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第六百八十二話 子供たちのため

 マルセールの役場の人たちが時間通りにやってきた。


 ほとんどは見知った顔だ。

 だが知らない顔もちらほらいる。

 十人以上の大所帯で来るなんて珍しいな。

 それほど重要な話があるのだろうか。

 カトレアからはとりあえず午前中空けとけって言われただけだ。


 そしてダンジョン酒場で会議が始まった。


 一応俺も出席こそしてはいるが、カトレアやマリン、スピカさんにモニカちゃんもいるから俺はぼーっとしてても大丈夫だろう。

 だから膝の上で眠るピピを撫でながら半分他人事のように聞くことにした。

 ここ最近の俺の頭の中は地下五階のことでいっぱいだからな。


 役場の人がなにか話してるのに、カトレアとマリンはやたらとピピをチラチラ見てくる。

 このまん丸に太った体が可愛く見えて仕方ないのかもしれない。


「……というわけでございまして、子供たちのためにすぐにでも学校を設立すべきだという意見が多数出ております」


「できればこの4月から稼働させたいんだけど……」


「魔道列車がボワールやスノーポートまで開通したことで転出先の選択肢も色々増えてきたしね」


「学校に通わせたいという親は多いんです。王都パルドでは学校に行かない子供なんてほぼいないに等しいですし」


 セバスさんの話が終わった途端に、ジェラードさん、バーゼルさん、メアリーさんが続けて話し出した。

 ジェマは書記担当のようで、ホワイトボードの脇に立って待機している。


 なるほど、今日は学校の話をしに来たのか。

 そういやこの前ミーノがなにか言ってた気がする。

 だが行ってもなければ建物を見たことすらない俺には全く想像がつかないものだな。


 サウスモナやボワールにもいくつかあるらしいが、強制ではないから行かない子供もそこそこいるらしい。

 でも王都では全員行くってことか?

 行かないという選択肢はないってことなのかな。

 学校ってお金を払って行くところだよな?

 マルセールに避難してきた人たちにそんな余裕あるんだろうか。


 カトレアたちは返事をせずに資料をじっくりと読みこんでいる。

 ジェラードさんやセバスさんたちは緊張した面持ちで錬金術師軍団の反応を窺っている。

 でもバーゼルさんはいつもどっしりと構えてるよな。

 周りに座る職員たちは俺と目が合うとビクッとした感じになるのが少し面白い。


 ん?


 酒場の入り口からワタとボネたちがやってきた。

 俺のところまで来るのかと思いきや、手前のテーブルに座った。

 会議というものを見物に来たのだろうか。

 ワタもテーブルの上に座っておとなしくしてるしまぁいいか。


「あの、ロイス様」


「はい?」


「もう少し資料に目を通していただけると……」


 それもそうだ。

 このままじゃただここに座ってる失礼なやつだからな。

 俺が受付以外の仕事もするんだというところをワタに見せてやろうじゃないか。




 ……眠くなってきた。


 なんだかお堅い文章ばかりだし、学校の理念とかコンセプトとかカリキュラムとか言われてもよくわからん。

 生きていくために必要になる知識を覚えさせ、悪いことはしないようにと教え込むことで真っ当な人間に育てるための養成機関のようなものなのかな。


 こんなの子供が見てわかるわけないだろ。

 って親に見せるためにあるのか。

 子供が判断できるわけないしな。



 それにどうせ全員行くことになるんだろ?

 学校が一つしかないんじゃこんな資料あってもなくてもいっしょだと思うんだが。

 なら俺たちには報告だけで、さっさと建てて勝手に運用すればいいのに。

 というか報告もいらないのに。


「いかがでしょうか?」


 セバスさんは俺に聞いてるのだろうか?


 ……カトレアたちはなにも言おうとしない。

 みんな賛成なのか?

