第六百七十八話 ハルジオン王子の嘘
さて、どうしたもんか。
王子は今、この状況がフリージア王女によって引き起こされたものだと考えてるはずだ。
俺からフリージア王女が城に戻っていたという話を聞いて確信したんだろう。
だがそれを聞く前に俺をかばってくれてたことから、おそらくフリージア王女の魔力暴走のせいではないかと推測してたはずでもある。
ほかの三人が俺の犯行だと勘違いする可能性もあったのでかばってくれたということもあるだろう。
それに王女によるものだと思ってたからこそ、これ以上は追撃がこないこともわかってる。
この被害状況を見たときにはもう確信してたのかもしれない。
ということは、魔力暴走を起こした場合の影響を以前からある程度は想定していたということになる。
おそらく女王やダリア王女といっしょに。
「……俺たちは席を外したほうがいいな」
王子以外の三人は席を立ち、少し離れた場所まで行き、腰を下ろした。
「じゃあ俺も……」
「ダルマンさんはここにいてください」
「え……まぁ護衛だし、なにかあったら困るもんな……」
凄く嫌そうだな……。
「あの三人はなぜ席を外したんですか?」
「たぶん僕が今から大事な話をすると思ったのではないでしょうか」
大事な話?
まさかそっちから王女の秘密を話してくれるのか?
とりあえず探りを入れてみるか。
探りというか先制攻撃だな。
「こいつがさっき俺が放送で呼び出した冒険者です」
「……はい。そうだと思ってました」
「魔王はおそらくこの大通りあたりを狙って攻撃したと思われます。こいつの仲間がまさにちょうどこのあたりを馬車で西側の戦場へ向かってたんです。その仲間は非常に優秀な回復魔道士で、ウチのダンジョンで修行してる冒険者の中では断トツの実力の持ち主なんです」
「え……」
そんな冒険者を瀕死にさせてしまったことを申し訳なく思うだろ?
「それとその馬車にはもう一人、フィンクス村出身で、ナミの町では砂漠の女神様と呼ばれる方も乗っていました」
「えぇっ!?」
シファーさんの知名度は抜群だな。
「回復魔道士のほうは封印魔法が使えることもあり、辛うじて二人とも命は助かりましたが、現在二人は意識不明の重体です。馬車を引いていたのは俺の仲間の魔物でして、そいつは体を張って守ろうとしたらしいです。でも防ぎきれずにかなり遠くまで吹っ飛ばされ、重傷を負いました。消滅しなかっただけマシですね。そして二人は、ちょうどあのあたりに埋まっていました」
「……」
「だから俺は、魔王は馬車に乗っていた二人を狙った可能性があると思っています。なんせ今日はその回復魔道士を封印魔法の使い手として呼んでいましたから。魔道化を取りやめた理由の一つにはそれもあります。そして実際に攻撃を受けた俺の魔物が言うには、今まで感じたことのない強力な魔力だった、とのことです」
「……」
なにか言いたそうだな。
「もちろん今のはただの推測にすぎません。最初から、城にいる女王様たちを狙っていたのかもしれませんし。もしウチのせいでこんな状況にさせてしまったとしたら、到底謝ってすむことではないと思いますので先に言わせてもらいました。ですが俺たちが来なければ、魔王の攻撃に関係なく今日明日のうちにこの町は全滅で終わっていた可能性が高いです。というわけでして、真相はわかりませんが、どうかここは痛み分けという形にしませんか?」
「……」
だいぶ下手に出てるつもりだぞ?
これで難癖つけてこようものならキレちゃうかもよ?
さぁ次はそっちの番だ。
ん?
王子が両手をテーブルの上に置いた。
怒って立ち去ろうとしてるのか?
「……申し訳ありません!」
「ピィ!?」
「ミャオ!?」
「な、なによ!?」
王子は大きな声を出し、勢いよく頭を下げ、テーブルに頭突きした。
寝ていたマドは飛び起きた。
ミルクを飲んでいたモリタはミルクに顔が浸かった。
シャルルは反射的に槍を構えた。
ダルマンさんは後ろにいるから見えない。
向こうにいる三人は立ち上がりこちらを見ている。
「なんで王子様が謝るんですか?」
「心当たりがあるんです。この状況を作ってしまった原因に」
「なんですと? ぜひ聞かせてもらいたいものですなぁ」
おっと、つい口調が変に。
王子はようやく頭を上げた。
「実は…………以前から女王様と町の者たちとの仲はあまり良くなかったものでして」
ん?
