第六十九話 鍛冶工房開店
「ねぇロイス君、あれはなに?」
「おはようございますティアリスさん。今日も早いですね」
「あっおはよう。で、あれはなに? 鍛冶工房って書いてあるけど?」
「おはようございますロイスさん! 今週もよろしくお願いします! お二人とも! 先に受付すませましょう!」
ティアリスさんパーティが一番乗りでやってきた。
双子のお兄さんたちは小屋の入り口横にできた小さな建物を興味津々と見ているようだ。
その建物のドアの上には木でできた看板があり、『鍛冶工房アイリス』と書かれている。
「あっ! ティアリスさんおはようございますなのです! ちょっと聞いてくださいなのです!」
まだ家の中にいたユウナが管理人室越しにティアリスさんを見つけ挨拶をし、慌てて玄関から出て行った。
ユウナはティアリスさんにはなんでも話すからきっと鍛冶工房と杖のことを言いにいったんだろうな。
「ジョアンさん、少し弓矢を見せてもらってもいいですか?」
「僕の弓矢ですか? いいですよ!」
ジョアンさんは背中に背負ってる荷物の中から弓矢を取り出し、差し出してくる。
ふむ、やはり弓は木か。
弦の素材はなんだろうか。
どっちにしてもメンテナンスしかできそうにないな。
矢じりは鉄かな?
はっきり言って俺には鉱石の区別がつかない。
「ありがとうございました。丁寧に使われてますね」
「日々の手入れが生死を分けますからね!」
その通りだと思う。
でも剣などの武器を研ぐことはそう簡単ではないから鍛冶屋というものが必要になってくる。
「ユウナ」
「はいなのです!」
「そろそろ八時だからそこのドアの鍵を開けてくれ。そのまま店の中へ行ってアイリスさんたちに開店することを伝えてきてくれるか? 下の入り口は開けてあるから」
「了解なのです!」
ユウナは俺から鍵を受け取ると走って目の前に見えている鍛冶工房のドアへ向かった。
この地上にあるドアは鍵で開け閉めするが、そのドアの先は地下へ下りる十段ほどの階段となっている。
階段の下は店の入り口となるがドアなどはなく、入り口全面が転移魔法陣となっているのでそのまま受付カウンターに入ることになる。
多くの人はまるで本当にこの地下に鍛冶工房が作られていると思うだろう。
この入り口の転移魔法陣は使用可否をダンジョンコアで毎朝と夜に設定変更し、地上のドアと合わせて二重の鍵をかけることにした。
「もう入ってみてもいいの?」
「ええどうぞ。今なら一番乗りだからお時間もとらせませんよきっと」
「「うおぉぉ! 剣見てもらえるかな!?」」
「僕も短剣を見てもらおうかな!」
四人は受付をすませ、鍛冶工房がある地下へと消えていった。
その先の様子を俺とカトレアは管理人室で水晶玉越しに見る。
鍛冶工房内が見れるといってもアイリスさんのプライベートスペースまで見れるわけじゃないからな?
そこは見れないようにロックがかけられている。
どうやってやったのかは知らん。
「……ふふ、お二人同時に剣を出すからウサータ君困ってるじゃないですか」
「さすが双子だな」
「……どうやらじゃんけんでお兄さんが勝ったみたいですね」
「うん、あの説明書きでちゃんと通じてるようだな。そういや待合用の椅子を準備してなかったな。いるかな?」
「……すぐできあがりますからね。店内で待つ人も増えるかもしれませんし、十脚くらいは置いてもいいかもしれないですね」
「だな。ユウナ!」
戻ってきたばかりのユウナに、家の前の広場に置いてある椅子を十脚鍛冶工房の受付へ持っていくように伝えた。
俺が持っていかないのかって?
俺はほら、受付があるし。
それにユウナは鍛冶工房内の様子が見たくて仕方がないようだしね。
嫌な顔一つせず運んでくれてるよ。
「……あら、来ましたね。では少しいってきます」
「うん。しっかりな」
杖の注文が入ったようだ。
注文が入るとカトレアの指輪に知らされるようになっている。
知らされるタイミングはアイリスさんが転送魔道具でスイッチを押したのと同時だ。
カトレアが他の作業をしていることも考えて完成までの時間は三十分と長めに設定してある。
杖と他の武器とは管理ラインを別にしたらしく、杖は杖だけの独立した受注ラインのため、アイリスさんも優先してウサッピへ指示をするらしい。
アイリスさんの近くにある表示板魔道具は、左側に武器ライン、右側に杖専用ラインが表示されるようになっており、今は武器が四件、杖が一件の受注が入っているようだ。
ラインが二つになったことで転送魔道具のスイッチも二つ用意することになった。
ん? 武器が四件?