 長年学校に通ってきた三人と、二人の子の親であるスピカさんが納得できるものなのならこれでいいということなんだろう。


 そもそもマリンは前から乗り気だったしな。

 最近忙しいせいで、親がいない子供たちが暮らす施設に顔を出せる頻度も減っているみたいだが、学校ができれば心配も少しは減るか。

 なら俺も適当に相槌を打っておこう。


「いいんじゃないですかね」


「……建設予定地は見ていただけましたでしょうか?」


「え? そんなの書いてました? 学校の絵は見ましたけど」


「……その絵の下の文章の最後をお読みください」


 最後?


 ……建設予定地:マルセール駅。


「マルセール駅から徒歩数分で行けるところってことですか?」


「いえ……マルセール駅がある場所でございます」


「ん? 駅の上ってことですか? 冒険者ギルドがなくなるんですか?」


「いえ……できれば下が良いかと思いまして……」


「下? 地下ですか? ……え? もしかして魔道ダンジョン内ってことですか?」


「はい……」


 そういうことか……。

 だからわざわざここに頼みに来てるってわけだな。


 というかマリンは元々その予定で考えてたんじゃなかったっけ?

 ダンジョンを利用して学校が作れるなんて楽しみ!

 なんてことを前に言ってた気がする。

 忙しくてそれどころじゃなくなったのだろうが。


「規模はどの程度を想定してるんですか?」


「子供たちの人数を考慮いたしますと、かなり大規模なものになるかと」


「人数は?」


「先ほども言いましたし、そちらにも書いてありますが、約4000人でございます」


「4000……」


 って多いのだろうか?

 大規模って言ってるから多いんだろうな。

 決して少なくはないよな。

 そもそも学校って何歳から何歳までだ?

 ……六歳~十五歳。

 九年間も?

 ということは各年代おおよそ444人ってところか。

 元々のマルセールの人口の約半分だ。

 そう考えるととんでもなく多いが、今の5万人以上という人口を考えればたった一割未満なんだもんな。


 それにウチのダンジョンのフィールドみたいに広くなくていいんだろ?

 単純に食事会場の三倍くらいの広さを想定すればいいのか?

 でもこの絵だと少人数ごとに部屋が分かれてるな。

 しかも同じような部屋がたくさん並んでる。

 ウチの宿屋を大きくしたようなイメージか。

 それなら簡単にできたりするんじゃないか?


「いいんじゃないですかね」


「本当でございますか!?」


 なんでみんなしてそんな驚く?

 俺が難色を示すとでも思っていたのか?

 この学校が子供たちのためになると思ってやってるんだよな?


「ロイス君、さっきセバスさんの話をあまり聞いていませんでしたよね?」


「え……まぁ正直、学校のことなんて俺にはよくわからないし」


「だからこそロイス君の意見が参考になるんですよ。学校のために魔力を使うことは私たちも大賛成なんです。子供たちの将来を考えると利益や消費魔力のことには目を瞑ってでも作るべきです」


「じゃあ作ればいいじゃないか。ダンジョン内に住んでる人たちの地上への引っ越しも着々と進んでるんだろ? それに4月から通わせたいからこそ、急ぎで魔道ダンジョンに作ってくれって言ってきてるんだろ?」


「なんでそんな他人事なんですか? ロイス君の子供だってその学校に通うことになるかもしれないんですよ?」


 え……俺の子供……。


 確かに自分の子供が通うとなると少し見方が変わってくるかも。


「……ん? でもそれでいいのか? それって子供じゃなくて親の目線だろ?」


「え……ま、まぁそれはそうですけど……。自分の子供を安心して通わせることができる学校かどうかも大事なんです。まだ幼い子供に判断は難しいですし、選択するのは親の役目でもありますから」


「そうか。ならもう少し考える。その間に設置場所の話を進めといてくれ。あ、ジェマ、その前にみなさんに飲み物のおかわりを」


「はい」


 さて、改めて資料を読み直すとしよう。



 ……相変わらずピンとこない言葉だらけだ。

 きれいごとを並べただけの文章にしか見えない。


 え?

 学年によっては八時半~十六時まで学校にいないといけないってことか?

