第七百三十一話 夜の王都を走る
馬車は南門に向かって進んでいく。
おそらく最短ルートを選んで走ってくれていることだろう。
「町の中心部に向かって逃げてください!」
「落ち着いてください! ゆっくり歩いてでも構いませんからとにかく中心部へ!」
周囲では騎士と思われる人たちの大きな声が響いている。
どうやら拡声魔道具を使っているようだ。
でもこの状況でゆっくり歩ける人なんていないと思う。
騎士に任せておけば大丈夫だからとでも言いたいのかな。
「あっ!? おい! そこの馬車とまれ! 危ないだろ! 状況が理解できてないのか!? 騎士番号を言え!」
どうやら俺たちが乗る馬車に向かって言ってるようだ。
どこか高い場所から見下ろしてるのかな。
すると馬車がとまった。
そして御者席の騎士が中を見てくる。
「すみません……これ以上先は……」
「いえ、助かりました。おかげで戦術の打ち合わせもできましたし。あ、騎士番号とやら教えてもらってもいいですか? この馬車の件はあとで必ず俺から弁解しますので」
「ははっ、大丈夫ですよ。みんな少々気が立ってるだけですから」
「ではもしなにか罰を受けるようなことがあったら遠慮なく言ってくださいね」
「ははっ、そうさせてもらいます。ではくれぐれもお気をつけて。この方角に行けば南門に着けると思いますから」
俺たちは馬車から降り、南に向かって走り出した。
「煙のにおいが凄いね」
「あっちは完全に火事だから」
「じゃあ水散らしてくね~」
メネアによる空からの消火作業が始まった。
このあたりは煙のにおいがするってだけで火事は発生してなさそうだけど。
……小雨よりさらに弱い霧雨って感じの雨だな。
メネアは使い慣れない杖を手に持ち魔法を使っている。
弱い雨を広範囲に降らせたいときには杖のほうがいいとか。
「それよりさっきからなにこの音? めちゃくちゃうるさくない?」
「緊急避難警報ってやつだと思う」
「火事のときに鳴らす音じゃないかな? ウチの村でもあったよ」
へぇ~。
こんなのが急に真夜中に鳴ったらビックリして飛び起きるだろうな。
……その割には避難する人が少ない気もするが。
もしかして火事なんか日常茶飯事の出来事すぎてこの音をなんとも思ってないとか?
それとももう避難したあとなのかな。
「町の外壁が破壊されました! 魔物が町中に侵入してきます! ただちに避難を!」
でもちゃんと説明してくれてるもんな。
これで逃げなかったらバカだろ。
……帝都はそうやって何十万人も死んでいったんだっけ。
サハでも同じようなことがあった。
…………よし。
「ロイス君? なにする気?」
「ちょっとだけ騎士の真似事をしてみようかと」
レア袋から拡声魔道具を取り出した。
範囲を最大限……いや、普通くらいにして、と。
……ふぅ~。
「俺は第二王子のジェラードだ! 死にたくないならさっさと家を捨てて逃げろ! 封印結界が破壊された今、そこから魔瘴がすぐに侵食してくるぞ! そして当然この町中でも魔物が湧いてくることになる! 今ならまだ間に合うから早く逃げるんだ! 町の中心部では騎士や魔道士たちが安全な場所を確保してるからそこまで急いで逃げろ! これ以上犠牲者を出すな! 周りの家にも声かけろ! わかったな!?」
……ふぅ~。
こんなもんでいいだろ。
「ロイス君カッコいい~」
「でも安全な場所なんて本当にあるかわからない」
「キミさぁ~、勝手に王子様の名前使って大丈夫なの? しかもあの人そんなキャラじゃないんじゃない?」
「適当なんだから危機感を煽れればなんでもいいんだよ。それにこういうときって丁寧口調で言うとあまり危機感を持ってもらえないんだよ」
これまでの経験でそれはなんとなくわかってるからな。
「ジェラード様の言う通りです! 死にたくなければ早く避難を! 魔物は躊躇なく襲いかかってきますよ!?」
お?
どこかの騎士が俺をジェラードさんと勘違いしてくれたようだ。
「チュリ! (こっちです!)」
「ピィ! (ご主人様ー!)」
お?
ピピはもうタルを見つけてきてくれたか。
「ロイス殿でござるか!?」
お?
