第六百九十二話 錬金術師マグドと二人の仲間
マグドが故郷を出てから実に三十年もの月日が流れた。
その間マグドは一度も故郷に帰ることはなく、ノースルアンで生活をしていた。
当時描いていた未来とは違うかもしれないが、家族もでき、充実した人生を送っていた。
だがそんなある日のことだった。
その日もマグドはいつも通り、錬金工房にこもって一人で仕事をしていた。
「マグドのおっちゃん!」
「ん? ……お~!? ルーカスじゃないか! 帰ってきてたのか! どれくらいぶりだ?」
「二年ぶりくらいかな? それよりおっちゃんに話があってさ」
「話? 旅の話でも聞かせてくれるのか?」
「それはあとで。まず彼女を紹介するから」
「彼女? わざわざお前の彼女を俺に紹介してくれるなんて……む?」
マグドはその彼女を見て動きがとまった。
彼女の体から明らかに異質なオーラのようなものを感じたからだ。
「あ、おっちゃんやっぱりこの子の魔力が普通じゃないってわかる? さすが凄腕錬金術師」
「いや……魔力を見ただけで震えがとまらなくなるのは初めてだ……」
「普通の人はそこまで感じないらしいよ。だから自信持っていいって。で、この子、おっちゃんの姪っ子らしいんだけどさ」
「姪っ子? お前、姪の意味をわかってるのか? お前は俺の甥にあたるんだぞ?」
「おっちゃんの妹の娘なんだから姪で合ってるだろ?」
「なっ……妹……。お前もしかして、俺の故郷に行ってきたのか?」
「うん。っておっちゃんの故郷だからって理由で行ったわけじゃないよ? 冒険者としては一度は行ってみたくなるのが性ってもんだからさ」
「……まぁお前は普通じゃないからな」
マグドは姪っ子だという彼女を改めてじっくりと見てみる。
だが彼女に妹の面影なんてのを見つけようとしてもわかるわけがなかった。
マグドは妹にもう三十年も会ってないし、当時の子供のころの姿しか知らなければ、今となってはその記憶でさえもあやふやだ。
「まぁ積もる話はあとにしてさ、先に俺の話を聞いてよ」
「……あぁ」
「何年か先の話になるけど、ダンジョンを創ろうと思うんだ」
「ダンジョン? またなんでそんなものを……」
「え、面白そうだろ? それに普通のダンジョンとは違うんだ。人の手で作るから人工ダンジョンってところかな。とは言っても掘ったりするわけじゃない」
ルーカスは袋から丸い宝石のようなものを取り出した。
「この中に創るんだ」
「……なに言ってる?」
「おっちゃんは錬金術師が使う錬金釜の内部を錬金するのが得意だろ? その錬金釜の中に入ったことある?」
「あるわけないだろ……」
「この水晶玉には入れるんだ」
マグドはルーカスがなにを言ってるのか理解できなかった。
「おっちゃんには悪いけど、この子、ララシーはこの年齢でおっちゃんの錬金術の腕を遥かに超えてる。しかも魔道士としても世界でトップクラスの実力の持ち主なんだ。世界を半周してきた俺が言うんだから間違いない。あ、姪なんだから嫉妬とかするのはなしね?」
「……せめて世界を一周してきてから言ってほしいもんだが」
「ハハハッ! さすがおっちゃん! ツッコみどころがわかってる! なっ! 面白いだろ、お前のおじちゃん!」
ララシーはニコリともしない。
「で、俺たちそのダンジョンに必要なものを今集めてるところなんだ。その中でもかなり重要になってくるのがおっちゃんってわけ」
「……俺になにをしろと?」
「ダンジョンだよ? ただの洞窟や迷路じゃなくてさ」
「……まさかお前……」
「残念ながら、ララシーにはおっちゃんが作る錬金釜以上の異空間を創り出す力はあっても、おっちゃんのように魔物を生成する力はない。そしてララシーの知識と、このダンジョンがあれば、おっちゃんなら魔石が持ってる情報をいじったりすることだってできるはず。つまりこの中でなら、おっちゃんの力を最大限に生かすことができる。まぁ別にそんなことしなくても普通に生成してくれるだけでもいいんだけどさ」
「……」
