第七百十六話 定番の散歩
朝か。
……思ってたより目覚めは良いな。
ん?
……いつのまにかララが隣で寝ているではないか。
二階に一人きりというのが寂しかったんだろうか。
それともシルバのことで俺を心配してくれたんだろうか。
二階でララといっしょに寝たはずのワタやボネもいる。
ベッドの上にはほかにもダイフク、マカ、タルが寝ている。
これだけ広い家なのに、みんな俺のベッドで寝るのももったいない気がするけどな。
あ、でも一号だけは専用の檻の中だ。
みんなよく眠っているようなので起こさないようにそ~っとベッドを抜け出し、部屋を出る。
ふと魔物部屋のほうを見ると、ゲンさんと目が合った。
「ゴ(早いな。顔洗ったら外に来い)」
ゲンさんは抑えた声でそう言うと、先に外に出ていった。
なんとなく急いで準備をし、俺もすぐに外に出る。
「ゴ(散歩行くぞ)」
こういうときのゲンさんはなにか話があるということだ。
シルバのことだろうか。
「ゴ(マカとタルだが、魔力が大幅に上がってる)」
「大幅に? エクたちよりもってこと?」
「ゴ(そうだ。なにか特別なことをしたのかと聞いてみたが、普通に村周辺の魔物と戦ってただけらしい)」
「じゃあエクたち以上に戦闘しまくってたからってことか?」
「ゴ(いや、おそらく魔瘴の影響だと思う)」
「魔瘴? ……もしかして悪い影響が出てたり?」
「ゴ(いや、そんな様子は見られない。単純にパワーアップしたって感じに見える)」
「……野生の魔物にたまに見られるような進化をしたってこと?」
「ゴ(進化とはいえないが、覚醒とは言ってもいいだろう。強くなってることは間違いない。マカの火魔法見たか?)」
「見てないけど……そんなに?」
「ゴ(ララほどではないが、Eランク冒険者のトップクラスのやつらが使う魔法と比べても遜色ない)」
「え……」
マカの火魔法はついこの前までせいぜいFランク冒険者の平均と同じくらいだったはずだ。
10段階で言えば3くらい。
それがEランク冒険者のトップとなると、6はあることになる。
ゲンさんの目に狂いはないはずだし。
ちなみにララは8~9な。
「タルは?」
「ゴ(まず浄化魔法の威力と範囲が広くなったと言ってた。回復魔法はあまり変わってないらしいが、初級程度の解毒魔法なら使えるようになったと言ってたな)」
「おぉ~? 解毒魔法を? 凄いじゃないか。タルのやつ、なんでそんな大事なことを俺に言わないんだよ」
「ゴ(昨日のお前に言えるわけないだろ)」
「あ……。だよな……」
あとでいっぱい聞いてやろう。
「じゃあダイフクは?」
「ゴ(デカくなったな)」
「……え? それだけ?」
「ゴ(ダイフクの場合は比較対象がないからなんとも言えないところもある。でも力は強くなってるし、足も速くなったらしいぞ)」
ダイフクは雪の中をララ、マクシムさん、アプリコットちゃん、そしてマカとタルを乗せて走ってこれたらしいから相当力がついてることは間違いないな。
「ゴ(ただ、大きい体というのは攻撃を受ける面積が大きくなるということでもあるけどな)」
「そこは素早さと防具でカバーするしかない」
「ゴ(だな。で、俺が言いたいのは、おそらくエク、メル、マドの三匹もまだまだ強くなれる可能性があるってことだ)」
「魔瘴による覚醒か」
「ゴ(あぁ。でもそれだけじゃ足りない気もする)」
「足りない? ここ近辺の魔瘴じゃってこと?」
「ゴ(いや、大樹やお前の近くにいると効果が薄れるかもしれないって思ってな)」
「……マナの力によって?」