この声はアオイ丸だな。
ピピの二度目の偵察のときに町中に降ろしてきたタルは無事にアオイ丸を発見できていたようだ。
すぐにピピが空からやってきた。
タルとアオイ丸もまた、空から地面に飛び降りてきた。
足痛くないんだろうか。
さすが忍者だな。
そしてすぐさま俺たちの走りに合わせてくる。
「なぜロイス殿がここに!? というかさっきの声、ロイス殿でござるよな!?」
「よくわかったな。まぁ詳しい話はあとだ。南門に向かう」
「南門!? 状況は理解できてるでござるか!? ……できてるからこその、このメンバーってことでいいのでござるな!?」
さすがに理解が早い。
でもアオイ丸のこの様子だと、ユウナからはなにも聞いていないようだ。
ピピが助っ人を呼びに行ったことすら誰も知らないのかもしれない。
「あぁ。それより一人か? コタローたちは?」
「……ハリル殿はユウナ殿たちがいる北西に向かったでござる。コタローとマドは……行方不明でござる」
「行方不明?」
「ブロンズの魔物が出現し始めたあと、我々はすぐに王都の南西にある鉱山が怪しいと考え、十名ほどの偵察隊を向かわせることになったのでござる。そこにコタローとマドも同行したのでござるが……それっきり帰ってきてないのでござるよ」
「「「「……」」」」
「魔物は一向に減る気配がないし、そのあと空飛ぶ奇妙なゴーレムが現れたことから、おそらくコタローたちは……」
全滅か……。
「封印魔法の使い手も二名同行してたでござるよ……」
それも結構痛いな……。
「その……マドのことでござるけど……」
「いや、それはいい。アオイ丸もコタローのことのほうがツラいだろ。でもできるなら悲しむのはあとにしてくれ。今はその空飛ぶゴーレムを倒すことが先決だ。……ミオ、大丈夫か?」
「……うん。ミオが倒す」
ミオはアオイ丸以上にツラいはずなのに……。
ミオとコタローは二人ずっといっしょに修行してきたんだからな。
「よし、じゃあカタキは譲る」
「うん。譲られた」
よしよし。
これで俺は見てるだけで大丈夫だ。
「譲るってどういうことでござるか?」
「さっきまで俺がカタキを取る一番手だったけどそれをミオに譲っただけだ」
「……誰のカタキでござるか!? マドのほかにも誰か死んだのでござるか!?」
「その話もあとだ。作戦を言うから聞け」
本当はマドがいる想定で考えてたんだけどな。
……おっと、悲しんでる場合じゃない。
マドの分も俺が……いや、ミオにカタキを取ってもらおう、うん。
そしてアオイ丸とタルに翼ゴーレム討伐作戦を伝えた。
「……」
アオイ丸は翼ゴーレムが言葉を話すという事態に、珍しく理解が追いついていない様子だ。
「敵なのは間違いないから躊躇するな」
「……でもおそらくロイス殿は会話ができるのでござるよな?」
「たぶんな。北西に出現したミスリルゴーレムのことは聞いてるか? そいつも言葉を話せるタイプだ」
「な……」
「ちなみにそっちにはララが向かった」
「なんでござると!?」
「心配ない。ダイフクとマカもいっしょだ。ララも含めてみんなかなり強くなってる。ほら、タルの体も大きくなってるだろ?」
「……確かにマドより大きいでござるな。……ってララ殿は本当に大丈夫なのでござるか!? 向こうもとんでもない数の敵が集まってると聞いてるでござるよ!? しかもボスはミスリルでござるよ!? というかララ殿たち帰ってきてたのでござるか!?」
「落ち着け。ちゃんと戦えればなにも問題はないし、もしララが戦えなくてもダイフクがなんとかする。……はず」
「はずってなんでござるか!? 兄として心配にならないのでござるか!?」
「心配だって。でも本当にララ強いんだって。ここに来る直前にソボク村でアリアさんと王都行きをかけて一対一の決闘になったんだけど、もう完全に圧勝だったんだからな」
「な……アリア殿に圧勝でござるとは……。って相手が魔物と人間では全然違うでござるよ!?」
うるさいな……。
「わかってるって。ダイフクに乗って地下四階もクリアしてるから大丈夫だって。というか疲れるからもうやめ」
さすがに息があがってきた……。
運動不足の俺に走りながら話なんてさせるなよ。
そのあとはアオイ丸の話を聞いた。
翼ゴーレムに挑んだ騎士や冒険者もかなりいるらしい。
だがそのほとんどはすぐに大怪我を負い、逃げてくる者もいれば、当然死んだ者だっているそうだ。
そして翼ゴーレムは逃げる者を決して追ったりはしないとのこと。
弱者に興味がないのか、弱者が何度来たところで余裕で勝てると思ってるからなのかはわからない。
ピピやウェルダンは逃がしたら危険と判断されたんだろう。
「チュリ(あの笑い声、不気味なんですよね)」
ピピは笑い声のことばかり言う。
そのせいで俺の中では、翼ゴーレムは快楽殺人者的なイメージが出来上がってしまっている。
「ピィ(マドのかたきは私が……)」
いや、さすがに回復魔法と浄化魔法しか使えないタルには無理だから……。
魔法杖の魔法で倒せるわけないだろ?
だからって俺には絶対頼るなよ?
「キャハハ!」
「!?」
なんだ今の声?
……まさか今のが?
ピピは頷く。
どうやら南門が近いようだ。




