第七百十一話 故郷に帰る者たち
ダンジョンから帰ってきた冒険者数人が管理人室前で足をとめる。
「俺、パーティを抜けて故郷のリーヌの町に帰ることに決めました」
「僕もです。最後に地下三階を突破できたことは凄く嬉しかったですし、自信にもなりました」
「私も王都に帰ります。いつか魔道列車が繋がるときまで、絶対に王都を守りぬいて見せますから」
「ここで修行させてもらったことは生涯忘れません。今までありがとうございました」
もう何人目だろう。
さっきからずっとこんな感じだ。
あ、また来たぞ。
「俺って王都の騎士より強くなりましたよね!?」
うんうん、強い強い。
自信を持つのはいいが、おごりはダメだぞ。
「これ、私の住所です。リーヌに来たら声かけてください」
家に遊びに来いってことか。
俺に会いたがってくれる人も意外に多いんだよな。
「管理人さん……お世話になりました……うぅ」
泣くのは明日の朝ここを旅立つときのほうがいいんじゃないかな……。
「尊敬してます! 握手してください!」
お、おう……。
あ、そんなに力入れるなって……。
そしてようやく誰もいなくなった。
完全に気疲れした。
今日は3月27日の木曜日。
明日28日の金曜日の早朝五時、リーヌと王都パルドに帰省する人たち向けの臨時列車が大樹のダンジョン駅から出発する。
列車はサウスモナ行き。
サウスモナからは馬車で移動することになる。
馬車は全部で26台、冒険者の数は約240人。
ウェルダンが引く馬車5台が先導を務め、その後ろから冒険者村で育てた屈強な馬たちが引く馬車が続く。
リーヌには正午頃に到着予定。
リーヌが目的地の冒険者は約80人。
残りの人たちは暗くなる前に王都到着を目指すため、リーヌでの滞在時間は実質ゼロですぐさま出発する。
もちろんウェルダンが先頭だ。
そしてリーヌ組は28日午後~30日は完全フリー。
王都組は29日はフリーだが、30日の正午にはもう王都からリーヌに向かって出発し、その日はリーヌで宿泊。
31日の朝に全員でリーヌを出発し、正午過ぎにサウスモナに到着。
そこから十四時に列車が出発するまではフリー。
別に先に自費でマルセールに帰ってもらっても構わない。
でもアップデートは十五時までの予定だから、それに合わせる意味でも十四時の臨時列車に乗る人が多いだろう。
今回の旅は、リーヌ経由の王都パルド行きツアー。
なんと王都に2泊もできる。
リーヌなら3泊だ。
しかもなんといってもウチで修行する冒険者ならお値段は無料。
ただし、帰省が目的の人だけのみツアーに参加可能。
同じパーティに所属する仲間の付き添いだからとかいう理由は受け付けない。
じゃないととんでもない人数になるからな。
これでも抽選になったんだぞ?
王都とリーヌは、このパルド王国で一位と二位の人口を持つだけあってウチで修行する冒険者の数も相当多いからな。
今回は残念ながら抽選にもれてしまった人は次回優先的に帰省できる権利があるからガッカリしないでほしい。
リーヌには毎月保守作業で行ってるからまた来月だな。
王都行きは次回はボワールまで列車で行って、ラス経由の北回りで行くのもありだ。
今は雪が凄いから馬車を何台もとなると大変だからな。
ウチから同行するのはエマ、カスミ丸、アオイ丸、コタロー。
馬の世話担当でヨタローとツバキ。
魔物はピピ、ウェルダン、エク、メル、マド、ハリル。
あとはシャルル家族とセバスさん。
モリタも連れて行かれるらしい。
そのウチのメンバーもリーヌで二手に分かれる。
リーヌ組は、エマ、カスミ丸、ツバキ、エク、メル。
今回はたっぷり時間があるのでエマも焦らずに封印結界のチェックができることだろう。
そして残りのメンバーは王都へ。
ハリルとコタローとヨタローは初めての王都を凄く楽しみにしてる。
王女と王子の護衛ということも忘れないようにしてほしいもんだ。
でもこうやってせっかくツアーを組んだのはいいけど、ただの帰省じゃなくてここでの修行を終わりにして実家に帰るという人が続出してしまったのは問題なんだよなぁ~。
だから今回は抽選と言いつつも、その人たちを優先してあげるしかなかったという事情もある。
明日出発する240人の内、実に150人くらいは大樹のダンジョンに別れを告げる人たちだ。
これはウチにとってかなり痛手になる。
Eランクの人たちは十人ほどだけというのがせめてもの救いか。
4月だから人が増えると思いきや、こうやって去っていく人もいる。
出会いがあれば別れもあるってやつか。
そんなことを考えながらリビングでぼーっとしてると、ユウナが二階から転移してきた。
「やっぱり私も王都に行ってくるのです」
「なんで?」
