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第七百三話 謎多き町、ノースルアン

 ノースルアンであった出来事を誰の耳にも入れないことが自分の身を守る一番の方法だ。

 よその町に引っ越す住民からすれば魔瘴病を疑われても面倒だもんな。

 でもよく二年間も隠し通せたな。


「誰からどうやって聞き出したんだよ?」


「ふっふっふ。情報屋をなめてもらっては困るでござるよ」


「なめてないし」


「ならいいでござるけど。情報提供元は酒場で知り合ったおば様でござる。自分たちはその酒場に二日に一回は通ってて、そのおば様とは顔見知りになって挨拶程度はする仲だったのでござるけど、あるとき自分が一人で食事をしてたら向こうから話しかけてきてくれたのでござるよ」


 カスミ丸とアオイ丸の設定はこうらしい。

 ・王都パルドからかけおちしてきた冒険者カップル

 ・この町に定住するかどうかを検討している

 ・一番安い宿に宿泊、食事も質素、酒はほどほどに


 今回の設定はやけにシンプルだな。


「そのおば様はその店の常連で、いつ見ても一人で酒をちびちびと飲んでいたのでござる。だからいつもは男と二人で来てるのにその日は一人でちびちびと寂しそうに飲んでた自分のことが、おば様自身に重なって見えて可哀想に思ったそうなのでござる」


「全部計算したうえでの芝居なのにな」


「……兄上とケンカしたあとだったでござる」


「え……」


「だって兄上がたいした成果もないからもう帰ったほうがいいんじゃないかとかいう弱気な発言をしたのでござるよ」


「あ、それは内緒にしておく約束でござるだろ?」


「はて? そうだったでござるか?」


「……ふん」


 帰ってきたばかりなのにケンカするなよ……。

 早く仕事から解放してあげないとな。


「でもそのおば様からさっきの話を聞けたのは本当に偶然だったでござるよ。狙いをつけてたのはほかの冒険者だったんでござるけど」


「へぇ~。というかその魔瘴病の話は町の人なら誰でも知ってることなのか?」


「一般の住民は、二年前、山のほうから魔瘴が迫ってきて、魔道士が対処したものの、魔瘴病というものが魔道士の中で流行り始め、それが魔道士の身内にも感染して死亡者も出たっていう程度の認識らしいでござる。もちろん身内に感染したという話に関しては誤りのようでござるよ」


「ん? じゃあそのおば様は一般の人ではないってことか? 魔道士とか?」


「いや、おば様自身は一般の方でござる」


「ん? じゃあおば様はどうやってそんなに詳しい情報を?」


「孫が魔道士だったのでござるよ。しかもその孫は禁術を使用して亡くなったのでござる」


 おば様ってお婆ちゃんだったのか……。


「……禁術ってノースルアンにいる魔道士の中では普通に知られてたことなのか?」


「そんなわけないでござる。おば様も身内だからということで特別に死因や細かい経緯を教えてもらったそうでござるからな」


「……ならその禁術を使えた魔道士は、俺が想像してる通りのやつらってことでいいんだな?」


「そうとしか思えないでござるよ。おば様は優秀な魔道士が集められた学校のような施設があったと言ってたでござるけど。自分も事前にロイス殿から話を聞いてなければそのまま信じてたと思うでござる。というか養護施設がなくなったと説明したあとで魔瘴病の話をしてるのに、ロイス殿はなんでそんなに落ち着いてられるのでござるか? おば様のお孫さんも、もしかしたらロイス殿の知り合いだったのかもしれないでござるよ?」


「う~ん。なんだか妙に納得してしまったからかなぁ~」


「納得?」


「うん。俺はずっと、なんでノースルアンの町出身の人が誰もウチに来ないんだろうって疑問に感じてたからさ。出身地を偽ってるんだったらまずわかりっこないからな。それに養護施設のやつらだって俺がここにいることは知ってるはずだから、誰かしら遊びに来てくれてもいいはずだろ? ましてや優秀な魔道士なんだったらダンジョンが気になると思うし。だから来ない理由が禁術によって既に命を落としてたり、魔法を使うことを制限されてる状態だったらそりゃ来ないだろうなって。というか大樹の森自体が嫌われてるんだっけ?」