そんな話からスタートか。
「今日はロイスさんが城を出ていかれたあと、その町の者たちと魔道化についての会議をしてたと衛兵から聞きました。そしておそらく町の規模縮小という案によって話はこじれたんだと思います」
まぁそうだろうな。
でもだからって俺のせいみたいに聞こえるのはいただけないぞ?
「もしかすると、女王政権の撤廃を求められたのかもしれません」
意外にもそういう評判については理解してるんだよな。
ならなんでもっと早くどうにかしようとしなかったのだろうか。
「女王様は常々言っておられました。我の代で女王政権を終わらせることだけは許されない、と」
女王様や王様も大変なんだな。
「……」
どうした?
「……こうも言っておられました。もしそんな事態になるようならば、我は国ごと破滅する道を選ぶかもしれない、と」
むむ?
「そして……そのための爆弾も準備してありました」
なに?
爆弾だと?
「女王様も爆弾を所持することの危険さは重々承知してました。でも使うことはないだろうとも仰ってたんです。ですがもしその爆弾を使ったと考えたら、この被害状況も納得できてしまうんです」
本当に爆弾による被害だったのか?
それとも嘘を言ってるのか?
元々王女の魔力暴走はそんなにたいした威力はなく、爆弾に着火させ爆破させることが狙いだったとでもいうのか?
ダルマンさんはどう考える?
……俺と同じで怪訝そうな顔をしてるな。
シャルルは王子を睨んでる……。
「おそらくですが、よほど追い詰められてたはずなんです。例えば女王様が命の危機にあったとか。じゃなければ爆弾を使うなんて考えには絶対に至らないはずなんです。本当です。信じてください」
信じてって言われてもなぁ~。
「では命の危機を感じたから、爆弾を使うのも仕方なかったということですか?」
「え、いや、そういうわけではありませんけど……」
「でも今王子様はそう言いましたよ? 女王政権を失うことになりそうだった女王様は周りをも巻き込んで破滅する道を選んだと理解するのが普通だと思いますが」
「……そうですよね。すみません。言い方が悪かったです」
言い方の問題ではないと思うが。
「それに命の危機にあった女王様が爆弾なんか使うことができたんですか? まさか爆弾を常に持ち歩いていたとか?」
「……すみません、少し言葉が足りていませんでした。実はその爆弾は……王女の体の中に埋め込まれていたんです」
「「「!?」」」
ということはそういうことだな?
フリージア王女を爆弾に置き換えて話してたってことでいいんだな?
いよいよ確信に迫ってきたぞ。
「ダリア王女の体の中に」
「は?」
聞き間違いか?
ダリアとフリージア。
う~ん。
「ダリア王女って誰よ!?」
「あ、上の王女です。僕の姉にあたります」
「そ、そう! わ、わかったわ!」
聞き間違いではなかったようだ。
「それと、お姉様がその爆弾を使ったということは……おそらくそのときにはもう女王様は殺されてたんだと思います」
ん?
「爆弾は自爆装置みたいなものです。それを使えば当然お姉様も死にます。ですからできれば絶対に使いたくはなかったはずです。それでも使ってしまったのであれば、女王様が死に、お姉様は絶望し、お姉様自身も死を悟ったからだと思うんです」
真実を知ってるだけに、王子が言うことに違和感を感じるな。
せめてさっき俺が推測したように、フリージア王女がその爆弾を起爆させたとか言ってくれないとさ~。
「結局、政権を奪われそうになったから破滅の道を選んだってことですよね?」
「え…………そうです。許されないことをしてしまったと思います。こうなった以上、責任は女王の息子であり、王女の弟である僕にあります。ですがもうこの国は国として機能していません。ですからこの事実を世間に公表したうえで、パルド王国にて僕を裁いてください」
なんだよそれ。
そんな結末だと誰も救われないじゃないか。
せっかく俺が魔王の仕業にしてやったのに。
「王女はその爆弾をどうやって爆発させたのよ!?」
おい?
