第六百七十一話 フリージア王女のダンジョン視察
「なぁ、知ってるか? サハの女王様には子供が三人いるだろ? でも三人の父親は全員違う人物らしいぞ」
「……知ってますけど」
「ダリア王女様の父親はこの町でも有名な商会の人らしい。ハルジオン王子様の父親はサハの衛兵隊に所属してる人らしい。そしてフリージア王女様の父親はなんと……」
「「「「……」」」」
「冒険者らしい」
「「「「……」」」」
「しかも世界を旅するさすらいの冒険者だ。だからフリージア王女様は父親に会ったことがないらしいぞ」
「「「「……」」」」
カトレアとモニカちゃんはこのことを知ってたからか反応が薄いな。
というかユウナとメロさんの反応も薄い。
俺はシファーさんに聞いたとき、それなりに驚いたもんだが。
「ねぇ、聞こえてるんだけど……。なんで私がいる前でわざわざ言うの?」
「え? 別に特に意味はありませんよ。決して早く帰ってほしいとか思ってるわけではありませんから」
「……」
フリージア王女はシファーさんやユウナといっしょに魔道プレートの連結作業を手伝ってくれている。
この町の魔道化においては魔道プレートをほぼ直線で設置することになるから、町中で繋げるよりもここで連結をしておくのが一番手っ取り早い。
「本人の前で普通言わないよね?」
「あの人たまに変なこと言いだすから気にしなくていいよ」
「衛兵の誰かが迎えに来るまでここでゆっくりしていくといいのです」
結局ユウナも王女と仲良くなっちゃってるじゃないか。
まぁ同い年だし、冒険者のライバルってわけでもないからな。
それにシファーさんと王女は元々面識があったらしく、お互いのことを一目見ただけで気付いたようだ。
どうやら女王御一行のフィンクス村視察とやらに王女も同行してたらしい。
王女様と女神様、世間的にはどっちが格上なんだろうか。
「オーナー、さすがに王女様相手にその口の利き方はマズいんじゃないか……」
「え? めちゃくちゃ丁寧な口調じゃなかったか?」
「口調じゃなくて内容のことだよ……。特に父親のことを言うのはどうかと……。王女様はまだ子供なんだぜ?」
「あと一か月ちょいすれば大人の仲間入りだし、子供扱いされてると知ったら王女様も怒るかもしれないのにメロさんはよくそんなこと言えるな~」
「いや、俺はそんなつもりで言ってるんじゃ……」
「お二人とも……王女様に聞こえてますからもうやめてください」
カトレアがそこまで言うならこのへんにしておくか。
さすがの王女様も少しテンションが下がったみたいだし。
でもいくら初めてのダンジョンだからって、全く帰る気がないのが悪いんだからな?
魔道列車を見ただけですぐ帰ってくれてたんならこんなことまで言うつもりはなかったんだぞ。
「ウチの作業場所でまで王女に気を遣うのは面倒だろ」
「ロイス君、声に出てますって……」
「気のせいだろ。シャルルと同じで空耳でも聞こえたんじゃないのか?」
「……泣いてしまいますよ?」
「え?」
王女の目はかなり潤んではいるが、必死に涙をこらえようとしているようだ。
「最低なのです」
「キミさ~、さっきからなんでそんなにイライラしてるの?」
「なんでって、そりゃ王女様に早く帰ってもらいたいからですよ」
「だからなんで早く帰ってもらいたいの? フリージア様は別にキミ目当てで来てるわけじゃなくて、単純にダンジョンに興味があるだけだってば」
「いや、俺目当てなんて思ってませんってば」
シファーさんが言うにはダリア王女のほうは俺を狙ってるかもしれないらしいからな……。
もし上手くいって魔物使いの子でも生まれればラッキーとか考えてもおかしくないとかなんとか……。
「ユウナが城に行ってきた話を聞いてから、なんだか胸騒ぎがするんですよ」
「胸騒ぎ?」
「はい。今女王たちは、この町で力を持ってるお偉いさんたちと会議中らしいんです」
「それがどうしたの?」
「そのお偉いさんたちが規模縮小にすんなり納得してくれるとは思えなくて。でも俺たちはもう町中で作業を始めちゃってるじゃないですか? もし女王と意見の食い違いがあったらそれこそ女王の立場が危うくなるんじゃないかと思いまして。それに緊急事態が発生したとはいえ縮小範囲も俺たちが勝手に決めちゃってるわけですし、お偉いさんたちが激怒してもおかしくないかと。お偉いさんに限らず、一般の方々でも自分の所有する建物が魔道化範囲内になかったら怒るのが普通じゃないですか? 範囲外の人たちはもちろん、範囲内の人たちの生活にも当然影響は出るでしょうから、不満がない人なんてのはもうこの町にはいないんです。ということは俺たちが悪者にされるわけですよ。もしかすると女王は最初からそれを狙ってて、面倒なお偉いさんたちや住民の怒りの目を俺たちに向けようとしてるのかもしれません。女王は町を整備するいい機会だと言ってましたから、無駄に広がりすぎた町を小さくするために俺を利用したのかもしれませんし」
「「「「……」」」」
ん?
