第七百三十二話 南門の戦い
弱い雨が降り続いている。
火の手が上がる町にとっては恵みの雨だ。
そして俺は今、南門から100メートルほど北にあるちょっとした丘の上のような場所から南門周辺の景色を眺めている。
町が立体的なのは凄いと思う。
昼間の景色も実に楽しみだ。
ここからだと町の外壁が破壊されていく様子もよく見える。
外壁だけじゃなく、町中の建物が破壊されていくのもわかる。
もう時機この近くもゴーレムたちの破壊対象に入るだろう。
そして俺の目には、南門の周囲を飛び回るゴーレムのような魔物の姿もハッキリと確認できている。
南門が明かりで明々と照らされているとはいえ、ゴーレムの細かい色まではわからないが。
大きさはたぶん普通だな。
おそらくブロンズゴーレムたちとそこまで変わらないはずだ。
ピピが言うには体の一部には銅や鉄だけでなくミスリルのような鉱石も混ざっているらしいが。
とにかくレア魔物であることは間違いない。
どうやら翼ゴーレムは封印魔法の壁のみを破壊することに専念し、外壁などは支配下であるブロンズ系の部下に任せてることもわかってきた。
「ギャギャ! (キャハハ! なんかここの壁だけ頑丈そう!)」
周囲には避難を促す警報音、壁が崩れていく破壊音、そして翼ゴーレムの声が響いている。
みんなにもギャギャって声は聞こえてるよな?
まさか俺にしか聞こえてないということはあるまい。
そこらへんにいるような普通の魔物の声とは明らかに声色が違うからな。
「ギャギャ! (キャハハ! どうしよっかなぁ~? あえてこの門みたいなのは残して周りの壁だけ壊そっかなぁ!? キャハハ!)」
誰と喋ってるんだ?
独り言にしては大きい。
でも独り言だよな。
ん?
「ピピ? どうした?」
俺の肩に乗るピピの体が震えてる。
「こわいのか?」
「……チュリ(いえ、たぶん怒りです)」
「……ゆっくり深呼吸してみろ」
ピピの怒りと言えば、どうしてもナミの地下で俺が牢屋に入れられたときのことを思い出してしまう。
あのときピピは人間を皆殺しにしてでも俺を助けようと思ったとか。
「怒りは力を得る代わりに冷静さを失う。……ってゲンさんが言ってたような気がする」
「チュリ? (適当に言ってません?)」
「……翼ゴーレムやミスリルゴーレムはゲンさんの仲間みたいなものなのかな?」
「チュリ? (なぜ今そんなことを?)」
「ゲンさんのほうが強かったら自動的に従ってくれるかも」
「チュリ~(もうっ。そんな適当な話はどうでもいいですから、少しは緊張感持ってください)」
「持ってるって。あいつの声的にメスかなぁ?」
「……チュリ(そうですね)」
「ゴーレムにもメスとかいるんだな。全員オスかと思ってた。というかゴーレムに性別なんてあるんだっけ?」
「……チュリ(ミスリルゴーレムのほうはたぶんオスです)」
「まぁオスのほうがゴーレムって感じはするよな。って俺たちはゲンさんのイメージが強いせいか」
「……」
そろそろピピの怒りと緊張もほぐれただろうか?
このあとの作戦はピピにも頑張ってもらわないといけないからな。
「ギャギャ!? (あれ~? ここの二重の壁、やたらと頑丈じゃない?)」
封印魔法の壁のことか?
そりゃあ門は開閉式だし、あれだけ大きいんだから簡単に侵入されないように封印魔法も厳重にして当然だ。
というか確かに南門は西門に比べてもだいぶ大きいな。
こっちはリーヌ方面だから人通りが多くなることを想定してるのか。
……よく見ればこのあたりの建物や道も西門付近のものに比べると少し立派な気がする。
「ギャギャ! (キャハハ! やっぱり壊そう! 人間の絶望する顔が見たいから! キャハハ!)」
本当に独り言なんだよな?
誰も相槌を打ってくれないことに寂しくならないんだろうか?
「チュリ(みんな準備ができたようですよ)」
「ん? 早いな」
……門左側の外壁の上らへん、門手前右側の建物の上、そこよりさらに右にある複数の建物の上、そして門手前の道にて、丸い火の玉が燃えている。
一般人だけではなく、騎士や冒険者たちも全員退避させたという合図だ。
アオイ丸が第一線で戦い続けてくれたおかげで、騎士や冒険者の説得もスムーズに進んだんだろう。
とにかく、ここからは俺たちのやりたい放題。
なにも気にすることなく存分に魔法を使うことができるってわけだ。
建物が壊れるのはゴーレムたちのせいであって俺たちのせいではない、うん。
「チュリ(ロイス君、早く剣を)
「あ、そうだな」
最終的な準備完了の合図は俺がすることになっている。
というわけでこの魔法剣を上に掲げて、火を……
「うぉっ!?」
「チュリ! (なにしてるんですか! 危ないからちゃんと両手で持ってください!)」
「ちょ、ちょっと待て……」
あまりに勢い良く燃えたもんだからビックリして、つい手から剣を離して落としてしまった……。
新作の魔法剣にララの最新の火魔法とはいえ、失敗作じゃないだろうな?