「ゴ(そうだ。とは言ってもマカとタルが覚醒したのは偶然かもしれない。一歩間違えば魔瘴で苦しむことになるし、野生の魔物に戻る可能性だってある。まぁ元々リスたちはマナの力で魔物化したようなもんだから少し特殊だけどな。この方法だってそんなリスたちだけに当てはまるのかもしれない)」
「マナと魔瘴か。バランスが難しそうだ。でもやってみる価値はあるな」
「ゴ(あいつらのためにもそのほうがいい。危険を感じたらすぐにやめさせればいいだけだ)」
「じゃあしばらくウチを離れさせてみるか。……って今もう既に離れてるけど」
「ゴ(マルセールにも帰ってこさせないほうがいいかもな。少しハードかもしれないが、サハで生活させてみるのはどうだ?)」
「そうしてみるか。あそこならダルマンさんたちがいるから頼みやすい。デルフィさんなんて喜んで引き受けてくれそうだし。念のためマカとタルにもフォローさせよう。パラディン隊はしばらく休職だな」
リスたちも賛成してくれると思う。
あいつらは自分の魔法の威力が上がらないことにヤキモキしてたからな。
「……ゴ? (ボネも行かせてみるか?)」
「ボネ? ……いや、ララも言ってたけど、ボネはもう戦えなくてもいいよ」
「ゴ(そうか。まぁまだ赤ん坊だしな)」
「ボネはもうこれ以上大きくならないんじゃないかな。だからもう大人扱いでいいんじゃないか」
「ゴ(マーロイ大陸で戦った同種のやつらにはあそこまで小さいやつなんていなかったんだけどな。マナの力が魔力全振りに作用したのかもしれん)」
「でも正直ボネの力が使えないのは痛いよな~。念力と封印魔法なんて俺を守るためにあるかのような能力なのに」
「……ゴ(もしかするとマカたちが強くなったのはララといっしょにいたからかもしれんな)」
「あ、俺も薄々そうじゃないかと思ってたのにハッキリ言わなくてもいいだろ……」
「ゴ(すまん……。まぁその可能性は低いと思うが。でもお前も修行したほうがいいぞ。それによってマナの力もまだまだ増えるかもしれない)」
「……気が向いたらで」
そのあとはララの話をしながら適当にそのへんを歩いた。
家の近くまで帰ってくると、家の前でマカとタルとワタが遊んでいるのが見えた。
ワタがマカとタルと会ったのはモーリタ村以来だ。
ワタはこの二匹が昨日までいた三匹と違うリスだってことを理解できているのだろうか。
よく見たら壁際に一号もいる。
最近ふと思うことがある。
いったい一号はどういう感情で生きてるんだろう。
それを考え始めると、魔物を生成したことに罪悪感を感じてしまう今日この頃だ。
「ゴ(ん? あいつらなにか様子がおかしい)」
そう言うとゲンさんは突然走りだした。
俺もつられて走る。
……もしかして、戦ってるのか!?
「ピィ! (やめなさい!)」
「ホロロロロ!」
「ピィ! (落ち着いて!)」
間違いない。
ワタがマカとタルに襲いかかっている。
「ゴ! (ワタ! やめろ!)」
「ホロロロロ!」
ワタにはゲンさんの声が届いていないようだ。
よほど興奮しているように見える。
あんなこわい目、まるで魔物みたいじゃないか。
って魔物だった。
「ゴ! (こらっ!)」
「ホロ!?」
ワタがマカとタルに気を取られている隙に、ゲンさんがワタの首根っこを掴んで持ち上げた。
「ホロロロロ!」
「ゴ(落ち着け。俺のことを忘れたのか?)」
「ホロロロロ!」
なにがあった?
マカとタルとケンカでもしたのか?
ワタは身動きが取れないながらも、空中で手足と翼をバタバタさせながら暴れている。
「ワタ? どうした?」
「ホロロロロ!」
「大丈夫だぞ。敵なんかいないから……え」
急に突風のようなものが吹いた。
俺の顔付近にだけ。
ワタの翼による風だろう。
「痛っ」
だが突然右のほっぺたに痛みを感じた。
……ん?
血?
