第七百二十話 アップデート作業(一日目、大混雑)
宿屋フロント前ロビーは朝から人でごった返している。
「当日予約可能な宿もたくさんありますから現地で決めてもらっても大丈夫ですよ!」
「日曜ですから土曜日に比べるとどこも空いてますから!」
リョウカとシンディが声を張り上げている。
昨日の夜からずっとこんな感じだ。
完全に宿屋案内所になってるな。
冒険者たちは宿屋案内端末魔道具にて今日泊まる宿を必死に探してる。
こちらとしても昨晩に急遽端末の数を増やしたり、ソファやイスを増やすといった対応が必要になった。
一週間も前から言ってたのに、みんな結局ギリギリになって決めようとするんだもんな。
まぁ俺もそっち派だっただろうけど。
でも便利な世の中になったよなぁ~。
一昔前までは宿を決めるとなると直接宿に行くしかなかったのに。
それが今じゃ魔道化してある町の登録済みの宿ならこの端末一つでどこからでも瞬時に予約ができる。
料金もP払いなら少し割引してもらえるし。
食事付きかどうかもわかったり、選べたりもするから町での予定も立てやすい。
実に便利なシステムだ。
「どこ行く?」
「スノーポートは?」
「寒いんだよね? 一年中雪降ってるって聞いたんだけど……」
このパーティは行き先すらまだ決めてないのかよ……。
「マルセールってこんなに高いんだな……。安い宿はもうとっくに埋まってるし」
「大きな町に比べると宿の数が少ないから仕方ない」
「前まではもっと高かったらしいよ。王都とボワールとサウスモナの中間にある宿場町って呼ばれてたから」
こっちのパーティの人たちはここに来てまだ一年も経ってないってことか?
ならウチの宿にしか泊まったことないだろうからそりゃマルセールの宿事情なんて知らないよな。
「じゃあマルセール駅に明日の十四時半集合な。遅れたら先に行くから」
そっちのパーティは全員バラバラに行動するのか。
それもありだよな。
魔道化範囲内に実家がある人は帰省する人も多いだろうし。
「なぁ聞いたか? ボクチク村でワイルドボアやナラジカ狩りのために冒険者を募集してるって話」
「聞いた聞いた。そのうち冒険者ギルドができるかもって話だよね」
「らしいな。もしその話が本当なら俺は村に帰ろうと思うんだけど」
「え? 今日帰るって話じゃなくて? 今後は村で冒険者を続けるってこと?」
「うん。だからその、もしお前も帰る気があるんなら、村でパーティを組まないか?」
「え……。う~ん。考えとくね」
こうやってまた人が去っていき、いくつかのパーティが解散していく。
村に冒険者が増えること自体はパラディン隊の負担が減っていいことなんだけど、ウチの客が少なくなると本末転倒になる。
「ん?」
突然後ろから肩をトントンと叩かれた。
「なにしてるの?」
「あ、ミオ……」
完璧な変装をし、完全に群衆に紛れてる俺に気付くとは……。
マナの力のせいでバレたのだろうか……。
「ほら、あれだよ。潜入捜査ってやつだ」
「なんの捜査? 手伝う?」
俺が小声で話すのを聞いて自分も小声にするミオ。
「いや、捜査じゃなかった。市場調査ってやつだ」
「……わかった」
俺の隣に座り端末を操作してる人物を見てなにかを察したミオはそれ以上深くは詮索せずに去っていった。
「……バレたからおしまい。帰ろ」
隣の人物はそう言うとソファから立ち上がった。
俺もそれに続く。
そして宿屋フロント裏の転移魔法陣から家に帰り、リビングのソファに座る俺たち。
「あ~~。ミオちゃんだったか~」
「ほかに誰にバレると思ってたんだよ?」
「メネアさんか、アプリコットちゃん。最有力がメネアさんで、ミオちゃんが対抗って感じ?」
「メネアか。あいつは魔力で人を見る癖があるから確かにすぐバレるかも」
「私まだ話したことないんだよね~。というか五分も経ってなくない? ミオちゃんタイミング悪すぎ」
「やっぱり俺がいるから違和感があったんだよ。ミオとやればバレないと思うぞ」