 長すぎだろ……。

 一日のほとんどが学校で勉強してるだけで終わっちゃうじゃないか。

 それだけの時間をダンジョンで費やせれば立派な冒険者になれるのに……。


 ……見れば見るほど行きたくなくなってきた。

 って俺が行くわけじゃないけど。

 でもララも絶対に行かないって言うだろうな。

 勉強も自分でしてるほうが効率良さそうとか言いそうだし。


「これって行かなくてもいいのか?」


 前に座る人たちに聞こえないように、カトレアにこっそり聞いてみる。


「行かなくてもいいですけど、行かせないという選択をする親はほとんどいないということです。そういう風潮ができあがりますから」


 みんなに聞こえるように言わなくてもいいのに……。

 俺が無知だって宣伝してるようなものだぞ。


「学校って勉強だけをするところなのか?」


 相変わらずの小声で喋る。


「勉強がメインですけど、同世代の人間とのコミュニケーションを深めたり、人間形成を行う場という見方も一般的です。休憩時間にはみんなで話したり遊んだりしますので勉強ばかりというわけでもありません。学校でできたお友達と、学校が終わってから遊んだりもします。……私はそういうのあまりしてきませんでしたけど」


 なるほど。

 最後だけ小声になったのは察してやろう。


 そういうことであればララも学校に行ってみたいと言うかもしれないな。

 今みたいに仕事ばかりじゃなくて友達と遊んだりもしてほしいし。

 ってララも対象になるんだよな?

 来年は十三歳だから、まだ三年間も通えるじゃないか。

 マリンだってあと二年間は通えるわけだ。

 ってマリンは飛び級で卒業したんだっけ。


 ん?

 でもマリンはあまり学校に行きたくない派じゃなかったか?

 早く錬金術師としての仕事がしたかったとか言ってなかったっけ?

 だから錬金術の専門学校にも行きたくなかったんだろ?


「ララが行くって言うと思うか?」


 小声はもうやめた。


「……お友達が欲しいのであれば」


「う~ん。でも仕事や修行よりも優先するか?」


「……しないでしょうね」


「だよな。ならそんなララでも行きたくなるような学校だと面白いな」


「それは難題かと……。ララちゃんのように自分のやりたいことがたくさんある方は行かなくてもいいと思いますし」


「やりたいことか。じゃあそれを見つけるために学校に行くって考え方もあるのか」


「そうです。それに親からしても、自分たちが働きに行ってる間に子供を安心して預けられる場所があると安心でしょう? しかも勉強を教えてくれて、おまけに昼食も出してもらえるんですよ?」


「でもそうは言うけど、タダではないんだろ?」


「それがなんとこのマルセールでは、学費、給食費、交通費などなど、全て無料にしようと考えてるんです」


「えっ? 無料? 全部? 食費も? 1Gもかからないのか?」


「そうなんです。もちろんその分の費用は税金から捻出することになりますので、現在よりも納める税金が少しだけ多くなる場合もあります。ウチで一番影響があるのは魔道列車の収入面でしょうか」


 なんだと?

 それはつまりウチが納める税金が増えて、その分の収入が減るってことだよな?

 ララが怒るんじゃないか?


 それに町の人たちが納める税金も増えるのにみんなは納得してくれるのか?

 未来を担う子供たちの将来を考えたらそれくらいして当たり前ってことか?


 ……なんてことを言うと俺が悪魔だと思われそうだ。


 というか少なくともカトレアはこの話を知ってたってことだよな?

 町に行ってる様子はなかったからウチでジェマと打ち合わせをしてたのかもしれない。


 じゃあカトレアの中ではある程度の構想がもう出来上がっているんだろう。

 となると今日のこの会議の場は俺への事後説明と、俺の承諾を得るだけのものなんだろうな。


 う~ん。

 ここでもう少し詳しく聞かせろと言って、学校運営にどれだけ費用がかかるのか説明されることになっても面倒だしなぁ~。

 税金のことをなにも知らない俺への指導不足とかで、カトレアやジェマが役場の人から悪く思われたりするのも避けたいしなぁ~。


「……わかった。それで進めてくれていいぞ」


「「「「おおっ!?」」」」


 ん?