「嫌われてるんじゃなくておそれられてるのござる。そんなことよりやはり冷静すぎるでござるよ。故郷のことや友達のことなんてもうどうでもいいと思ってるんじゃないでござるか?」


「どうでもいい、か。どこか他人事のように感じてしまってるのは事実だな。ここにいると新しい出会いが多すぎるせいか、昔の知り合いよりも今の知ってる人たちのことのほうが気になるのは当然だろうし。他人が死んでいくことに慣れてきてしまってるせいもあるかもしれないけど」


「なんだか大人でござるな……」


「大人かぁ~。二年前はまだ子供だったんだけどなぁ~」


 今から二年前というと、ちょうど一番のダンジョン暗黒期だな。

 その一か月くらい前に爺ちゃんが亡くなったんだ。

 だからカスミ丸たちが聞いてきた話に出てくる二年前というのは少なくとも二年一か月以上前の話になる。


 爺ちゃんが死んだときのことはずっと気になっていた。

 気になりだしたのはドラシーの力がわかるようになってきてからくらいだろうか。

 ドラシーがいながらなんで爺ちゃんは死んだんだろうと思うようになった。

 寿命と言われればそれまでだし、急な心臓発作というのは本当だったかもしれないけど、ドラシーポーションがあればどうにかなったんじゃないかとも思う。


 でもそのドラシーポーションがなかったとしたらこれまた納得できるんだよな。

 俺とララのために取っておいてくれたというポーションは本当に最後のポーションだったのかも。

 当時の大樹のマナの力を考えると新たに生産するのも難しかったかもしれないし。

 でもノースルアンではそのポーションによって救われた命もあるんだよな。


「ところで、ドラシー殿に大樹から大樹の森の入口まで人を一瞬で転移させる力なんてあるのでござるか?」


「それはないと思うんだけどな。でも大樹に近付けないように永遠にさまよわせることはできるって聞いたことがある。だからたぶん、その人は大樹の幻惑を見せられながらずっとマルセール近くをぐるぐる歩かされてたんじゃないかな。きっと実際には爺ちゃんがマルセールまで行ってたんだよ」


「なるほど、そういうカラクリでござるか」


「適当だぞ。ドラシーも隠し事が多いからな。本当は世界のどこにでも転移させられたりするのかもしれないし」


「魔王みたいでござるな」


 魔王?

 ドラシーが?


 ……可能性はゼロじゃないよな。


「冗談でござるよ?」


「わかってる。そういやノースルアンの町に封印魔法は?」


「張ってあったでござる。でもソボク村と同じくらいの範囲でござるな」


「そこまで町が小さくなってるのか。養護施設の建物はどうなってた?」


「完全に取り壊されたみたいで、ただの空き地になってたでござるよ」


「そうか。生き残りの子供たち……俺が知ってるやつらはもうほとんど大人だけど。施設のやつらで生き残ったやつの情報は?」


「それはさすがに教えてもらえなかったでござるな。おば様から話を聞いてからいろんな人に探りを入れてみたでござるけど、結局ほかは誰からも聞き出せなかったでござる。住民全員が二年前の騒動をなかったことにしようとしてる節があったでござるよ」


「そうか。……ルチアの情報もないか?」


「……兄上、任せたでござる」


「え? なんで自分が……」


 おい?

 なんの前フリだ?


「……その、ルチア殿は……」


 おいおい?

 まさか今のルチアの正体がわかったのか?


「……十歳のとき、町の北の山で……」


 ……山で?


「……行方不明になったらしいでござる」


「は? 行方不明?」


「十歳のときに山に一人で入ってそのまま行方不明になったらしいのでござるよ。もちろん探したらしいでござるけど、なんの手がかりも見つからなかったそうでござる。だからおそらく……」


「……死んだってことか?」


「そう考えるのが普通かと……。昔から魔物が多い山だったみたいでござるし、魔物に食べられたのかも……」


「……死んだって話を聞いたわけじゃないんだな?」


「ロイス殿、気持ちはわかるでござるけど……」


 あいつは生きてる。

 そういう希望を持ちたいんじゃなくて、火山でみんなが会ったのはルチアに間違いないからだ。

 でもそれがルチアだと思える根拠は言葉と髪色だけなんだよな……。


 ルチアは山になにしに行った?

