第六百七十話 ユウナと王女様
「モ~? (ご主人様~? こっち~?)」
錬金作業部屋にウェルダンが入ってきた。
「モ~(あ、いた。マリンちゃん運んで)」
「うん、すぐ行く」
あの入口の幅だと馬車は通れないか。
そしてウェルダンといっしょに地上へと転移する。
うわ……暑い……。
建物の中の日陰でこの暑さなんてやっぱりおかしいだろ……。
さっさと外の馬車からマリンを……ん?
「本当に人間も通れるんだね」
「!?」
ビックリした……。
転移魔法陣のすぐ左の壁際に人がしゃがんでる……。
まさかこの小さな建物内に人がいるとは思いもしなかった……。
……まだ心臓がバクバクしてるな。
「モ~(転移魔法陣をじっくり見てみたいって言うからさ)」
「……」
人がいること知ってたんなら先に言っとけよ……。
「ごめん、驚かせちゃったよね」
「……ん?」
この人はまさか……。
えっと……なにか言わなければ。
「ここでなにしてるんですか?」
「転移魔法陣を見てたの」
「そうではなくて、なぜここにいるんですか?」
「女王様にマリンちゃんを丁重に送り届けろって言われたから?」
「……」
着てる服こそ違うが、やはり城で会った王女で間違いない……。
第二王女のフリージア。
城を出た瞬間に名前なんか忘れてしまってたけど、さっきシファーさんに聞いて思い出すことになってしまった名前だ。
「思ってたより早い再会になったね」
「……そうですね」
「魔物との戦闘は大丈夫だった? 怪我してない?」
「……おかげさまで」
「へぇ~。強いんだね。さすがダンジョン管理人さん。いや、さすが魔物使いさんって言ったほうがいい?」
「……俺が強いんじゃなくて俺の仲間の魔物が強いだけですから、まだ魔物使いのほうがいいですね」
「ふふっ、変な人」
「……」
なんだこの人……。
なにを企んでる?
ってこの人はそういうタイプじゃないんだっけ?
女王に似てるのはお姉さんのダリア王女のほうだったか。
どうやら俺は突然の王女襲来に動揺してるようだ。
面倒なことはごめんだからお礼を言ってさっさと帰ってもらおう。
「モ~(早くマリンちゃん運んでよ)」
「そうだな」
改めて、建物の外にとまってる馬車に目を向ける。
そこで初めて、馬車の中からユウナがこっちを見ていたことに気付いた。
王女が俺を襲おうと少しでも変な動きを見せたら封印魔法を使うつもりだったのかもしれない。
「お喋りしてる暇あるのなら早く運んでほしいのです」
「悪い悪い」
そしてようやく馬車の中へ入る。
あ、涼しい。
……マリンは眠っているようだ。
顔色も良いように思う。
マリンをそっと抱え上げ、そっと馬車を降りる。
ん?
近所の人に見られてるな。
まぁこの小さな建物から何百人もの人が出てきたり、こんな見慣れない馬車がとまってたりしたら注目を集めて当然だろう。
もう転移魔法陣の条件設定は解除してあるから入りたけりゃ入ってきてもいいぞ。
ダンジョン内での行動はある程度制限させてもらうけどな。
「んん……」
おっと。
マリンが苦しそうだ。
というか暑いからか。
慌てて建物の中に入る。
「フリージア王女様、ありがとうございました。すぐにウェルダンに馬車で送らせますので」
「え? 中に入れてくれないの?」
「中? ……ダンジョンの中ってことですか?」
「それ以外にある? 女王様も中を確認してこいって意味で私をここに来させたんだと思うよ?」
面倒だな……。
「さっさとお帰りいただくべきなのです」
「えぇ~? ユウナちゃん酷い」
「酷くて結構なのです。ここは王女様が気安く来ていい場所じゃないのです」
「……私なんて王女という名ばかりのどこにでもいる普通の女の子なのに」
「恵まれた環境で育ってきたからこそそんなことが言えるのです。家を失って避難する人たちの気持ちが全然わかってないのです」
「……」
なんだか可哀想になってきた……。
王女もなりたくて王女になったわけじゃないのに……。
「ユウナ、少し言いすぎじゃないか?」
「これくらい言ってもいいのです。そもそもこの王女はロイスさんに嘘をついてるのです」
「嘘?」
「んん……」
「あ、マリンが心配だからとりあえず中に入るぞ。王女様もどうぞ」
「いいの?」
王女はユウナを見る。
「……仕方ないのです。でもすぐ帰ってもらうのです」
ユウナの了承も得たので、まず俺とマリンから転移する。
そして次に王女が入ってきた。
さて、どんな反応をするんだ?