「封印結界の状態を見てくるのです。それと王都の魔道士たちがラスにもちゃんと定期的に行ってくれるかどうか確認しておきたいのです」
「ふ~ん。そっか」
「……なにか悩み事なのです?」
「さっきの見ただろ? 客が減っちゃうなぁ~って思って。おそらく今後も減っていく気がするし」
「……こんなこと言いたくないのですけど、地元に帰ることを決めた人たちは強くなることを諦めたか、今の自分に満足してしまった人たちが多いように感じるのです。故郷の町を守りたいとか言っても、リーヌや王都周辺に今のところ封印結界が破られるような魔物は出現してないのです。向上心が尽きてしまった以上、ここにいる意味はないのです」
「そんな冷たいこと言うなよ。強くなるのは簡単なことじゃないんだからさ。地下四階にはそれだけの壁があるんだし。でもウチにとって冒険者が減るということは魔力と金といった収入が減ることになるんだよ。非常時のために保管してあった魔石も学校を作るためにほぼ全部使っちゃったみたいだからなぁ~」
「ピンチなのです?」
「余裕がないって感じかな。週末のアップデートが終わったらみんなにしばらく質素な魔力生活を送ってもらわないといけなくなるかも」
「質素な魔力生活ってどんなのです?」
「照明をちょこっと暗くしてみたりとか? あとは蛇口からの水の出を少し弱めたりとか?」
「……ケチなのです」
「仕方ないだろ。せめて明日ここを旅立つ冒険者たちがリーヌやパルドに帰っても冒険者を続けてくれたらいいんだけどなぁ~。そしたら魔石の供給量が増えて価格が大幅に下がるなんてこともあるかもしれない」
「冒険者を辞めちゃったりする可能性もあるのです? それこそここで修行した日々が無駄になるんじゃないかと思うのです」
「全然あると思うぞ。だって冒険者の修行なんて命をかけてやってきてるんだから、それに比べたら町中での仕事なんかなんでもできそうじゃないか? 忍耐強くって意味でさ」
「う~ん。もったいない気しかしないのです」
「そう思えるうちはまだ戦えるから今は気にしなくていい。もしもう戦いたくないって思ったらすぐに俺に相談しろよ」
「了解なのです。……戦えなくなったら嫌いになるのです?」
「そんなことないって。ユウナの場合は補助魔法は抜きにしても回復魔法、封印魔法、浄化魔法が使えるんだし、それだけ膨大な魔力を持ってるんだから戦い以外に頼みたい仕事はたくさんあるってことだよ」
「戦えなくなっても追い出されないってことでいいのです?」
「ちゃんと働いてくれるんならだけどな。さすがに俺より働かないやつを置いとくわけにはいかないし」
「そのラインがよくわからないのです……」
「毎日毎日のんびり何時間も昼寝してなきゃ大丈夫ってことだよ」
「……それならなんとかなりそうなのです」
俺より働かない人なんて見たことないけどな。
「それより今日のサクちゃんはどんな感じだったのです?」
「地下二階に行ってたぞ。入り口付近でちょこちょこ戦ってるだけみたいだったけどな」
「へぇ~なのです。シノンちゃんはどうなのです?」
「相変わらずだな。サクの後ろに隠れて、自分の後ろから敵が来ないかどうかにずっと怯えてる」
「ふ~んなのです。力を合わせて協力してる感じが出てて良いのです」
意外にもユウナはサクがパーティを組んだと聞いても全く動じなかった。
相手が知り合ったばかりの謎の少女と聞いてもだ。
しかもその少女がユウナと同い年の回復魔道士ということや、封印魔法や浄化魔法を使えるということも同じなのに。
まぁシノンの事情もやんわりとは話したから同情してくれたのかもしれないが。
でも少しは反対や嫉妬をしてくれるんじゃないかと期待してたサクはガッカリしてた。
ユウナとしてもサクがすぐ仲間になってくれれば一番良かったのだろうが、この世界がそんなに甘くないってこともよくわかってる。
いくら膨大な魔力があるからといって優れた冒険者になれるとは限らない。
カトレアみたいに初級の魔法しか使えないかもしれないし、マリンみたいに全く魔法が使えない可能性だってあるからな。
「あっ!? ここにいたのね! ご飯行くわよ!」
二階から転移してきたシャルルがユウナに向かって言う。
「やっぱり私も王都に行くのです」
「えっ!? ホント!?」
「せっかくの大型アップデートなのに、またこの前みたいに帰ってこなくなったらイライラしてしまいそうなのです」
「今回は大丈夫よ! たぶん! でもいっしょに行くならその心配はないわね! 早く旅の準備しなさいよ! でもその前にご飯行きましょ!」
ユウナはシャルルに手を引っ張られるようにして転移魔法陣部屋に入っていった。
シャルルはユウナが同行してくれると聞いて嬉しそうだったな。
やはりパーティはどこへ行くのにもいっしょじゃないと。




