第六百六十四話 サハ南の戦場
……凄い数の魔物の死骸が山積みになってる。
死骸の山の向こうからはいくつもの戦闘の音が聞こえてくる。
だがこの山が壁になって向こう側は見えない。
こういった死骸の山がいくつかあり、山と山の間には人間がすれ違えそうな幅の道があるようだ。
もしかすると、死骸で壁を作って魔物をこちら側に来させないようにしてるのかもしれない。
……でも壁にしては横が短いか。
ということは魔物の死骸をここに集中させ、食料目当ての魔物をおびき寄せるためのエサとしてるのかもしれない。
もしくは人間がここで戦ってるというのを伝えるためかも。
あ、壁の向こうから冒険者らしき人が、人を引きずって歩いてきた。
引きずられてる人は服装的に衛兵か?
怪我をしてるのだろうか?
どこに連れてくんだ?
……ん?
あそこにいかにも土魔法で作ったような屋根と柱と地面があるじゃないか。
しかもよく見るとそこには既に横になって寝ている人が多くいる。
休憩場所だろうか?
……いや、誰一人ピクリとも動かないところを見ると全員死んでる可能性が高い。
死体安置場所なのかもしれない。
そしてさっきの冒険者に引きずられてきた人は、既に地面に寝かされていた人の隣にきれいに並べて寝かされた。
やはりもう死んでいるのだろう。
運んできた冒険者の表情は悲しそうにも悔しそうにも見える。
あ、俺の存在に気付いたようだ。
「衛兵の実力なんてその程度か!?」
「なんだと!? 冒険者風情が偉そうに!」
突然、壁の向こう側から大きな声が聞こえてきた。
こんなときにまで衛兵と冒険者で喧嘩するなよな。
それを聞いたからか、俺に気付いた冒険者は俺に声をかけようとせず、剣を片手に再び壁の向こうへと歩いていった。
「その冒険者風情の俺のほうが倒してる数多いけどな!」
「俺はお前が倒せないような強いやつを選んで倒してやってるんだよ!」
なんだ、ただ鼓舞しあってるだけか。
士気を高めるのは大事だからな。
というかコタローはどうした?
まだ来ないのか?
それとももうこの壁の向こうで戦ってるのか?
……そろそろ、俺も参戦するか。
早く行かないとさっきの人にこの先に行くのをこわがってると思われるかもしれないし。
まぁこわいと思ってるのは事実だけど。
そして山積みになってる死骸に近付いた。
……臭いが強烈だ。
この暑さのせいで、腐敗が進むのも早いのだろう。
息をとめ、足を速め、死骸の向こう側へと進む。
……敵の数が多い!
これはヤバいだろ!
人間のほうは……えっ!?
十人もいないじゃないか!
よくこれだけの人数で耐えて……ってどんどん死んで今の数になったのか。
魔物はこれからもっと増えるだろうし、このままじゃ全滅も時間の問題だ。
ん?
でもなんだこのフィールドというか地形は?
左右を見るとそこそこ高い土の壁が扇状に広がってる。
元々こういう地形になってるのか?
それとも今土魔法で作ったのだろうか?
とにかく、この山の向こうにまで魔物が侵入してなかったのはこの地形のおかげか。
というか足元は魔物の死骸だらけだ……。
もしかしてこの中には人間の死体も……。
「痛っ」
ボネが俺の左肩に軽く爪を立てた。
早く攻撃を始めろということだろう。
ここから攻撃して誰かに当たるのは避けたいから、まずは上空の敵だな。
オアシスガン、オアシスシマセゲラが数十匹、空中を飛び回って……ん?
その空の魔物たちに向かってどこかから火魔法が放たれているようだ。
……あっ!?
左の壁だ!
どうやらあの壁の上のほうに隠れるスペースがあってそこから魔道士が魔法を放ってるようだ。
しかもなかなかの威力で、オアシスガンの水魔法を打ち消すことにも成功している。
素早さを利用して接近し、くちばしによる攻撃がメインのオアシスシマセゲラも火魔法を警戒してか近付くのをためらっているようにも見える。
空中の敵たちは左の壁からの攻撃に完全に気を取られているようだ。
ん?
