第六百六十三話 サハの南エリア
この町、そこそこ広そうだな。
建物の九割方は平屋なのも土地が余っていたからなんだろう。
だがこの南側にある建物は、港から西へと続く道付近の建物よりもさらに古い印象を受ける。
「なんでこんなことになったのでござるか!?」
「仕方ないだろ! 全部ウチのせいにされたら面倒だし!」
走りながらコタローと会話をする。
コタローは南側が魔物に襲われようが、どうせ規模縮小されることになるんだからほっとけ派のようだ。
さっきは女王やダリア王女がいたからなにも言ってこなかったんだろう。
だが戦うと決まった以上はコタローも戦闘のスイッチが入ってるようで、戦闘用の装備に着替え、両手にはクナイを持っている。
髪型だけはサハ用の変装をしたままだが。
「ミオより強いんだよな!?」
ミオと同じ戦闘スタイルらしいが、俺はコタローが戦う姿を見たことがない。
「……」
「おい!? 自信ないのか!?」
「ミオには戦いの才能があるでござるよ! それに人一倍努力もするでござるし!」
「努力をしてきたのはコタローもいっしょだろ!? それにミオより四つも上なんだからコタローのほうが強くて当たり前だよな!?」
「……」
あ、少しプレッシャーをかけすぎたようだ。
というか俺たちは大きな声でなに話してるんだろ。
大きな声になるのは全力で走りながら話してるせいだから仕方ないけどさ。
まぁ地面が砂漠のせいでたいして速くは走れてないんだけど。
コタローは俺に合わせてなかったらもっと速いんだろうな。
それにしても暑い。
暑いから仕方なくコタローが持ってた動きやすさ重視の薄手の服装備に着替えたけど、これはどの程度のダメージまで防いでくれるのだろうか。
というかよく見たらコタローが着てるのと色違いだ。
同じ装備を何色も持ってるのかな。
そんなどうでもいいことを考えながら走り続けた。
帽子をかぶったボネは俺の左肩から振り落とされないように必死にしがみついている。
「魔物が増えてるらしいわよ!」
「早く避難しろ! もう限界だ!」
住民からこういう声が聞こえてきたということはもう現場は近いか?
すれ違う人の数も徐々に増えてきているように思う。
みんな危機を察して自主的に避難しているのだろうか。
「ロイス殿! 前方上でござる!」
前方上?
……あ、鳥がいる。
あれはオアシスガンっぽいな。
鋭い水鉄砲のような水魔法攻撃を空からまき散らしている。
というかもう町中にまで入ってきてるのか。
「俺が撃ち落とす!」
少し距離があるが、なんとかなるだろう。
あいつには雷魔法が有効だから魔法剣でいくか。
狙いを定め……走りながらだとブレて難しいな。
適当に……発射。
……よし、命中した。
オアシスガンは地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。
まだ死んでないとしても、下にいる人たちがとどめをさしてくれるだろう。
「向こうにもいるでござる! ロイス殿はこのまま真っすぐ進むでござるよ! あとで合流するでござる!」
コタローは進路を右に変えた。
右上空には二匹のオアシスガンらしき鳥が見える。
……あ、そのうちの一匹になにかが当たり、痛さのせいか空中で暴れまわっている。
すぐにもう一匹にも攻撃が命中し、続けて2~3発同じ攻撃が放たれ、オアシスガンたちはあえなく地面に落下していった。
コタローはおそらくクナイを投てきしたのだろう。
その全てを命中させるのはさすがだな。
まぁ相手は所詮Fランクのオアシスガンだけど。
……俺の進行方向とは逆方向に走っていく人もますます増えてきた。
それだけマズい状況になってるということだろうか。
「うぇ~ん!」
「泣かないの! 魔物が来るわよ!」
子供が泣きながら走ってる。
心が痛むな。
「婆さん!? いるか!? 俺がかついでやるから早く逃げるぞ!」
なんて立派な人なんだ。
この暑さと砂地という悪条件で大変だろうがなんとしてでも避難してほしい。
「衛兵に任せておけば安心よ! きっとすぐに倒してくれるわ!」
「バカ! あんな頼りない衛兵たちなんか信用できるか! 逃げるぞ!」
「どこに逃げるのよ!? 家に変な連中が住み着いたらどうするのよ!?」
そんなこと言ってる場合じゃないんだけどな。
でも早く家を手放す決断をしないと帝都のようになるぞ。
「俺が倒したんだぞ!?」
「いや、俺の獲物だ!」
「このハイエナ野郎たちめ! 俺の蹴りが入ったおかげで虫の息状態になったんだろ!?」
さっき地面に落下したオアシスガンを男三人が引っ張り合っている。
冒険者ではなさそうだ。
食料不足なこともあり、高く売れるのかもしれないが、なにもこんなときにまで争わなくても。
「逃げてください!」
「もうここは捨てろ!」
「今逃げないと死ぬぞ!」
「俺たちが時間を稼ぐから早く北へ!」
前方から大きな声が聞こえてくる。
衛兵か?
……いや、冒険者か。
戦士、魔道士、戦士、戦士。
あの戦士の装備はおそらく鉄の鎧に鉄の剣。
その鎧の汚れや傷はこの戦いでついたものか?
そうじゃなければ普段からもっとケアしてやってほしい。
「おい、あんた! この先は魔物がたくさん出てるから気を付けろよ!」
どうやら俺を今から魔物討伐に向かう冒険者だと思ってくれたらしい。
無視するのもなんなので、剣を持つ右手を軽くあげておいた。
「おおっ?」
ん?
