第六百九十七話 子供たちの考え
残りの子供組にも学校の話をすることにした。
やってきたのは鍛冶職人エルル、美容師メイナード、宿屋フロントのルッカ。
三人とも来年は十五歳になる年。
つまりあと一年は学校に通える年齢だ。
「お姉ちゃんは行ったほうがいいって言ってますけど、学校でやりたいことなんてなさそうですから行きたくないです」
学校に鍛冶科はないからな。
それにウチはエルルがいなくなると鎧や盾のクオリティが落ちることになる。
妹を思うアイリスの気持ちもわからないでもないが、できれば行かないでほしい。
「今お母さんとお姉ちゃんと話してたんですけど、平日昼間は美容院に来るお客さんもほとんどいないし、行ってみればって言われました。だから防具のほうの手伝いは完全にやめて、平日夜と日曜日は美容院で今まで通り働こうと思ってるんですけどいいですか?」
さっきマックには働くのは長期休暇だけにしろと言ったばかりなんだけど……。
でもメイナードの場合は家がここだし、将来美容師になるという明確な目標もあるからな。
それに平日はともかく、日曜はメイナードがいないときつい。
実家のお手伝いみたいなもんだから仕方ないな、うん。
「う~ん。私が学校に行くとなると、その分宿屋の従業員を増やしますよね? そうなると私の居場所はここにはなくなりますし、一年後にまた雇ってもらえるかどうかもわからないですし。メイナード君の仕事とは違って、夜だけとか日曜だけとかはやめたほうがいいと思いますし。長期休暇とかあるなら学生のうちに友達と旅行したり遊びまくっておきたいなぁ~なんて思ったりもするんですよね~」
なるほど。
宿屋の仕事はお客のことを把握してないといけないからな。
町の宿屋とは違い、ウチに泊まる宿泊客はほぼ全員が長期宿泊客だ。
リョウカやシンディなんて冒険者全員の顔と名前、それにランクや所属してるパーティまで把握してるし。
それはともかく、ルッカは学校に行ってみたいようだ。
「じゃあエルルは今まで通りでいいな。メイナードは学校に行きながら働いてみてくれ。きつそうだったらまず平日の仕事をやめてみるか。ルッカはそう思うんなら学校に専念してみたほうがいいんじゃないか? それにルッカみたいに社交的で仕事もテキパキこなせるんなら別に宿屋にこだわる必要もないと思う。これからマルセールには宿屋もたくさんできるって話だから、一年経っても宿屋で働きたいという気持ちがあるんなら働き口くらいたぶんどうにでもなるだろうし。宿屋協会のコネもあるしな。でも学校は遊びに行くところじゃないからな?」
「……宿屋で働くんならここがいいんです。実家の宿や近所の宿と比べても楽しさが全然違いますから。……でも学校には行ってみたいので、私は学校に行きます。今までお世話になりました」
ルッカはムスッとした表情で席を立った。
それを見たエルルとメイナードは苦笑いを浮かべ、自分たちがいたテーブルへと戻っていった。
「ルッカちゃんは一年後またウチで働いてもいいという言葉というか確約みたいなものが欲しかったんでしょうね」
「ルッカちゃんは冒険者にも人気あるのにね~」
「いつも笑顔で元気良くて可愛いですもんね。ここがダメなら役場に来てくれませんかね」
「マリンといい、難しいお年頃なのよ。カトレアは反抗期みたいなのなかったんだけどね」
完全に親目線のスピカさんはおいといて、カトレア、モニカちゃん、ジェマは俺を責めるように言ってくる。
宿屋従業員に関してはそこまで人数を雇うことはできないことはわかってるはずなのに。
だってウチのウサギが優秀すぎるんだから。
「アグネスとアグノラにも二週間の休暇を取ってもらわないとな。実家に帰省したところで翌日にはウチに帰ってきそうだけど」
「でもあの二人はウチを辞めるかもしれませんね」
「やっぱりその可能性もあるか」
「家族や村思いの子たちですから。今もお兄さんと仲良く話してますし」
二人の兄はボクチク村駅の責任者だ。
たくさんいる兄弟の中でもその兄とは一番仲がいいらしい。
そしてあの二人が辞める理由があるとすれば、ボクチク村からウチへの要望の件に関連してのことだろう。
ボクチク村からの要望は二点。
まず一点目は、魔道ダンジョン内への牧場階層の設置要望。
