第六百七十九話 フリージア王女の生い立ち
サハ王国の第二王女フリージア。
三歳のとき、城で殺害される。
犯人は捕まったものの、その犯人は実行犯というだけで首謀者は不明。
しかし女王は、フリージアは病気で療養中と公表。
死んだ事実を隠蔽することを決める。
そしてフリージアに似た子供を探すために、信頼できる衛兵を旅に出した。
そっくりな子供がいれば金で買い取ってこいと命令して。
それから数か月後、パルド王国のとある町にて、年齢と顔こそ少し違ったが、髪色と背丈がフリージアそっくりな子供を発見する。
しかも幸いなことにその子には身寄りがなく、同じような境遇の子供たちが集まる施設で生活していた。
衛兵はすぐに引き取りたい旨を伝えたが、施設側から拒否される。
どうやらその子にはなにか特別な事情があるらしい。
それでも衛兵は何日も何日もその施設に通った。
ついにはサハで王女として迎え入れたいということも話した。
大金も積んだ。
その甲斐あって、条件付きではあるがようやく引き取れることになった。
だが衛兵は施設から脅しに近い言葉もかけられた。
もし約束を破ってその子の身になにかあれば、サハで起きた事件を公表すると言われたのだ。
なんとその施設の者はたった数日の間にサハに行き調べてきたという。
しかも正確な情報ばかりだった。
衛兵は観念し、全ての事情を話すことにした。
そしてようやく子供をサハの町へ連れて帰ることができた。
見た目はフリージアそっくりな子供に満足気な女王。
だが少し特殊な子供であるという説明を聞くと、女王の表情が急変した。
なんと女王は、爆弾を手に入れたようなものじゃないかと大喜びしたのだ。
もし我に逆らうやつがいればこの子を送り付けてやる。
フリージアが死んだのはこのためだったのかもしれないとまで口にした。
そんな言葉を聞いて愕然とする衛兵。
自分はこの子をとんでもない場所へ連れてきてしまったと後悔する。
その後、衛兵は精神を病み、辞職。
国を出たとの噂もあるが、その後の彼の消息は不明である。
そして女王は、フリージアの怪我が癒えたと世間に公表した。
再度狙われる可能性も残っていたが、それ以降は何事も起きなかった。
屈強な衛兵を見張りにつけたことで敵は怖気づいたのかもしれない。
もしくは、偽物とわかっていたからかもしれないが。
フリージアは六歳上の王女ダリアに世話をされることになる。
二人はどこへ行くのにも常にいっしょに行動した。
もちろん寝るときも同じベッドだ。
ダリアには、施設に提示された『指輪を絶対に外してはいけない』という条件を見張る役目もあった。
だがダリアはフリージアを煙たがることなく、とても可愛がった。
死んだフリージアのことよりもだ。
しかし女王はフリージアのことを決して愛そうとはしなかった。
いつまで経っても爆弾娘扱い。
フリージアが自分に近付いてくることさえ嫌がっていた。
もちろん爆弾がこわかったこともある。
だから封印を厳重にするために、指輪をもう一つ手に入れることを決めた。
もちろん大金を積んで。
フリージアが公の場に出ることはほとんどなかった。
女王が出さなかったというより、フリージア自身が面倒だからと言って出たがらなかったのだ。
だがそんなフリージアも、年に一度のフィンクス村視察にはここ数年同行するようになっていた。
理由を聞いても、たまには外に出たいときもあるとしか言わなかった。
もちろんフリージアは自分が爆弾のような存在であることを知っていた。
女王やダリアからはそれを治す術はこの世にないと言われ続けてきた。
だからフィンクス村には、一縷の望みにかけるという思いで行っていたのかもしれない。
砂漠の女神様と呼ばれる人なら治してくれるんじゃないかと思ったのだろう。
そして女神様に会えた。
だが女神様は体調不良らしく、顔色が悪い。
少しばかり会話はできるものの、とても相談なんてできる雰囲気ではなかった。
翌年も同じだった。
そしてその翌年も。
フリージアは諦めた。
自分を救ってくれる人なんていない。
女王やダリアも自分を爆弾としか見てない。
ダリアがずっと優しくしてくれてるのは結局自分が爆弾だから。
いずれナミの町に行って指輪を外せと言われる日が来るんだろう。
フリージアはそれを覚悟していた。
自分の価値なんてそれくらいしかないのだから、と。
◇◇◇
ハルジオン王子は泣いている。
マドとモリタは傍で慰めてあげているようだ。
でもまさかこんな話を聞かされることになるとは……。
まずどこからツッコめばいいのやら。
フリージア王女が偽物だったことか?