今、完全に燃えてたぞ……。
剣は無事か?
…………大丈夫そうか。
再度剣を掲げ、おそるおそるスイッチを押した。
……これ、振った瞬間に俺まで火傷するんじゃないだろうか……。
「チュリ(ではお先に行ってきます)」
「あ、あぁ……。気をつけてな」
俺の肩からピピが飛び立っていった。
……さて、気を取り直して俺も南門近くまで移動しよう。
階段を一気に駆け下りる。
ん?
正面からこっちに向かってなにかが走ってくる。
「ピィ!? (なにかトラブルでもありました!?)」
タルか。
タルは向きを変え、南門に向け俺といっしょに走り出す。
「思ってたより火魔法の威力が強くてビックリしてさ」
「ピィ!? (火傷してませんか!? 回復しておきますね!)」
「いや、いいって。大丈夫だから」
俺の言葉よりも先に回復魔法を使うタル。
心配しすぎだ。
そして正面の南門がゆっくりと開いていくのが目に入ってきた。
「ギャギャ!? (まだ私に殺されたいやついたの!? キャハハ!)」
翼ゴーレムの喜ぶ声が聞こえてくる。
不快な笑い声だ。
そして南門が半分ほど開いたところで、南門の上空に一匹の鳥が姿を見せた。
「チュリー! (やめなさい!)」
「ギャ!? (あっ!? 逃げたんじゃなかったの!? キャハハ!)」
「チュリ! (逃げようと思ったけど戻ってきたんです!)」
「ギャギャ!? (キャハハ! いっしょにいたあの変なやつはとっくに殺しちゃったよ!? 弱すぎ! キャハハ!)」
「……チュリリー!」
そのときだった。
空に大きな稲妻が走り、南門すぐ向こうに落ちた。
その瞬間、大きな音とともに地面が振動した。
間もなく俺とタルも南門に着いた。
柱に隠れ、そっと外を覗き見る。
……やったか?
体に銅が入ってるのなら効き目は抜群じゃないか?
しかも雨で濡れているところへの雷攻撃だ。
普通ならこの一撃で…………ん?
なんでそんなところにそんな細長く高い岩が立ってる?
「……ギャ(はぁ……はぁ……)」
「!?」
まだ生きてるのか!?
どこにいる!?
……あっ!?
岩の上か!?
「ギャギャ(はぁ……はぁ……これが痛みってやつ?)」
そうか!
こいつ、雷を地面に逃がしたな!?
この岩はこいつの体の一部だ!
もしかして自分の体を自在に変形させることができるのか!?
ウェルダンが言ってたのはこういうことだったんだな!?
「チュリ(あの子の痛みはこんなものじゃありませんよ)」
「……ギャギャ(キャハハ。じゃあその痛みをあなたにも感じさせてあげよっか?)」
「チュリー! (できるものならやってみなさい!)」
ピピがそう叫んだ瞬間、翼ゴーレムの足元から上に向かって土風魔法が襲いかかる。
風魔法による竜巻の中を、土魔法による無数の針が暴れまわっているような感じだ。
そして地面に立っていた岩は跡形もなく崩れ去っていく。
あっ!?
自分の体を切り離してとりあえず上空に逃げる気か!?
だがなんと、翼ゴーレムのさらに上空からは大きな槍が降ってきているではないか。
下からの攻撃を必死に逃れようとしている翼ゴーレムにはもちろん見えていない。
「ギャー!?」
その槍が頭に直撃した。
……これくらいでは破壊できないか。
だがその槍は翼ゴーレムを上空へは決して逃がさない。
下からはリヴァーナさんが使う魔法の中でも最大威力を持つ土風魔法。
上からはメネアによる水魔法奥義『槍雨』。
さすがに頭にダメージを受け続けている状態で挟み撃ちにされたらさすがにもう無理だろう。
おっ?
まだ横に逃げだす力があったか。
翼ゴーレムは最後の力を振り絞ってピピに襲いかかろうとする。
ピピの前には封印結界があるのわかってるよな?
