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俺の天職はダンジョン管理人らしい  作者: 白井木蓮
第十四章 帰還

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第七百五話 泣き虫冒険者

 月曜日、地下五階オープン前の最後の一週間が始まった。


 今日は新規も十五人とそこそこ多い。

 来週から大人になる子供たちが待ちきれずにやってきたのだろう。

 4月って新鮮な気持ちを思い出させてくれるからいいよな。

 空気の匂いもなんだか心地良い。


 ……だが空に薄っすらと魔瘴がかかってきてるのは嫌でも目につくようになってきた。

 早くどこかの誰かが魔王を倒してくれないかなぁ~。


 なんて思ってても仕方ない。

 その魔王を倒す人材はウチから排出してやるくらいの気持ちじゃないとな。


 さて、俺は管理人室に戻って地下五階の……ん?

 ダンジョンから誰かが出てきたようだ。


「……うぅ~」


 怪我したか?

 それとも腹でも痛いのかな?

 声かけてみるか。


「どうしました?」


「!?」


 急に声をかけられたことに驚いたようだ。


 ……って、この子か。


「大丈夫ですか?」


「……はい」


「そうですか。では」


 カスミ丸たちが連れてきた例の泣き虫だ。

 一応俺の出身地の後輩ということになるんだろうが、だからといって甘やかすようなことはしないぞ。

 出身地もボワールとか嘘ついてるみたいだし。


「あの」


「ん?」


 管理人室に入ろうとしたところで呼びとめられた。


「なにか?」


「……こわい」


「こわい? 俺がですか?」


「……魔物」


「魔物?」


 今俺の周りに誰もいないよな?

 屋根の上にもいないし、1号は森の中を散歩中だし。


「……いっしょに来て」


「どこにですか?」


「……ダンジョン」


「ダンジョン?」


 なに言ってるんだこの子?

 今日初めて入ったんだからまだ地下一階だろ?


 ……ん?

 もしかして地下一階の魔物がこわくて、今ダンジョンから外に出てきたってことか?

 それともほかの新規の冒険者たちのやる気を見せられて怖気づいたのか?


「地下一階ですよね? その杖で殴るだけでもなんとかなりますよ?」


「……でもこわい」


 まさか本当にブルースライムがこわいのか?


 ……まぁそういう人もいるか。

 こういう人には早めに見切りをつけさせてあげたほうがいいよな。


「わかりました。では行きましょうか」


 俺が少女の横に行くと、少女は俺の後ろに隠れた。

 まるで俺を盾にするかのように。

 俺が歩き出すとしっかりその後ろを付いてくる。


 そして地下一階に入った。


 少し歩くと早速敵のお出ましだ。

 敵はもちろんブルースライム。

 だが敵の数はたった一匹。


「俺には襲ってこないようになってますので、前に出て戦ってみてください」


「……」


 だが少女は前に出ようとはしない。

 それどころか俺の服の後ろをガッチリと掴んでるではないか。


「指輪を装備してる限り死ぬことはありませんから大丈夫ですよ」


「……」


 少女は今にも泣きだしそうだ。


「じゃあゆっくりとでいいので、俺の前に一歩だけ出てみてください」


「……はい」


 少女はおそるおそる前に出ようとする。

 それを見て俺は一歩後ろに下がった。


 するとブルースライムは少女を敵と認識し、少女に襲いかかろうと一歩こちらに近付いた。


「わっ!?」


 だが少女はそれを見てすぐさま俺の後ろに隠れた。

 どうやら本当にブルースライムがこわいようだ。


「ブルースライムが苦手なんですか? それとも魔物全部?」


「……全部」


 こんな子が今後冒険者としてやっていけるわけがない……。


「……帰りましょうか」


「……はい」


 こうして少女の冒険者生活は幕を閉じた。


 この子はさっさとノースルアンに送り帰そう。

 カスミ丸たちは今日は大樹の森周りの崖の強化作業をしてるから明日だな。

 ついでにユウナも同行させてマグドの研究室に入れるか探ってきてもらおうか。


 そして管理人室前に戻ってきた。

 まだ五分も経ってない。


「お疲れ様でした。非常に申し上げにくいのですが、冒険者になるのは諦めたほうが良いかと。回復魔道士であれば町のみんなから重宝されると思いますし、魔物と戦わずに生活していくことも可能ですよ」


「……」


 早すぎる結論かもしれないが仕方ない。

 ここまで魔物に怯えた子は初めて見たし。


「……もう一回」


「はい?」


「一人じゃ無理です……。付いてきてください」


 お?

 ちゃんと話せるんじゃないか。


 でもそれとこれとは別だからな?


「本当に冒険者になりたいんですか?」


「……はい。もう後悔したくないんです」


「後悔?」


「……はい。二年前……いっしょに戦えなかったから……」


「二年前?」


 ……まさか魔瘴病騒動のときのことを言ってるのか?


