第六百七十二話 嫌な報告
なにやら興奮冷めやらぬメルの周りに、みんなが集まってきた。
「ピィ! (向こうの言い分としては、町全体を魔道化する約束だっただろって感じから始まりました! それと女王様の許可があろうが、町を規模縮小するという独断が町の住民の賛同なしに許されるわけがないと言ってます! コタローさんがこれはダンジョン管理人と女王の間で決まったことだと説明しても、そんなの俺たちは聞いてないと言って激怒してくるんです! 魔物や魔瘴がすぐそこまで迫ってきてるから、どちらにせよもうこうするしかないと説明しても、そんなのもっと早く作業しに来なかったお前らの責任なんだから町のせいにするなよと言ってくるんですよ!? しかも向こうは大勢で! 魔道化の契約についても、こうなった原因は全部お前らにあるんだから、今回の作業も今後の維持費用も全部タダでやれとか言ってきてるんです! それに壁を作る予定の場所には壁反対派の住民があちらこちらに座り込んでしまってて作業が全然進んでません!)」
もう既に最悪だ……。
なにもかも一番悪い方向に進んでる気がする……。
「ピィ! (コタローさんは終始冷静に話してましたけど、私は頭にきちゃいましたよ!)」
「メルちゃん、少し落ち着きましょうか。お水飲んでください。汗も拭きましょうね。で、なんと言ってるんですか?」
はぁ~。
これを訳するのは気が重いけど、言うしかないか。
「「「「……」」」」
ほら、聞いちゃうとそうなるだろ……。
さっきまで住民を信じると言ってたエマにはなんて声かけてやればいいんだよ……。
でもまだ城での会議次第では事態が好転する可能性もなくはない。
これくらいのトラブルならまだ序の口か。
「モ~! (ご主人様ー!)」
おっと、ちょうどウェルダンたちが帰ってきたか。
案外早かったな。
「モ~! (ヤバいヤバい!)」
もう嫌な予感しかしない……。
カトレアはウェルダンの分の水も用意し、タオルでウェルダンの体を拭き始める。
「モ~! (女王ともう一人の王女がおじさんたちに捕まってる!)」
「は?」
「モ~! (ご主人様が女王と話してた部屋あるでしょ!? そこで女王と王女がイスごと縄でグルグル巻きにされてた! 喋れないように口にもなにか布みたいなの巻かれてた! あと知らないおじさんも一人グルグル巻きにされてた!)」
もうこの国は終わりだ……。
女王政権に反対した町の権力者たちと対立してしまったんだろう。
……いや、まだ女王の自演の可能性があるか。
って自演なんかする意味がないか……。
「モ~! (入口に見張りが誰もいなくて、奥から騒がしい声が聞こえてきてたから慌てて女王の部屋に行ったんだよ! 城にいた人たちもみんな女王の部屋に集まってて、おじさんたちと一触即発みたいな感じ!)」
「向こうの要求は?」
「モ~! (なんか国を変えるためにはどうたらこうたら言ってた! フリージア王女のことも探してるっぽかったよ!)」
「それでフリージア王女はどうした?」
「モ~! (とりあえずは帽子被って人の中に紛れてる! ユウナちゃんたちもいっしょに! そこで僕はダッシュで報告に帰るように言われた!)」
「そうか」
ウェルダンの話をみんなに説明する。
「「「「……」」」」
一番最悪のケースになってしまった。
全員がそう思っていることだろう。
「ボネに行ってもらって封印魔法で女王と王女を助けるか?」
「ダメに決まってるでしょう」
「だよな。ならユウナにかけるしかないか」
封印魔法を上手く利用できるような状況ならいいんだが、下手を打って相手を刺激して女王の身になにかあったら面倒だな。
「ウェルダンが言うおじさんたちの狙いは女王政権の崩壊で間違いないよな?」
「それしかありません」
「なら女王を簡単に殺したりはしないか。みんながいる前で殺せばただの殺人だ」
「女王の口から政権交代を言わせるんでしょう」
「ここから女王が逆転する望みはあるか?」
「……わかりません」
限りなくゼロに近いわかりませんだろうな。
もう衛兵はほとんどいないんだし。
仮に城にいる衛兵たちがそのおじさんたちを捕らえたところで解決するような話とは思えない。
「コタローと敵対してる町役場の人たちや、壁を作らせまいとして立ちふさがってる人たちも、町の権力者だか有力者たちと繋がってると考えたほうがいいな」
「ロイス君が推察で考えてたことですよね」
「あぁ。でもだからといって俺は町全体を魔道化しようとは思わない。一応みんなに聞いておくけど、今からでもサハの町全体を魔道化したほうがいいと思う人は手を上げてくれ」
