第七百三十六話 いてもたってもいられない猫
白くて大きな猫、その猫に乗る仮面の少女、大き目のリス、猫が着ている服の中に隠れて首から上だけを覗かせている小さな動物。
そんな奇妙な連中の戦いを町の外壁から若干困惑しながらも応援する目で見ている騎士と魔道士と冒険者。
「生きてるぞ!」
「ということはあの狼を倒したのか!?」
「あいつに何人殺されたことか……」
「心配させるなよ! 暗い場所に行かずに明るい場所で戦ってくれ!」
「そうだよ! 逃げたかと思っただろ!」
「おいお前!? もう一回言ってみろ!?」
「レッドちゃんが逃げるわけないだろ!」
「ラ……レッドちゃんがどんな気持ちで戦ってるのか知ってるのか!?」
つい熱くなる血の気の多い者たち。
レッドの正体に気付いている冒険者たち数名は、なにも知らずに煽るような言葉を浴びせた騎士が許せないようでつかみ合いのケンカになる。
それをほかの騎士が慌ててとめに入る。
「ミャオー!」
「「「「!?」」」」
だが一匹の小さな猫のそれほど大きくはない雄たけびでみんなの動きがとまった。
そしてなぜかみんなが冷静になる。
それから再び戦場に視線を戻す。
猫はどうやら戦いの音を聞きつけてやってきたようだ。
外壁上部の、人間の胸の高さほどある壁の上に乗り、戦場を見つめる猫。
「ダイフク君、大きくなりましたね。あのリスはマカさんのようですね」
猫に話しかけるセバス。
「ミャオ?」
「おや? そういえばもしかしてあのお三方とお会いするのは初めてでしたかな?」
「ミャオ~」
「あの人間の女の子がララ様ですよ」
「ミャオ!?」
小声で話すセバスの言葉を聞いて驚く猫。
「さすがモリタ君。名前は知っているようですね。そう、ロイス様の妹さんですよ」
「……」
まさにこれから戦いが始まろうとしている戦場を食い入るように見つめるモリタ。
「ちなみにですが、ロイス様もここにいらっしゃってるようです」
「ミャオ!?」
またしても驚く猫。
「ミャオ! ミャオ!?」
セバスになにかを催促する猫。
その猫の声が気になり、猫と戦場を交互に見つめる騎士や冒険者たち。
「落ち着いてください。ロイス様はお城に招待したとの連絡を受けました」
それを聞いた猫はセバスの足元へと飛び降りた。
「ミャオ!」
そしてちょっと出かけてきますとばかりに今にも駆け出していきそうな猫。
「お待ちを」
「ミャオ?」
「ピピさんと、おそらくタルさんがいっしょのはずです。ほかには冒険者の女性が三名いて、その冒険者たちは馬車で南西の戦場に向かったはずだと聞きました。ですがロイス様のことです。お城ではなく、みなさんといっしょに南西へと向かったことでしょう」
「ミャオ!?」
「今の話本当ですか!?」
「本当に管理人さんも来てるのか!?」
「冒険者って誰ですか!?」
いつのまにか戦場そっちのけでセバスの周りに集まってきていた冒険者たち。
そして話を聞いて猫以上に驚く冒険者たち。
「本当でございます。どうやらピピさんは大樹のダンジョンに直行したようでございますね。そしてこれは私の推測でございますが、ウェルダン君は南のリーヌの町に向かったのではないかと」
「ピピちゃん無事だったんですね!? 良かったぁ~!」
「ピピちゃんを追っていったあいつが笑いながら戻ってきたから完全に死んだかと思ってた……。本当に良かった……」
「女性三名ということはリヴァーナパーティですか!?」
セバスは冒険者のことまではわからないといったそぶりで首を少し斜めに捻る。
「どうする!?」
「どうするってなにがだよ?」
「南西に行くかどうかってことですよね!?」
「ミャオ!」
相談を始める冒険者と猫。
「お待ちを。みなさまはここにお残りください。このあと一気に形勢が動きますよ? レッド様がピンチになったらどうするんでございますか? お見捨てになる気でございますか?」
「見捨てるなんてそんな!? いやいや! 残るに決まってるじゃないですか!」
「目の前でラ……レッドちゃんを死なせたら管理人さんに合わせる顔がない」
「そ、そうですよ! リヴァーナパーティが南西に行ってくれたんなら南西は安心して任せておけるってことですから!」
「ミャオ!」
だが猫はよほどロイスに会いたいのか、例え一匹でも南西に行く気満々のようだ。
「モリタ君だけでは危険です。もう町中にも魔物が侵入してきてるんですから。モリタ君が死んだらシャルル様もロイス様も悲しみますよ?」
「ミャ……」
「ほら、あそこでお仲間さんが戦ってるんですから、今はあの方たちの無事を祈りながらここでいっしょに見守りましょう。南西に行くのはそのあとでもいいでしょう?」
「……ミャオ」
渋々納得する猫。
そして冒険者に続いて猫もまた戦場に視線を戻す。
ちょうどそのとき、ララの火魔法とともに戦いの火蓋が切られた。
