第六百七十六話 撤退命令
ウェルダン馬車でゆっくりと外に出る。
外ではウチの冒険者が大勢出待ちしていた。
もちろん最大級の警戒をしながら。
そして俺は馬車から降りた。
「管理人さん、ご説明を」
ヒューゴさんもこっちに合流してたようだ。
「西側の戦場に行く途中で行方不明になっていた、ユウナとシファーさんをこの砂の中で発見しました」
「「「「!?」」」」
「ですが意識不明の状態です。ほかに生存者は見つかっていません。そしてこの二人と直前までいっしょに行動していたウェルダンによると、この騒動の主犯は……」
「「「「……」」」」
「魔王かもしれません」
「「「「!?」」」」
さっきからみんな驚きはするものの決して声には出さない。
「魔物であるウェルダンだからこそ感じることができる禍々しい魔力があるそうです。ですが魔王を見たわけではありませんから真相は闇の中といった感じでしょうか。上空から攻撃してそのまま立ち去っていったのかもしれません。魔王本体ではなく、魔王の手先によるものかもしれませんが。いずれにせよ詳細は不明です」
「「「「……」」」」
これくらいでいいか。
「では今から我々が取るべき行動を簡単に説明しますね」
そしてまずはこの場にいる者だけに、この町の魔道化をやめ、撤退することを伝えた。
「「「「……」」」」
反対意見はなかった。
壁作りが難航していたせいもあるだろう。
この町を魔道化するのは困難だとみんなが思い始めていたのかもしれない。
「みなさんはウチの全冒険者に、撤退することを伝えてきてもらえますか? 今から俺が拡声魔道具で町全体に呼びかけますから、それが俺本人の声であるということも伝えてください」
「「「「はい!」」」」
やることが定まったからか、みんなの顔つきが変わった。
住民に邪魔されてイライラしてた人も多かっただろうしな。
そしてみんなはパーティごとに各方面へ散らばっていった。
ダルマンパーティのガボンさんとメンデスさんはここに残った。
……早速メンデスさんは怪しがってるな。
御者席に座るダルマンさんの表情を窺ったり、馬車の中を覗き込んだりしている。
……だがなにも言わずに、馬車の右横に立った。
ガボンさんは馬車の左横だ。
二人とも無言なのがこわいな……。
それより早くしないと日が暮れてしまう。
「エマ、少しうるさくなるから封印結界で中は音を遮断してくれ」
「はい」
実際には俺はユウナに向かって言ってる。
エマは王女の治療で手を離せないからな。
「オッケーです」
さて、放送を入れるとするか。
ここは町の中心部だからすぐ町全体に届くだろう。
「え~、サハの町に住むみなさま。突然の大きな声で失礼します。私はパルド王国、マルセールの町の西にあります大樹のダンジョンの管理人です。現在、町の南部と西部において、私から依頼を受けた冒険者たちが魔物から町を守るために魔物討伐および防壁作りをしていることはご存じでしょうか?」
……あたりはシーンとしている。
建物もなく、人もおらず、完全にただの砂漠だからな。
「しかしながら突然冒険者が大勢押しかけてしまったこともあり、町のみなさまは大変困惑してることだと思います。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
町の反応は知らないがとりあえず謝っとけ。
「私が今日この町に来た理由、それはこのサハの町と東にあるサウスモナの町をダンジョンで繋げるためです。魔道列車という言葉を耳にしたことはございますでしょうか? 私共は普段生活しているこの地上とは違う、ダンジョンという異空間を創り出す技術を持っています。その異空間内で高速移動できる乗り物、それが魔道列車です。サウスモナでも今年の1月から運用開始しておりますので、既にお乗りになったことがある方もいらっしゃるかもしれません」
丁寧すぎる説明だな。
「私はこの数か月、この町を守るための術を女王様と相談しながら色々と考えてきました。元々この町は地形や気候、町周辺に出現する魔物の強さなどといった面で条件的に少し厳しく、作業も困難を極めるだろうなとは予想していました。それともう一つ懸念していたことが……魔王の存在です」
魔王という言葉はさすがに聞いたことあるだろ?