 本当に一人だったのか?

 当時から魔法が使えたことは確実だろうが、ノースルアンの北の山の魔物は十歳の少女がどうこうできるようなレベルじゃないだろ?


「元カノだったんでござるか? それとも片想いでござるか?」


「兄上、余計なことは言わなくていいのでござるよ」


 ますますルチアの謎が深まってきた。

 やはりルチアが魔王説を疑うべきか……。


「あの山の封印結界は非常に強いものでござるけど、たぶんエマ殿かユウナ殿を連れて行けば一部解除くらいならできると思うでござるから魔物でも入れるでござるよ?」


「兄上!」


「違うでござるよ。マグド殿の研究室の話でござる」


「あ、そっちでござるか……」


「ん? マグドがなんだって? そういやマグドのことはなにかわかったか?」


「三百年近くも前のことなんて誰も知らないでござるし、文献とかも残ってなかったでござる。でも山には凄く怪しげな重厚な扉が一つあったのでござるよ。おそらくそれがマグドの研究室じゃないかと推測したのでござる」


「おお? 凄い発見じゃないか。で、中には入れたのか?」


「その扉にも封印魔法がかかっているのでござるよ。まぁ封印魔法がなくてもその扉が開くかどうかはわからないでござるけど」


「確かあそこの山って、見るからに急斜面の岩って感じの山だったよな? マッシュ村に続いてるような山道がある山じゃなくて」


「きれいな道ではないけど登れることは登れるでござるよ。でも登る理由が特にないでござるし、鉱山の入口は別にちゃんとあるでござるからな。まぁ今となっては封印結界の外も魔瘴に覆われてるからなんの意味もない結界になってしまったでござるけど」


「そのときはたった二年でこんな世界になるなんて誰も思わないだろうからな。それに山全体を封印魔法で囲ってやれなんて無茶な発想自体はナミの火山と同じだ。優秀な魔道士からすればそれくらい簡単なことに思えるんだろう。まぁさすがにナミの火山に比べれば小さい山だとは思うけどさ。で、その封印結界はエマやユウナなら解除できそうか?」


「……できると思うでござる。さっき言ったでござるけど」


「ん? そうだっけ? なら一度ユウナと魔物たちに行かせて部分解除させてみるか。本当に研究室ならマグドが作った錬金釜の情報とか残ってるかもしれないし」


 でもさすがに危険か。

 山の内部から魔瘴が溢れてきたんだとするなら、もしかして鉱山がダンジョンのようなものになってたのかもしれない。

 長年人間が掘り続けたせいで魔瘴の鉱脈みたいなものを掘り当ててしまったのかもな。


「じゃあ現時点ではマグドに関してはなんの成果もないってことでいいか?」


「……そうでござる」


 なんだ、使えないな。

 ……なんて思ったりしないから安心してくれ。


 今回二人をわざわざノースルアンまで行かせた一番の目的はマグドが残した研究資料だったが、町の現状やルチアの情報が欲しかったことも事実だ。


「わかった、お疲れ。とりあえず三日間くらい休んでくれ」


「別に休みなんていらないでござるよ」


「兄上の言う通りでござる。それよりサハの話は聞かせてくれないのでござるか?」


「サハか……。その前になにか飲んで一息つこう」


 俺はカフェラテ、二人はお茶を飲む。

 一号にはミルクだ。


「女王と揉めたでござるか?」


「衛兵とケンカでもしたでござるか?」


「そんな可愛いもんじゃない」


 そしてサハでの出来事を話した。


「「……」」


 うん、自然豊かな森の中でのカフェラテは格段に美味い。

 そういや4月からなにか新作のドリンクでも出す予定あるのかな?