「……涼しい!」
あ、まずそこに驚くのか。
魔道ダンジョン内はどこでも一年中同じ気候にしてるからな。
サハの人が涼しいと感じるのとは逆でスノーポートの人たちは暖かいって感じるだろう。
というか俺も家からダンジョンに移動したときとかは暖かいって思うし。
このオアシス大陸の暑さが異常なだけだと思う。
「あれが魔道列車!? 見てきていい!?」
俺が頷くと、王女は魔道列車に駆け寄っていった。
今の行動だけ見るとどこにでもいる普通の子供のようだ。
王女のことはウェルダンが見ていてくれるようなので俺は小屋に入る。
そしてボネが寝てる隣のベッドへマリンを寝かせた。
……うん、ボネもマリンもやはりユウナの回復魔法が効いているのか、とても穏やかな寝顔だ。
看病はペンネに任せ、小屋の外に出る。
ユウナは小屋外のテーブルに座り、お茶を飲みながら魔道列車のほうを見ていた。
だからとりあえず俺も座ることにした。
「で、王女がなにを嘘ついてるって?」
「……その前に、なにか忘れてないのです?」
「ん? 忘れてる? なにを?」
「……可哀想なのです」
「可哀想? 誰が? 王女か?」
「王女と言えば王女なのです」
「さっきなんか約束でもしたっけ?」
「その王女ではないのです」
「ん? じゃあもう一人のダリア王女か?」
「……私といっしょにここにいるはずの人がいないのです」
「ん? ……あ」
そういえば一人いないな……。
王女のことだったりマリンのことだったりで気にもならなかった……。
「どこにいるんだあいつ?」
「……西側の戦場に行ったのです」
「は? なんで?」
「ただでさえ暑くてイライラしてたうえにお城が想像以上にショボくてガッカリしたのと、城から出てすぐに援軍第二陣の人たちが走っていくのをちょうど見かけてしまったようなのです……」
「……つまり、戦闘がしたくてしたくて我慢できなくなったと?」
「そうなのです……」
あいつめ……。
マリンのことをユウナに任せっきりにして自分は戦場に行くとかありえないだろ……。
そんなことしてたらユウナに愛想を尽かされるぞ。
「ユウナはよく我慢できたな」
「……当然なのです」
「おい? マリンをウェルダンだけに任せてたら怒ってたからな?」
「大丈夫なのです。後々の封印魔法を使うときに備えて体力と魔力を温存しておこうと決めてたのです」
「ならいいけど。俺もユウナにはそうしてもらおうと思ってたし」
エマとユウナの二人がかりだったら魔道化も早いだろうしな。
「で、あの王女はどんな嘘ついてるんだよ?」
「女王に命令されてここに来たわけじゃないのです」
「ん? じゃあなんでここに来たんだ?」
「王女が勝手についてきたのです」
「勝手にって、女王は知らないってことか?」
「城の入り口にいた衛兵たちが報告してなければ知らないはずなのです」
「おい……」
騒ぎになってなければいいが……。
でも普通は報告するよな?
「でも見張りにも人割けるようになったのか。ポーションが効いたのかな」
「体力だけは回復してるって感じだったのです。だから私が治したのです」
「ふ~ん。……というかモリタは?」
「……話せば長くなるのです」
王女はまだ魔道列車を探索中のようなので、ユウナたちの城での話を聞くことにした。
◇◇◇
「モ~」
どうやら城に到着したようだ。
城にしては小さな入口の前に、見張りの衛兵が一人立っている。
ユウナとシャルルとモリタは馬車を降りた。
「私たちは大樹のダンジョンの者なのです。マリンちゃんという女の子を迎えに来たのです。女王様に話を通してほしいのです」
「……ここで少し待ってろ」
衛兵はヨタヨタとした足取りで城の中に入っていく。
「ちょっと待つのです」
ユウナの声で衛兵は立ち止まり、ユウナのほうを見る。
「おい!? なにをする気だ!?」
自分に向かって杖先を向けているユウナに驚く衛兵。
「……え?」
直後、衛兵は体に異変を感じた。
「その右足の骨折が完全に治ったわけではないのです。でもハイポーションよりは効果あるのです」
「あ、あぁ……回復魔道士か、ありがとう。ハイポーションのことを知ってるということは本当に大樹のダンジョンの者らしいな。でも一応話を通してくるから待っててくれ」
衛兵はさっきより軽い足取りで奥に入っていった。
そして待つこと五分、さっきの衛兵が一人の少女を連れて戻ってきた。