……あ、俺の剣を見て驚いたのか。
そりゃ鉄の剣とは輝きが違うもんな。
でも残念ながらこの剣、遠距離攻撃でしか使われないんだ。
「うわぁーっ!?」
前方から悲鳴のような叫び声が聞こえた。
上空にはまたしてもオアシスガン。
しかも今度は一、二、……五匹もいる。
そのオアシスガンが水魔法攻撃を仕掛けてきているようだ。
あの程度の水圧でも打ちどころが悪いと死ぬからな。
…………よし。
五匹を三発で撃ち落とした。
魔力はできるだけ節約しないと。
というか空からの侵入を許しすぎだろ。
前線の魔道士や弓使いはなにやってるんだ?
あちらこちらの建物からは煙が上がっている。
火の煙というよりかは砂煙のような感じか。
「どこ行った!?」
「下に気を付けろ!」
前方には衛兵たちがいる。
その衛兵たちは剣を構え、周囲を警戒しているようだ。
下ってことは砂の中に潜り込むような魔物……
「うわっ!?」
……。
……。
……。
砂に足を取られて、派手に勢いよく転んでしまった。
ボネは?
……え?
俺が足を取られたと思われる場所、そこにはさっきまではなかったはずの大きな塊が出没しているではないか。
これは……ポイズンサソリか?
すぐに衛兵たちが駆け寄ってきた。
「大丈夫か!?」
「とどめをさせ!」
「……いや、もう死んでる!」
え?
俺死んでるのか?
……って死んでるのはポイズンサソリか。
「お前! 今の動き凄いな!」
「空中で一回転してたぞ! 実に軽やかな身のこなしだった!」
「しかもあの状態で剣を振るなんて!」
「たった一撃で倒したってのも凄いな!」
へ?
俺が倒したのか?
……あ、よく見るとポイズンサソリの体がきれいに二つに分かれている。
まさか俺が真っ二つに斬ったとでも?
……なわけないか。
おそらく俺の手から離れた剣を使って、ボネが念力で斬ったんだろう。
俺はこいつに下から突き上げられて無様にくるんと一回転して転んだだけだ。
「ん? 猫か? 帽子なんてかぶって服まで着て」
あ、落ちてる剣の上にボネが乗っかってる。
盗まれないように見張ってくれてるのかも。
っていつまでも寝転がってるわけにもいかないな。
砂も熱いし。
起き上がり、砂を軽く払ってからボネと剣の元へ行く。
剣を取るために身を屈めるとボネは俺の左肩に乗ってきた。
そして無言でこの場をサッと立ち去る。
「「「「いやいやいや!?」」」」
というわけにはいかなかったか。
「冒険者だよな?」
「その猫はお前の飼い猫か?」
「その剣、見るからに凄いな」
「もしかして上空の敵を倒したのもお前か?」
頼りなさそうな衛兵たちだ。
「ほかに町中に侵入してきた魔物はいないんですか?」
さっさと探しに行けよって意味だぞ?
「……この町の者ではなさそうだな」
「冒険者全員の顔を知ってるんですか?」
「そうじゃない。この町の者なら今いるここが元々町の外だったことくらい知ってるからだ」
「町の外? ここが?」
「そうだ。ここは人口が増えたために仕方なく作られたエリアで、元々はなんの建物もないただの砂漠だ。だから魔物だってごくたまにだが湧いたりもするし、ここに魔物が出現したところで侵入してきたなんて言うやつはいない。まぁ元々魔瘴があまりないからこそ建物が増えていったんだけどな。少し手前にここから先は危険と書いてある立札があったのに気がつかなかったか?」
そういうことか。
最初のオアシスガンを倒したあたりからもう町の外だったのかも。
コタローも早く言ってくれればいいのに。
だから南側はほっとけなんて言ってたのか。
でもよくこんな場所に住もうと思えるな。
破壊された形跡もあちこちにあるようだし。
コタローが役場の人と魔道化範囲で揉めたっていうのもこのあたりのことでなんじゃないか?
「まぁ今はそんなことどうでもいいが。ポイズンサソリを一刀両断できるほどの実力がある冒険者なら心強い。もう少し行ったところでみんな戦ってるからそこに合流してくれ」
「みなさんは行かないんですか?」
「俺たちの部隊の任務はまずこのエリアの住民を町の中へ避難させることだ」
「住民の避難ですか? この先で大量発生している魔物をくいとめることではなくて?」
「情けないが俺たちでは力不足と判断されてな。向こうよりは敵が少なくまだ安全なこっちでの任務を命令されたんだ」
命令されたということは衛兵隊のお偉いさんが既にこの先にいるということか?
「きゃーっ!?」
左のほうから女性の悲鳴が聞こえた。
「向こうだ! 行くぞ! お前はこの先に行って少しでも魔物を食いとめてくれ! 死ぬなよ!」
衛兵たちは全員で悲鳴が聞こえた方角に向かっていった。
近隣の住民へ大声で至急の避難を呼びかけながら。
彼らは力不足とかではなく、こういう役割の人たちも必要だからこの任務を命じられたんじゃないか?
建物からは荷物を抱えた住民たちが飛び出してくる。
先に逃げてた人たちとの差は持っていく荷物の量か。
「ん?」
ボネが左腕を叩いてきた。
「あ、杖も装備しろって?」
ボネは無言で頷く。
言葉がなくても意思疎通ができるのはあうんの呼吸というやつだろうか。
「ボネが封印魔法を使うのは本当にヤバいときだけだぞ? 念力もできるだけ使うなよ? 俺の死角から敵や攻撃が来てたらすぐ言ってくれよ?」
「……」
本当に一言も話さないな。
黙ってるうちに話すことが面倒になってしまったのかも。
「よし、じゃあ行くぞ」
「……ミャ」
ふふっ。
俺の心の声が聞こえたようだ。




