第六百八十九話 お化けの木
「おい? いくらなんでも抜きすぎだって」
「別にこれくらいの量で死んだりしないから大丈夫だって」
「もうやめろって。あ……眩暈が……」
「少し寝れば大丈夫だって。おやすみ、お兄ちゃん」
…………うぅ……。
……ん?
……夢か……。
まさか夢の中でまでマリンに血を抜かれるとはな。
「チュリ? (大丈夫ですか?)」
ピピか。
「今何時だ?」
「チュリ(十七時です)」
十七時……結構寝てたな……。
「チュリ? (うなされてましたけど、悪い夢でも見ました?)」
「あぁ、完全な悪夢だ。俺の腕から血が大量に流れてた。俺を襲ってきた敵は……マリン」
「チュリ(敵って言うのやめましょうよ……。ちゃんとロイス君の健康状態を見たうえで血を抜いてるんですから)」
「あ、ピピも敵ってことだな? そういや昨日俺の部屋で寝てたよな? マリンが部屋に来て血を抜こうとしてるのに気付かないわけないもんな?」
「チュリ(じゃあもう敵でいいですよ……。で、体の調子はいかがですか? ドラシーさんから起きたら確認するように言われてますので)」
「う~ん。気分は良くない気がする。それもこれも魔王マリンのせいで……」
「チュリ(特に問題なし、と)」
「おい……」
「チュリ(サクちゃんが寝てますのでこのくらいにして移動しましょう)」
そうだった。
隣のベッドにサクがいるんだったな。
……というかまだ寝てるのか。
あ、サクの顔の横にいるボネと目があった。
「サク大丈夫そうか?」
「……」
ボネは答えるのも面倒といった感じで目を閉じた。
そんなの知らないわよ、私に聞かないでよ。
ってところか。
「あれ? そういやピピもダンジョン入ってたんじゃなかったっけ?」
「チュリ(やっと気付いてくれましたか。一時間ほど前に帰ってきました)」
「一時間前? 十六時? そんなに時間かかったのか」
「チュリ(大変だったんですよ。とにかく向こう行きましょう)」
そしてソファの場所まで移動した。
するとソファではユウナが横になって寝ていた。
……まだカトレアたちは帰ってきていないようだ。
ダンジョンの入口もなくなってる。
おそらくあっちの建物の中ではマリンが錬金をしている最中なんだろう。
「あれ? 起きたのです?」
ユウナを起こしてしまったようだ。
建物の中が気になるところだが、とりあえずピピの話を聞くことにした。
コアラ討伐隊は難なく第二階層のコアラ生息地周辺に辿り着いたそうだ。
だがそこからが大変だったという。
◇◇◇
「この先にコアラがいるはずなのです!」
「遠くから先制攻撃よ!」
「ダメなのです! ここは慎重にいくのです! ワルノボスが言うには木の枝が襲ってくるのです!」
「それを確かめるための遠距離からの魔法攻撃よ!」
「なるほどなのです! シャルルちゃんもたまには頭いいのです!」
「たまにはってなによ!? いつもって言いなさいよ!」
「たまにはなのです! じゃあこのまま馬車でゆっくり突入して、コアラを見つけたらまず遠距離魔法攻撃でいいのです!?」
ユウナは魔物たちに訊ねる。
しかし、あっさりと却下された。
「ピピちゃんとリスちゃんたちでまず偵察なのです? じゃあお願いするのです」
「そのほうがいいわね。ここは慎重にいきましょう」
「……シャルルちゃんはもう喋るななのです」
そしてピピ、メル、エク、マドの偵察組。
ウェルダンが引く馬車での待機組と分かれた。
馬車に残ったのはユウナ、シャルル、ウェルダン、ゲンさん、ハリル。
休憩も兼ねるため、ユウナは馬車の周りに封印結界を張る。
「コアラの生息地に入ったらほかに敵はいないって話じゃなかったっけ? 封印結界を張る意味あるの?」
「念のためなのです。そのコアラの行動範囲や攻撃範囲が想像以上に広く、そのためにほかの魔物を出現させてない可能性もあるのです。それに寝てるように見せかけてること自体が罠かもしれないのです」
「さすがに考えすぎじゃない? 小さなコアラなんでしょ?」
「魔道士タイプをなめたら痛い目にあうのです。それにもう一匹のコアラに至ってはこのエリアにいるということしかわかってないくらい謎なのです」
「でもここまでの敵を見る限り、どうせFランクかEランクってところよね? この奥の階層にいるマグマドラゴンやグリーンドラゴンがDランクでボス的扱いなんだし。だからどんなコアラであろうが余裕よ」
「「「ピィー---!?」」」
「「「「!?」」」」
突然響き渡るリスたちの悲鳴。
「「「ピィッ!」」」
再度聞こえてきた、一回目とは違うリスたちの声。
「なにかあったのです!」
「すぐ行くわよ! ウェルダン準備しなさい!」
「ゴ」
ゲンさんの言葉に耳を傾けるウェルダンとハリル。
「助けに行かないのです!?」
「モ~」
「待てってことなのです!? 大丈夫なのです!?」
「ハリ」
「……わかったのです。信じて待つのです」
「なにがあったのよ?」
「そこまではわからないのです。でもたぶん大丈夫だからってことだと思うのです」