さすがに少し話が飛躍しすぎか?
俺の考えすぎならそれでいいんだけど。
「……なるほど。町を極限状態まで追い込み、住民とロイス君が対立したときに女王が間に入って場を取り持つことによって、低迷してる支持を得ようという作戦ですか」
お?
カトレアも乗ってきたようじゃないか。
なんで対立するのが大樹のダンジョンじゃなくて俺なのかは気になるところだけど。
「あぁ。船だって多少危険だけど出そうと思えば出せたはずだろ? なのに出さなかったということは、町や海がギリギリの状態になるまで見極めてたんだと思う。だから港にあんなに衛兵がいたんだよ。もし今日俺たちが来てなかったらさすがに救助を求めてきてたんじゃないか?」
「それは十分に考えられますね。でもこの作戦は女王にとって諸刃の剣です。対処が少しでも遅れたら町とともに女王の命もなくなってた可能性だってあります。もちろん今の会議中も綱渡りの状態のはずです。その場に大樹のダンジョンを支持する意見の方がいれば、女王はただ権力を失うだけになりかねませんし」
「元々評判は良くないんだから一発逆転を狙ってるんじゃないか? それにその会議での一番最悪のケースは、お偉いさんたちが魔物の襲撃の危険度をわかっていないという場合だな。俺たちと女王の両方と敵対する可能性がある。女王政権の終焉を即座に要求なんて事態になり、住民を味方につけて壁作りにも反対するかもしれない。いや、町全体を守る壁を作れと言ってくる可能性のほうが高いか。そもそも会議なんか関係なく、既に住民とウチの冒険者との間で小さなトラブルが発生してるかもしれないけど、それは避けては通れないと思ってる」
「特に壁の外側近くに住んでる人たちは納得できないでしょうからね。でも現状ウチとしてはできることを最大限にやってるとは思いますが。範囲も比較的広い道に目をつけて区切りをつけてるんですし」
「でも規模縮小することへの罪悪感が少しはあるだろ? いくらほかの町は維持費用についての契約がちゃんとしてるとはいえ、どこもほぼ町全体を魔道化してきてるわけだし。だから女王からすればこっちのそんな心理を見越したうえでの、階層を一つ貸してくれという提案だ。その階層の土地をお偉いさんたちに与えて納得させるためかもしれない。安全な場所ならその人たちも喜ぶかもしれないし、その人たちを掌握しておけば結果的に町の住民の理解も得られると思ってるのかもしれない」
「女王だけではなく町の有力者の方々が決めたと言うのなら仕方ないと思ってしまう方も多そうですもんね」
「あぁ。でも住民が納得してくれるのならそれは決して最悪のケースではない。ウチが女王の策略にハメられた感があってモヤモヤ感が残るとはいえだ。今後階層使用料を払わないようなら階層をなくしてしまうという手段も取れるし、今はそのことは別にいい。やはり一番困るというか面倒なのは、住民が女王や俺たちを敵と認識してしまった場合だな。収拾がつかなくなる」
「でもだからといって住民の方々にはなにもできないのでは? 万が一冒険者の方に危険がおよびそうなら私たちは即刻この町から手を引きますし、結局困るのは住民の方々じゃないですか?」
「脅威ってのは自分に降りかかるまで気付かないもんなんだよ。本当に危険を感じたときには逃げる時間なんかなく魔物に蹂躙されるというのに。そういう意味では南側の町外と言われる場所に住んでた人たちは、日頃から少なからず魔物に怯えながら過ごしてたはずだから避難も早い人が多い。でも町中に住んでる人は町の中に魔物なんて入ってくるわけないと思ってる。封印結界が目に見えてるわけでもないのに、昔から伝わるマナとかいうわけのわからないものを信用しきってる。マーロイ帝国の惨状を聞いていたとしても、自分たちの町だけは大丈夫と思ってるんだよ」
「……でも女王からしてもこの現状はあまりよろしくないのでは? もう既にロイス君は女王を疑いの目で見てしまってるんですし」
「女王にとっては俺がなにも思わなければそれで良し、別に気付かれたところでサハの町や女王としての地位が残るのであればウチと多少関係性が悪くなろうが別に良しってところじゃないか? 大事なのは、住民に大樹のダンジョンへの不信感を募らせておきつつ、女王への支持を集めることなんだと思う。ほかの町への人口が流出するのだけは避けたいんだろう。ウチを嫌ってる人たちなら魔道列車も利用しないかもしれないし、ウチが魔道化したよその町に行こうなんてことも考えないのかもしれない。それが狙いだとするなら、かつてナミの人々全てを迎え入れるって嬉しそうに言ってたという女王の人格とも合ってるだろ? 女王にとっては、魔道化させたうえで自分が支配できる町や人々を手に入れることが一番の目的なんだよ。だから本心では俺たちが邪魔なんだ。巷では超残虐的で知られる俺でも、さすがに一度魔道化した町をやっぱり魔道化やめますと言うほど人でなしではないって思われてるんだよきっと」
「……ロイス君を残虐的なんて思ってる人はいないと思いますけど。むしろ甘さに付け込まれてるって感じですね」
「それは俺もわかってて言ってるんだからツッコまなくていいんだよ」
「すみません……」
女王に利用されたと知ったらなんだか腹が立ってきたな。
俺だけがまんまとダマされたってわけだ。
「ねぇ……フリージア様の前でそんなこと話しちゃっていいの?」
シファーさんが王女の目を気にしながら言ってくる。
王女は……ん?
