第七十二話 ゲルマンの昔話
ララとユウナに昔はここのダンジョン内に鉱山があったらしいことを説明した。
それからひとまず俺とゲルマンさんは昼食に専念することにして、少し急ぎ気味で食事を平らげた。
だってゲルマンさんの隣にはララが、俺の隣にはユウナが座っていて、早く鉱山の話を聞かせろとばかりに目をキラキラさせてるんだから。
食べ終わった皿をユウナは素早く物資エリアに持っていき、ララはその間にお茶の用意をしている。
カトレアは既にソファに座って聞く準備万端のようだ。
アイリスさんが来たことでウチのソファも二人掛けのソファを一つ追加していた。
俺はカトレアの隣に、向かいにはララとユウナが座り、リビングとキッチンの間の管理人室側を向いている新しいソファにゲルマンさんが腰掛けた。
「で、早く聞かせて! 鉱山ってなに?」
「そうだな。昔……ワシがまだ十歳のころだから五十五年も前の話になるんだが、ここのダンジョンの中に鉱山ができたんだ」
「「うんうん!」」
ララとユウナは相槌を打ちながら聞いている。
俺とカトレアは大人だから静かに聞いている。
「あれは突然だったな。グラネロの親父さん……お前たちの爺ちゃんの父親が急に鉱山を作ったと言い出してな」
「「それでそれで?」」
「まだ誰も人が入ったことないって言うから、ここで遊んでいたワシとグラネロは喜んで鉱山へ連れて行ってもらったんだよ。鉱山がなにかも知らずにな」
「「……」」
ララとユウナも聞くことに専念するようにしたようだ。
「そしていざ山の洞窟みたいなところに入ってみるとだな、そこには鉱石と呼ばれるものが周囲一帯に埋まっていたんだ。それはもうキラキラして見えたよ。目の前にお宝が埋まっているんだからな。鉱石のことは知らなくてもそれが金や銀といったものであることくらいはすぐにわかったさ」
「宝石だらけ……」
「ほぇーなのです」
鉱石ってそんなに簡単に見つかるものなのか?
設定でそうしていたのかな?
「ワシたちは親父さんがこの鉱石を売ってお金にするもんだと思ったんだが、そうじゃなくて親父さんはここを一般開放すると言ったんだ」
「一般開放!?」
「金銀取り放題なのです!?」
「あぁ、それを聞いたワシたちはなぜそんなことをするのかわからなかった。こんなにいっぱいの金銀が取れるとわかったら冒険者たちはもちろん、それこそ一般人まで集まるに決まってるからな」
「「「「……」」」」
俺たちはその理由について心当たりがある。
ユウナにもそれは説明してあったのでピンときたはずだ。
「それから少ししてダンジョン鉱山は開放されたんだ。入場料は確か普通のダンジョンと同じで100Gだったかな?」
「え? 普通のダンジョン内にではなく別のダンジョンとしてですか?」
「ん? 入り口はわかれていたが入場料を払えばどちらにでも入れるみたいな感じだったと思うぞ」
「そうですか。あっすみません続きをお願いします」
一般人でも入れるように鉱山フィールド専用の入り口があったということか。
だとすればそこには魔物もいない本当に鉱山だけのエリアだろうからそりゃ人も殺到するだろうな。
「で、案の定人は殺到したよ。普段からも確か五十人くらいは冒険者が来てたと思うんだが、その比にならないくらいな」
五十人か。
当時の入場料が100Gということは一日5000G、一週間で30000Gと考えると結構な収入だな。
「もちろん日が経つに連れどんどん人は増えていった。マルセール以外からも人が集まってきてたぞ。そういうワシも鉱山のことが気になって毎日遊びにきてたがな。ただ子供は危ないって言われて入れなかったからここで見てたんだけどな」
「……ここで見てた?」
「水晶玉みたいなやつでだな。ダンジョン内を見れるやつがあってな。今はないのか?」
「「「「!?」」」」
水晶玉の存在を知ってるのか!?
