第七百十四話 待望の戦士
「きゃーっ! 可愛い!」
「ホロロ……」
ワタは怯えている。
ララはそんなワタを指で突いてみたり、抱きしめたりしている。
「これって羽!? 翼!? 飛べるの!?」
「うん」
「すごぉ~い! なんて魔物!?」
「ウイングフェネックスだ」
「フェネックスなの!? こんな子もいるんだ!」
「突然変異と見てる。ワタとの出会いも色々あってな」
「聞かせて聞かせて! めちゃくちゃ可愛い! もう少し大きくなったら私を乗せて飛べるかも!」
「でもまだ言葉も話せないんだよ。元々は普通の魔物の赤ちゃんだったところを拾ったもんだからさ」
「ボネとダイフクと同じパターンか! そういうレアな場面に遭遇するのはさすがお兄!」
ララはすっかりワタに夢中のようだ。
こりゃ予想通りマリンと取り合いになるな……。
「ニャ~? (ボネはあれからちゃんと面倒見てくれてた?)」
「あぁ、ワタのことは心配ない。でもボネは火山での戦いで魔力を使いすぎたせいで、危うく命を落とすところだった」
「えっ!?」
「ニャ~!? (大丈夫なの!?)」
「大丈夫じゃないかもな。それ以来、俺のピンチのとき以外は魔法を使わないようにさせてる。俺との会話にも魔力を使うみたいだから、ちゃんとした言葉では会話すらしてない。もしかするとこのまま回復しない可能性だってあるそうだ」
「うそ……」
「ニャ~? (会話に魔力使うの? じゃあ僕にも魔力あるの?)」
今その話かよ……。
「まぁ元々体内には魔石があるわけだしな。でもダイフクはマナの力で俺と話せてる線が濃厚らしい。俺と同じだな」
「ニャ~(わ~い。ロイスと同じだ)」
相変わらずこの白いモフモフは最高の触り心地だな。
「でもボネの人格……猫格? は今までといっしょだから安心していい」
「うん……。ボネ、もう魔法なんか使わなくていいからね……」
「ニャ~(そういえばさっきも僕が一方的に喋ってるだけでボネはなにも言ってくれなかった気がする)」
気付くのが遅いな……。
「……ミャ」
「ニャ~(あ、なんだか普通の猫みたい……)」
ダイフクはようやくことの重大さに気付いたようだ。
「あ、猫で思い出したけど、もう一匹、仲間というかペットになった普通の猫がいるんだ」
「ペット? ただの猫なの? 誰が飼うって言いだしたの?」
ララの目が厳しくなった……。
可愛い動物には興味があっても、戦えなくて言うことも聞かない動物をウチで飼ってまではいらないって考えだからな。
魔物牧場で飼ってる可愛い魔物たちは別のようだが。
「モーリタ村には大量に猫がいてさ、その中には魔物と戦うような大きな猫だっていたんだ」
「へぇ~? じゃあ強い猫って感じ?」
「いや、ペットになったのは凄く小さくて戦えない猫だ。品種的にそれ以上大きくならない、本当に小さい猫だ。でも誰がどう見ても可愛い」
「……小さくて可愛いの?」
少し興味を持ったようだ……。
結局可愛かったらなんでもいいのかもしれない……。
「ボネくらいのサイズだな。それにそいつがウチに来たのは俺がモーリタ村から帰って一週間後の、道建設の作業部隊が引き上げてきたときの話だ。どうやらウチに住みたくて勝手に付いてきたらしい」
「なんで住みたいなんてことがわかるの? 人間に付いていけばエサが貰えると思ってるだけかもしれないじゃん」
「ただの猫だけど、賢いんだよ。俺たちの言葉も完全に理解してる。それにそいつはなんと地震予知ができるんだ。ナミでの最初の火山噴火のときだって予知してたし、それ以降も少し大きめの地震が来る前には教えてくれてた」
「……今どこにいるの?」
会ってみたくなったようだ……。
「でも残念なことに、シャルルにめちゃくちゃなついてる」
「え……なんで……」
「さぁな……。今朝も当然のようにシャルルといっしょに王都に出かけて行った。最近じゃダンジョンの中にもいっしょに入ってるくらいなんだよ。風呂とご飯とトイレのときだけは魔物部屋に戻ってくるけどさ。ボネとも仲良くやれてるし、風呂上りにはここで魔物たちと団欒したりもする。爪で壁やソファを引っ掻いたりもしないおとなしい猫だ」
「……変わった猫もいるんだね」
「本当にな。ご飯も小食で少ししか食べないから、エサ代も気にするほどじゃない」
そんな猫ならララも自分になつかせたかっただろうな。
「あ、やっと来たっぽいね」
突然ララは立ち上がり、玄関に向かった。
特に物音がしたわけでもないから、ずっと探知を使ってたのだろうか。
少し遅れて俺も外に出た。
「ピィ! (ご主人様~!)」
「ピィ! (ただいま帰りました!)」
マカとタルが胸に抱きついてきた。
「おかえり。体調が悪くなったりはしなかったか?」
「ピィ(一度風邪ひきました……)」
「ピィ! (私はずっと元気でした!)」
そりゃ寒い土地なんだから風邪くらいひくよな。
「マカ、気にしなくていいぞ」
「ピィ(はい……。でもララちゃんがずっと看病してくれました)」
ほう?