……あぁ、ジョアンさんが短剣と矢じりの二つを依頼したのか。
とか考えながら表示板を見てる間にも一件消えて三件になった。
もう完成したのか。
受付の上には番号が表示されているはずだが、四人は工房内をキョロキョロと見たり、アイリスさんやウサッピの作業を見たりしてて誰も気付いていない。
ウサータが上を指差したことでようやく気付いたようだ。
急ぐ必要は全くないのだが、慌てて受取の処理を行っている。
手つきがスムーズなのは待ってる間にしっかり説明を読んでくれていたのであろう。
「うおっ! 見てくれこの鋭さ! 触れただけで斬れそうだ! それになんか光ってる!」
「いいなっ! 早く俺のもできないかな! でも早すぎないか?」
ここで工房の奥からカトレアが錬金釜を持ってやってきた。
「「「「?」」」」
四人はカトレアの登場をただただ不思議そうに見ている。
カトレアの錬金スペースには既にメンテナンスを終えた杖が置かれている。
カトレアは錬金釜を置くとすぐに錬金を始めた。
「え? もしかして魔力安定化ってカトレアさんの錬金術でやるの?」
「そうみたいですね。工房内の多くの魔道具やこのシステムといい、相変わらずここの人たちはぶっ飛んでますね」
ジョアンさんは冷静に工房内を観察しているようだ。
レンジャーともなればまず新しい場所は観察から入るのであろう。
でもぶっ飛んでるのはカトレアだからね?
その言い方だとまるでここの住人全員のようにも聞こえるじゃないか。
……確かにララもぶっ飛んでるけど。
カトレアの錬金はすぐに完了し、アイリスさんの近くにある完成済み用の転送魔道具に杖を置いた。
「もう終わり?」
「みたいですね。……二番と三番が表示されてますね。あとは僕の武器だけです」
双子の弟さんとティアリスさんは受取魔道具で武器を受け取る。
「やった! 新品みたいだ!」
「……なによこれ。本当にこれ私が今まで使ってた杖なの?」
ユウナと同じくティアリスさんもすぐに杖の異変に気付いたようだ。
異変といってももちろんいい意味でだ。
あとはジョアンさんの武器だけか。
……お?
新しい客が二人入ってきたぞ!
……ん?
この二人受付したっけ?
……水晶玉に集中しすぎて自分の仕事のことをすっかり忘れていた。
いつの間にか俺の左側にはララがいて、受付業務をこなしてくれていた。
「お兄、見たいのはわかるけどまずは仕事してね。挨拶もしないなんて感じ悪いと思われるよ?」
「……ごめんなさい」
時間にしてまだ十分くらいしか経ってないはずだが、目の前には列ができている。
月曜だからみんな朝早く来るとはいえ、いつもより多い気がしないでもない。
「おはようございます」
「おはようございます! もう鍛冶工房は開いてるんですか!?」
「鍛冶工房ですか? えぇ開いてますけど」
「良かった早く来て! 今日オープンと聞いてたものですから」
「……誰から聞いたんですか?」
「昨日鍛冶屋に行ったらダンジョンにも鍛冶屋がオープンするって聞きましてね! 待ち時間も少ないと言ってましたので結局町ではお願いしなかったんですよ!」
……おじさんだな。
ひっそりとオープンしたかったのに、この様子だと最近町の鍛冶屋に行った人はもう知ってたんだな。
まぁ宣伝をしてくれたと思って良しとするか。
「あれ? そういやカトレアはまだ戻ってきてない?」
「さっき帰ってきたんだけどまたすぐ行ったみたい。あそこ見てよ」
ララの視線の先を追ってみると、ユウナとティアリスさん、あと何人かの魔道士が集まって話をしていた。
しかも女性ばかり。
さすがにあの輪に男は入れないな。
男性魔道士が可哀想になった。
「なるほど。口コミってこわいな」
「それどころか受付した人みんな入っていってるよ。これじゃ下の受付はパンパンなんじゃない?」
ララに言われて水晶玉を見ると、そこには人がいっぱいの受付の様子が映しだされていた。
「これはマズいな。ユウナ! ……ユウナ!」
「はいなのです! なんなのです!? 今忙しいのです!」
「ここはいいから下へ行って列の整備をしてきてくれ。それと受付がすんだ人はいったん店から出るように言ってくれ」
「もっとお喋りしてたいのです! でも仕方ないからいってきますです!」
仕事だよ?
お喋りも仕事のうちかもしれないけど、今はやることあるんだよ?
ユウナは文句を言いながらも鍛冶工房へ入っていった。
間もなく人がたくさん出てきたので上手く言ってくれたんだろう。
先ほどまでユウナがいた輪の中からティアリスさんがこちらに近づいてきた。
「ねぇ、あの鍛冶師の人マルセールの鍛冶屋の娘さんよね? 引き抜いたの?」
「よくご存じで。でも引き抜いたんではなく支店のようなものですよ。鍛冶屋さんとは昔から懇意にしてますし、ここにあったほうがみなさん利用しやすいでしょう?」
「それはそうね。それにしても杖を鍛冶屋に出すことになるなんて思ってもみなかったわ」
「錬金術って凄いですよね」
「錬金術ももちろんだけどやっぱりカトレアさんが凄いのよ。私も錬金術勉強してみようかなぁ~」
そんなことを言いながらティアリスさんは小屋の中へ入っていった。
「そうなのです! 杖も魔力安定化とメンテナンスをすることによって魔力効率が格段に上がるのです! 今ならすぐやってもらえるのです! 料金はたぶん50Gなのです!」
……あいつめ。
少し目を話した隙にお喋りに戻ってやがる。
それにまるで鍛冶屋の呼び込みみたいになってるじゃないか。
今日のおやつは抜きだな。