第六十八話 ウサータとウサッピ
鍛冶工房オープンを翌日に控えた日曜の午後、鍛冶工房内に五人が集まっていた。
前日にシステムのテストは終わっており、今日は実践形式で運用テストを行うことになっている。
「じゃあララ、地上から入ってきてくれ」
「うん!」
ララはいったん地上へ戻り、すぐに鍛冶工房の入り口から姿を見せた。
「こんにちはー! えーと、なになに、武器をここにおけばいいのね」
受付カウンターの下に書かれている説明を見ながらララはそれに従い、武器をカウンターの上に置く。
店の内側では置かれた武器の鑑定結果が表示されている。
鑑定が終わったことを確認したウサータは武器を手に取り、色んな角度から丁寧に見ている。
見終わったウサータは受付魔道具の五つあるボタンのうちの一つを押した。
「おお! 損傷具合:小、料金:20G、完成予定時刻:十三時三十五分って出てる!」
ウサータが選ぶボタンは損傷具合に応じて、メンテナンスのみ、小、中、大、修復不可能の五種類となっている。
料金はそれぞれ10G、20G、30G、50G、0Gを基本としている。
この料金は最低価格の料金であり、武器の材質や大きさなどの鑑定結果によって変動する。
ララが今出した剣はよくある銅の剣で、作業内容も少し研ぐ程度のものだとウサータが判断した結果、20Gとなったのである。
これが鉄の剣だと同じ損傷具合でも30G、鋼だと40Gになったりするわけだ。
そこらへんの料金のことはアイリスさんが町の鍛冶屋で設定している料金に近い値をつけている。
もちろんここのほうが安いらしいが、それは俺が値段はできるだけ抑えてほしいと頼んだからだ。
「良ければ冒険者カードをここに差してと、そしたら受付が完了と。あっ、紙が出てきた! 受付番号一番、受付時間十三時三十一分、完成予定時刻十三時四十分、料金20Gだって! 完成予定時刻がさっきと違うけどこれは今私が悩んで早くカードを入れなかったから? ……え? ふむふむ、五分単位だから仕方ないのか」
ララがさっき表示された時間と違うとウサータに告げたら、ウサータは「ここ読んで!」とばかりにカウンターに書かれている注意書きを指差したのだ。
さすがに一分単位を続けていくのは無理だから余裕を持って五分単位で設定してある。
それでも五分~九分で作業が完了するということだからアイリスさんは凄い強気な時間設定をしていると思う。
「もう一本いい? ……あ、カードを一回抜くのね? ……じゃあ置くね? ……出た! 損傷が少ないため簡単なメンテナンスのみとなりますがよろしいですか? 料金10G 、完成予定時刻十三時四十五分! 研いだりすらする必要ないってこと? ならメンテナンスってなにするの!?」
ララの問いかけにウサータは表情一つ変えずに注意書きを指差した。
「えぇっと、メンテナンスは武器の汚れ落とし、錆防止などを行います。か! なるほどね! じゃあそれもお願いできる? ……あっ、カードを差すのね! ……今度は完成予定時刻は変わらず十三時四十五分だわ!」
ウサータは受付魔道具から排出されたタグを武器に取り付ける。
そして横にある転送魔道具の上に武器を置くと一瞬で武器が消える。
アイリスさんのほうを見ると、最初に受付した武器を手に取ってウサッピに汚れ落としの指示をしているようだ。
指示を受けたウサッピは武器を受け取るとすぐさま汚れ落としの作業に入る。
その間にアイリスさんは二本目の武器を手に取っていた。
アイリスさんとウサッピがいる壁側には受付済みの武器の情報が一覧で見れる表示板魔道具が設置されており、現在の待ち状況などが一目でわかるようになっている。
これは俺が頼んだわけではないが、カトレアとアイリスさんが話合ってこうすることに決めたそうだ。
ウサッピが一本目の武器の汚れ落としを終えアイリスさんに手渡すのと同時に、アイリスさんは「メンテナンス」と言って二本目の武器をウサッピに渡した。
武器に取り付けられたタグには成分と損傷具合が目に見えるように印字されているため、アイリスさんもウサッピもウサータの判断を確認できるようになっている。
全ての武器はまずアイリスさんが見ることになっており、それからウサッピに作業指示をするようだ。
それと、この鍛冶工房での一連の作業は冒険者の位置からも見えるようになっている。
俺はウサギが作業しているのを見せないほうがいいかなと思って、途中で中を見えないように変更しようとした。
だがアイリスさんが「ウサータだけじゃなくウサッピも見てやってほしい」と言ったために、このままの仕様でいくことになった。
既にアイリスさんの研ぎ作業は終了して、錆止めを塗り、さらに丁寧に布で拭きあげている。
研ぎの時間よりも汚れ落としと錆防止の作業の時間のほうが長いくらいだ。
それが終わるとすぐ近くの転送魔道具に武器を置いた。
「あっ、一って番号が出たよ!? まだ三十五分なのに! ……今度はこっちの魔道具にカードを差せばいいのね? ……あっ、来た! すごいピカピカ! えっと、これでいい場合はお金を入れる、と……タグが外れた! あっ、もう二番も出てる! 連続の場合はどうするの? ……あっ書いてある、いったんカードを抜くのね! で、またカードを差して、と。わっ! これもピカピカだ! 切れ味良さそう! ありがとう! また来るねー!」
ララがそう言って店を出ようとするとウサータは「ありがとうございましたー!」とばかりにお辞儀をした。
ちょっと可愛すぎるな。
もしかするとアイリスさんよりもこのウサータとウサッピのほうが人気出るんじゃないか?