ほっぺたを触った右手には赤い血が付いている。
「ピィ!? (ご主人様!? 回復を!)」
すぐにタルが回復魔法を使ってくれる。
……うん、痛みも血も消えた。
目の前ではゲンさんがワタの体をガッチリと掴んでいる。
「今なにが起きた?」
「ゴ(ワタだ……。こいつ、風魔法を使った)」
「え? ワタが?」
「ホロロ!」
ワタは身動きが取れないながらも、首だけを必死に動かしている。
「そうか。やっと魔法を使えるようになったのか」
「ゴ(感心してる場合じゃないだろ……。当たり所が悪ければ大怪我してたんだぞ……)」
「そんな大袈裟な。これくらいの風魔法で死ぬわけないって。で、なんでこんなことになったんだ?」
マカとタルに問いただす。
「ピィ(一号が檻の中で外に出たそうに音を立ててたんです。だからララちゃんを起こしたらいけないと思って、私とタルで一号を外に連れ出しました)」
「ピィ(しばらくここで一号を観察してると、ワタが外に出てきたんです。そして私たちの顔を見たら突然暴れ出して……)」
「ピィ(たぶん、私たちに違和感を感じたんだと思います)」
「ピィ(寝起きでぼーっとしてましたから、私たちをエクたちの偽物かと思ったんじゃないかと)」
「なるほど。お前たちは少し大きいからな。それにマナの力が薄まってることも関係したのかもしれない」
「ホロロ!」
ワタはまだ興奮している。
俺のことも認識できていないようだ。
「ピィ(ご主人様、一号のことなんですけど……)」
「あいつは俺が外に出ていったから、いっしょに行かないとと思ったんだろう」
「……ピィ(ワタが攻撃してしまって……)」
「ん?」
…………え?
「一号!?」
慌てて一号に駆け寄る。
…………息をしていない。
傷は見当たらないが、おそらくタルが治療したんだろう。
「ピィ(ごめんなさい……)」
「ピィ(私たちが連れ出したせいで……)」
「……いや、お前たちのせいじゃないから気にするな。こいつはブルースライム。ワタの一撃だけで死んでしまう弱いやつなんだ」
一号……。
まさかこんなことになってしまうとは……。
俺のせいだ……。
なんで今日に限っていっしょに散歩に連れて行かなかったんだ……。
「ホロロロロ!」
ワタも昨日まで攻撃なんてしなかったじゃないか……。
一号と遊ぶときは一号に触れずに遊ぶんだぞという約束をちゃんと守ってくれてたのに……。
「ゴ(おい、安らぎパウダーを出せ。こいつを眠らせる)」
「……わかった」
「ホロロロロー!」
ワタは人間側の魔物にはなれないかもしれない。
体こそ日々成長して大きくなってきているが、いまだに言葉を話す気配はない。
俺の血を混ぜた特製ポーションも毎日飲ませてるのに。
魔瘴の中に放り込んだらすぐに野生化すると思う。
俺たちのことなんかすぐに忘れて。
「ねぇ~? なに騒いでるの~?」
ララだ。
完全に寝起きの姿で外に出てきた。
「……ふ~ん」
さすがララだ。
寝起きで頭が働いていないはずなのに、一瞬で状況を把握したのだろう。
「ワタ~?」
「ホロロロロ!」
「……ワタ?」
「ホロ……」
突然ワタがおとなしくなった。
マカとタルの体も一瞬ブルっと震えたようにも見えた。
おそらくララが強い魔力を発したんだろう。
「ワタ、朝っぱらから外で暴れたらご近所迷惑でしょ?」
「……」
「暴れるならダンジョンの中、敵の魔物がたくさんいるところで暴れなさい。わかった?」
「……」
ワタは恐怖で声が出ないようだ。
「お兄、ワタはしばらく私が預かるから」
「え……でもマリンが」
「いいよね? この子にちゃんと魔力の制御教えてあげないと」
「……わかった」
ララはワタが魔法を使ったことにも気付いたのかもしれない。
そしてゲンさんは地面の上でワタを解放した。
……ワタは逃げるようなこともなく、その場で小さく丸まっている。
逃げても無駄だと悟ったのかもしれない。
見てて少し可哀想になってくる……。
「マカ、タル」
「「ピィ(はい……)」」
「もしまたワタが暴れたら、遠慮なく攻撃していいから」
「「ピィ(え……)」」
「仲間を攻撃する子は仲間じゃないから。次はあなたたちも仲間を守るために戦いなさい。わかった?」
「「……ピィ(はい)」」
ララは一号のことも仲間だと言ってくれているのだろうか。
それともほかの仲間が攻撃されるようなことを想定して言ってるのだろうか。
もしくはこれから生成されてくるであろう魔物たちを考えてのことだろうか。
どれにせよ、もう一号は戻ってこない。
次は二号だもんな。
……墓を作るのはやめておこう。