ララもいいところあるじゃないか。
「ん? ……なんだか少し大きくならなかったか?」
「ピィ!? (そうですか!?)」
「ピィ! (魔力は格段にアップしましたけど!)」
毎日メル、エク、マドを見てきた俺にはわかる。
ダイフクの成長に比べたら全然だが、この二匹はあの三匹より確実に大きくなってる。
「お兄!」
「あ、うん」
そうだった。
リスたちのことはまたあとだ。
それよりあの大きな体は間違いなくマクシムさんだ。
……ん?
…………俺がリス二匹を抱えてるのと同じように、マクシムさんのその大きな腕で抱えられてる人は誰だろう?
寝てるのか?
フランみたいな明るい橙色の髪色だ。
「お久しぶりですね」
「あぁ。村のこと、感謝してる。俺だけじゃなく、村の者みんなからもお礼を言っておいてくれと頼まれた」
「その村の人たちはララにお礼言ってくれたんですよね? それなら俺には別にいりませんよ」
「いや、そういうわけにはいかない。世界中が大変な中……」
「堅苦しいことはいいですって。とりあえず、ようこそ、大樹のダンジョンへ」
「……あぁ。これから世話になる」
マクシムさんが右手を差し出してきたのを見て、リスたちは俺の腕の中から飛び降りた。
そして俺も右手を出し、ガッチリと握手を交わす。
……大きな手だ。
それに硬い皮。
これは相当剣を振ってるな。
「ところでその方は?」
「俺の従妹だ。名前はアプリコット、15歳」
「寝てるだけですか? 体調が悪いとか?」
「寝てるだけだ。暇なときはずっと寝てる」
「なぜここに連れてきたんですか?」
「冒険者になるからだ」
「ここまで来るのに歩きもせずに寝てるのに?」
「暖かい気候なうえに、森の匂いがいいもんでな。……というのは半分冗談で、周囲に敵でもいない限り本当にずっと寝てるんだよ……。でも敵がいたらちゃんと戦うから安心してくれ」
安心してくれって言われてもなぁ~。
まぁ別にそこまでは俺の知ったこっちゃないし。
「まさかその子とパーティ組もうとかお考えですか?」
「いや、前にも言ったが俺はロイス君の指示に従う。ララちゃんもそうしておけば間違いないって言ってるし」
「そうですか。でもその子は放っておいて大丈夫なんですか?」
「それもロイス君ならなんとかしてくれるって、ララちゃんが」
「……」
ララめ……。
面倒なことを押し付けやがって……。
「お兄、あのね、アプリコットちゃんはやればできる子なんだよ? 普段あまりやる気がないように見えるだけでさ」
「……」
「いや、本当に強いんだよ? 身体強化系の魔法使えるし。しかも素早さ向上と力向上」
ほう?
「寝てるように見えるけど、敵から身を守る防衛本能みたいなのもあるんだよ? ほら、試しに腕を掴もうとしてみてよ。叩かれるか避けるかするからさ」
ほう?
いいだろう。
どれ。
「ん?」
「「え……」」
普通に掴めてるんですけど……。
この子、完全に寝てるだけなんですけど……。
「なんで?」
「いや、わからん……」
ララとマクシムさんは不思議がってる。
普通はこうはならないってことなんだよな?