「こわくて……魔瘴も……魔物も……」


 少女の体が震え始めた。

 そのときのことを思い出してるのかもしれない。


「落ち着いて。小屋に入りましょうか。いや、ロビーに行きましょう」


 俺と二人きりよりもフロントが見える場所のほうがいいだろう。


 そして小屋を通り抜け、ロビーのソファに座る。

 いくつか飲み物を用意すると、少女はキャラメルキャメルのミルクで作ったバナナジュースを取った。


「……美味しい」


 なんとか落ち着いたようだ。

 フロントからはリョウカとシンディが心配そうに見てきている。

 月曜日で忙しいんだからサボってないで仕事しろ、などとは冗談でも絶対に言えない。


 この前、ルッカがウチを辞めたことについてシンディが俺の元に怒鳴り込んできた。

 ……怒鳴ってはないか。

 少し怒ってたって程度だな。

 姉のリョウカは冷静だったのに。


「あの」


「ん? おかわりいりますか?」


「はい。……じゃなくて、さっきの話の続き……」


 あ、その話か。


「私、あの……実は……」


「言いたくないことであれば言わなくても結構ですよ。言えないこともあるでしょうし」


「……はい。でも……言わないと……」


 こっちから言っておくか。


「ノースルアンで二年前に起きた出来事の話なら知っています。ですが当時あなたはまだ十三歳だったわけですよね? それなら戦えなくても誰も責めたりしないと思いますが。それにカスミさんから少しお聞きしましたが、あなたはまだ駆け出しの回復魔道士なんですよね? 当時は回復魔法なんてものも使えなかったのでは?」


 というか俺はこの子と話すの初めてなのに、さっきはもう回復魔道士って知ってるていで話しちゃってたな……。


「……使えました。だって私は……あの施設の出身ですから」


「え?」


 あの施設?


 ……ってあの施設のことか?


「私……シノンです」


 シノン?

 この子の名前ってことか?

 そういや名前聞いてなかったな。


 でもシノンか。


 う~ん、シノン。


 俺の一つ下で、シノン。


 ……うん、確かに一人知ってる気がする。

 あの養護施設にいた、俺より一つ年下のシノン。

 あのころはここまで髪が長くなかったけど、確かにこんな髪色だった気がしないでもない。

 でもこんな顔だったかなぁ……。


 ってこのパターン、マリンのときみたいだな……。

 どうしよう。

 とっくに気付いてたフリをしたほうがいいのか……。


「あの……施設」


「シッ。そのことはここでは口にするな」


「……はい」


 どうやら本当にあの施設出身のシノンのようだ。

 ……でも顔を見ただけでは絶対気付かない自信がある。


「俺のことを覚えてるのか?」


「……ごめんなさい。顔とかは覚えてなかったけど、マナを見てすぐに思い出しました」


 よし、なら俺が覚えてないのもセーフ。


 でもマナか。

 回復魔道士だけあって俺のマナが見えているようだ。


「ん? マナを見てって、当時の俺にもマナあったか?」


「はい。みんなとは違って見えてたからよく覚えてます」


 ほう?

 やるじゃないか当時の俺。


「あの……シノンって名前、ロイス君が最初に呼び始めたって聞いてて」


 なんだと?

 俺がこの子の名付け親ってことか?

 さすがにそんなわけあるまい。

 だって確かこの子は来てまだ日も浅かったような……。

 マリンとも全くかぶってないんじゃないか?


 あ、シノンってあだ名ってことか?

 それなら俺が付けた可能性はあるな。


「……確か名前が長かったんだよな?」


「はい。アルティシノンです」


 そうだ、アルティシノンだ!

 探り探りで聞いてみたつもりだが、完全に思い出したぞ。

 でもあだ名ってただ後ろの三文字を取っただけだな……。


「まぁ正直、俺との思い出なんてそこまでないよな?」


「……はい」


 だよな。

 俺もこの子のことはほとんど記憶にないに等しいし。


「ここでの登録名もシノンにしたのか?」


「はい。ずっとシノンって呼ばれてますから」


「そっか。……でもなんでここへ?」


「……さっき言った通りです」


「じゃあ二年前のことを後悔してるからだと?」


「はい。あのとき、魔物がこわくて町から一歩も出られなかったんです……」


「そうか。……そういや俺が知ってるシノンはいつも誰かの後ろに隠れてた気がする」


「安心するんです。少しはマシになりましたが、まだたまに人間相手でもこわいときもありますし」


 臆病なんだな。

 あの施設に来たくらいだから魔力が制御できなかったのは当然として、それ以外にもなにか理由があったのかもしれない。


 ……でも指輪はセーフティリングしか装備してないな。


「魔力は制御できてるのか?」


「え? ……はい。ロイス君はあの施設のこと、もう知ってるんですか?」


「あぁ。まぁ知ったのはつい一年くらい前のことだけどな。だから俺の前では隠さなくていいぞ。あとウチの錬金術師たちの前でも」


「……良かった。じゃあもうなにも隠さなくていいんだ」


 シノンは力が抜けたのか、ソファにもたれかかった。

 それを見たリョウカが心配して駆け寄ってくる。


「大丈夫だから。仕事に戻っていいぞ」


 心配性なやつだ。

 昨日からずっと心配してるんじゃないだろうな。


「さて、まず先に一つ聞いておかないといけないことがある」


「……なんですか?」


「禁術のことを知ってるか?」


「…………」


 知ってそうだな。


「使ってないのか?」


 町から出ていないということは使う機会もなかったんだろうけど。


「……使ってません。だって私はあのとき必要な魔法を既に使えましたから」


 なんだと?

