第七百二十二話 アップデート作業(一日目終了)
「……完了です」
「終わったぁ~~~~」
カトレアとマリンはソファに倒れ込む。
もうすぐ二十二時だ。
予定よりは一時間遅れってところか。
ララは隣のソファでダイフクとボネとワタといっしょに眠っている。
「明日の午前中にやることは?」
「現場で確認してみてからの微修正程度でしょうか。でも今作業が終わったばかりの宿屋以外は大丈夫だったんですよね?」
「あぁ。今のところ問題は見つかってない。各所の転移魔法陣の権限設定とかも大丈夫だ。マカとタルにも隅々まで見てもらったしな」
マカとタルは俺の太腿を枕にして眠っている。
起こすのが可哀想だから俺はピクリとも動けない。
「なら大丈夫そうですね。では私はお風呂入って寝ます」
「私も~」
カトレアとマリンは二階に転移していった。
作業しながら色々とつまみ食いしてたからお腹は減ってないのだろう。
……さて、俺も部屋で寝るか。
心を鬼にして、マカとタルを片腕で一匹ずつ抱え上げる。
……起きないな。
このまま部屋に連れて行ってしまおう。
そして無事に起こさず俺の部屋のベッドに寝かせることに成功した。
「ゴ(ロイス、ちょっと来い)」
部屋を出るとゲンさんが声をかけてきた。
魔物部屋に行くと、そこにはなぜかドラシーもいた。
「疲れてるんじゃないのか?」
「疲れてるわよ。それよりなにかあったっぽいわね」
「なにかってなにが?」
「あと少し待ちなさい」
落ち着かない様子のドラシー。
ゲンさんは外に出ていく。
それから僅か数十秒後のことだった。
「ゴ(来たぞ)」
「え? 誰が?」
慌てて外に出る。
当然ながら真っ暗でなにも見えない。
と思いきや、マルセール方面から凄い勢いでなにかが飛んできた。
俺は咄嗟にゲンさんの後ろに隠れる。
そしてそのなにかは急ブレーキをかけてとまった。
「えっ!? ピピ!?」
「……チュリ(はぁ、はぁ……お水を)」
ピピが魔物部屋に入ったので俺たちも続く。
水を飲むピピ。
……!?
ピピの体からは血が出てる。
それにかなり汚れてもいる。
戦闘してきたのは間違いないだろう。
とりあえずスピカポーションを飲ませてみる。
そしてピピの呼吸が落ち着いたところで話を聞くことにした。
「なにがあった?」
「チュリ(王都が……魔物の集団に襲われてます)」
「なにっ!?」
「ゴ(王都か……)」
「面倒なことになったわね」
ピピの話はこうだ。
王都組は予定通り28日の夜に王都に着いた。
そのときは特に異変は感じなかった。
昨日29日はユウナといっしょに封印結界の一部を見て回ったそうだが、そこでも特に異常はなかった。
そして今日、リーヌに向け正午に出発予定だった王都組が集合場所に集まっていたとき、事件は起きた。
まず王都騎士隊の一人がその集合場所にいたウチの冒険者たちに助けを求めてきた。
町の北西の封印結界外に魔物が大量発生しているということなので、見送りに来ていた冒険者たちが対応することになった。
実際にはその冒険者たちより先にピピとコタローが現場に着いた。
確かに魔物は大量に発生していた。
だがその魔物はGランクやHランクばかり。
騎士隊に死者が出ているような気配もない。
空を飛ぶような魔物もおらず、騎士隊や王都に残る冒険者でも十分に対処できるとふんだ。
ピピとコタローは適当に魔物を数十匹倒し、急いで集合場所に戻ってきた。
だがピピたちが北西に行ってる間に、新たに南西でも魔物の大量出現が報告されていた。
南西には大樹のダンジョンに向かう予定だった冒険者たちも十人ほど向かっていた。
ウェルダンとアオイ丸も南西に行くことになったが、そこで出現していたのも同じようにGランクやHランクの魔物ばかりだった。
アオイ丸が報告に戻ってきたところで、残っている冒険者たちで緊急会議を行うことになった。
アオイ丸とコタローとヨタローはウチの従業員であり、魔物や馬たちの世話係で同行していることになっているが、ただ者じゃないってことは噂になってたらしい。
ヨタローは実力的にはただ者なんだけど。