「「「「……」」」」
誰も手を上げない。
「エマ、いいのか? 費用のことはとりあえず気にしなくてもいい。ナミまでの延長をやめれば今後の維持だって可能だろうし」
「……いえ、私の考えが甘かったようです。この町は例え町全体を魔道化したところで、今後また同じことが発生する気がします。それにもっと早く魔道化していたとしても同じ結末になったような気も」
俺は悪くないと言ってくれてるんだろうか。
エマは優しいからな。
「そうか。そう言ってくれると俺も少し救われた気がする」
「それでロイス君はこの町をどうしようとお考えですか?」
「まずは女王を助け……ん?」
「ピィ! (大変ですー!)」
マドがかなり慌てた様子で部屋に入ってきた。
「ピィ! (お城のあたりで大規模の爆発が発生したっぽいです!)」
「えっ!?」
「ピィ!? (爆発!?)」
「モ~! (ヤバいって!)」
「城で爆発が起きたらしい!」
「「「「えぇ~っ!?」」」」
「モ~! (僕行ってくる!)」
「待て! 俺も行く!」
「ダメです! 罠かもしれません!」
「ユウナたちもいるんだぞ!?」
「冒険者の方々が向かってくれてるはずですから! それにユウナちゃんたちなら封印魔法がありますからきっと大丈夫です!」
それもそうか。
……って落ち着いてる場合じゃない。
「城で大規模な爆発ってことは外部から攻撃された可能性もある。その場合はいくらユウナでも封印魔法を使うことができなかった可能性が高い。つまりかなりヤバい」
「大規模ってそれを早く言ってくださいよ! なに呑気にしてるんですか! 早くユウナちゃんを助けてきてください! ガレキに埋まってるかもしれません! あのポーション持ってますよね!?」
こいつ……。
俺が罠にかけられてもいいのかよ……。
「マド君とメルちゃんとウェルダン君も早く準備してください! 敵は魔道士かもしれませんし魔物かもしれません! もしくは火薬を大量に使った可能性もありますから一般人にも注意を払ってください! ほらメルちゃん、早く防具着て!」
カトレアに強引に防具を着せられたせいかメルが怯えてる……。
たぶん今カトレアの体内では魔力が暴れてるんだろうな……。
「私も行きます!」
「そのほうがいいですね! すぐ準備を!」
エマまでそんな危険そうな場所に行かせるとは珍しい……。
よほどユウナのことが心配のようだ。
「マド、外に転移魔法陣を見張ってるようなやつはいなかったか?」
「ピィ! (凄い爆発音とともに衝撃波のようなものが来ましたから、みんなパニック状態でそれどころじゃないと思います!)」
「衝撃波って……そんなに凄い爆発だったのかよ……」
「ロイス君、早く! エマちゃんがいれば安全ですから!」
「わかったって。でもこの爆発でなにか流れが変わったりするかもしれないな。とりあえずカトレアたちは錬金を続けててくれ。メロさんはたまに地上に出て、なにか変わった様子があればカトレアたちに伝えてくれ。それとダンジョン内の警備も厳重に」
エマと魔物たちとともに錬金作業部屋の外に出る。
ペンネの姿は見えない。
小屋の中でマリンとボネを看病しつつお昼寝でもしているのだろう。
さて、俺は早く行かねば。
そして地上へと転移した。
「お城の方角だわ!」
「まさか城が魔物に狙われてるとか!?」
建物の外からいきなりそんな声が聞こえてきた。
城の方向に走っていく姿も見られる。
ここでこんな感じだと城の周りには野次馬がたくさん集まってそうだ。
「この様子だと走っていったほうがいいかな」
「モ~(馬車で行こうよ。少し遠回りになるけど、ここ右に行って二本目の通りを進もう。王女が教えてくれてもう二回馬車でそっち通ったけど人全然いなかったよ。その通りは縦に抜ける道が少ないから人通りも少ないんだってさ)」
「へぇ~。じゃあそれで頼む」
すぐに馬車を準備し、出発する。
御者席にマド、屋根上をメルに任せ、俺とエマは涼しい馬車の中だ。
「なぁ、爆発の正体はなんだと思う?」
「一度の大きな爆発なんですよね? それだったら……なにか爆薬的なものではないかと」
「カトレアも火薬がどうたらって言ってたな」
「ロイスさんはどうお考えですか?」
「俺は……」
なにも考えてなかったとは言えない……。
俺が南で大きな落とし穴を作らせた影響で地盤沈下でも起きたのだろうか。
……そんなわけないか。
じゃあ上空から大きな石が落っこちてきて城を破壊して巨大な穴が開いたとか?
