の周りに魔力プレートの破片をばらまくってやつ)」
「へぇ~? 素材は持たせてあるとはいえ、聞いてただけなのによくできたな。それだけでお手柄じゃないか」
「ハリ(うん。ユウナちゃんも褒めてくれた)」
「だろ? ならそれが全てじゃないか? ララが来るまで耐えることがユウナの戦略だったんだからさ」
「ハリ(うん。あ、ララちゃん本当に強いね。さすがロイス君の妹って感じ)」
なにがさすがなんだろう……。
俺にはあの強さの欠片すらないんだが……。
「ほら、中入るぞ。今日はもう寝て大丈夫だから」
ウェルダンの死で頭がいっぱいになっていたハリルは、馬車で横になっているマドの姿を見てようやくマドが行方不明だったことを思い出したようだ。
そしてダイフクに寄り添うように横になったハリルはそのまますぐ眠りについた。
ダイフクとは今日が初対面なのに仲が良さそうでなによりだ。
「ユウナ、そっちはどうだ?」
「……」
ユウナはコタローの体を触診していた。
「起こそうとしても起きないんだよ」
「……一生眠ったままの呪いかもなのです」
「は?」
やはり呪いだったのか……。
「冗談なのです」
「は?」
「深い睡眠状態なのです」
「……本当に寝てるだけってことか? でも普段コタローはほんの少しの物音でも起きるんだぞ?」
「安らぎパウダーを飲んで強制的に寝て回復させてるとかじゃないのです? コタロー君は体中の骨にヒビが入ってるっぽいのです。だから普通なら痛みで寝るどころじゃないと思うのです」
「なるほど。痛みを我慢するために自ら寝ることを選んだってことか。じゃあマドも?」
「おそらく。マド君は左足が折れてるのです。よく生き延びたのです」
ユウナはマドの足に杖をそっと当てた。
もう一方の手ではマドの頭を優しく撫でる。
「わかった。ユウナも疲れてるだろ。こっちの鉱山の入口を塞いだらもう寝たほうがいい」
「そうさせてもらうのです」
さすがに眠そうだ。
魔力もそんなに残ってないだろうし、この状態でエーテルを飲んだところでたいして回復はしないだろうな。
そして鉱山の入口に移動する。
ミオは中に人がいないか一応声をかけてみる。
……いないようだ。
いたとしてもどこかに隠れてるはずだから魔物に気付かれないために返事なんてしないかもしれないが。
ユウナは周囲を少し浄化したあと、封印魔法を使った。
俺には見えないがたぶん壁ができたのだろう。
俺のマナが強くなってきてるんなら俺にもそろそろ見えてもいいはずなのに。
目のマナが足りてないのかな。
「よし、帰るか。ゲンさんたちも着いてるかもしれない」
東の空は薄っすら明るくなってきてる。
俺たちが王都に着いてからもう四時間は経ってるか。
そして馬車はゆっくりと動き出した。
行きより引く馬車が大きくなったうえ、人数も倍以上だから馬への負担は相当なものだろう。
こんなときウェルダンがいればな……。
さて、俺は引き続き後方の警戒だ。
するとピピが後ろから馬車に追いついてきた。
「どうだった?」
「チュリ(穴が閉じられてました)」
「……そうか」
「チュリ(そんな残念そうにしないでくださいよ)」
「……マドのレア袋と杖を取り返してやりたかっただけだよ」
「チュリ(嘘ばっかり。それにそんなことしたら交渉した意味がなくなって、人間は嘘つきだと思われますよ)」
「それは困る。……よし、もう忘れた。鉱石の体を持ったネコなんていなかった。記憶から消えた」
「チュリ(ネコじゃなくてトラかもしれませんからね?)」
「それはそれで強そうでいいな。しかも鉱石の体だぞ?」
「チュリ(全然忘れられてないじゃないですか……)」
「……」
「チュリ(ロイス君と出会わなかったということは縁がないってことなんですよ。それにウチにはもうネコやリスといった小動物系の魔物がたくさんいるんですし、似たような魔物はもういいじゃないですか。ワタもイヌかキツネっぽいですし。まぁネコかトラみたいに見えたってだけで全く別の生物だって可能性もおおいにありますけど)」
小動物系の魔物で可愛いっていうのがウチの魔物たちのいいところなのに。
もちろん可愛いのに強いっていう点も。
なによりララが喜ぶし。
ってトラだったらまだ小さいってだけで、小動物とは言わないか。
今もどこかから見てるんじゃないか?
追いかけてきたりしないかな?
そんな思いで俺は鉱山方面を見てるのに、光る物体は一向に姿を見せない。
ピピが言うように縁がないのかもな。
いや、月が山の向こうに落ちていってるせいで見えなくなっただけかもしれない。
太陽が昇ってきたらきっと……。
でも明るかったら鉱石が光るのが見えないか……。
「あとで大樹のダンジョンまでの地図置いてきてくれ」
「チュリ(嫌です)」
なんて薄情なやつだ。
ダイフクは興味持つだろうしすぐに行ってくれるとは思うが、無理はさせられないしな。
かと言ってララに話すと体調が悪いのを無視してまで行きそうだ。
それに魔物のほうはララをこわがって隠れて出てこない可能性がある。
「チュリ(もう諦めてください。予定通り、今日の午後には王都を出ますからね?)」
……まぁ明日の地下五階オープンの楽しみに比べたらどうってことないか。
しばらく王都に残ってもらうことになる冒険者たちには悪いが、俺は帰る。
うん、そう考えたら魔物の一匹や二匹どうでもよくなってきた。
帰ったらまずウェルダンの墓を作ろう。
これにて第十四章は終了です。
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