第七百二十三話 王都パルド襲撃
驚き固まるピピとウェルダン。
敵が喋ったことに加え、そのとてつもない威圧感に体の震えがとまらない。
「グガァ(俺の勘違いか。こんな弱そうなやつらペットに決まってるよな)」
敵がなにか声を発してるものの、襲ってはこないことに異変を感じ始めるユウナとシャルル。
周りを見ると、さっきまで戦ってたはずの鉄の狼や、今来たばかりの鉄のゴーレムたちの動きもなぜか完全にとまっている。
「グガァ(そこの人間も小さくて弱そうだ。俺はなんでこんなクソみたいなやつらを殺したいと思ってるんだ?)」
自分に問いかけるミスリルゴーレム。
するとここでウェルダンが勇気を出した。
「……モ~? (あの、もしかして、僕の言葉、わかります?)」
「グガァ? (おん? なんだお前、話せるのか。俺だけが特別なんだと思ってたぞ。というかお前、やっぱり魔物か?)」
事態を察したユウナ。
さすがにシャルルもウェルダンと敵が会話をしたことに気付いたようだ。
「モ~? (人間を殺す気ですか?)」
「グガァ? (それ以外に人間の存在価値があるのか? 俺たちに殺されるために人間は存在してるんだろ?)」
「モ~(いえ、決してそういうわけでは……)」
「グガァ(おん? そういやお前、なんでそこにいる? 人間を殺そうとしてたときに俺が来たから、ビビって身動きが取れないのか? そのへんの雑魚の魔物や人間と同じレベルなのか?)」
「モ~(いえ……その……僕は人間側というか……)」
「グガ? (なんだと?)」
「「「「……」」」」
ミスリルゴーレムの声質が明らかに変わった。
「グガァ(お前、裏切り者か。なるほど、そういうパターンもあるのか。じゃあまずお前からだ)」
「「「「!?」」」」
「モ~! (逃げて!)」
ミスリルゴーレムがその大きな体で襲いかかってくる。
まずは右手を振り上げ、封印魔法の壁に殴りかかる。
「ヤバいのです!」
本気で作った壁ではないといえ、あっさりと破壊されてしまったことに動揺するユウナ。
「モ~! (ユウナちゃん! 援護をお願い!)」
果敢にも立ち向かおうとするウェルダン。
ユウナもそれに反応し、補助魔法をかける。
そしてミスリルゴーレムの腹に思いきり体当たりするウェルダン。
「グワァ!?」
後ろへ吹っ飛ばされるミスリルゴーレム。
「モ~! (いける!)」
「シャルルちゃん! 戦えるのです!?」
「……やるしかないわね。モリタ、危ないからユウナのところ行ってなさい」
「ミャ、ミャオ……」
モリタはシャルルと離れたくないのか、シャルルの肩をガッツリと掴む。
「……そう。なら私と心中する覚悟でいなさいよ」
「ミャオ……」
「ふぅ」
シャルルは一呼吸つき、心を整えた。
そしてレア袋から拡声魔道具を取り出し、町のほうを見る。
「王都騎士隊! 今すぐ封印魔道士たちを集めて町の封印結界を強化しなさい! まずはこの北西部からよ! 錬金術師たちにも連絡して魔道線を準備させなさい! それとFランク以上の冒険者は外に来て戦いなさい! 例え相手が自分より強い敵だったとしても、ここで逃げたら後悔するわよ!」
騎士隊員たちの反応は様々だ。
シャルロット王女を信頼してすぐに行動を始める者。
声の主に従っていいかわからずに困惑する者。
冒険者風情が生意気なことを言いやがってと怒りを覚える者。
声の主である冒険者がシャルロット王女だと気付いて慌てふためく者。
冒険者が強敵と戦うんだから自分も戦わないと思い戦場に出ようとする者。
ミスリルゴーレムの恐怖で声が全く耳に入ってこず固まり続けてる者。
「ほら! 鉄ゴーレムと鉄ウルフもあのミスリルにビビって動けないんだから今のうちにやってしまいなさい!」
「「「「うぉーーーーっ!」」」」
一方、大樹のダンジョンで共に修行してきた冒険者たちは威勢よく町から出てくる。
……が、ミスリルゴーレムが起き上がり、再び歩いてくる。
その姿が視界に入ったことで冒険者たちはその場にピタリととまってしまった。
そしてゆっくりとウェルダンの前にやってきたミスリルゴーレム。
「グガァ(なぜおまえ程度の攻撃で俺を吹っ飛ばせる? そしてなぜおまえ程度の角で俺の腹に傷がつく?)」
傷といっても間近でよく見ないとわからない程度のほんのかすり傷だ。
「……モ~(僕も強いから)」
「……グガァ(なるほど。その角、俺の体と同じ物か)」
ウェルダンが自分の角の上に装備しているミスリル製の角を見抜いたミスリルゴーレム。
「グガァ? (でもそれだけじゃないよな? お前の体の大きさからは考えられないほどの力を感じた)」
「モ~(体が小さいことと力が強いことは関係ない)」
「グガァ? (おん? ……そういや後ろの人間、さっきからずっと杖を構えてるけど全然攻撃してこないな。……なるほど、魔法にはそういうものもあるのか)」