「……指輪を外すと、体内から魔力が外に溢れてきて、しばらくすると爆発を起こすんです」
「えっ!? 爆弾って、魔力暴走ってこと!?」
「え? ……そうです。よくご存じで」
「なら最初から爆弾なんて言葉使わないでよ!」
「すみません……」
「じゃあその指輪は封印魔法の指輪だったのよね!?」
「え? 知ってるんですか?」
「私も持ってるもの!」
こらっ!
「え? ならあなたもまさか……」
「同じね! でも今の私は魔力暴走なんて起こさないわ! ちゃんと制御できてるもの!」
「制御? 制御なんてできるようになるんですか?」
「当たり前でしょ! というか王女が指輪を初めてはめたのはいつよ!?」
「確か二歳のころだったと聞いてますが」
「それならもう勝手にある程度は制御できるようになってたんじゃないの!? 私はそうだったわよ!」
「……たぶん制御できるような魔力量ではなかったんだと思います」
「私の魔力量をバカにしてるの!?」
「いえ! そういうわけでは……」
「なら努力が足りなかったのよ! 私なんて指輪を外すようになってからは毎日血の滲むような修行をしてるのよ! 今でも一応寝てるときに魔力暴走起こさないか心配はしてるけどさ」
「……確かに王女は修行はしていませんでしたが」
「なんでさせなかったのよ!?」
「そんなこと言われましても……。王女が修行なんてしてたらおかしいでしょう……」
うんうん。
魔法を使わないのなら別に指輪を外さなければいいだけだし。
「私だって王女よ!」
「はい?」
あ~あ。
「パルド王国の第三王女よ! もちろん現国王の娘だからね!?」
「「……」」
たぶんダルマンさんもまだ知らなかったはずだ。
って二人とも信じてなさそうだな。
あっちの三人に聞こえてなければいいが。
「だからあなたが裁かれたいと言うのなら、お父様に代わって私があなたを裁いてあげるわ! 母親と姉を救えなかったあなたのようなヘタレ王子は一生この町で暮らしなさい! 当面の家は港よ! 死ぬまでにこの町を復興させなさい!」
「「……」」
めちゃくちゃだ……。
王女様気取りのおかしな冒険者がなに言ってるんだろうと思われてるぞ。
「わかったの!?」
「……はい」
「ならいいわ!」
いやいや……。
正座させられてるやつに言われても説得力ゼロだから。
「ロイス! もう帰るわよ!」
「いやまだ一時間経ってないから」
「でもこいつの顔見てるとイライラしてくるのよ!」
「王子様に向かってこいつはやめような……」
「この国では王女のほうが偉いんでしょ!? なら私のほうがだいぶ格上よ!」
「わかったわかった。お前が格上でいいから、静かにしような」
「ふん! こんな国滅びて当然だわ!」
はぁ~……。
こいつを黙らせる指輪とかないかな……。
「あの……もしかして王女というのは本当の話なんですか?」
「えぇ、本当ですよ。パルド王国の第三王女、シャルロット。冒険者名はシャルル。ウチで修行するようになってまだ一年も経ってませんけどね。それまではずっと封印魔法の指輪をはめた状態で、魔法とは無縁の生活をしていました。そちらの王女様とは少々事情が違うかもしれませんが、パルドという国では王族が魔力持ちだと色々面倒なことが起きるみたいでして。まぁ今はもう次期国王争いから撤退した身ですからなにも起きないでしょうけど」
「ふん! 誰かに言ったらぶっ飛ばすからね!?」
「「……」」
これで信じただろうか?
ってシャルルが王女とわかったところで今なにも関係ないよな……。
「…………うぅっ」
ん?
王子の様子がおかしい。
「フリージア……」
え?
今フリージアって言った?
……もしかして、泣いてるのか?
「みなさん……すみませんでした。僕は嘘をついてました」
「「「……」」」
だろうな。
としか思ってないから安心しろ。
「実は……今の爆弾の話はダリア王女ではなく、僕の妹であるフリージア王女の話なんです」
ですよね。
「そんなのどっちでもいいわ! もったいぶらないで早く話しなさいよ!」
こいつうるさいな……。
「マドとモリタ、シャルルの足の上に乗れ」
「えっ!? やめてよ! 足痺れてるの! 静かにするから!」
ずっと正座してるところだけは律儀なんだけどな。