ボクチク村産の肉の需要が増えたこと、村の人口も少しずつ増えてることなどから、地上が手狭になってきたからだそうだ。
そして二点目は、ダンジョン産の魔物を販売してほしいとのこと。
肉を販売してほしいではなく、生きてる魔物を販売してほしいと言ってきた。
もちろん、食べるための美味しい肉を持った魔物をだ。
一点目についてはまぁ仕方ない。
あの村は元々かなり広い範囲を魔道化してる。
あれ以上地上を広げるとなるとリスクもあるしな。
だが二点目はどうだろうか。
対象の魔物は、ワイルドボア、ナラジカ、シャモ鳥、ブラックオーク、ブルブル牛、カウカウ牛の6種類。
前者4種類はともかく、牛たちはウチの専売特許と言ってもいいほどのレア度だ。
あの村近くにいたというブルブル牛やカウカウ牛は、ララたちが入手してきて以降全く出現していないらしい。
昨今の魔瘴の影響で今後どうなるかはわからないが、少なくとも今はこの近辺ではウチだけにしかおらず、ドロップ品にもなってないことからマルセールの肉屋にもまだ卸していない。
肉屋のおじさんがしつこいからたま~に譲ってあげてる程度だ。
ん?
アグネスとアグノラが急にこっちを振り向いた。
そして二人して駆け寄ってくる。
「ねぇねぇ~」
「ボクチク村に魔物販売するかもって本当~?」
聞いてしまったのか。
そのことはまだ内緒にしてたのに。
「検討中だ」
「でも牛も豚も鶏も足りなくなるかもだって~」
「生産が追いつかないんだって~」
兄貴はこっちに来ないのか?
この二人を使うなんてズルいことをしてくるじゃないか。
「交配方法に問題はないのか?」
「交配のことを言うのは無理があるよ~」
「成長するには時間かかるも~ん」
そりゃそうだ。
「ねぇ~普通の牛とかはこのダンジョンでは増やせないんだよね~?」
「あぁ。生物は魔石を元にした魔物しか無理だ」
「じゃあやっぱり頼れるのは魔物しかいないよ~」
「そう簡単に生きてる魔物を預けるわけにはいかないだろ。殺そうとしたときに魔物の防衛本能が働いて万が一俺の支配下を外れでもしたら死人が出るんだぞ。駅にいるウサギや猫は賢くて忠誠心が強いからほったらかしにしててもなにも起きてないだけだ」
「なら私たちがお世話するのはダメ~?」
「お肉にするときにはウサちゃんにやってもらうから~」
「う~ん、確かにそれなら大丈夫かもしれないけど」
「ロイス君」
「ん? ……あ」
しまった、これじゃ二人は村に帰ってしまう……。
カトレアももっと早くとめろよな。
「……それも考えたが、やはりウチから魔物を買い取ってそれをすぐ販売用の肉にするという行為はボクチクを売りにした村がやることじゃないと思う。それならウチやマルセールの肉屋が肉を販売するのとなにも変わらないし、ウチが販売したほうが安いはずだから買う人も嬉しいはずだ」
「確かに~」
「ホントだね~」」
よし、持ち直した。
「もしかすると交配させることを考えてるかもしれない。だけどウチで生み出した魔物に関してはそれができないようになってるのはお前たちもよくわかってるだろ?」
「うん。でも村のみんなは知らないよね~」
「魔物の交配なんて危険すぎるし~やっぱり村の人たち信用しないほうがいいかも~」
うんうん。
いい流れだ。
「おそらくサウスモナやボワールの海階層で魔物漁をしてることを知ってこんな要望を出してきたんだろう。だが海階層は野生の魔物や魚を転移させてるだけだからそれに関しては根本的なところからして違う。でもボクチク村からしたら不公平さを感じることも理解できる。だから同じ条件にするとすれば、牧場階層に封印結界エリアを作り、地上の野生の魔物を転移させるということだ。だが海階層の海ではウチの超頑丈な船が使えるのに対して、牧場という陸地ではそうはいかない。魔物狩りのためになにか乗り物を作ってくれと言われても、自分の足で普通に歩いていける場所で普通に戦える敵のためにそんなことはしたくない。そもそもボクチク村に転移牧場を作ったところで、肉や素材として利用できる魔物が転移してきてくれるかどうかもわからない。無駄に魔物を呼び込んでただ魔石をゲットするだけになる可能性のほうが高い。再度言うが、海階層とは根本的に違う」
「わかりやすい~ロイス君さすが~」
「理解できた~検討の余地なし~」
だろ?
