第七十一話 職場見学
鍛冶工房の受付内は混雑していた。
だからアイリスさんのプライベートスペースにある休憩部屋に案内することにした。
元々は簡易的な休憩部屋としか想定していなかったため、二人掛けのソファが二つとテーブルがあるだけで部屋はいっぱいいっぱいだ。
そしてこの部屋は作業場、寝室、風呂、トイレへと繋がっている。
「あの、座らないんですか? お茶が冷めますよ?」
「座ってたら仕事が見れんだろうが。なんのために来たと思ってるんだ」
「そうだよ。それにしてもあれも魔道具なのかい? 武器が消えたり現れたり……それにあの壁際の一覧も常に更新されているようだけど……」
ゲルマンさんとおじさんは作業場へのドアを半分開け、覗き込むようにして見ていた。
「ふむ。あのウサギもなかなかの仕事をするじゃないか。最近のウサギはあんなこともできるのか」
「凄いよね。ウチの弟子たちよりも丁寧かもしれないよ。そして早いしね」
「そっちもだが受付のウサギもなかなかだな。あれはおそらく損傷具合を見ているんだろう」
「ウサギにそこまでできるのかい? 修復不可能なくらい損傷していないかを見てるだけじゃないかな?」
二人の興味はウサギへ移ったようだ。
そして二人が俺のほうを振り返り、「どうなの?」といった表情で見てくる。
「彼らはただのウサギではなく魔物です」
「「魔物!?」」
「はい、でも安心してください。人を襲わないように設定してますから」
「いや、それはいいんだが、魔物にあんなことができるのか? いや、魔物だから普通のウサギとは違うんだが……」
「……あのウサギはロイス君の指示で動いてるのかい?」
「俺ではなくアイリスさんですね。アイリスさんの指示を聞くように言ったのは俺ですが」
「なるほど。ということはあの手際はアイリスが教えたのか」
「……アイリスもいつもと少し違うな。とにかく速い。そのうえいつもよりも出来がいいように見える。修理だけに専念してるとはいえあそこまでの仕事ができたのか」
「確かにそうだね。自分の店だからなにか心境が変わったのかも」
そう言うと二人はソファに座り、お茶を飲みはじめた。
アイリスさんの忙しそうな姿を見て、当分は話す余裕もないと思ったんだろう。
それにしっかり仕事しているのを確認できて安心したのかもしれない。
「ロイス、ここ以外も見ていいか?」
「ここ以外? 鍛冶工房以外ですか?」
「あぁ、まずは食堂に行ってみたい」
「えぇいいですよ。じゃあお昼にしましょうか」
「私はアイリスを待つことにするよ。作業場に入ってもいいかな? あの魔道具を見てみたいんだ」
「アイリスさんがいいって言うんなら大丈夫だと思いますよ。ただ、あっちのドアは使わないでもらえますか。向こうのドアは保管庫と繋がってるので大丈夫ですけど」
あっちのドアを出ると目の前は厨房エリアだからな。
まぁ開けることはできないように設定してるんだけど。
向こうのドアは保管庫と行き来できるように作ってあるので問題ない。
その後、ゲルマンさんを連れダンジョン食堂へ来た。
「うむ、噂通りの熱気だな」
「今日はみんなダンジョンへ入るのが遅くなったので食事の時間がばらけててちょうどいいくらいですね」
「意外にメニューが多いな。ランチ限定ってのもあるのか」
「メニューはほとんどララが考案して試作したものを出してるんです」
ゲルマンさんは食べるものを決めたようで食券販売魔道具の列に並ぶ。
「ほう。……これはどうやって使うんだ? ……なるほど、あそこにお金を入れると食券が出てくるのか。……なんだあの皿は? ……なんと!? キャベツ食べ放題なのか! しかも30G以上の商品を頼めばタダだと!? ならカツカレーは対象だな!」
「……はい」
ゲルマンさんは寡黙な人らしい。
鍛冶屋に来たお客と話すことはほとんどないし、弟子たちにも厳格な人らしい。
なのでこうやって俺と話すときのゲルマンさんはいつもとだいぶ違って見えるらしい。
俺にとってはこれがいつものゲルマンさんだから全て「らしい」としか知らない。
今も楽しそうに魔道具のボタンを押した。
そしてさっきから何回も見てたはずなのに、皿が出てきてビックリしている。
「むっ、こやつらは町の子供たちか? 見たことがあるな」
「はい。こちらが……」
四人をゲルマンさんだけにわかるように順番に紹介していく。
四人もゲルマンさんのことを知っているのかこっちに気付いて頭を下げている。
「そうかこやつらが。ずいぶんと活き活きしてきたって親たちが喜んでおったぞ」
「そうみたいですね。食堂の休憩時間はダンジョンへ行ったりもしてますからね」
食堂内は開いてるテーブルがなかったので、俺の家の中へ行くことにする。
管理人室に座っているカトレアに俺は目で合図を送る。
カトレアはなにも言わずに頷いた。
お盆を持っている俺たちを見て家の中で食べると察し、ゲルマンさんが入れるように設定してくれたのであろう。
鍛冶工房のセキュリティ強化に当たり、この家のセキュリティも若干強化したため、権限を持たない人はまず入れないようになっているのだ。
カトレアが座っているということはもうラーメンは食べたのか。
というかカトレアに任せてユウナはどこにいったんだ?