なにか納得したように何度も頷くミスリルゴーレム。
するとミスリルゴーレムは目を閉じた。
「チュリ!? (マズいです! 魔法を使おうとしてます!)」
「モ~! (先手必勝だぁ!)」
ウェルダンは再びミスリルゴーレムに体当たりを仕掛ける。
「モウッ!?」
だが今度は敵の体はビクともしなかった。
「グガ(邪魔だ)」
「!?」
ミスリルゴーレムは左手の甲でウェルダンを軽々と払いのける。
横に吹き飛ばされたウェルダンの姿はあっという間に見えなくなった。
「グガァ? (俺の力、強くなったよな? ってあいつしか俺の言葉わからないのか)」
シャルルとユウナの目にはミスリルゴーレムが纏うオーラがハッキリと見えている。
おそらく力強化系の身体強化魔法および補助魔法だと判断した。
「グガァ(あいつしか向かってこないってことはあいつが一番強かったんだよな? てことは残るは雑魚ばっかってことだ)」
「……さっきからなに喋ってるのよ! ちゃんと私たちにもわかる言葉で喋りなさいよ!」
そう言うのと同時にミスリルゴーレムに向かって走りだすシャルル。
そして槍の先に氷の刃を出現させ、まだ敵とは少し距離があるにもかかわらず槍を振り下ろした。
すると槍の先からは氷の刃が放出され、敵は虚を突かれたのかその刃はそのまま勢いよく体に命中した。
……だが敵には全く効いていない。
続けてすぐにミスリルの槍で斬りかかるシャルル。
……だがそれも軽々と敵の右腕で防がれ、甲高い音が周囲に響いた。
シャルルはすぐに敵から離れ、今度は槍先から何本もの氷柱攻撃を放つ。
敵はまたしても右腕でそれを防ごうとする。
シャルルはさらに大小を織り交ぜた氷柱を何十本と放つ。
敵は左腕も使い始めた。
そしてシャルルは最後に特大の氷柱を一本、頭を目掛けて放った。
敵はこれまでの数々の氷柱に対しては払いのけるという対処をしていたが、その特大の氷柱に対しては正面から破壊しようと右手で突きを繰り出した。
そして特大の氷柱は呆気なく破壊されることになった。
だがその直後のことだった。
「グガァーーッ!?」
敵の体が大きくよろめいた。
なんと敵の左脇腹あたりがえぐれるように欠けているではないか。
「死になさい!」
「グガッ!?」
槍を両手で持ち、追い打ちをかけるかのごとく敵に飛びかかるシャルル。
必死に体勢を立て直そうとするミスリルゴーレム。
「ミャオ!」
「えっ!?」
だが突然モリタが叫んだ。
反射的に左を見るシャルル。
「モリ……」
なにか言いかけようとしたが、左からぶつかってきたなにかに弾き飛ばされるようにして地面を滑っていくシャルル。
「シャルルちゃん!?」
すぐに駆け寄るユウナとピピ。
「ギャギャ! (キャハハ! 油断しすぎ。体と同じで頭も硬いの?)」
「……グガァ(なんだお前)」
新たな敵の出現に、この場にいる全員が再び驚き固まる。
敵は異形のゴーレムだった。
体は土、岩、銅、鉄が入り混じっており、中にはミスリルのような色も見受けられる。
サイズは鉄ゴーレムや銅ゴーレムよりも小さい。
だがその背中には翼のようなものが生えている。
「ギャギャ? (おっきな氷の後ろから槍が飛んできてるの見えてなかったよね? それに今助けてあげなかったら本当に死んでたんじゃない?)」
「……グガァ(人間を試してただけだ)」
「ギャギャ! (キャハハ! 強がっちゃってぇ~!)」
この場にいて唯一敵の言葉を理解してるピピは汗がとまらない。
そしてこのままでは全滅という絵が頭に浮かび始めていた。
「ピピちゃん」
そんなピピにユウナが小声で話しかける。
「今すぐ大樹のダンジョンに戻ってこのことをロイスさんに伝えてなのです」
「チュリ? (今から救助を求めるってことですか?)」
「勝てない相手ではないのです。数より質、なにより超早くでお願いするのです。それまで私がなんとかしてみせるのです」
「チュリ? (こんな敵相手に大丈夫なんですか? しかももうすぐ完全に暗くなりますよ? それに大樹のダンジョンに戻ってここに帰ってくるまでに何時間かかると思ってるんですか? リーヌのほうが近いですよ? ウェルダンはここにいるから馬車は使えないんですし)」
「リーヌじゃダメなのです。とりあえず、数時間くらいは耐えてみせるのです」
「チュリ(ユウナちゃんだけじゃ無理ですよ……)」
「早く行ってなのです。無駄死にはしたくないのです」
「……チュリ(わかりました。絶対生きててくださいね)」
そしてピピは飛び立った。
「ギャ? (なに今の? ……あ、ちょっと遊んでくるね~)」
ピピを追って飛び立つゴーレム。
その意外な速さにユウナは不安を覚える。
そしてミスリルゴーレムはユウナを、いや、シャルルを見てくる。
「グガァ?」
シャルルは地面に横たわったまま、ピクリとも動かない。