さっき死体を運んでた人が戦いながら俺を見てきてる。
なかなか余裕があるじゃないか。
「痛いって……わかったから」
ボネが催促してくるから今度こそ本当に攻撃するとしよう。
決して怖気づいてるわけじゃないぞ、うん。
俺に危険がおよびそうならボネが守ってくれるし、こわいものなんてない。
とりあえずやっぱり空の敵だ。
俺がここから攻撃することであっちの魔道士の人の魔法もより活きるはず。
だからまずは雷魔法だな。
これだけ敵の数が多いと適当に打ってても当たるだろう。
そして雷魔法を数十発ぶっ放した。
……うん、悪くない。
でもオアシスシマセゲラは一発当たったくらいでは死なないんだよな。
あいつらFランクのくせにすばしっこいってのも面倒だ。
それならまず左右に数発ずつ、続けて上と下に数発ずつ、最後はど真ん中に数発と。
まだ数匹残ってるか~。
あ、その数匹が突然燃えた。
どうやらあっちの魔道士の人が俺の攻撃の意図を理解して合わせてくれたらしい。
でもそれは魔法の精度が高くないとできないことだよな?
よほどの腕の魔道士とみた。
「そこの君! やるじゃないか!」
「魔道士が来てくれるとはな! その調子でどんどんやっちゃってくれ!」
さっき向こうまで聞こえてた声の主がこの冒険者と衛兵か。
というかほぼ並んで戦ってたのかよ……仲いいんじゃないか。
二人は俺のほうをチラッと見ただけですぐ戦闘に戻った。
……動きがいいな。
Fランクの魔物相手でもこの人たちにとってはソロで問題ないらしい。
だが敵はどんどん湧いてくる以上、そのうち限界は来る。
やはり士気をもっと高めておくか。
「みなさん! 女王様からハイポーションとハイエーテルの差し入れです!」
「「「「おおっ!?」」」」
「気前がいいな!」
「ハイポーションなんて飲んでいいのかよ!?」
みんな声も表情も全然死んでない。
さすがここまで生き残ってる人たちだ。
「俺が配るからみんなはそのまま戦い続けろ!」
衛兵の一人が俺の元へと駆け寄ってくる。
「これがポーションで、こっちがエーテルです」
「了解!」
衛兵は素早い動きでみんなの後ろにポーションを置いていく。
そしてそのうちの何人かの人にはエーテルもいっしょに置いた。
ここにいる全員に配り終えると、衛兵は魔物の死骸の山の裏に消えていった。
おそらく左の壁にいる魔道士の人の元へ行ったのだろう。
さてと、俺も攻撃を再開するか。
え?
あの冒険者の人、自分が倒した魔物を軽々と後ろに放り投げた。
こうやって山ができていってるのか。
ん?
衛兵の人は倒した魔物を前方遠くに投げた。
力自慢でもしたいのか?
そして俺をチラッと見てくる。
「自信があるのなら右の壁の裏から攻撃してくれてもいいぞ!? 壁の裏には階段があるんだ! ただし、一人になるから狙われると危険だけどな! さっきまで右には弓使いがいたんだが、気付いたら死んでた! あそこの壁が破壊されてるのが見えるだろ!?」
やはりこの衛兵の人がリーダー格かな?
少なくともここにいる衛兵の中では一番強そうだ。
「それはこわいのでやめときます。空中の敵と、あとはみなさんの間から適当に攻撃させてもらいますね」
「ははっ! 正直でいいな! なら好きにしてくれ! 限界だったらすぐに逃げろよ!? 死んでも誰も責任は取らん!」
「わかりました。それと女王様から伝言があります」
「そういやポーションも女王様からだって言ってたけど、ほかに援軍の衛兵たちは来ないのか!?」
「実は今ここだけじゃなく、町の西側にも魔物が大量発生してるそうなんです」
「「「「えっ!?」」」」
「西側からの報告のほうが早かったこともあり、先にそちらに援軍を送ってしまってたものみたいでして。しかも西側は見たこともない危険な魔物が出現して、既に衛兵たちの多くが戦闘不能という話だったそうです」
あくまで俺は女王様から聞いたという体にしておこう。
「「「「……」」」」
あ、ヤバい……。
士気を低下させてしまったようだ……。
「ですがご安心を! 早ければ、こちらにもあと三十分でサウスモナから援軍が来ます!」
「「「「サウスモナから!?」」」」
少し声を張って言ってみた。
これで士気上昇間違いなし。
「サウスモナにも衛兵隊のような組織があるらしいんです! その組織の人たちと、あとは冒険者の人たちにも来ていただけるように依頼しました! もちろん女王様が!」
「おおっ!? でも三十分はさすがに無理だろ! 船の片道だけでも一時間はかかるんだぞ!? 知らせに行くだけでも相当時間がかかるじゃないか!」
「それがですね! つい先ほど、魔道ダンジョンが繋がったそうなんです!」
「「「「……」」」」
あれ?
驚くところだろ?