「ギャーーーー!?」
だがその封印結界に辿り着く前に、夜空を数本のクナイが飛んでいった。
そしてなにかが地面に落ちた音がした。
ピピは空から俺の元へと下りてくる。
「チュリ(やりましたね)」
ふぅ~。
非常に疲れる戦闘だった。
ダンジョンに三日間こもってたくらいの疲れだ、たぶん。
「……ギャ(ど……どうして……)」
あんな姿になってもまだ話せる力が残ってるのか。
って油断しないようにしないと。
土魔法で体を完全に復元なんてこともできるかもしれないからな。
「チュリ(ロイス君、とどめを)」
「え? 俺?」
「チュリ(ウェルダン、そしてマドとコタロー君のかたきを)」
「でもそれはミオが……」
「チュリ(こわがらなくても大丈夫です。コアとなる魔石が欠けてしまってますから魔法を使うどころかもう長くありません。私もいますから)」
……まぁそれなら。
剣をしっかりと握りしめ、南門の外に出た。
……ここが封印結界の外だと思うとこわい……。
急に別の魔物が襲ってきたりしないだろうな……。
「ピィ(マドのかたき)」
俺のすぐ前を先導するタル。
そしてミオとアオイ丸が外壁の上から飛び降りて合流してきた。
リヴァーナさんとメネアは残党狩りに向かったはずだ。
「ギャ(こ……これが……死?)」
なにかの塊が話しかけてくる。
「チュリ(そうです)」
主に銅、そこに鉄、岩、土が混ざってる感じか。
ミスリルはどの部分だろう。
「ギャ(なんで……こんな小さな……鳥なんかに……)」
「チュリ(私はなにひとつ攻撃していませんよ。あなたが負けた相手は人間です)」
「ギャ(人間……なんかに……)」
「チュリ(人間にだって強い人間はたくさんいるんです。それに人間の知恵にはかないません)」
「……ギャ(知恵……)」
翼ゴーレムの声がだんだん小さくなっていってる。
もう限界が近いのかもしれない。
「なぁ、お前はどうやって生まれたんだ?」
「……ギャ(そんなの……知らない)」
「自我が芽生えるまでの記憶とかはないのか?」
「……ギャ(知らない)」
「なんでミスリルゴーレムを助けた?」
「……ギャ(な……仲間だと……)」
「仲間? じゃあなんで今は別々に行動してるんだ?」
「……ギャ(あいつが……のんびり……一周……してこいって……)」
「なんだと? つまりお前はミスリルゴーレムに命令されたってことか?」
「……ギャ(命令……じゃなくて……仲間……)」
「仲間か。ほかに仲間は?」
「……ギャ(いない……あいつだけ)」
「同じ鉱山で生まれたのか?」
「……ギャ(わからない……でも同じニオイ)」
「う~ん。というかお前、案外素直なやつなんだな」
「……ギャ(お前……なぜ……言葉わかる)」
「そういう能力なんだよ。この鳥も、山でお前が殺した牛も俺の仲間だ」
「なんでござると!? ウェルダン殿が!?」
「……ギャ(お前……本当に……人間)」
「見た目だけかもしれないけどな。それより鉱山の近くでリスみたいなやつ見なかったか? こんなやつだ。ってもう目が見えないか?」
「……ギャ(リス……魔物……逃げた)」
「なに? 殺してないのか?」
「ピィ!? (逃げたんですか!?)」
「……ギャ(傷……負わせた……逃げた)」
「アオイ丸、馬車の準備だ。マドは生きてるかもしれない」
「本当でござるか!? すぐに馬を探してくるでござる! ついでに騎士隊に報告もしてくるでござる!」
「……今でも人間を殺したいと思うか?」
「……ギャ(人間……敵……)」
「そうだよな。魔物からすればそれが普通だもんな。俺たち人間からしても魔物は敵だからな」
「……ギャ(た……助け……)」
「人間を襲わないって誓えるか?」
「……ギャ(人間……敵)」
「じゃあダメだ。どっちにしろもう助からないと思うぞ」
「ギャ(そ……そんな……)」
「悪いな。でもお前はもうたくさん人間を殺しただろ? それに俺も大事な仲間をお前に殺されてるんだぞ? これでも一応怒ってるんだからな?」
「……」
「まぁそういうわけだから。もしまた生まれてくることがあったら、そのときは人間側の魔物として生まれてきてくれ」
「……」
反応がなくなった。
「チュリ(死んだみたいです)」
「だな。さて、マドを探しに行くぞ。ミオはリヴァーナさんとメネアに合流して残党を討伐しつつ急いでララの元へ向かってくれ」
「コタロー君も生きてるかもしれないからミオも行く」
「そうか。ならいっしょに行こう。でも鉱山に行ってくることは伝えてこい」
「うん」
ミオは門の中に入っていった。
タルは翼ゴーレムの亡骸をレア袋に回収している。
せっかくのレア魔物だけど、魔石が欠けてしまっていてはウチで出現させることは難しいな。
でも研究材料としてマリンが欲しがるかもしれない。
「チュリ(こわいくらい作戦がハマりましたね)」
「たまたまだ。雨と雷で死んでくれればもっと楽だったんだけどな」
「チュリ(本当に変形しましたね。でもロイス君がウェルダンと話したというのも本当だったことがわかりました)」
「あれが現実で良かったよ。……いや、良くはないか」
なんだか急に胸が痛くなってきた。
ウェルダンを亡くした悲しみがまた込み上げてきているようだ。
「……魔物たち同士も仲間とか思ったりするんだな。もう少し話を聞いてから戦っても良かったのかも」
「チュリ(こちらに被害が出て後悔することになってたかもしれませんよ)」
「……そうだよな」
この先もまだまだこのような敵が現れるのだろうか。
……やはり俺に戦闘は向いてないな。