年令詐称のことか?
パルド王国のとある町にあるという怪しげな施設についてか?
現フリージアを連れてきた衛兵のその後とか?
金さえ積めば封印魔法の指輪は簡単に買えてしまうのかとか?
本物のフリージア王女を殺した首謀者も少し気になるな。
というか女王の機嫌を損ねたら大樹のダンジョンへ王女が送られてきてたかもしれないのか……。
あの場でわざわざフリージア王女を呼んで俺に会わせたのは、俺が次に王女に会ったときに警戒させないためだったのかも。
……色々あるが、とりあえず今はあの確認が先か。
「その事実を知ってるのはほかに誰がいるんですか?」
「女王様、ダリアお姉様、僕の父親である衛兵、それとフリージアを連れてきた元衛兵です」
あ、見張りの衛兵って王子の父親のことだったのか。
でもそういやその父親も死んだんだったな……。
それなら今知ってるのはもうこの王子と元衛兵だけってことか。
「だからたぶん今生きてるのは僕と、僕の父だけですね」
「「「え?」」」
「女王の命令で西側に加勢に行ったと聞きました。ですからそっちで死んでなければまだ生きてるはずです」
「「「……」」」
じゃあ王子の父親は城が大変なことを聞いて戻ってきたのか?
もしくは西側は冒険者に任せればいいと思ったのかもしれないけど。
父親が死んだこと、今教えてあげるべきだろうか。
でもこれ以上落ち込ませるのも可哀想だしな。
というか消息不明の元衛兵はやはり殺され……いや、もう亡くなってるようだ。
「父は衛兵隊長でもあったんです。もし女王の傍に隊長がいれば、絶対にこんなことにはなってないはずなんです……」
「「「……」」」
遅れてはきたものの、その場に隊長はいたんだよ。
でも仲間の裏切りによってあっさり殺されたんだよ。
……とは言いにくいしなぁ。
「ですが今になってもまだここへ来ていないということは、おそらく西の戦場で死んだんだと思います……。冒険者のみなさんが来られる前に行っていたはずなので……」
そういう解釈が一番いいのかもしれない。
もしくはここに戻ってこようとしてたときに爆発に巻き込まれて死んだとかか。
それなら西でまだ生き残ってる衛兵から隊長は城に戻ったと聞いても納得できるし。
「僕は一人になってしまいました……。これからどうすればいいのでしょうか……」
そんなこと俺に言われてもなぁ……。
「あなたが国王になってこの国を立て直せばいいのよ!」
「え?」
このバカ……。
「でも一度全てをリセットしなさい! ロイスの言葉聞いたでしょ!? この国というかこの町は腐ってるのよ! それはあなたもわかってるんでしょ!?」
「……はい」
「ついでだから、さっき西側からここに戻ってくるときに私が住民から言われた言葉を教えてあげるわ! 俺たちを見殺しにする気か!? 冒険者なんだから魔物を倒せよ! この雑魚冒険者が! 依頼がないとお前らは動かないのか!? 結局金のためかよ! さっさとこの町から出ていけ! 魔物に屈した負け犬が!」
マジかよ……。
「信じられる!? 私たちが撤退を決めた途端にそれよ!? ぶっ飛ばしてやろうかと思ったわよ! でも私たちはそれを我慢して、早く避難しろって呼びかけながら戻ってきて救助活動にあたるのよ!? どんな気持ちかあなたにわかる!?」
なんだか俺が言われてるようだ……。
「ロイスが気付いてなければ私たちはそんなやつらのために町を救ってたのよ!? というかあなたも同じなんでしょ!? フリージア王女のことを爆弾としか見てなかったんでしょ!?」
「それは違います! ……いえ、違いません」
「言い訳なんか聞きたくないわよ!」
おい?