俺とゲルマンさんはリビングに入る。
「どうぞ。散らかっていてすみません」
「あぁ。それにしても懐かしいな」
「この家に来たことあるんですか?」
「子供のときにだけどな。よく来てたよ。昔とは少し変わったか? まぁ昔と言っても五十年以上も前の話だけどな! わっはっは」
五十年以上前というと、爺ちゃんが十五歳以下のときの話になるか。
俺たちは食卓に着く。
「ここで遊んでたんですか? あっ、どうぞ食べてください」
「いただくよ。……美味い! カレーってここまで深い味を出せるものなのか? ウチで食べてるのとはずいぶん違うな」
「一日煮込んでますからね。野菜が全部溶け込んでこの味が出せるそうですよ。こっちのハンバーグも食べてみてください。ララの得意なハンバーグをそのまま再現してますので」
「じゃあ遠慮なくもらうぞ。……なっ!? ハンバーグってこんな美味いのか!? こんなもん子供の好きな食べ物としか思ってなかったが、この肉肉しさはいいな! このソースも美味い!」
「そう言ってもらえるとララも喜びますよ」
「ウチにも出前してくれんかな? アイリスがいなくなったから婆さんまで引っ張りだされてご飯を作っててなぁ」
「それはさすがに難しいですよ……。それになんかすみません」
「いや、まぁそれはいい。ところでララはいないのか?」
「さっきまでいたはずなんですけどねー。少しお待ち……」
カトレアにララがどこ行ったのかを聞こうとしたそのとき、廊下からララとユウナが入ってきた。
「ふぅ~少し休憩ね!」
「……ララか!? 久しぶりだな、元気か?」
「あれ!? ゲルマンお爺ちゃん!? どうしたの!?」
「どなたなのです!?」
「ん? そっちの子は初めましてだな。ララの友達か?」
というかララたちはゲルマンさんが来てることを知らなかったのか?
……カトレアはこっちを微笑ましそうに見ている。
この光景が見たくてわざと教えなかったんだな。
「今日アイリスの店がオープンだって聞いてな。職場見学がてらララの顔も見にきたわけだ」
「そうなんだ! お店は大盛況だよ! アイリスさんの腕凄いよね! ゲルマンお爺ちゃんが教えたんでしょ!?」
「ははは、まぁな! でも既にワシを超えてるかもしれん。仲良くしてやってくれよ」
「もちろんだよ! ご飯はここでいっしょに食べるもん! あっ、こないだは剣ありがとう! ドラゴンの腕もスパッと斬れるくらい完璧の研ぎ具合だよ!」
「お、おう? そうだな……ドラゴンも斬れてしまうか……」
ララとの会話を楽しんでいたゲルマンさんだったが、急に困ったように俺を見てくる。
そりゃあ初級レベルのベビードラゴンとはいえ、あの硬い皮を持つドラゴンをこんな十一歳の女の子が斬るなんて話は聞いたことがないからな。
ララが見た目にもわかる怪力の持ち主だったらまだわかるかもしれないがララは凄く細い。
あの剣を片手で持つことにも驚いてしまうがどこにそんな力があるのだろうか。
やっぱり魔力で補助してるんだろうな。
ほんと魔力ってズルい。
でも家の中でそんな剣を振り回すようなことはやめてくれ。
こわいったらありゃしない。
「それよりまた背が伸びたな」
「うん! もう百五十センチくらいはあるよ! まだまだ伸びるからね!」
「もう少ししたら剣も新しいものに変えたほうがいいかもしれんな。さすがに短いだろう」
「えーこれ使いやすいのにー。でもまたゲルマンお爺ちゃんが作ってくれる!?」
「あぁもちろんだ。……と言いたいところだが、アイリスに作ってもらうほうがいいかもしれん。特注なら近くにいるアイリスのほうが上手くできるだろうからな」
「そうなの? うーん、じゃあアイリスさんにお願いしてみる!」
「あぁそれがいい。今のあいつならきっとワシよりもいい剣を作ってくれる」
確かにララの剣は俺のより短いな。
これもララの体に合わせてゲルマンさんが特注で作っていたんだろう。
たぶん俺には適当にそこらにあった剣をくれただけだ……。
「ロイス、あの件についてはどうなってる?」
「あの剣? いや、あの件? なんでしたっけ?」
「鉱山の件だよ」
「「鉱山!?」」
ララとユウナが鉱山という言葉に反応した。
そういやすっかり忘れてたな。