「……つまり! 魔道列車が使えるんです!」
「「「「おおーっ!?」」」」
「ついにか!」
「やっとかー!」
「確か二十分くらいでサウスモナと行き来できるんだっけか!?」
「おい! 大樹のダンジョンに感謝しろよ! あの人たちはいつだって助けてくれるんだよ!」
魔道ダンジョンという言葉にピンとこなかっただけのようだ。
「では改めまして女王様からの伝言です! あと二時間耐えてくれ! だそうです!」
「「「「……」」」」
あ、この感じはマズい……。
さすがに二時間は長いと感じたか?
でも三十分後に援軍が来るんだからあと二時間くらい大丈夫だろ?
……仕方ない。
こうなったらとっておきの魔法を見せつけて士気を高めるとしよう。
頼りになる魔道士感を出さないとな。
衛兵の人たちには早く町の人を避難させてもらわないといけないし。
よし、あのへんのリカオーン、ガゼルン、オリクス、ポイズンサソリに向けて……槍雨!
速く鋭い無数の水魔法を受けた魔物の体にはいくつもの穴が開く。
そして魔物はその場に倒れていく。
槍雨は何体もの魔物を貫通したあと、勢いを失い、消えた。
メネアやシファーさんの魔法だともう少し向こうまで威力を保てるだろうな。
二人が使う槍雨のように上から降らせることができたら敵を一網打尽にできるのに、魔法杖だとそういったことまでできないのが残念だ。
せめてもう少し広範囲に放てると助かるんだけどなぁ~。
まぁ俺からすればどんな形であれ魔法が使えるというだけでありがたいんだけど。
でもこの槍雨やララの火魔法や雷魔法を使い慣れてしまうと、初級レベルの魔法杖なんかもうとても使う気になれない。
爽快感が全く違うもんな。
もっと消費魔力のことを考えろってカトレアには怒られそうだけど。
でも今は槍雨連発だ。
みんなもそろそろ疲れてきてるだろうし、ある程度魔物が減ったら一旦休憩してもらうか。
とりあえず今使ってる魔石の魔力がなくなるまで打ち続けよう。
魔物はいくらなんでもそんなにすぐには湧いてこないだろうし。
……やはり所詮Fランクの魔物ばかりだな。
ガゼルンだけはさらに下のGランクだっけ?
ただ突進してくるだけって感じだ。
リカオーンなんて別名ハイエナイヌと呼ばれてるだけあって、魔物の死骸に貪りつくのに夢中でこっちの攻撃なんて見てないし。
オリクスは群れで固まって行動してくれるから一度に数匹倒せて楽だし。
火魔法も初級レベルを二~三発使っただけで魔力切れになるみたいだし。
火魔法使う暇があるんなら集団で突進してこられたほうが嫌だよな。
こわいのは砂に潜ることができるポイズンサソリだけど、人間とこんなに離れてるからかわざわざ潜ったりしないみたいだし。
このレベルの敵たち相手なら槍雨を適当に放ってるだけでも十分に対処できるな。
おそらく西側の敵はこうはいかないだろう。
でも元々サハ周辺に出現する魔物は少なかったんだっけ?
ナミの町に近付くにつれて魔物が多くなっていくって言ってたもんな。
実際この前ナミに行ったときも、国境のオアシスを越えてから徐々に増えてきた印象がある。
それを考えると今のこの事態は相当異常なんだろう。
それとさっきから気になってたが、正面遠くのほうに空気が異様に濁ってる場所が見受けられる。
あれは魔瘴だろうか?
魔物はその方向から来てるし、魔瘴で間違いないよな。
もしかするともうここも薄っすら魔瘴に覆われてるのかもしれない。
というかさっき通ってきた町中みたいな町外にも前からたまに魔物が出現するって言ってたから元々どこかに魔瘴は存在してたのかもしれないけど。
あ、杖の魔力が切れた。
もう一本の槍雨を……ん?
あれ?
いつの間にかもう二本目の槍雨の杖を使ってたようだ。
魔石を交換するの面倒だから火魔法の杖を出すか。
剣から放つ火よりも杖のほうが少し威力も強いし、攻撃範囲も少し広いしな。
なにより今の俺は魔道士だ。
……うん、火魔法も有効のようだ。
砂漠の敵だから熱には強いと思って敬遠してたけど、あっちの魔道士の人も火魔法使ってるしな。
でも倒した魔物を食料や素材として活用できないのは今のサハにとって痛いのだろうか?
でもこれだけ死骸が増えると視界の邪魔になるからきれいにしときたいしなぁ~。
ただでさえ砂の中から魔物が現れたりするんだしさぁ~。
面倒だから右手の雷剣も火魔法の剣に……あ、俺魔道士なのに右手にずっと剣持っちゃってたじゃないか……。
みんなからは、こいつ魔道士のくせになんで剣持ってるんだ?