 それはつまり……。


「浄化魔法と封印魔法を使えるのか?」


「……はい。でもやっぱりその話も知ってるんですね……」


「そりゃ俺の情報網は広いからな」


 それについては昨日までなにも知らなかったけど……。


「あの施設にいたやつらはみんな死んじゃったのか?」


「……八割の方は亡くなりました。残りの二割の方は……今も町で穏やかに暮らしてます」


「穏やかに? それは魔法とは関係のない暮らしをしているということでいいのか?」


「全員が全員、完全に魔法を使わなくなったわけではないですけど。今は町の封印結界を維持してくれてる人もいます」


「その封印結界はシノンが?」


「そうです。正確には私とあと数人でですけど。……禁術を使ったことによって、封印魔法しか使えなくなった方もいるんです。元々は攻撃系の魔法しか使えなくて封印魔法はいっさい使えなかった人なんですけど」


 そんなパターンもあるのか。


「その人が負った代償はほかにはないのか?」


「……ごめんなさい。内緒です」


 内緒か……。

 人には言えないようなことなんだろうか……。


「俺が知ってるやつで生きてるやつはいるか?」


「ロイス君がいなくなってからも何人も施設に入ってきてますからあまり詳しくはわからないですけど、たぶん何人かは……。そもそも禁術を使ってない人もいますし。でもお名前とかは絶対に言いません。あの施設やあの事件のことはみんな話さないようにしてるんです」


 まぁもしお婆さんになってたりとかしたら会いたくないかもしれないからな……。

 ほかにも俺が想像もできないような代償がありそうだ。


 だが禁術を使ってない人に関しても言わないというのは徹底してるな。

 あの施設の存在自体をなかったことにしたいのかもしれない。


「で、話は戻るけど、なんで冒険者になるためにウチに来る必要があったんだよ? ノースルアン周辺にはブルースライムみたいな弱い敵がいないからか? 魔物と戦えなくても、ノースルアンを守るためだけにシノンの力を使うのじゃダメだったのか?」


「……昔、ある人に言われたことがあるんです。なにかに悩んで、どうしたらいいかわからなくなるようなときがきたら、そのときは大樹のダンジョンに行きなさいって」


 いや、ウチはお悩み相談所じゃないから……。


「二年間悩み続けました。ここ最近はもし町の封印結界が破られて魔物に侵入されたら今度こそ死んじゃうんだろうな~とも思ってました。私の人生はこの町の中だけで終わっていくのかなぁ~って考えたら、死んでいった仲間や戦えなくなった仲間に申し訳なさを感じるようにもなってました。それにこの4月からは大人と呼ばれることに不安もあったんです。私はなにも成長できてないんですから」


 めちゃくちゃ喋り始めたぞ……。

 こういう自分語りを始めるととまらなくなるタイプいるよな……。


「そんなとき、ちょっと強そうな冒険者のお二人が町にやってきたんです。この時期は雪で移動も大変なうえ、魔瘴も濃くなってきてるのにわざわざノースルアンなんてなにもない町に来るような物好きなお二人です」


 カスミ丸とアオイ丸のことか。


「暇だったので尾行してみることにしました」


 は?

 尾行だと?


「でもすぐに見つかっちゃったんです。次の日も、その次の日も尾行してみました。でもいつのまにかどちらかお一人が私の後ろにいるんです。三日連続はさすがに怒られるかと思いきや、逆に尾行の仕方を教えてもらえることになったんですよ? 変な人たちですよね」


 あいつら……。

 そのせいで帰ってくるの遅くなったんじゃないだろうな……。


「なにか調べ物があってノースルアンに来たようでした。ここまでの旅の話もたくさんしてくれました。だから私も、施設や二年前のこと以外のことはお話しました。何度か町の外にも連れてってもらったんです。お馬さんに乗って、カスミさんの背中に張り付いて。私たちの後ろにはアオイさんとお馬さんがいたのでそこまでこわくありませんでした」


 隠れてさえいれば魔物もこわくないってか。

 そりゃ自分は戦わないんだから当然だよな。


「楽しかっただけに、三日前、お別れの挨拶をされたときは凄く寂しかったんです。かれこれ一か月以上も町にいたので、なんだか二人はもうずっとこれからもこの町にいるんじゃないかと思い込んでたんだと思います。町の外の魔瘴も前よりずいぶん濃くなってきてましたから」


 というかさっきダンジョンにいた人物とは完全に別人だよな……。

 この子がまさかブルースライムごときにビビるなんていったい誰が想像できるんだろうか。


「だから思いきって私も旅に出ようと決めたんです。どうせなら私が魔王を倒してみんなのかたきを取ってやるくらいのつもりだったんです。……でもその結果がこれです……うぅ……」


 急に泣きそうになるなよ……。

 でも俺ってもしかしてもうカスミ丸たち以上にこの子の事情知っちゃってるんじゃないか……。


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