「あ、牛さん」
「モ~」
「ふふっ。中入っていいよ。こっち来て」
ユウナたちは少女に付いていく。
砂で遊んでいたモリタはシャルルの肩に乗った。
「二人は冒険者なの?」
「そうなのです」
「魔道士なんだよね?」
「そうなのです。こっちの人は魔道戦士なのです」
「魔道戦士? なにそれ、初めて聞いた」
「魔道士寄りの戦士なのです」
「戦士寄りの魔道士もいるの?」
「いるのです。そっちの場合は魔法戦士って呼んでるのです」
「へぇ~。わかりづらいね」
「職の呼び方なんて結局なんでもいいのです」
そして案内されたのは玉座がある部屋。
その部屋の片隅にミスリル馬車があった。
「誰もいないのです?」
「うん。今別の部屋でこの町のお偉いさんたちが集まって会議してるから」
「行かなくていいのです?」
「私? なんで私が会議に参加するの?」
「王女様じゃないのです?」
「え? 気付いてたの?」
「ロイスさんがおそらく王女様のどちらかがマリンちゃんを見てくれてるはずだって言ってたのです。それとさっきこのウェルダン君が王女様だということを教えてくれたのです」
「モ~」
「言葉わかるの?」
「雰囲気でなんとなくなのです」
「へぇ~? 私でもわかるようになる?」
「いっしょにいればわかるのです。それよりマリンちゃんは大丈夫なのです?」
「あ、うん。この馬車のおかげかも。私も毎日ここで寝たいくらい」
ユウナはそっと馬車に乗り込み、寝ているマリンの状態を確認する。
そしてマリンに回復魔法をかけた。
「もう大丈夫なのです。シャルルちゃん、トロッコの準備はできたのです? じゃあマリンちゃんを運ぶのです」
シャルルは無言で馬車に乗り、ユウナと二人でマリンを抱えて慎重に馬車を降りる。
「ん……あれ? ……ユウナちゃん?」
「起きたのです? とりあえずトロッコに乗るのです」
二人は目を覚ましたマリンをそのままトロッコに座らせる。
「ハイエーテルも飲んでおくのです。魔力がなくなりかけてたことも体調不良を引き起こした原因なのです」
「うん……ありがと」
マリンはハイエーテルをちびちびと飲み始めた。
「お兄ちゃんは大丈夫なの?」
「大丈夫なのです。今は港の魔道ダンジョン内で冒険者たちに色々指示してるのです」
「良かった……。町は大丈夫そう?」
「私たちといっしょに大樹のダンジョンから冒険者が百人も来たのです。それにこのあとさらに四百人が来る予定なのです」
「そんなに呼んだんだ。……じゃあもう少し寝てていい?」
「もちろんなのです。どうせなら安らぎパウダーの匂いを嗅いでから寝るといいのです」
「うん、そうする。でも外に出て馬車に乗ってからにするね」
そしてウェルダンがトロッコを馬車のように引っ張り始めた。
「ねぇ、ちょっと待って。この城にはまだ怪我してる衛兵がたくさんいるんだけど、ユウナちゃんの回復魔法で治してもらえないかな? ロイスさんがたくさんポーションくれたおかげでみんな命に別状はないんだけど、ユウナちゃんならもう少し回復させてあげられるんでしょ?」
王女がユウナに向かって言う。
「……案内するのです。シャルルちゃんたちは先に馬車に行っててなのです」
ユウナはマリンを早く連れて帰りたい気持ちを抑え、仕方なく引き受けることにした。
シャルルたちと別れ、ユウナと王女は救護室に向かう。
「ごめんねユウナちゃん」
「別にいいのです。でも王女様に馴れ馴れしく名前を呼ばれる筋合いはないのです」
「なんとなくだけど、年が同じような気がして」
「何歳なのです?」
「十五歳」
「……私は来月で十五歳になるのです」
「あ、じゃあやっぱり同じだ! 私のことはフリージアちゃんって呼んでいいよ!」
「……王女様と冒険者では身分が違いすぎるのです」
「気にしなくていいって!」
「そんなわけにはいかないのです」
「いいの!」
押し問答のような言い合いをしてる間に救護室に着いた。
ユウナは衛兵一人一人に丁寧に回復魔法をかけていく。
「治った!」
「骨がくっついたかも!」
「毒が完全に消えた!」
「早く助けに行かねば!」
衛兵たちからは次々と喜びの声が聞こえてくる。
「大樹のダンジョンから数百人の冒険者が助けに来たのでみんなは戦場に行かなくても大丈夫なのです。だから動ける人は町の北側と南側に住んでる住民に今すぐ避難するように伝えに行くのです。今町に出てる衛兵はここにいる人数よりも少ないらしいのです」