わかってくれたらいいんだ。
「でも完全に却下となると不満だろうから、なにかいい方法がないかと考えてるところだったんだよ。だからお前たちもなにか意見があれば言ってくれ」
「う~ん、ちょっと考える~」
「少し待ってね~」
アグネスとアグノラは二人で話し合い始めた。
そしてすぐに案が浮かんだようだ。
「カウカウ牛とシャモ鳥を何体かだけ販売してあげるのはどうかな~?」
「牛乳や卵用としてだけ飼育してもらうの~」
「お? それならありかも」
その二つがあれば名物となる料理やデザートもたくさん作れる。
あの村のミルクアイスは美味しいしな。
「どうする?」
「いいんじゃないでしょうか。でもそれではお肉問題が解決しないままですが」
「牧場は用意してあげるんだからそこは頑張ってもらうしかないだろ。ビール村だって土地を準備してほしいとは言ってきてるがそれ以上の要望はないんだし」
「でしたら足りない分はウチでどうにかするしかありませんね。ドロップ率で調整しましょう」
「だな。面倒だから曜日ごとに1種類ずつドロップ率上昇でいいよな? 人気のあるブラックオークとシャモ鳥を週に二回設定するか。でもやっぱり牛の肉もあったほうがいいか?」
「牛だけ異常に値上がりしても困りますからね」
「そっか。じゃあ満を持して地下五階で出現させるとしよう」
「そうしましょう。お肉屋さんのおじさんはきっと泣いて喜びますよ」
魚を販売できなくなった分は肉で取り返させてもらうか。
「で、アグネスとアグノラ。お前たちももう大人になるだろ? モモたちにはさっき伝えたんだけど、来週から二週間の特別有給休暇を取ってもらおうと思うんだ」
「え~? 二週間も~?」
「いらないよ~。それに二週間もみんなのこと放っておけないし~」
「その間はちゃんと俺が世話しておくから。たまには旅行でもしてきたらどうだ? サウスモナの町だって船で横通ったことしかないだろ? ボワールやスノーポートにも魔道列車一本で行けるんだぞ? ボクチク村に帰るついでと思って足を延ばしてみたらどうだ? マルセール駅の改札出たところにある宿屋案内所で、魔道化してある町の提携してる宿屋ならどこの宿でも予約できるの知ってるか? なんなら特別にウチで予約していってもいいぞ? 端末魔道具はあるからリョウカに言えば色々手配してくれるから」
「スノーポートの町行ってみたいかも~」
「初めての二人旅面白いかも~」
「きっと楽しいぞ。何事も経験してみることが大事だ。ボクチク村に帰ったらカウカウ牛とシャモ鳥の世話の仕方を教えてやってきてくれ。教わった人以外は絶対に手を出すなって言っとけよ? 魔物を怒らせるようなことがあればすぐに回収するからって言うのも忘れずにな」
「わかった~」
「なんだか楽しみになってきた~」
そして二人は楽しそうに、お兄さんが待つテーブルへと戻っていった。
「二人だけじゃ心配だからリスをお供に付けるか」
「もう大人なんですから過保護すぎるのはダメですよ。それに魔道化範囲内でしたら今いる位置がわかる防犯ベルのようなものを持たせるから大丈夫です。ベルはとても大きな音で鳴りますからすぐにパラディン隊が駆けつけるはずです」
そっちのほうが過保護だよな……。
「それはそうとアグネスちゃんたちがいない間はしっかり牧場の魔物さんたちのお世話してくださいよ? 私は外出が増えますし、忙しくて手伝えそうにないですからね?」
え、それは想定外……。