セキュリティ緩々だな……。
誰か注意するような人はいなかったんだろうか。
でも今もこうやって残っているということは大事には至ってないみたいだしまぁいいか。
それよりも十歳で町からここまで毎日遊びにきてたことのほうが驚きだよ……。
「「「「「!?」」」」」
次の話をどう切り出そうか悩んでいると、俺たちが囲んでいるテーブルの上に急にドラシーが現れた。
「おい!?」
思わず俺は声をあげてしまう。
いくらゲルマンさんといえど、このダンジョン関係者以外に姿を見せることは危険だと思っているからだ。
他の三人も同じようで、どうしようと言った表情で俺を見てくる。
「あら、懐かしい顔ね」
「おう、やっぱりいたのか。久しぶりだな」
「「「「えっ!?」」」」
知り合いなのか!?
水晶玉のことを知っていたからといってそれがダンジョンコアであることを認識してるわけではないだろうし、さらにドラシーの存在を知っていることにはならない。
でも久しぶりだなってことは明らかに面識があるってことだ。
それほど爺ちゃんと親しかったってわけか。
「お知り合いですか?」
「まぁな。でも安心してくれ。誰にも話したことはない」
「そうでしたか」
この様子だとドラシーがダンジョンコアとわかっているような話しぶりだな。
「ロイス君、大丈夫よ。それに今のアナタならなにがあっても守れるでしょ?」
「ずいぶんロイスを買ってるんだな? グラネロには厳しかったように思えるんだが」
「だってあの子は極端に優しすぎたからね。ああいう子には多少発破をかけるしかなかったのよ」
「それもそうだな。わっはっは!」
なんだか昔からの親友って感じだな。
きっと子供のころは爺ちゃんとゲルマンさんとドラシーの三人で仲良くやってたんだろうな。
半年前の俺とララとドラシーのように。
今じゃすっかり大所帯だ。
「老けたわね」
「それは仕方ないだろ。グラネロなんてもういないんだぜ」
「…………アナタはまだ大丈夫そうね」
「おう。今も現役で打ち続けてるぞ!」
ゲルマンさんとドラシーは一瞬悲しげな表情をしたが、すぐにそれを振りはらうように会話を続けた。
俺たちがいるから気を遣ったんだろう。
俺がここに来てからゲルマンさんがウチに来たことはないからドラシーとは少なくとも七年は会ってないはずだ。
爺ちゃんが倒れたときも俺が背負って町の医者まで連れて行き、結局そのまま亡くなったからな。
遺体の処理も町でやってもらったから、ドラシーと顔を合わすのも爺ちゃんが亡くなってからは初めてのはずだ。
ここまで墓参りに来てたとしてもさすがに気付くし。
……俺たちは少し場を外したほうがいいんじゃないだろうか。
そう思って俺はまずララのほうを見ると、ララの目からは涙が流れていた。
気持ちはわかる。
俺も爺ちゃんのことを話してくれる友人が二人もいて凄い嬉しいし、だからこそこの場に爺ちゃんがいないことが悲しくもなる。
「で、今日はなにしに来たの?」
「あぁ、アイリスを見にな。あいつは大丈夫そうか?」
「えぇ心配はいらなそうね。もう様子は見てきたんでしょ?」
「うむ。まぁロイスとララがいれば大丈夫だな。それにこんなカワイイ嬢ちゃんが二人もいるしな! 羨ましいぞ!」
「全く、アナタはなにも変わってないのね」
ドラシーが呆れ気味に言う。
今の流れからするとゲルマンさんは結構な女好きってことか?
嘘だろ?
この人寡黙って言われてるんだぞ?
イメージが壊れるよ?
ただでさえこんなに話してる姿は珍しいらしいんだぞ?