「それじゃ面白くないじゃん。今回はどこまでお兄がバレずにいられるかっていう実験だし」
「俺じゃなくてユウナが帰ってきてからやってくれ……」
俺は嫌だって言ったのに。
でもユウナがいないから仕方なく付き合ってあげることにした。
「さっきのボクチク村に帰るって人さ、あれって告白だよね」
「告白? パーティを組まないかというただのお誘いだろ」
「絶対違うって~。だからお兄はダメなんだよ~」
仮に告白だったとして、俺のなにがダメなんだろう……。
「でさ、やっぱり一時的にお客さんが減るのは仕方ないよ。でも町で冒険者が増えてくると、そのうちまたウチのお客も増えてくるから。理由はどうであれ、町周辺の魔物じゃ物足りなくなった人たちが絶対ウチに来るから」
たぶんじゃなくて絶対か。
ララの絶対はかなりの確率で当たるからな。
「でもそんなに楽観視してるわけにもいかないよね。ウチを離れるってことは、ウチに魅力を感じなくなったってことも考えないと」
「そこなんだよなぁ~。飽きたって人もいるだろうしな」
「うん。いつかは故郷に帰りたいとは思ってても、ウチの居心地が良かったらズルズルといるはずだもん。それが良いことか悪いことかは置いといて」
「一番長くいる人でもまだたった二年なのにな。やっぱりマンネリ化が原因かなぁ~。ダンジョンで修行した先の目標がないっていうかさ。そりゃ魔王を倒すっていう目標はあるけど、得体の知れない敵だし、強さもわからないんじゃなぁ~」
「というかお兄がマンネリ化してるんじゃない? お兄は今の冒険者たちをAランク冒険者に育てあげることを目標にしてればいいの。そのための環境を準備してあげるのがお兄の仕事でしょ」
「Aランクかぁ~。いったい何年先のことになるのやら。そもそもそこまで強くなれる人間なんているのかなぁ~」
「ドラシーはララシーはAランク級だったって言ってたじゃん。ルーカスもBランク級だったみたいだし」
「でもそれ以来そこまで強い人間は見たことないんだろ? 今実在してる人間で一番強い人でもせいぜいCランクって言ってたし」
「ならその人をウチで修行させればすぐにBランクになるかもしれないじゃん」
「その人はもうとっくにおじさんだよ。その人に期待するくらいなら、今いる若い人たちの将来性にかけたほうがよっぽど見込みがあるってさ」
「……なら火山で会った女の人とか」
「なに言ってるんだよ。ナミの町は消滅し、メタリンは殺され、ミオとボネも死にかけたんだぞ? 完全に敵だろ。人間にも悪いやつはたくさんいるんだよ」
「……だよね」
……もしかしてララはその女性がルチアだということに気付いてるのか?
いや、確かにララともよく遊んでいたルチアのことを忘れるということはないだろうが、金髪の女性という情報だけでルチアを連想するはずがない。
……いや、待て。
ララはあの施設のことを知っていたくらいだし、ルチアが魔法を使えることも当時から知っていたということは考えられるな。
「冗談だからそんなこわい顔しないでよ」
「……もしお前がそいつと会ったら戦うことになるかもしれないんだぞ?」
「わかってる。でも条件は私と同じみたいなものでしょ? さすがに苦戦を強いられそうだけどね」
「きっと苦戦どころじゃないからな? リヴァーナさんたちは何人いたと思ってる?」
「わかってるって」
もし町中で昔懐かしい知ってる顔に会っても絶対に心を許すなよ?
……とまでは言えなかった。
そこまで言えばララは確実にルチアを想像するだろうし。
それに何回も言うけどまだルチアだと決まったわけじゃないからな。
「さ~て、今日はどうやってワタを鍛えようかなぁ~」
「おい? またマリンが怒るようなことはやめろよ?」
「……とりあえずワタ起こしてこよ~っと。お兄は管理人室でみんなのお見送りしててね」
可哀想なワタ……。
でもこれ以上言うとまた俺が甘いせいだからって言われるしなぁ……。




