第七百三十四話 ユウナとハリルのコンビネーション
横たわるシャルルの前に立ち、ミスリルゴーレムと対峙するユウナ。
ウェルダンとシャルルがやられ、ピピを伝令に向かわせたため、ユウナは一人でミスリルゴーレムと戦うことになった。
この状況でできることは一つ。
ただただ時間を稼ぐことだ。
ユウナはミスリルゴーレムを封印結界に閉じ込めようと考えた。
だが問題は二つあった。
一つは強固な結界を作るための準備には少し時間がかかること。
もう一つはミスリルゴーレムをどうやってその封印結界の範囲内に誘導するか。
幸いなのは、先ほどから一向にほかの魔物が襲いかかってくる気配がないことか。
ミスリルゴーレムが受けの態勢でユウナの行動待ちということも幸いかもしれない。
そこにユウナにとって思いがけぬ援軍が現れた。
マグマハリネズミのハリルだ。
ハリルはユウナを守るようにユウナの前に立ち、ミスリルゴーレムと戦う態勢を取る。
ハリルの手にいつも肌身離さず持ってるはずのジョウロと本はない。
さらに背中に無数にある針の先端はどれも赤みを帯びている。
ユウナが今までに見たことのなかった、完全に本気モードでの戦闘態勢だ。
なによりその姿からは覚悟を感じられた。
だがユウナは冷静だった。
「ハリル君、少し時間を稼いでほしいのです」
「ハリ?」
「封印結界を作る準備をしたいのです」
「……ハリ」
ハリルは頷いた。
ユウナはハリルに素早さ上昇の補助魔法をかける。
そしてハリルは動いた。
その素早さを活かして敵の周りを動き回り、体当たりで攻撃してすぐに敵から距離を取るヒットアンドアウェイ戦法のようだ。
それに加えて、威力の弱い火魔法も多く放っている。
ミスリルゴーレムはそのハリルの攻撃に鬱陶しさを感じているようだ。
一方、ユウナはレア袋の中を確認していた。
だがそんなユウナの背後から静かに忍び寄る人間がいた。
「ユウナ様」
ユウナはその声に驚き、後ろを振り向く。
「セバスさんなのです!?」
セバスはシャルルの傍でしゃがんでいた。
背後から誰か人間が近付いてきていることにはユウナも気付いていたが、それがまさかセバスだとは想像もしていなかった。
今の状況で騎士や冒険者たちの中途半端な助けなら邪魔と思っていたくらいだ。
「シャルロット様を退避させます」
「……お願いなのです。それとピピちゃんに助けを呼びに行ってもらったのです。でももう一匹のゴーレムが追っていったから無事かどうかは……」
「無事に決まっていますとも。それではお先に。どうかご無事で」
セバスはユウナもいっしょに逃げようとは言わなかった。
そして意識を失い地面で横になっているシャルルを軽々と抱き上げ、小走りで町の外壁に向かっていった。
「モリタも行くのです。シャルルちゃんに付いていてあげてほしいのです」
「……ミャオ!」
モリタは悩んだ末、セバスのあとを追っていった。
賢い猫だけあって、自分がユウナの足手まといになると悟ったのだろう。
ユウナはシャルルを守らなくてよくなった分、気持ち的には少し楽になった。
そしてハリルとミスリルゴーレムの戦場を見る。
ハリルは相変わらずちょこまかと動き回りながら攻撃を加えている。
ミスリルゴーレムも相変わらず最初にいた位置からほとんど動いていない。
「ハリ!」
突然ハリルがユウナに向かって叫んだ。
そこでようやくユウナは気付く。
ミスリルゴーレムがいるあたりの地面がキラキラしていることに。
なんとハリルはただ時間を稼ぐだけじゃなく、魔力を帯びたなにかの破片みたいなものを地面に散らばらせていたのだ。
それはまさにユウナがやろうとしていたことに近かった。