「先ほど、大きな音と衝撃波のようなものが町中に響いたと思います。あれは町の中心部を狙った魔王の魔法攻撃による可能性が高いです。そのせいで多くの建物は崩壊し、多くの人々の命が失われました。私共の仲間や従業員も数名、その攻撃に巻き込まれ帰らぬ人となった可能性があります」
というか魔王に聞かれてたらどうしようか……。
「今、世界では次々と町や国が崩壊していってます。そして次はこのサハの町の番です。私の見立てでは、明日にはこの町全体が魔物に支配されていると思います」
いや、明日って言うとまだ余裕があると思っちゃうか。
「でもそれは冒険者たちが西側と南側の魔物を倒し続けてくれた場合です。ですが体力的にそれは不可能に決まってます。特に西側の魔物は強いんです。興味のある方は一度町の外に出てみるといいですよ。五秒で死ねます」
五秒は言いすぎたか。
「さて、この町を守るために、町を規模縮小するという話を既にお聞きになった方もいらっしゃることでしょう。防壁作りはそのためのものです。当然賛成の方もいれば反対の方もいると思います。この規模縮小するという案は私から女王様へ提案しました。女王様は渋々ながら受け入れてくれましたが、断れば私がこの町を見捨てると思ったからでしょう。私もそれをわかってて提案しました。つまり私の言いなりになって規模縮小を受け入れるという選択しかできなかったのです」
最後くらい女王の顔を立ててやろう。
王女も女王のことが心底嫌いだったわけじゃないだろうし。
「みなさんが町の規模縮小に反対する気持ちはもちろんわかります。ですが私共にも守れる範囲の限界というものがあります。町全体を守れと言うのは簡単ですが、守るほうは大変なんです。理想と現実は違うんです。でも人間というのは自分の理想通りにならなければ不満を感じる生物です。私もそうです。ですから正直に言います。この町を守ろうとするのは……もうやめます」
南側で暴動でも起きてるかな~?
「理由は二つあります。まず一つ目、町を守るには魔力と人件費がかかります。ほかの町や村ではそれらを各町村にて負担してもらっていますが、このサハの町ではその目途が立っていませんでした。規模縮小したとしても、私共が一方的に赤字になる可能性が高かったんです。それでも守れと仰いますか? 別に利益が出なくても、赤字にさえならなければいいんです。お金で支払っていただけなくても、魔力で支払っていただけるのならそれで構わないんです。もちろん利益が出れば嬉しいですよ? ですが私たちが運営するダンジョンにおいて魔力が不足するということは、この町だけの問題ではなくほかの町村を危険に巻き込む可能性があるということです。つまり私共としてもほかの町村としても、この町を守るメリットはなにもなく、リスクのみが存在してるんです」
おっと、つい熱弁してしまった。
子供には退屈な話だっただろうな。
「そして二つ目。…………は、やっぱりやめときます。みなさんからすればどうでもいい話でした」
魔王のことでも熱弁しようかと思ったが、魔王にこれ以上目をつけられても困るしな。
それに意味深な感じにしておけば町の人たちも勝手に色々と想像してくれるだろう。
「というわけでございまして、先ほども言いましたように私共はもうこの町にはいっさい干渉いたしません。改めまして、この度の私共の行動や言動によりご不快な思いをさせてしまいましたみなさま方、大変申し訳ございませんでした。苦情などございましたら直接私に仰ってください。あと一時間ほどになると思いますが、町の中心部の大通り付近にてお待ちしております」
誰か来るかな。
でもこの光景を見てショックを受けるだろうから来ないほうがいいぞ。
「さて、次はパルド王国への避難をご希望される方へのご案内です」
メルはもうとっくに港に着いてるよな?
カトレアたちの準備ができたら火魔法を空に何発か放ってもらう予定だ。
「実はもうこの町までダンジョンは繋がっています。そして魔道列車も運行しております」
今日一番の驚きの声があがるところじゃないか?