落とし穴のことしか浮かんでこないな……。
やはり爆薬か?
あの城にいた全員を殺すために投げ込まれたとか?
城には恨みを買ってそうな人間がたくさん集まってそうだったもんな……。
さすがに魔法ではないよな?
そんな大規模な魔法を使えるのはリヴァーナさんくらいだろうし。
でも仮に爆発のような魔法となるとなんだろう?
火薬と衝撃波なんだったら火魔法と風魔法の合成魔法か?
……まさかルチアじゃないだろうな?
またしても俺たちの邪魔をしにきたのか?
俺が城にいたという情報をどこかから聞いてきたとか?
俺、なにかあいつに悪いことしたか?
そりゃ一度も遊びに行かなかったのは悪いと思ってるけどさぁ……。
「ロイスさん、そんなに考え込まなくても大丈夫です……。とにかく私たちも装備を整えましょう」
「……うん」
少し暑いがいつもの戦闘用の装備を着よう。
いつもというほどいつもは着てないけど。
ひんやりするインナーの上に軽鎧を着て、その上にコートだな。
……やはりコートは暑いからやめよう。
帽子をかぶり、剣にセットしてある魔石を交換して、と。
よし、完璧。
コタローの装備よりは少し素早さが下がりそうだが、こっちのほうが馴染みがあるし、なにより防御面に優れてる。
これでもう一度爆発が起きても……いや、それはさすがに死ぬかもしれない。
エマはさっきまでの服装の上にローブを着ただけのようだ。
……ん?
これは特注品だな。
ストアで売るとなるとローブの中では最高級扱いになるんじゃないだろうか。
「お給料で買ったんですからね? ……特注ですけど」
やっぱり。
でも従業員なんだから別にタダで装備が支給されてようがそこはなにも言うつもりないんだけどな。
パラディン隊なんかみんなタダでミスリルの鎧とか着てるわけだし。
それにエマになにかあるとウチとしてもめちゃくちゃ困るしな。
俺なんて死にさえしなけりゃどんな重傷を負おうが構わないわけだし。
「杖はカトレアさんからいただきましたけど……」
「いや、エマは全部タダで貰っていいんだよ。杖も常に最新のやつを装備しとけ。それとローブだけじゃなく、靴とか帽子も魔力高めれそうなやつな。エマが帽子やそのローブに付いてるフードをかぶってるとこあまり見たことないけど、別にフード派ってわけじゃないだろ? 帽子のほうが髪がはっきり見えておしゃれだぞ。帰ったらフランとホルンに言っとくから好きなデザインのやつ作ってもらえ。怪我だけは絶対にするなよ」
「……はい。ありがとうございます」
今後エマが外出するときは護衛をさらに増やすか。
「で、城に着いてからのことだけど、エマは封印魔法をいつでも使えるようにしててくれ。攻撃はしなくていいから守りのことだけ考えろ」
「わかりました。もし相手が一般の住民の方でも戦うんですよね?」
「戦うけど殺しはしないぞ? 相手が人間なら捕らえる。魔物なら倒す。本気でこっちを殺そうとしてくる凶悪な人間なら……倒す。まぁ敵の正体がすぐわかるようなら俺たちが着くまでの間にもう冒険者の誰かが戦ってるだろうけどな」
「それもそうですね。では私たちはまず自分たちの身を守ることに専念するということで」
「だな。マドとメルにはユウナたちの捜索にあたってもらおう」
まぁあの城程度の大きさならガレキの山とはなってないだろう。
「ピィ! (左に曲がります!)」
お?
もうすぐ城に着くってことか?
馬車は速度を落とし、ゆっくりと左に曲がった。
そして再び速度を上げ、ラストスパートに入る。
……ん?
だが少し進んだところで馬車の速度は徐々に緩まっていき、ついには馬車がとまってしまった。
屋根上のメルがなにか叫んでるのが聞こえる。
それを聞いてマドは屋根上に飛び乗る。
代わりにメルが御者席に降りてきた。
「ピィ(ご主人様)」
「どうした? 城はまだまだ向こうだろ?」
「……ピィ(前を見てください)」
前?
……前方には人だかりができているようだ。
そして住民はその先を見ている。
こんなところに集まってなにやってるんだ?
御者席に立って奥を見てみる。
……え。
「ピィ(おそらく先ほどの爆発の影響でしょう)」
人だかりの先、そこでは道の両端にある建物がどれも破壊されていた。