とか思われてたんだろうか。
設定がめちゃくちゃだな。
まぁいい。
どうせこの魔法杖や魔法剣、それに俺の正体もすぐバレるんだから剣からも魔法使っちゃえ。
なんせまだあと二時間くらい戦い続けないといけないんだしな。
というかやっぱり後ろの死骸からの悪臭がきつくないか?
こんなのもう食べられないんだから燃やしてしまおうか。
でもこの臭いにつられて魔物たちは向こうからやってきてるんだもんな~。
風向きもちょうどいい感じだし。
あ、だからさっきの町中のような町外にいた魔物たちはこっちには来ないのか。
「なんだよ? 痛いからやめろって。ちゃんと攻撃してるだろ」
またもやボネが爪を……ん?
「おい? ボネ!?」
ボネの様子がおかしい!
呼吸が苦しそうだ!
この暑さが原因か!?
それとも魔瘴か!?
もしくは悪臭か!?
とにかく馬車だ!
レア袋から馬車を取り出し、急いで中に入り、まずは冷房を入れる。
次にボネから帽子を取り、服を脱がせる。
……大丈夫。
火山のときの症状とは全然違う。
おそらく軽い熱中症だろう。
水をゆっくりと飲ませてみるか。
……飲めるようだな。
なら次は特製ポーションだ。
……よし、呼吸が落ち着いてきた。
「ごめんな。攻撃に夢中になって、ボネのことまで気が回ってなかった」
「……」
体が冷えすぎるといけないので、ボネの体をタオルで包む。
……まだ連れてくるべきではなかったか。
でもまさかこんな戦場に行くことになるなんて誰も思わないしな。
「どうしたでござるか!?」
「「ピィ!? (なにかありましたか!?)」」
勢いよくドアが開かれたかと思ったらコタローとメルとマドが飛び乗ってきた。
「もしやボネの体調が悪化したでござるか!?」
「「ピィ!? (えぇっ!?)」」
うるさいなこいつら……。
「落ち着け。たぶんただの軽い熱中症だから」
「熱中症を侮ってはいけないでござる!」
「わかったから静かにしろって。ボネの頭に響くだろ」
「……すまんでござる」
「それより表の魔物はどうなってる?」
「人間の数のほうが多いくらいでござるよ。……もしかして後ろに山積みにしたのはロイス殿でござるか?」
「後ろの山は俺が来る前からもうあったんだよ。外にいる人たち、結構やるぞ。でも俺も山三つ分くらいは軽く倒したと思う。まぁ鳥以外は大きい体のやつばかりだから数はそこまで多くはない。どんどん死骸が増えるから全部燃やしちゃったけどな」
「……きっとみんなドン引きしてるでござるよ」
「だろうな。でもあと二時間戦ってくれって言ったらやる気をなくしたっぽかったから仕方なかったんだよ。たった十人ぽっちでまだまだ増える魔物の相手をしなきゃならないんだから気持ちはわかるけどさ」
「でもこのあたり魔瘴の気配はまだそこまでないのに、それにしては少し敵の数が多すぎではないでござるか?」
「向こうのほうに魔瘴のようなものが見えるだろ? おそらく濃い魔瘴スポットのようなものが発生したんだと思う」
「……自分には見えないでござるが」
「ピィ(私には見えます。あそこだけ地面から空まで空気が紫です)」
「ピィ(ですね。さっきすぐそこの町中でも小さな魔瘴スポット見かけましたよ)」
「本当か?」
「ピィ(はい。とりあえず僕の土魔法で周りを少し広めに囲んでおきましたのでしばらくは持つかと思います)」
「やるじゃないか。とりあえず栄養補給しつつ少し休憩な。そのあと作戦を決行する」
「作戦とはなんでござる?」
「ちょっとした道路工事だよ」
「……なるほど。ところで外にいる冒険者たちとはもう挨拶したでござるか?」
「挨拶? そんな余裕あるわけないだろ。それに俺は神出鬼没のさすらいの魔道士だから簡単に身元は明かさない」
「……バレてると思うでござるよ」
「なんでだよ? 三人の顔見たけど、たぶんウチに来たことはないぞ」
「……まぁ気がつかなくても仕方ないでござるか。では自分も加勢してくるでござるよ」
コタローは杖を握り、馬車を降りていった。
王子のことといい冒険者たちといい、俺が一方的に忘れてるとでも言うのか?
……この暑さのせいかもしれないな。