 そんなに喜んでくれるのか?

 みんな目が輝いてるじゃないか。

 俺がもっと難色を示すと思ってたんだろうな。


 だが無知な俺はこれ以上喋れないだけなんだ。

 だからあとは勝手にしてくれ。

 ウチの経営が赤字になるようならカトレアのせいにしよう。

 ララに怒られるのもカトレアだ、うん。


 そんなことを考えながらカトレアをチラリと見てみたら、なぜかカトレアが睨んできてる……。


「ロイス君? 今、面倒だとか思いませんでした?」


「まさか。カトレアを信頼してるから任せようと思っただけだ」


「……それならいいですけど」


 全然納得してなさそうだけど……。


 ん?

 カトレアとは逆側に座るマリンがそっと紙を渡してきた。



 …………これを俺が提案しろってことか?


 チラッとマリンを見るが、マリンは俺のほうを見ようともしない。


「……すみません。俺からも提案させてもらいたいことがあるんですけどいいですか?」


「もちろんです。ですがあまり無茶な提案はしないでいただけると……」


 セバスさんだけではなく、役場の人たち全員の背筋がピンと伸びた。

 少し和やかな空気になってたのが一瞬でどこかに吹き飛んだようだ。


「授業の内容に少し加えてほしいことがありまして」


「……なにをでしょうか?」


「ちょっとした運動ですよ」


「運動でしたら身体教育という科目がございます。適度に遊び要素も交えることによって楽しみながら身体を強化しようという授業です」


 む?

 そんなものがあるのか。


 ……でも当然マリンも知ってるはずだよな。


「俺が想定してるのはもう少し激しめの運動です。その身体教育とかいう授業と同じ時間でもいいんですけど、希望者には別枠で激しめの運動授業を受けれるようにできませんかね?」


「激しめの運動ですか……。ロイス様のお気持ちは大変良くわかりますが、私共としては怪我とかが心配なものでして……。いくら無料で学校に通えるとは言いましても、お子様が怪我されたとなると色々と面倒がございましてね……」


 親がうるさいってことか?

 それは確かに面倒だ。


 やはりこの話はなかったことに…………は無理そうだ。

 マリンが俺の太腿を軽くつねってきてる……。


「希望者だけでいいですから。俺たちとしても未来の冒険者やパラディンを育てたいんです。親の同意が必要ならそれでも構いませんし」


「う~ん。持ち帰らせてもらって検討させてもらってもよろしいでしょうか?」


「えぇ。ちなみに、その授業の先生は冒険者村にいる方々にお願いする予定です」


「……なるほど。忍者や魔道士を数多く育ててきた実績がある方々というわけでございますね」


「えぇ。もし却下されても、学校が終わったあととかに勝手にやるつもりですけどね。修行に専念したいのなら、別に無理して学校に行かなくてもいいと思いますし」


「……ジェラード様、いかがなさいますか?」


 町長に判断させて大丈夫か?

 おとなしく持ち帰ったほうがいいと思うぞ。


「……やろう」


 お?


「こんな時代だ。自分の身は自分で守れたほうがいいに決まってる。例えブルースライム一匹しか倒せない実力だったとしても、その一匹を倒せるかどうかが生死を分けることだってあるかもしれない。それに戦闘の才能を早いうちから見いだせることはこの町だけじゃなく世界にとっても有益となる」


 お~?

 なんて理解のある町長だ。


「ロイス君、このカリキュラムは全体的に見直させてもらうよ。学校の造りも変更しないといけないから、冒険者村の人たちやカトレアさんたちの意見ももっと聞きたい。よし、そうと決まれば帰ってすぐ再検討だ。みんな、悪いけどバイキングは中止……いや、昼ご飯はしっかり頂いてから帰ろう」


「「「「はい!」」」」


 いや、そこはすぐ帰れよ……。


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