……残念ながらなにも聞こえないが。
「今から二時間以内に限り、その魔道列車を乗車運賃無料で運行いたします。サウスモナまでは約二十分で到着します。マルセールまでは途中の駅での停車時間を入れまして約八十分といったところでしょうか」
八十分と考えるとマルセールって遠いよな。
まぁいずれ列車が改良されればもう少しくらい早くなるだろう。
「乗車人数の制限などはございませんので、二時間以内にダンジョンに入っていただいた全員が乗車することができます。なのでくれぐれも押し合ったり順番を抜かそうとしたりする行為はおやめください。そのような行為が見られた場合、魔道列車の運行は全便とりやめにします」
こう言っててもルールを守ってくれない人が結構いるんだよな~。
「肝心のダンジョン入口についてですが…………今、炎が何発も空に放たれてるのがお見えになりますでしょうか? その下にダンジョン入口がございます。見えないところにお住みの方のために言いますと、港です。屋根がある市場の場所です。なので西側にお住みの方はお早めに移動を開始してください。列車内には手荷物程度しか持ち込めませんのでご注意を。では避難される方は迅速な行動を心がけていただきますようお願いいたします」
二時間あれば間に合うよな?
「続きまして、避難はせずにこの町に残るという選択をされる方につきまして、当然ながら私からはなにもお伝えすることはありません。これまで通りにお暮らしください」
壁に反対してた人たちはどうするんだろうな。
「ではこの町の住民の方に対しては以上です。続きまして、大樹のダンジョンから依頼されてこの町にやってきた冒険者のみなさんに業務連絡です。住民の方にとってはただうるさいだけでしょうから耳をふさいでいただけると幸いです」
それで本当にふさいでくれる人なんているのだろうか。
「冒険者のみなさん、今お話ししましたように、二時間後にはこの町から撤収します。したがってただいまを持ちまして、西側、南側の防衛は全て放棄していただいて構いません」
それがどういうことなのか住民には伝わるかな?
「ですがすぐに港に戻るのではなく、町の中心部周辺にて魔王の攻撃の被害にあった方々の救出作業に向かってください。南側は既に対応していただいてることだと思いますが、それ以外の地域ではまだまだみなさんの力を必要としています。西側から戻って来られる方々はそのまま西地域での救出に当たってください。南側におられる方はただちに東と北へも向かってください。町の中心部付近です。したがって防衛ラインは自然とそこになるはずです」
あ、早速南から何人か走ってきたぞ。
そして俺を見て軽く会釈……ではなく、『俺たちに任せろ』という頷きを見せて前を通り過ぎていった。
一応俺も『任せた』という感じで頷き返しておいたけど気付いてくれたかな。
「魔物が町に入ってこないか不安でしょうが、それは気にせずにすぐに撤退してください。みなさんは強敵相手にこんなにも長い時間を稼いでくれたんです。胸を張って帰ってきてください」
西側のEランクの人たちはこの結末に納得しないだろうけどな。
「今回は全て私の力不足が招いた結果です。ですが魔王に狙われている以上、私としても早く撤退したいんです。ですのでただちに町の中心部付近での救助に向かってください」
そういや西側はどうなってるんだろうか。
ウェルダンに聞いたっきりだからかなり前の情報しか知らないな。
「それと仲間に任務を押し付けて、自分だけ戦場に向かった身勝手な冒険者。心当たりがあるなら今すぐ俺のところに来い。お前の大事な仲間は魔王の攻撃に巻き込まれて意識不明の重体なんだぞ」
急いで戻ってきても許さないけどな。
「おっと、少し口が悪かったですね、すみません。仲間を大事にできそうにない方はパーティを組まずにソロでの活動をおすすめします。また、当ダンジョンでは現在約千五百人もの冒険者が修行しております。冒険者に興味がおありの方はぜひ一度大樹のダンジョンにお越しになってください」
ちゃんと宣伝もしとかないと。
もし耳をふさがれてたら聞いてもらえてないけど。