そしてユウナは確信する。
これならいけると。
ハリルはユウナが杖を構えるのを見てユウナの元へと戻ってくる。
「お手柄なのです!」
「ハリー!」
ハリルは早く封印魔法をと言っているようだ。
そしてユウナはミスリルゴーレムへ少しだけ近付き、封印魔法を使った。
「グガァ?」
自分の周りを囲われるようにできた魔力の壁を怪訝そうに見回すミスリルゴーレム。
一方、ユウナはレア袋から木の柵と魔道線を取り出した。
そして魔道線の端を木の柵にしっかりと括り付ける。
その間にハリルはユウナの前に浅い穴を掘る。
ユウナはそこに木の柵を設置する。
「結界の周りにこの魔道線を張り巡らせてきてほしいのです」
「ハリ!」
ハリルはユウナからそこそこ長そうな魔道線を受け取ると、封印結界の周りを下から上、上から下とへグルグル回り始めた。
ユウナは魔法を使う構えに入る。
ミスリルゴーレムもさすがに状況を理解し危機を感じたのか、ハリルを壁ごと破壊してやろうと何度もパンチを繰り出す。
だがハリルに攻撃が届くどころか封印結界すら破壊できない。
「グガァ!」
ミスリルゴーレムはハリルを諦め、壁を破壊するためだけに本気のパンチを繰り出した。
だがそのときにはもう遅かった。
既にユウナの封印魔法は最大効力を発揮していたのだ。
「ハリ~」
ハリルは余裕そうに戻ってきて、最後に魔道線の端を木の柵へ結び付ける。
一方ユウナも最後の仕上げとばかりに、木の柵と魔道線にさらに魔力を込める。
「グガァーーーー!」
「ハリッ!?」
ミスリルゴーレムのこれまでにないほどの大声に異変を感じるハリル。
「ハリッ!」
ユウナに必死でなにかを伝えようとするハリル。
「どうしたのです!?」
ハリルがなにを言ってるのかを理解しようとするユウナ。
しかしハリルは突然、火魔法をユウナの後方に向かって放ち始めた。
「えっ!? ……ヤバいのです!」
なんとさっきまでおとなしかったはずの敵の集団が後方から襲ってこようとしてたのだ。
しかも後方だけではなく、上空や左右、四方八方から襲ってくるではないか。
「セバスさん! 早く逃げてなのです!」
そろそろ外壁に着くであろうセバスへ向かって叫ぶユウナ。
「ハリー!」
このハリルの叫び声のすぐあと、ユウナとハリルは敵の集団にのみこまれた。
その光景を外壁から見ていた者は誰もが二人の死を確信したことだろう。
しかしユウナの封印魔法の実力を知ってる者や死を信じたくない者たちは、ユウナならきっと生き延びているはずだと声を大にして言った。
だが時間が経つにつれ、次第にその声も小さくなっていく。
いくらユウナでもあのミスリルゴーレムを閉じ込めておけるほどの封印魔法を使えば、自分を守るだけの魔力は残っていなかったのではという声があがるようにもなった。
そんなユウナを助けようと、何人もの冒険者が敵の大群に挑もうとした。
だが咄嗟に飛び込んだ冒険者は全員殺された。
ほかの冒険者は状況を冷静に判断し、このまま無策で突っ込んでも無駄死にするだけだとの結論に至り、外には出なかった。
なにもできない弱い自分に、ただただ腹立たしさを感じずにはいられない残った冒険者たち。
それからしばらくして、もう一体のゴーレムが戻ってきた。
ミスリルゴーレムや外壁の封印結界が破壊されることも覚悟したが、なぜかそのゴーレムはなにもせずに去っていった。
数十分後、王都南西部でもう一体のゴーレムが率いる魔物の集団が暴れ始めたとの情報が入ってきた。
だがここにいる冒険者や騎士たちはまだここを離れるわけにはいかなかった。
ミスリルゴーレムを囲う封印はいつ解けてもおかしくないのだから。