特に言い訳はしてないぞ?
「本来であれば私はあなたのような人間を信用しないし相手にもしないわ! でもなんでここまで助言してあげてるかわかる!?」
これ助言なのか……。
「……いえ」
「あなたが冒険者だからよ!」
「!?」
「モーリタ村に修行に行ったくらいなんだから本気なんでしょ!? なら王子ではなく、冒険者としてこの国を立て直しなさい! 大きな町じゃなくてもいいし、もう国王になれとも言わない! ここで生活してみせてみなさいよ!」
「……」
まぁおかしなことは言ってないな。
ナミの町だって初めはなにもない土地でたったの二人でのスタートだったんだから。
「わかったの!?」
「はい!」
わかるわけないだろ……。
もう半分脅しだってそれ……。
「なら今は冒険者として、王女の魔力暴走の被害にあった人たちを一人でも多く助けてきなさい! そしてほかの冒険者たちといっしょに港へ戻ってきなさい! 自暴自棄になったらダメよ!?」
「はい!」
でもなぜかさっきよりは目に力がある気がする……。
「それと王女のことは誰にも言っちゃダメよ!? これは魔王の攻撃でこうなったの! あなたのためにも亡くなった王女のためにも、そうするのが一番いいわ! あっちの三人にも言っちゃダメよ!? あなただけが全てを背負って生きていきなさい! でも困ったことがあればいつでも私やロイスに相談するのよ!」
「はい! ありがとうございます!」
「ならもう行きなさい! 早くしないと日が暮れるわ!」
「はい!」
王子は頭を深々と下げてから、三人の元へと駆け寄っていった。
そして少し話をしたあと、四人は北側に向かった。
「……ロイス? 怒ってる?」
「なんで怒るんだよ。とりあえず正座やめていいぞ」
シャルルは正座をやめ、座りなおした。
だがまだ俺の機嫌を窺っているようだ。
「悪くなかったと思うぞ」
「ほんと? ダルマンもそう思う?」
「あ、あぁ……」
ダルマンさんは困惑しているようだ。
「別に気を遣わなくていいですよ。今のシャルルは駆け出しの冒険者なんですから。ダルマンさんのほうが実力的にも上ですし」
「でもパルド王国の第三王女って聞いちゃうとなぁ~……」
「第三王女なんかになんの権限もないわよ。それに私が王女だっていうこと知ってる冒険者もそれなりにいるけど、みんな私を普通の冒険者と思って接してくるわ」
「そうなのか……。でも封印魔法の指輪のことまではさすがに知らないんじゃないか?」
「確かにそれは知らないわね。でも今となってはもうどうでもいいわ。言いたけりゃ言いなさい」
「言えるわけないだろ……。俺なんで今日だけでこんなに秘密を抱えることになってしまったんだろう……」
可哀想なダルマンさん。
でも俺だって道連れは欲しいし。
「で、フリージア王女のことは言わなくて良かったのよね?」
「う~ん、あそこまで告白してくれたんだから言っても良かったのかもしれないけど、まだ生死をさまよってる段階だしな。それにどうせなら元気になってから対面させたほうが面白そうだし」
「そうね! 幽霊と思わせて驚かせてやりましょうよ!」
「なんで二人はそんなに楽しそうなんだよ……」
シャルルはどうか知らないが、俺は楽しくなんかはない。
ただの空元気ってやつだ。
俺が王女を追い詰めたという事実は決して消えはしないのだから。