「ミャオ」
「モリタが言うなら仕方ないわね」
それから十分後、ピピと三匹のリスたちが戻ってきた。
だがリスたちの服はビショビショに濡れ、泥で汚れている。
しかもマドは泣いているではないか。
マドは顔が痛いのか、左ほっぺを片手で押さえている。
ユウナはリスたちに回復魔法を使ったあと、レア袋から魔物用の簡易お風呂セットを取り出した。
リスたちは装備してた防具を脱ぎ捨て、すぐにシャワーを浴び始める。
そしてユウナとシャルルにタオルで体を拭かれるリスたち。
メルとエクは泣いてこそいないが、今にも泣きそうな顔でジッと我慢していた。
「襲われたのです?」
「ピィ……」
「違うのです? じゃあ水たまりで転んだのです?」
「チュリ」
「ピピちゃん、さっきからなにしてるのです?」
リスたちがシャワーを浴びてる間に、ピピとハリルは地面に木の枝を何本か設置していた。
どうやらリスたちの身になにが起きたのかを説明してくれるらしい。
ピピがリス役をやるようだ。
ピピは木から木へとゆっくりと飛ぶ。
すると三本目の木へ飛び移ろうとした瞬間に、ハリルがその三本目の木をレア袋へ収納した。
慌てた様子のピピはそのまま地面にゆっくりと落ちていき、着地……するかに見えたが、空中で静止した。
ハリルは持っていたジョウロでピピの下の地面に水を撒く。
そしてピピは着地するフリだけして足は地面につけずに、ユウナたちの元へと戻ってきた。
「なにやってるのよ?」
「リスちゃんたちが木を飛び移って移動してたら、飛び移ろうとした先の木が急になくなって、そのまま地面に向かって落ちることになったのです? しかも着地しようとした先の地面の土に急に水たまりができて、そのまま水に突っ込んだって感じなのです?」
「チュリ!」
『正解』と言わんばかりにピピは翼でユウナをさした。
「……今のでよくわかるわね」
「これくらい楽勝なのです」
「……ロイスがいたら楽なのに」
「それはピピちゃんたちのほうが思ってることなのです。私とシャルルちゃんのためだけにわざわざ説明してくれたのです」
「それもそうね……。モリタ、あなた人間語話せるように勉強しなさいよ」
「ミャオ……」
そしてみんなで輪になり、会議をすることになった。
「ピィ」
「モ~」
「ゴ」
「ピィ」
「ハリ~」
「ゴーストコアラって言うくらいだからお化けの魔物なのです。木のお化けかもしれないのです。もしくはボネちゃんみたいな念力で木を操れたりするのかもしれないのです。それだとワルノボスの言動とも合ってるのです」
「チュリ」
「ピィ~」
「ユウナ……よくこの流れに入っていけるわね……」
会議もほどほどにし、今度は全員で向かうことになった。
馬車を降り、全員が戦闘態勢を取る。
先頭はピピとウェルダン。
少し距離を開け、ユウナとシャルルとハリル。
そのすぐ後ろ、最後方にゲンさん、そのゲンさんに乗るリスたち。
「……リスたち、木がこわくなったのよ」
「急に道がなくなったら誰だってこわくなるのです。それより集中するのです。落とし穴があるかもしれないのです」
だが特になにも起きず、さっきリスたちが罠にかかったという場所まで辿り着いた。
ピピとウェルダンは周囲の探索を続ける。
「ドロドロの泥水なのです」
「想像してたより大きな水たまりね。こんなのに直前まで気付かないなんてことは普通ありえないわ」
「「「ピィ……」」」
「あ、違うわよ……それほど精巧な罠だったのねって言ってるの……」
リスたちが情けない声を出したので思わず気を遣うシャルル。
「……おそらく幻惑魔法なのです」
「幻惑魔法? なにそれ?」
「その名の通り、相手を幻惑させるための魔法なのです。幻惑といっても色々種類があるのですが、リスちゃんたちを騙したのは幻影を作りだす視覚タイプの幻惑魔法。土地勘のない相手を騙すにはもってこいなのです。でもよく注意していれば木も地面も魔力で作りだされた偽物だと気付いたはずなのです」
「「「ピィ……」」」
「あ、違うのです……バレないようなものを作った敵が凄いと言いたかったのです……」
「ユウナ、なんてこと言うのよ。リスたちが可哀想じゃない」
「……あとで覚えてろなのです。ゲンさん、みんなは幻惑魔法だということに気付いてたのです?」
「ゴ」
「さすがなのです。ということはさっき、このあたりに敵がいたということなのです」
「えっ!? じゃあ今もすぐ近くにいるかもしれないの!?」
「だからピピちゃんたちが形跡を探してるのです」
「なるほどね。じゃあ私も探してきてあげるわ」
「シャルルちゃんは絶対に一人で行動するななのです」
「ゴ」
「なによゲンさんまで! 私が一番に敵を見つけてやるんだから!」
「チュリ!」
前方でピピの声が響いた。
「どうやらもうピピちゃんが見つけたようなのです」
「ピピ! 私の獲物よ!」
「あ、待つのです! 走るななのです!」
そしてようやくコアラと相対することになった。