そして会議では、リーヌに向かう馬車の出発を遅らせることが決まった。
故郷に出現した魔物を放っておくことはできないという判断だ。
すぐに全員が北西と南西に分かれて散っていく。
全体の指揮を執っていたのは四バカたちだとか。
あれでも一応Eランクだからな。
それから三時間ほどが経過し、魔物の波は一旦落ち着いた。
だが原因がわかっていない以上、今後もまたすぐに湧いてくるかもしれない。
だから周辺の調査のために、今日のリーヌ出発は完全に取りやめることが決定した。
そして陽が少し落ちてきた夕方のことだった。
町の外、北西部の調査をしていた冒険者たちが慌てて帰ってきた。
なんと鉱山の入口から鉄の体を持つゴーレムが数体出てきたという。
遠距離攻撃をしても全く効かなかったため、その冒険者たちはすぐに撤退を選んだ。
幸いにもゴーレムの足は非常に遅い。
同じころ南西部では、銅の体を持つゴーレムが鉱山から現れたことを確認していた。
魔法が効果的なこともすぐ判明し、鉄のゴーレムほど強くはなさそうとの見解だ。
だが問題はその数。
やはり鉄より銅のほうが安価で数が多い分、魔物としても発生しやすいのかもしれない。
ゆっくりではあるが確実に王都パルドに向かってきているゴーレムたち。
コタローや冒険者たちの見立てでは鉄のゴーレムの強さはDランク。
Eランク冒険者たちが束になってかかればなんとかなるという判断。
だが騎士隊とも話し合い、もしものときのために封印魔法の使い手を西側に集合させてもらうことになった。
だが敵は待ってくれなかった。
町の北西ではゴーレムたちが到着するより先に、新たに出現した鉄の体を持つ狼が町付近にいた冒険者や騎士隊に襲いかかってきていた。
それによって怪我人が多数、死者も数人出てしまった。
一方、南西部では新たに銅の狼が出現していた。
銅のせいかやはり数が多い。
こちらでも怪我人や死者が続出する事態となった。
そして満を持して、ユウナとシャルルが北西に到着した。
二人は顔見知りの冒険者たちからもっと早く来いとブーイングを浴びることになる。
だが二人が遊んでいたわけではないことはみんなが知っていた。
実はユウナとシャルルは帰りの馬車には同行せずに、しばらく王都に残ることになっていた。
ユウナは王都の封印結界に不安を覚えたため、王都にいる封印魔道士たちに修行をつけることにしたのだ。
この二人の登場は冒険者たちにとって希望を与えてくれるものだった。
Eランク冒険者たちの多くは、シャルルの槍での攻撃力、そしてユウナの補助魔法や封印魔法の実力を知っているからだ。
そこにピピとウェルダンがいれば、敵がDランクと言えどそう簡単に負けることはないだろう。
まずはこの鉄のゴーレムと鉄の狼をどうにかし、鉱山の入口をユウナの封印魔法で閉じてしまえばこの戦いは終わりだと誰もが思い始めていた。
だがそれも一時の甘い考えだった。
鉄の狼たちと戦ってるうちにようやく鉄のゴーレムたちがやってきた。
そしてそのすぐあとに、ヤツがやってきた。
ヤツの存在に真っ先に気付いたピピとウェルダン。
少し遅れてユウナとシャルル。
全員思わず動きがとまる。
全身青い体に青い目。
その青色は全てキラキラと光っている。
誰もが一目見ただけで銅や鉄などより高価な鉱石だと判断するだろう。
その魔物とは見るのも戦うのも初めてのはずだが、おそらく全員が同じ名前を思い浮かべたはず。
『ミスリルゴーレム』と。
体は鉄のゴーレムたちよりも遥かに大きい。
しかもミスリルの強度だ。
ユウナは周りにいる冒険者たちに大声で一旦町の中へ引くように叫んだ。
同時にユウナは相手の様子を見るため、自分たちの前に封印魔法で壁を作り出す。
最低でもCランク、いやBランクは間違いない。
なんせミスリルだ。
いや、もしかするとAランクの可能性だってあるとみんなの脳裏に浮かぶ。
だがそのすぐあと、まずピピとウェルダンが敵の本当の恐怖を知ることになる。
「グガァ? (お前たち、まさか人間のペットってわけじゃないよな?)」
「「……」」
なんと敵が話しかけてきたのだ。