「……ロイス殿は大丈夫でござるか?」


「ん? まず俺の心配かよ。この通り、体も心もいたって元気」


 カスミ丸はそういう繊細なところによく気付くよな。


「……そのサクとかいう王女を本当に引き取る気なのでござるか?」


「引き取るってなんだよ。確かに今サクはミニ大樹の傍に住んでるけど、魔力が制御できるようになったら冒険者として宿屋に移るから」


 アオイ丸は反対派か。

 まぁ今の状態ならサハに帰してもいいわけだしな。


「じゃあ話は終わりな。家に戻るぞ。とりあえずサクに会いに行くか」


 テーブルを片付け、来た道を引き返す。


「兄上、そのサクっていう子、あの子より年下でござるよ」


「む? 言われてみればそうでござるな。冒険者になるのならパーティを組ませてみるのもいいかもしれないでござる」


「誰の話だよ?」


「あとで言おうと思ってたのでござるけど、実はノースルアンから冒険者を一人連れてきたのでござる」


「冒険者?」


「その子からも色々と情報を聞かせてもらったのでござるよ。別れの前日にそろそろボワールに向けて旅立つと伝えたら、ぜひ自分も連れて行ってほしいと頼まれたのでござる。その子はこの4月から大人になるタイミングで悩んでたようでござるな。そして次の日の朝、本当に旅の準備をしてやってきたのでござる」


「へぇ~。まだ雪も積もってたんだよな? それに魔瘴の中なのによく決断したな。ボワールまでじゃなくて最初からウチに来ようとしてたのか?」


「そうみたいでござるな。自分たちはボワールで仕事があるからと一度別れようとしたんでござるが、どうも一人が不安のようで泣きそうになってたのござるよ。別れがツラいとかじゃなくて一人が不安で。だから結局、三人でボワールを少し観光して、一晩同じ宿に泊まることにしたのでござる。そこでようやく大樹のダンジョンに行きたいということを言ってきたのでござる。だから自分たちが連れて行ってあげることにしたのでござるよ」


「甘やかしすぎだろ……。そんなやつ、冒険者としてやっていけるわけないだろ」


「放っておけなかったのでござるよ……。あの町から出たいと言ってもそう簡単には出れる環境じゃないでござるし。それに駆け出しの回復魔道士だから一人では絶対に無理でござる。ノースルアンに魔道列車が繋がるとしてもだいぶ先のことになりそうでござるしな」


「……まぁいい。そんな泣き虫、いくら回復魔道士と言えどサクと組ませるわけないし」


「泣きそうになったというだけで泣いてはいないでござる。ちなみになかなか可愛い女の子でござる」


「別に性別とか可愛いとかどうでもいいし。で、もう冒険者カードの手続きとかはしたってことだよな?」


「さっきロイス殿が説明会してる間にすませたでござる。もちろん宿の手配も。今は部屋で休憩してるはずでござる」


「至れり尽くせりだな。ちゃんと面倒見てやれよ」


「自分たちは明日にはまた旅立つと言ってあるのでござるよ。あくまで旅の途中で寄っただけという設定でござるからな」


 設定ばかりで大変だな。


「あっ!? ロイス君!」


「ん?」


「カスミさんもいっしょだったのね!」


 小屋の前から誰かが俺を呼んでいる。

 あれはリョウカか?


「どうした~? 少女が泣いてるとかか?」


「そう!」


「「「え……」」」


「カスミさんを呼んでほしいって言われて探してたの! ちょっと待ってて!」


 リョウカは小屋に入っていった。


「おい?」


「……いっしょにいると怪しまれるので先に行くでござる」


 カスミ丸とアオイ丸は走って小屋の前に移動していった。

 するとすぐに小屋からリョウカと少女が出てきた。

 フロントで待っていたのだろうか。

 今ダンジョン酒場やフロント前には野蛮な冒険者たちが大勢いるからさぞこわかったことだろう。


 少しここで様子を見るか。


 ……髪色は銀髪か?

 アイリスの髪色に似てる。

 そういや銀髪って珍しいよな。


 背は低い。

 装備してるローブは初心者向けの安いやつだろう。

 帽子も昔ながらの魔道士って感じのタイプのやつだな。


 ん?

 あ、見つかってしまったようだ。

 でもまだ俺の顔は知らないはずだよな?


 ……よし、みんなで小屋に入っていったな。

 子供の相手は大変だ。


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