その顔はどういう表情なんだ?
「ウチは普段からこうやって色々と仮説を立てることにしてるんです。今のもただの一説にすぎませんので別に聞かれても構いませんよ。でも今の仮説が正しいとするのならば、王女は俺たちを利用しようとしてる側で、今ここに残っているのもなにか目的があるからかもしれませんけどね。例えば……俺がどう考えてるのかを探るために来てたり、俺がここから動かないことを監視するために来てるとかですかね」
「……」
じゃなけりゃ今ここに残ってる理由がないもんな。
城も町も慌ただしいときに、王女が呑気にこんな作業してる場合じゃないだろ?
会議に参加してないのだって、マリンを迎えに来る予定だったカトレアといっしょにここに来ようと思ってたからじゃないのか?
疑いだせばキリがないけどさ。
「……帰るね」
ん?
それは仮説を肯定したってことでいいのか?
「怒っていいところですよ? 仮説とはいえ、俺は女王様や王女様のことを凄く悪く言ったんですよ?」
「……悪いけど、城まで送ってもらっていい?」
なにを考えてる?
なぜ俺の目を正面からジッと見れるんだ?
本当は全て俺の仮説は外れており、王女は俺を軽蔑してしまったのだろうか?
「ユウナ、ウェルダン馬車で送ってさしあげろ」
「……はいなのです」
「私も行ってくる」
行ってくると言っておきながら、シファーさんは俺の返事を待っているようだ。
「どうぞ」
王女から話を聞くつもりなんだろう。
もしかすると女王からも。
そして三人はすぐに作業部屋を出ていった。
ユウナは俺やカトレアの意見に賛成してくれると思うが、シファーさんはどうだろうな。
フィンクス村出身なだけにこの国や女王のことを信じたい気持ちがあるのかもしれない。
というか現時点ではまだ俺のただの妄想なんだけどな。
「メロさんはどう思う?」
「俺に聞かないでくれよ……。オーナーやカトレアさんが二人してそういう意見なんだから俺もそれが正しいと思っちゃうんだよ……。でもさっきの王女を見てるとなにか企みがあったとは思いたくないけどな……」
「ふ~ん。モニカちゃんは?」
「女王がなにを考えてるのかはわからないけど、私たちと住民との衝突はありそうだよね。だからロイス君が言う最悪のケースを想定してさ、そのときに私たちが取る行動についてもっとなにか考えておこうよ。適当でいいから思いついたことどんどん言ってみて」
最悪のケースにおいて俺たちが取る行動か。
そして錬金作業をしながらの俺たちの議論は続いた。
それからしばらくして、別棟で冒険者のための休息環境を整えていたリョウカとエマが錬金作業部屋にやってきた。
「もう建物ごと移転しても大丈夫だよ。外で利用するためのベッド多めの小屋もいくつか準備したけど、すぐ使う?」
「いや、もう少し様子見することにした。ダンジョン拡張も少し保留中だ」
「保留中? 魔道プレートを設置する人手の問題で?」
「そうじゃない。色々と懸念事項が出てきたんだよ」
二人にも俺たちの考えをいくつか聞いてもらう。
「……うん、わかった。町がどんな状況になろうが、冒険者の管理は私とシファーさんに任せて」
ダンジョン酒場ではリョウカとシファーさんが依頼受付をしてくれたらしいから、誰が来てるかも良くわかってるもんな。
「私は特にトラブルが発生することもなく、町の人たちがみんなで助け合いながら新しい町を作ってくれると信じてますけど」
「もちろんそうなればベストだな」
どうやらエマは俺の妄想を信じたくはないらしい。
でもこういう俺の妄想は結構当たることが多い気がする。
これまで妄想だけで終わることが多かったのなら俺は単なるおかしなやつだと思われてるはずだし。
「ピィ! (ご主人様!)」
ほら、そうこうしているうちにメルが戻って来たぞ。
みんなの間には緊張が走る。
「ピィ! (コタローさんと町役場の人たちが揉めてます!)」
まずはそう来たか……。