ルーカスの本気の口調に、マグドはもう冗談だとは思わなくなっていた。
本気じゃなければ魔物生成錬金のことを口にしたりするはずがない。
「おじ様」
ここでララシーが初めて口を開いた。
「……なんだ、姪っ子様よ」
「ふふっ。一つだけ言っておきますけど、私、ルーカスの彼女ではありませんので」
「え?」
「それに私はルーカスが面白そうなことを提案してきたからそれに乗ってみることにしただけです。それに世界半周の旅にもタダで連れていってくれるということでしたし。それにルーカスが連れてる魔物がとても可愛かったですし。それに母や祖父母はおじ様のことは決して口にはしませんでしたけど、魔王みたいな能力を持った人間がこの世界のどこかにいるという話は昔からよく聞いてましたし」
「……」
「ねぇルーカス。本当にこの人で大丈夫なんでしょうね?」
「う~ん。おっちゃんさぁ~、ララシーは最初に一つだけ言っておくって言ったよね? ならツッコんであげないと。今いくつ言った? 『それに』って言葉がわざとらしく多かっただろ? それにさっきみたいに世界半周じゃなくて世界一周だろって言ってあげないと」
「……あぁ。そうだな。ルーカスも俺も魔王みたいなものだもんな」
「うんうん。お互い弱小魔王だけどさ」
マグドの目からはなぜか涙が出てきた。
「で、やるよね? というか可愛い可愛い甥っ子姪っ子からお願いされてやらないなんて選択肢はないよね?」
「……そうだな。可愛い甥っ子姪っ子の頼みだもんな」
「うんうん。じゃあ今日から魔物生成錬金の修行ってことで」
「修行か……。でも俺はなにをどうすればいいんだ?」
「まず魔物生成にかかる時間の短縮かな。ランクの高い魔物であろうができるだけ速く生成できるようになってもらわないと。あとはララシーの研究成果の検証かな」
「なぁ、まさか俺がそのダンジョンの魔物全部を生成するのか?」
「あ、違う違う。おっちゃんの魔物生成錬金術をララシーがこのダンジョンの中にシステムとして組み込むんだ。だからおっちゃんはそのシステムを構築するときだけ力を発揮してくれれば大丈夫」
「……正直まだよくわかってないが、俺の錬金術が完璧であれば最初だけでいいってことだよな?」
「そうそう。そのあとまだおっちゃんの腕が上達していくんならたまに更新するって感じかな」
「なるほど。じゃあ俺はここを離れなくてすむんだな。というかダンジョンはどこに創るんだ?」
「あ、やっと聞いてくれた。マルセールだよ」
「マルセール? あんななにもない町に? お前は住んだことないんだから懐かしくもなんともないだろ?」
「あの町には巨大スポンサーがいるからね」
「金ってことか?」
「まぁそんな感じ。いずれおっちゃんにも紹介するからさ」
「ヤバそうな連中じゃないだろうな? 金なら俺が出してやってもいいぞ?」
「お金じゃどうにもできないことだってあるからね」
「はぁ?」
「まぁとりあえずおっちゃんはそれまでに腕を磨いといてよ。早くても準備にまだ三年はかかるからさ」
「三年? なにをそんなに準備するんだ?」
「一番はダンジョンのフィールドを構成する素材かな。土、石、草、木、花、水、氷、溶岩とか、ありとあらゆる自然の物を集めないと。ダンジョンと言っても洞窟にする必要はないからね」
「……なるほど。面白くなりそうだな」
「それと魔力もたっぷりためないとね。なんせこのダンジョンの物は全て錬金術で再現されるからさ」
「ララシーちゃんの錬金術か。村で学んだんだよな? 誰に教わった?」
「……母に」
「母? 俺の妹が錬金術を?」
「はい」
「意外だな……。あいつは攻撃系の魔法が得意だったから、錬金なんて地味な作業やってる姿があまり想像つかないんだが」
「……母は魔石の研究ばかりしてたそうです。大きさ、重さ、形、色、断面、そしてもっと細かい構造の研究を」
「なんでまたそんな研究を……」
「この世に魔物使いという人種がいて、人間に敵意がない魔物もいるということを知ったからみたいです。それと……あとは言わなくてもわかりますよね?」