「では以上になります。あ、ゲンさん、本当にもういいから早くみんなを連れて戻ってきてくれ。俺が想像してた以上にこの町は腐ってた。こんな町、来るんじゃなかっ……」
拡声魔道具にセットしてある魔石の魔力が切れたようだ。
これでゲンさんも納得して早く撤退してくれるといいけど。
「……もう終わったんだよな? 最後のは言わなくても良かったんじゃないか? 町の人たちが怒って襲ってきたりしたらどうする……」
ダルマンさんは心配してくれてるようだ。
「正直に言っただけですから。自分の苛立ちをこの町や住民のせいにしただけっていうのもわかってます。でもこれで住民からの批判は全て俺に集まってくれるでしょうし、冒険者たちも俺が撤退を決めた理由になにか別の深い理由があるんだとわかってくれると思うんです」
「……この町から避難することをやめる人もいるかもしれない」
「それは仕方ありません。みんなで町を守っていくというのであればそれが一番だとは思いますし」
「……残酷なんだな」
「もうこんなに人が死んでるんですよ? おそらくそのほとんどはただ普通に暮らしてただけの人たちです。彼女はその人たちを巻き込むことをわかってたはずなのに、そうまでしてこの町が腐敗してた諸悪の根源を一掃しようとしたんですよ? 完全に頭おかしいでしょう。なにより自分の命をそんな簡単に捨てれますか? もっと別の方法があったでしょう。それこそユウナに任せていればその場はおさまったはずなんです」
「おい……落ち着けって……」
「落ち着いてます。でも彼女の行動を後押ししてしまったのは俺かもしれないんです」
「……違う」
「違いません。彼女はずっと自分自身のことがこわかったんですよ。だからマリンに相談したんです。まぁおそらくマリンが先に指輪のことに気付いたんでしょうけど。でも俺が女王を批判するような言葉を言ったせいで、彼女は自分も悪いと思いこんでしまった。マリンに相談できて心が少し楽になってたところにそれですからね。感情がめちゃくちゃになったのかもしれません。その結果、もうこれで人生が終わってもいいやと思ってしまったのかもしれません」
「……」
「つまりこの周辺の人たちを殺したのは俺という見方もできるんです」
「いや、それだけは違う」
「どう違うんですか? 彼女があのままダンジョンに残ってマリンが目覚めるのを待っていればこんな事態にはなってないかもしれませんよ?」
「いや……それは……」
「ですから今回の事態は全て俺の行動が招いたことなんです。誰になに言われようがそれはもう変えられない事実なんです。俺だけじゃなくてマリンもきっと自分を責めますよ。中途半端に規模縮小とか言ったせいで、女王と町の権力者たちが揉める発端になった可能性もありますし。それにもっと彼女の相談を聞いてあげていれば良かったって後悔するに決まってます」
「……」
「でも俺やマリンの周りには俺たちを責める人なんて誰もいないのが現実です。むしろカトレアたちもみんな自分自身を責めるでしょう」
「……」
「ユウナだって自分を責めてますよ。あのときどうにかして彼女をとめていればって。もちろんシファーさんも同じでしょう」
「……結局なにが言いたいんだ? ただ自分を責めてほしいだけか? 殺人犯のレッテルを貼られれば満足なのか?」
「違いますって。結局過去はどうやっても変わらないってことです。だから今後はその経験を糧にして、前向きに生きていこうというポジティブ思考の話ですよ?」
「「「え……」」」
「あれ? 三人とも、もしかして俺が落ち込んでるとでも思ってました?」
「「「……」」」
「このあとマリンたちをフォローしてあげなきゃいけないことを考えたら俺が落ち込んでられるわけないですって。彼女だって、目覚めた後にまた良くないことをしようとするかもしれませんから対策を考えないといけないですし。それとダルマンさんがお二人に説明するの嫌そうにしてたんで代わりに言っときました。彼女というのはフリージア王女のことです。足りてない部分はダルマンさんから聞いてください。これでもうみなさんも共犯者みたいなものですからね?」
「「「……」」」
あ~暑い。
早くウチに帰りたい。