大きな火の塊が魔物の集団に向かっていくつも飛んでいく。
その威力は遠目に見てるだけでもわかるほどだ。
しかもその火魔法には、大きさ、速度、角度などが異なる様々なパターンが存在している。
そんな攻撃を受ける敵はたまったものじゃないだろう。
「「「「……」」」」
その光景を騎士たちは呆然として見ている。
開いた口が塞がらないといった様子で、驚きの言葉すら出せないようだ。
一方、冒険者たちは戦場を冷静に見つつ、自然と近くに集まっていた。
「もしララちゃんの身になにかあったり、ダイフク君がこれ以上怪我を負うようなら迷わずに突入する。優先するのはララちゃんたちの救出。無理に敵を倒そうとしなくていい。魔道士はここからサポートを頼む。もし俺たちが死んでも絶対に下には降りてくるな。そのときはリヴァーナパーティを待つんだ」
「わかりました。全力でサポートします」
冒険者たち全員の考えと気持ちは一致していた。
こちらの戦場にしばらく動きがなかったこともあり、冒険者の多くは今南西で戦っている。
現在ここに残っている冒険者はたった七人。
大樹のダンジョンにいる冒険者の中でも突出した存在とは言えない七人。
だが今この場において気持ちだけは決して誰にも負けていない七人。
そんな彼らがこの状況で話し合う姿を見て、セバスはこの子たちならまだまだ強くなれると考えた。
「こちらをお使いください」
「「「「!?」」」」
セバスから差し出されたのはミスリルの剣と槍。
そしてセバスは剣を三人に、槍を一人に手渡していく。
「貰うというのはさすがに気が引けるでしょうから、お貸しいたします。大樹のダンジョン製のものではありませんが、素材は全く同じものでございます。私の私物ですのでお気兼ねなくどうぞ」
ダンジョンストアのサンプル品以外で初めて手にしたミスリル武器に思わず手が震える四人。
「「「……」」」
魔道士の三人もなにか期待するような目でセバスを見る。
「……申し訳ございません」
「「「……」」」
杖を出して貰えると思っていた三人の顔は落胆の表情に変わる。
「ミャオ」
猫に励まされる三人。
「やっぱり鋼より軽いな!」
「鉄の魔物なんかには負ける気がしなくなってきた!」
「もう鋼には戻れなさそうですよね!」
「よし、向こうで突入準備だ!」
魔道士三人とは真逆でテンションが上がっている前衛四人。
そして七人は移動していった。
「……さて、あちらはやや強引に戦うことにしたようですね」
「ミャオ」
戦場での音が激しくなってきた。
ダイフクは正面から襲いかかってくる敵に対し、前足に装備したミスリルの爪での強烈なパンチを何度も何度も繰り出している。
ララとマカが放つ魔法の数もどんどん多くなっている。
敵は物理攻撃主体の魔物ばかり。
だからこそさっきのダイフクは油断していたんだろう。
まさかこの中にミスリルウルフが一匹混じっているなんて誰も想像していなかった。
しかもアイアン系やブロンズ系の敵はほぼ魔法を使わない。
仮にミスリルウルフの存在に気付けていたとしても、魔法を使ってくることまでは頭に浮かばなかった可能性が高い。
「……ダイフク君、お強いですね」
「ミャオ!」
「……実は私、レッド様の戦いを見るの初めてなんです」
「ミャオ!」
「話によると、あの魔法よりも剣の腕のほうが凄いんだとか」
「ミャオー!」
ララが使う魔法の威力に引き気味のセバス。
一方、ララたちのあまりの強さに気分が高揚してしまい叫び続けている猫。
セバスの声が猫に届いているかもわからないくらいだ。
そしてようやく騎士たちからもちらほら声が聞こえてき始めた。
「鉄って融けるんだな……」
「あの火魔法の威力が凄すぎるんですよ……」
「そこらにいる魔道士とは比較にもなりませんよ彼女……」
「あの白いのや茶色い動物、魔物らしいぞ……」
「じゃあ彼女が噂の魔物使いか……」
「いや、魔物使いは男らしい。なにやらそいつが強さを認める一部の冒険者にだけは魔物を貸し出したりもするって話だ」
「魔物とのコミュニケーションとかどうやってるんだろう……」
「セバスさんに聞いてみるか?」
「もしかして、シャルロット様が飼い始めたあの猫も実は魔物なんじゃないか?」
「そういややけに賢いよなあの猫……」
またもや騎士たちからの注目を集めるセバスと猫。
「おい! 見ろっ!」
騎士の一人が叫んだ。
戦場から音が聞こえなくなった。
火魔法もとまったようだ。
ダイフクたちに襲いかかる魔物はもういない。
あれだけの魔物の大群が全滅したということだ。
いよいよユウナとハリルの安否がわかるときでもある。
一同の視線は先ほどまで魔物の大群がいた場所の中心に集中する。
「「「「あ……」」」」
そこにあったのは木でできていると思われる柵。
そしてあとは…………大きなミスリルの塊だけだ。