「「「「え?」」」」
衛兵たちはユウナの言葉の意味がわからないようだ。
王女は察していたのか、動揺は見せない。
「こちらに入ってきてる情報では、戦場で生き残ってる衛兵は南側と西側合わせて三十人もいないと聞いてるのです」
「「「「えぇっ!?」」」」
「嘘だ!」
「みんな死んだって言うのか!?」
「今朝まで何百人といたんだぞ!?」
「「「「……」」」」
ユウナの言葉を信じない者。
パニックになる者。
すぐに状況をのみこんだ者。
そんな中、王女が衛兵たちに向かって言葉を発した。
「私たちはこの世界で一番弱いの。財政的にも戦闘力的にも。町も国も、衛兵も王女もなにもかも弱いの。まずみんながそれを自分自身で認めて。この町はもうパルド王国の助けがなければ崩壊する未来しかない。パルドというか大樹のダンジョンか。だからみんなはこの町の住民を助けるとともに、大樹のダンジョンから助けに来てくれた冒険者たちのサポートをしてあげて。気持ちが落ち着いてからでいいから」
「「「「……」」」」
それを聞いたユウナは、近くにあったテーブルにたくさんの弁当を置き、救護室を出た。
そして城の入口に向かう。
「お? みんなを治しに行ってくれたんだって?」
見張りの衛兵が声をかけてくる。
「回復魔法でも心の傷までは治せないのです」
「心の傷?」
ユウナはそれ以上は語らずに、馬車に乗り込もうとする。
「待って! ユウナちゃん!」
大きな声とともに王女と三人の衛兵が走ってきた。
王女は息を切らしている。
「なんなのです?」
「私もダンジョン見にいっていい?」
「ダメなのです。そんな暇あるなら城の仕事でもしてるのです」
「私の仕事はユウナちゃんのおかげでほとんどなくなったようなものだし」
「それなら王子様でも探してくるといいのです」
「あ、お兄様のことも聞いたの? でもそれこそ私が行ってもなんにもできないし、もう死んじゃってる可能性高そうだし」
「……」
「今私がダンジョンの中を見てきて、あとで女王様やお姉様にその様子を伝えたら話がスムーズに進むかもしれないでしょ? 一応ダンジョンの階層を一つ貸してもらえるって話らしいし」
「……」
ユウナはなにかいい断り方がないかを考えている。
「ユウナ!」
すると馬車からシャルルが降りてきた。
「やっぱり私、西に行ってくるわ!」
「いきなりなに言うのです!?」
「マリンのこと任せたわよ! モリタも連れてくから!」
「ちょっと待つのです! ロイスさんに怒られるのです!」
「ユウナがいるからいいでしょ! それに西から私を呼んでる声が聞こえるわ!」
「空耳なのです! 誰も呼んでないのです!」
「こんなに暑いんだから戦力は一人でも多いほうがいいでしょ! ワタも私が見つけてきてあげるわよ! ユウナとウェルダンはマリンをちゃんと送り届けなさいよ! じゃあね!」
「ミャオ」
そしてモリタを肩に乗せたシャルルは走っていってしまった。
ユウナにはモリタの声がまるで『行ってきます』とでも言ってるように聞こえた。
「あの人、城の中では返事すらしなかったのに、喋りだすと凄い勢いで喋るんだね……」
「……だから黙っておくようにと、ロイスさんから釘を刺されてたのです」
「あ、なるほど……。あの猫さんも魔物?」
「あれはただの猫なのです」
「え……戦場に連れていって大丈夫なのかな……。というか猫との冒険が流行ってるの?」
「……もう帰るのです」
王女や衛兵たちに同情の目を向けられながら、ユウナは御者席に座った。
「ねぇ、私が中でマリンちゃん見ておこうか?」
「……勝手にするのです」
「うん。勝手にするね」
王女は馬車に乗り込んだ。
「じゃあ三人は町の中の見回りをお願いね。女王様やお姉様に私がどこに行ったか聞かれたら港のダンジョンって言っていいから。探してなさそうだったら言わないで」
そしてウェルダン馬車は走りだした。
◇◇◇
確かに王女は勝手についてきたようだな……。
万が一これで文句言われたらこっちが怒っていいだろう、うん。
「というかさ、モリタのやつ、シャルルになついてるよな」
「それが一番の謎なのです……」
氷魔法で冷たい氷を出してくれるところが気に入ったのだろうか……。
とにかく変な猫だ。