「これって杖でも見てもらえるのです!? 置いてみるのです!」
ユウナも自分の武器を見てもらいたくなったらしく、わざわざカウンターの向こうに行ってから杖を置いた。
ウサータにとって困るのは自分が見たことのない形状の武器や、杖のような直接攻撃したりしない武器が持ち込まれた場合だ。
あとは木か。
木の場合は研ぐというより削るからな。
実際アイリスさんもあまり木の武器は扱ったことがないらしい。
だから仮に木の近接武器が持ち込まれてもメンテナンスか修復不可能を出すことにしている。
めったにないことだろうとは思ってるが木専用の文言が出るように設定は入れておいた。
あと困るというか悩むのは弓矢か。
矢じりを研ぐだけなら本数で判断するようにウサータには言ってあるようだ。
十本くらいなら小でそれより多いようだと中といった具合にだ。
だが弓はまた別の話だ。
これは修復不可能を出すように言ってある。
といっても弓を扱う者はたいてい自分で予備の弦を用意しており、自分で張り直したりするらしいからまず持ち込まれることはないだろうとのことだ。
実際にアイリスさんも鍛冶屋に弓が持ち込まれたのを見たことがないそうだ。
つまり鍛冶屋は鉱石を素材としたのものに対して作業をするということだ。
杖は先端に魔石や鉱石が埋め込まれている場合が多いが、これを研いだり磨いたところで魔力が上がるわけではない。
杖で殴りかかる人もそうはいないだろうし。
結局は杖の鉱石部分も木の部分も汚れ落としと錆止めだけになるだろうな。
ウサータが杖を一通り見て、ボタンを押した。
「えっ!? メンテナンスおよび魔力の安定化を行いますがよろしいですか? 料金50G、完成予定時刻十四時十分! 三十分後なのです!?」
「はい!?」
「魔力の安定化ってなんなのです!? というかできるのです!?」
どういうことだ!?
そんなメッセージが出るなんて初耳だぞ!?
魔力の安定化ってなに!?
アイリスさんそんなこともできるの!?
「よくわからないけどカードをえいっ! なのです!」
ユウナがカードを差し込むとタグが排出され、ウサータはそれを素早く杖に取り付け転送魔道具の上に置いた。
そのすぐ後にアイリスさんが杖を手に取り、ウサッピへ汚れ落としと錆止めの指示をした。
……ここまでは普通のメンテナンスだよな?
ウサッピはメンテナンスを三分程度で終わらすと、杖を持ったままこっちへ向かって歩いてきた。
そして杖をカトレアへ差し出した。
……どういうこと?
みんなの視線がカトレアに集中する。
「……ふふふ、ついに私の出番が来ましたね」
「「「!?」」」
いつの間にか隣にいたララとカウンターの向こう側にいるユウナも俺と同じように驚いているようだ。
カトレアが魔力の安定化とやらを行うってことか!?
カトレアはいつの間にか用意してあったいつも使っている大きいほうの錬金釜へ歩み寄る。
「……ふふ、私には鍛冶は無理でも錬金術があります。まずこの杖をここに入れます。そして魔力でこの杖の状態を調べます。ふふ、魔力が分散しているのがよくわかります。これでは手から杖、さらには杖の先端の鉱石までの経路に無駄が多すぎます。それをこうやって、えいっ! ……はい、できあがりです。ユウナちゃん、少し魔力を込めてみてください」
「え……はいなのです」
カトレアから杖を受け取ったユウナは杖の先端に魔力を集中しはじめた。
「なっ!? なんなのです!? こんなにスムーズに魔力の伝達が行えるのです!? 今ならいつもより大きい火を出せそうなのです!」
「……それは無理ですね、その杖が出せる火魔法は初級までですから。だけど今までより少ない消費魔力と今までより少し速く魔法を放つことができるようになってると思いますよ。ユウナちゃんが使える他の魔法も同様です」
「え……そうなのですか。でも消費魔力が少なくすむということは今までよりも魔法を多く使え、その上速く使えるのですからパワーアップしたのと同じなのです!」
「……ふふ、そうですね。今までが余分な魔力を消費してたとも言えますが」
確かに凄いことだと思う。
剣でいう研いだのと同じ効果なわけだよな。
これは錬金術士であるカトレアにしかできない。
鍛冶屋だから魔道士には関係ない施設だと思っていたけど、これなら魔道士でも鍛冶工房に来たくなるな!
そもそもカトレアが町の鍛冶屋を見てみたかった理由ってなんのためだったんだ?
きっと錬金術で冒険者の剣を研げないかと考えたんだよな?
アイリスさんの作業を見てこれは錬金術では無理だと思ったって言ってたしな。
でも魔力の媒体となる杖ならカトレアの専売特許ってわけか。
杖自体もウサッピのメンテナンスによってキレイになってるから鍛冶師としても仕事をしたことになるしな。
これは明日がますます楽しみになってきた。
「あっ、ユウナ、ちゃんと料金払えよ。タグが取れないぞ」
「えっ!? …………ララちゃんお金貸してなのです」