アイリスさんとおじさんがいなくて良かったかもしれない。
「話の続きをしてあげたら?」
「そうだったな。どこまで話したっけか? ここで水晶玉で見てたってところまでか」
ドラシーの登場によりすっかり話が逸れてしまったが鉱山の話をしていたんだった。
「しばらく混雑は続いたんだがな、二週間ほど経ったころ急に鉱山を閉めたんだ。なんでも親父さんが言うには目的が果たせそうだからとか言ってな。それっきり鉱山への入り口が開放されることはなかったよ」
目的を果たしたということは多くの魔力が集まったからということか?
いや、果たせそうだからってことは違う目的があったのか?
金銀をばら撒いて経済活動を活発にしたかったとか?
それともマルセールの町を活気づけるためか?
ここに来る人達はマルセールに宿泊することになるからそう考えると筋が通っているようにも見えるな。
急に鉱山が発見されて、人が殺到し、掘りつくされたから鉱山は閉山となった。
これだと誰もなにも怪しまないよな。
鉱山にはありそうなことだし。
それに損した人は誰もいないわけだし。
でも鉱山がなくなったら人は来てくれなくなる。
ダンジョンにとっては一時的な現金収入のプラスにしかならないはずだ。
鉱山を作るための魔力を考えたら二週間程度人が殺到したところで元はとれないだろうし。
考えれば考えるほどわからなくなるな。
「でもそれがきっかけなんだよな。ウチの親父が鍛冶を始めたのって」
「え!?」
「ウチの親父も鉱山に入ってな、でもなぜか金銀はいっさい取らずに石炭や銅に鉄ばかり取りやがるんだ。みんなはあまり取らないだろ? だから独占できるみたいなことを言ってな。で、一番有効活用できそうなのが鍛冶だったってわけだ」
……目的ってもしかしてそれか?
鍛冶屋に取らせるために鉱山を作ったのか?
いや、それから鍛冶を始めたってことはまだ鍛冶屋ではなかったということか。
「ゲルマンさんもそれから鍛冶を始めたんですか?」
「あぁ、半ばむりやりにな。当時マルセールに鍛冶屋はなかったから当然人手はワシと親父の二人だけだ。まぁワシもここで冒険者たちを見て剣に興味は持ってたからな。まさか作る側になるとは思わなかったが。わっはっは!」
当時鍛冶屋はなかった?
ということは鍛冶屋を作るためにわざわざ鉱山を?
……いや、爺ちゃんがゲルマンさんと知り合いのように、その親の二人が知り合いでもおかしくない。
もしかして友達が鍛冶屋になりたいことを知っていて手助けのつもりで鉱山を作ったのか?
でもそれなら金銀を他の人に取らせることなんてしなくても、当人にだけ鉱山を利用させてあげれば良かったのでは?
…………違うな。
きっとなにも言わずに鉱山を開いたんだ。
なにか理由があったのかはわからないが、鍛冶師になりたいのになろうとしない友人の背中を押すつもりだったのかもしれない。
さすがにゲルマンさんの親父さんは意図に気付いたはずだが、それをどう思ったんだろうか。
余計なことをするなと思ったのかもしれないし、友人からの好意だと思ったのかもしれない。
結局鉱石を取りに来ることになってそのまま鍛冶師になったんだから後者であってほしい。
ゲルマンさんは鉱山が作られた目的は知らないようだから親父さんは一言も話さなかったのだろうな。
ドラシーを見るとドラシーも俺を見ていて、にっこり微笑んできた。
これはおそらく俺の考えがそんなに間違ってないときの反応だ。
「で、どうなんだ? 鉱山は作れるのか?」
「えっと、ドラシー? どうなの?」
「作れるわよ。というか地下三階の山にも鉱山あるわよ」
「「「「えっ!?」」」」
「お前、ドラシーって名前だったのか? てっきりコアかと思ってたぞ」
俺たち四人は既に鉱山があることに驚いた。
ゲルマンさんはドラシーの名前のほうが気になったようだ。