「……俺のためか」
「おっちゃんはさ、魔物生成錬金を食料や素材採取のために利用してたよね? ノースルアン近辺に出現するはずのない魔物を、町の外で父さんたちといっしょに生成したりしてさ。町の人たちは思わぬ獲物の出現に喜んでた」
「それくらいしか活用方法が思いつかなかったんだよ。ある程度の強さを持った魔物生成には時間がかかるし、魔力負担も体力の負担も大きいしな。それに魔石をいじってルーカスの仲間の魔物みたいなやつを生成しようなんて普通考えもしないだろ?」
「まぁね。実際、妹さんやララシーが考えてる案が上手くいくかどうかなんてこともまだわからないわけだし」
「数年あれば成功させてみせるし。ダンジョンと魔物使い、そして魔物生成錬金という手駒が全部揃った今、魔物を完全に服従させるためのシステムが頭に浮かんでるもの」
ララシーの発言に、マグドは違和感を覚えた。
「なぁ、ララシーちゃんはルーカスのことを知ってたのか?」
「いえ、数か月前にルーカスが村に来るまでは知りませんでしたけど」
「でも俺のことを妹から聞いてたわけでもないんだろ? なら魔物使いと魔物生成錬金の錬金術師の二人が本当に存在してるかどうかもわからなかったんじゃないのか? 魔物使い自体、ルーカスの前はルーカスの曾祖父まで遡るわけだしさ」
「そうですね。でも別に私はルーカスが来るまではダンジョンを創ろうなんて考えてなかったですから。それに魔物使いのことも魔物生成錬金のこともどうでも良かったですし」
「……なら魔石の知識もルーカスが来てから身につけたのか?」
「いえ、それは母の研究や錬金を見てたらいつのまにか母より詳しくなってただけです。それで母が喜んでくれるんですから、私が研究を続けたほうがいいでしょう? 魔法だってそうです。周りより優秀な魔道士であれば両親は喜びますし、誰にも文句は言われませんし」
「……全部嫌々やってきたってことか?」
「それは違います。誰かが喜んでくれるからやるんです。……でも私自身が本当にやりたいと思ったことがなにひとつなかったという点で言えば、全部やらされてたという言い方になるかもしれませんね」
「おっちゃんおっちゃん、天才ってそういうもんなんだよ。努力しなくてもなんでもできちゃうってやつ? でもララシーは天才にしては珍しく、性格もまぁまぁ良い」
「ねぇ、聞き捨てならないんですけど?」
「間違えた。俺にだけはきつくあたるところがあるけど、ほかの人には凄く優しい」
「それはいつもルーカスが自分勝手なのが悪いんでしょ。魔物使いじゃなかったら絶対無視してるから」
「はいはい。俺が魔物使いで良かった良かった」
「……散歩してくる」
ララシーは怒って外に出ていってしまった。
「おい、いいのか?」
「うん。魔物たちといっしょのはずだから一人でも大丈夫」
「そうじゃなくて、怒ってたじゃないか」
「町を散歩したいっていうのは本心だろうからそんなに気にしなくていいよ。どうせ今日は錬金するつもりなかったし」
「……俺は姪っ子の味方をするからな」
「どうぞご自由に。たぶんララシーは俺におっちゃんと話をさせるために出ていったっていうのもあると思うよ。故郷の話とかをさ」
「故郷か……」
「聞きたくない話もあると思うけど、聞く?」
そしてマグドは故郷の話を聞くことになった。
その翌日から、マグドとララシーは魔物生成錬金の研究に時間を費やした。
一週間後、ルーカスとララシーは町を出た。
素材集めの旅と言いながら、実質はララシーに世界を見せるための旅でもあった。
二人は旅に出たあとも、三か月に一度はノースルアンに帰ってきてマグドとの研究の時間を設けた。
そしてマグドとララシーが出会ってから五年後、三人は無事に大樹のダンジョンをオープンさせることに成功した。
だが魔物生成錬金に関してはまだまだ研究の余地があった。
マグドは志半ばにして、寿命によりその生涯を終えることになる。
それでもマグドが残した技術は必ずや後世の魔物生成錬金術師へと受け継がれていくことだろう。




