第七百六話 シノンとボネ
「キャッ!?」
シノンは慌てて俺の後ろに隠れた。
「猫もかよ……。魔物だけど、魔物だとは思えないくらい可愛いだろ?」
「でも……」
どうやらシノンは自分に襲いかかってくる可能性がある生物を全てこわいと感じてしまうようだ。
人間は襲ってくる可能性が少ない分まだマシらしい。
一方、足を一歩前に出しただけで逃げられたボネは少しイラっとしてるようだ。
このためにわざわざ呼んだのかと言いたげに俺を見てくる。
とりあえず俺がソファに座りボネを膝の上に乗せ、シノンを向かいのソファに座らせた。
「じゃあパラディン隊に入るのはどうだ? 回復魔道士なら勤務面とかもかなり優遇してあげられるぞ?」
「町を守るために働くのならノースルアンにいるのと変わりませんし……。それならノースルアンに戻ります」
それもそうか。
仲間のかたきを討ちたいんだったらそりゃやっぱり魔王を倒したいもんな。
せっかく勇気を出して町から出てきたんだからなにか考えてあげないと。
「今まで動物と触れ合ったことは?」
「ないです。猫とか犬とかこわいですし……」
「ボネは俺の仲間で、人間の言葉もハッキリと理解できるんだぞ?」
「それはわかりましたけど……なんだか睨まれてる気がしますし……」
確かに睨んでるな……。
「とにかく、しばらく魔物といっしょに過ごすことから始めてみよう」
「え~……」
「こわくないし、手間も全くかからないから。ちゃんと毎日お風呂も入るからきれいだし」
「え? 毎日お風呂入るんですか?」
「ウチの魔物はみんなきれい好きなんだよ。ほら、ボネの毛並みを見てみろ。ツヤツヤのサラサラだろ?」
「……まぁ確かに」
「でも残念ながらボネはダメだぞ? 今別の冒険者に付かせててな」
「え? そんなサービスもしてるんですか?」
「サービスって……。そうじゃなくて、実は魔力暴走の危険がある冒険者をウチで預かってるんだよ。ボネにはその子の監視役をしてもらってるんだ。こう見えて封印魔法使えるし」
「えぇっ!? 魔物が封印魔法を!?」
「声大きいって。今話したこと全部内緒だからな?」
「あ、すみません……」
管理人相談室だから別に誰にも聞かれてないけどさ。
「その子の魔力制御にもだいぶ目途が立って、今は攻撃魔法の修行に入ってるんだ。だから今は暇潰し程度に監視してるだけだけどな」
「制御ができるようになったらそこからの成長は早いですよ。でも調子に乗って無茶する子供が多いので気をつけてあげてください」
サクもどんどん図々しくなってきてるし、そこは不安なところだ。
「で、魔物だけど、リス、犬みたいなやつ、ペンギン、牛、鳥、ハリネズミ、岩、どれがいい?」
「最後の岩ってなんですか?」
「岩の魔物。そのまんまだ」
「……犬、みたいなやつとは?」
「犬っぽいけどよく見たらキツネっぽいし、翼が生えてる」
「……見てから決めさせてもらうことも可能ですか?」
「えぇ~? それじゃ面白くないし、選ばれなかったやつが可哀想じゃないか? 絶対見た目の可愛さで決めるだろ?」
「可愛さというかこわさですけど……」
ゲンさんを見たら失神しちゃうかもな。
「なぁ、ずっと気になってること聞いていいか?」
「なんですか?」
「魔物使いや大樹の森のことはこわくないのか?」
「その件ですか。確かに大樹の森や魔物使いは危険だから今後いっさい近付くなとは言われました。でも無礼なことをしてしまったことも聞いてましたから、こわがるというのとは少し違いましたね。むしろあんなに効力のあるポーションを頂けたんだから感謝してお礼を言いたいって人ばかりでしたよ」
「ふ~ん。誰からもお礼言われた覚えはないけど」
「……それからすぐ、大樹のダンジョンの管理人がロイス君に代わったことを聞かされましたから」
「それとどう関係あるんだよ?」
「……ロイス君のお爺さんが亡くなったのは、私たちがあのポーションをたくさん貰ったせいじゃないかって誰もが思いました」
「あ、そういうことか。ポーションがあれば爺ちゃんは助かったかもしれないってことだな? だから申し訳ない気持ちになって、ここには来れなかったと?」
「はい……」
まぁそう考えるのが普通か。
「あれはたぶんどれだけ凄いポーションでも救えない。それほど急な心臓発作だったんだ」
「……ごめんなさい」
「だから違うって。それにシノンが謝ることじゃない。爺ちゃんが急に倒れるなんて誰にもわからないことだし、ポーションによって救われた人だってたくさんいるんだろ?」
「……はい」
「じゃあそれでいいじゃないか。この話はこれで終わり。って俺が聞いたからか」
「……それと、もしロイス君が私たちを憎んでたらということも想像してしまってたので……」
あ、なるほど。
俺が爺ちゃんの復讐のためにノースルアンの人々を皆殺しにするかもと思ったんだな?
ってそんなことするわけないだろ……。
「じゃあなんでシノンはウチに来た? 俺の感情はわからなかったんだろ? 実際に俺やマルセールはこれまでノースルアンとはなにもコンタクトを取ってないんだぞ? 俺が怒ってるからと考えてもおかしくないよな?」
「町同士のことはわかりませんけど、私はロイス君に申し訳ないという気持ちこそあっても悪い印象はなにひとつないですから。だからこれでもしなにかされるとしても、私たちがしてきた行いのせいですから仕方ないなって思ってました」
なにかってなんだよ……。
「でもロイス君とこんなに早く話せて良かったです。おかげでロイス君に対するわだかまりは完全になくなりました」
「わだかまりって言葉だと俺のことを疑ってたみたいだぞ?」
「細かいことはいいじゃないですか」
ふん。
俺はどうでもいいことに細かい器の小さい男だよ。
「で、魔物はどれがいい?」
「……じゃあお勧めで」
「なんだよそれ。俺のお勧めとなると断然岩だ」
「……岩以外で」
小さくて可愛い岩かもしれないのに。
岩の時点でゴツゴツしてそうな触り心地なのは間違いないけど。
でもよく考えてみると、リスたちはパラディンの仕事があるし、ほかのみんなも修行で忙しいからな。
暇なやつとなると、ボネか、マリンといっしょにいるワタくらいだ。
ワタはさすがにまだやめたほうがいいか。
「じゃあやっぱりボネ、頼めるか?」
「ミャ!?」
「シノンが地下一階を突破できるようになるまででいいからさ」
「ミャ~!」
「頼むよ~。ウチの魔物たちの中で一番可愛いボネをこわがるようならシノンもさすがに冒険者を諦めるだろうし」
「……ミャ~」
なんとか了承してくれたようだ。
「シノン、ボネでいいよな?」
「……はい。よろしくお願いします……」
「ミャ~」
ボネもあまり人懐っこいタイプではないだけにお互い大変かもしれないが。
早速ボネがシノンに近付いてみる。
……だがシノンは固まってしまった。
ボネが膝の上に乗ってもシノンはピクリとも動かない。
逃げなくなっただけマシか。
「ほかにも俺の仲間の猫をお供に付かせてる冒険者がいるから、周りの目を気にすることなく歩いていいぞ。たぶん問題児として見られるだろうけど、ボネが付いてる限りなにもされないと思うから」
「……」
先が思いやられるな。