一旦手を放してみよう。
「「「え?」」」
なぜか今度は俺の手首を掴まれたぞ……。
「なんで?」
「わからん……」
そのやり取りはもういいから……。
「なぁ、寝ぼけてるんじゃないのか?」
「う~ん。知らない土地だし、暖かいしで感覚が鈍ってるのかも」
「それならここが戦場だったら死んでたな」
そして少女の手を優しくほどいた。
……やはり寝てるようにしか見えないが。
「こんなところまで連れてきたんだからちゃんと責任取って面倒見てやれよ」
「えぇ~~~~。でも来たいって言ったのはアプリコットちゃんなんだよ? 美味しいものがたくさん食べられると思ってさ」
「そんな不純な考えな子を連れてくるなよ……。マクシムさんだってこの子のことが心配になるだろ」
「う~ん。しばらく様子見してみるけどさ」
「そうしろ。……で、シルバは? ユキちゃんといっしょに森を散歩でもしてるのか?」
「「……」」
「ん? どうした?」
ララとマクシムさんが顔を見合わせた。
「お兄、落ち着いて聞いて」
「……シルバになにかあったのか?」
「……」
「おい? まさか死んだとかじゃないよな?」
「……あのね」
「嘘だろ? 冗談だよな?」
「お兄、違うから」
「だよな? 一瞬ビックリしただろ。学校に行って先にカトレアたちに会ってきてるのか?」
「……シルバはもうここには帰ってこない」
「……は? 帰ってこない? どういう意味だ? なんで? やっぱりヒョウセツ村の近くで戦って死んだのか? ドッキリなら早めに言えよ?」
「お兄、落ち着いて」
「落ち着いてるだろ。早く言えよ」
いや、落ち着いてないことは俺がよくわかってる。
心臓がバクバク言ってる。
体も震えてるし、汗も出てる。
「ユキちゃんが一匹でここに来たことは知ってるでしょ? その次の日の夜に私たちはヒョウセツ村に着いたんだけど、そこでユキちゃんが倒れてね」
「倒れた? ……疲労でか?」
「うん。スノーウルフだからパルド大陸の気候が合わなかったせいもあると思う。ここに来たのだって相当無理してたんだよ」
「……無事だったのか?」
「うん。三日間くらい寝込んでたけど、ちゃんと回復した」
「そうか……。で、それがシルバが帰ってこないこととどう関係がある?」
「ユキちゃんには、私たちといっしょにここに来てこれからはダンジョン内の雪フィールドで暮らせばいいって提案してみたの。でもそれをユキちゃんは嫌がった。たぶんみんなに気を遣わせるのが嫌だったんだと思う。ユキちゃんが雪フィールドにいればみんなわざわざ会いに行くでしょ? だからユキちゃんは迷惑かけるのなら村に残るって言ったの」
「……」
「それにマクシムさんが村を出るとなると、あの村には魔物と戦える人材がいなくなる。いるにはいるけど、一番強いのは元冒険者のお爺さんだし。アプリコットちゃんもこの二か月でだいぶ強くなったんだけど、こんな感じだから戦力としては計算できないし。あの村周辺の敵は強いから若手を育てるにはまだまだ時間かかるしね。だからユキちゃんは自分が村に残って魔物から封印結界を守ったり、みんなの分の食料を調達するって言いだしたの。やっぱりあの環境がユキちゃんに合ってるみたいだしね」
「……それならマクシムさんも残ったほうが良かっただろ」
「うん、だからね、ユキちゃんを心配したシルバがいっしょに残ることになったの」
流れ的にはそうだろうなと思った。
でも俺的にはマクシムさんに村に残ってもらって、シルバが帰ってきてくれたほうがいい。
マクシムさんだって本当はそう思ってるはずだ。
申し訳なさそうにしてるもんな。
……でもそんな単純なことじゃないのはなんとなくわかる。
「シルバね、ユキちゃんを本気で好きになっちゃったみたい。ユキちゃんもシルバのこと好きみたいだし」
ほら。
そんなことだろうと思った。
人間も魔物も似たようなもんだ。
「シルバが残ってくれるって言って、ユキちゃん泣いてたの。やっぱりマクシムさんがいなくなることが不安だったんだよ。それとシルバに会えなくなることも」
マカやタルやダイフクとは会えなくなってもいいのかよ。
まぁスノーウルフとシルバーウルフは外見も似てるからな。
というかパッと見は毛色くらいしか違わないか。
「お兄? ……一応シルバから伝言預かってきてるみたいだから。マカ」
「……ピィ」
別れの挨拶か?
一生帰ってこないつもりじゃないだろうな?
「ピィ(では……。あのとき、死にかけてた僕を助けてくれてありがとう。ここまで育ててくれてありがとう。ロイスとはずっといっしょにいたかったけど、どうしても守りたい存在が見つかっちゃったんだ。だからごめん。これからはその子を守るために命をかけることに決めた。勝手だけど、本当にごめん。今まで……お世話に……なりました)」
……勝手すぎるだろ。
せめて俺に直接言いに来いよ。
マカを泣かせてどうするんだよ。
「……ピィ(タルがユキちゃんからも伝言預かってます)」
俺はユキちゃんと会ったことないんだけどな。
「……ピィ(シルバ君のこと、ごめんなさい。私には彼が必要なんです。ロイスさんやお仲間の魔物さんたちに寂しい思いをさせることは重々承知しています。でもシルバ君がいっしょにいてくれることが本当に心強いんです。ですからどうかお許しください。それとマクシムのこと、よろしくお願いします。アプリコットちゃんのことも。できれば私も一度ロイスさんにお会いしてみたかったです。それと最後に、ララちゃんにありがとうとお伝えください)」
どいつもこいつも自分勝手なやつらだな。
まぁ人間なんてそんなもんか。
って魔物か。
…………仕方ないよな。
「ララ、ユキちゃんがララにありがとうって伝えてってさ」
「……うん」
「それとマクシムさんにも」
「……なんだ?」
「村のことは私とシルバ君に任せておけばいいから、マクシムは冒険者生活を楽しんで。それでもし自分が弱いとわかったらいつでも村に帰ってきて。そのときは私とシルバ君とまたいっしょに暮らしましょう。……とのことです」
「……わかった」
「ララ、二人へのダンジョンの説明や宿の手配は任せたぞ」
「……うん」
さて、まだ午前中だけど昼寝でもするか。




