第六百六十二話 サハの窮地
「なにかあったんですか!? 衛兵の方が誰もいませんけど!」
ゲンさんたちが出ていってすぐ、コタローとウェルダンがやってきた。
「町の西側が魔物の襲撃にあってるらしい」
「なんでござると!? ……なんですって!?」
わざわざ言い直さなくてもいいと思うが、キャラ作りは大事だもんな。
「衛兵の人が言うにはここらでは見たことのない魔物らしいから、ゲンさんとパラディン隊にも行ってもらった」
「西側からの魔瘴の影響で間違いなさそうですね。……ところで話はどうなりましたか?」
コタローにここまでの話の流れを説明する。
「そうですか。……あ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません、女王様」
「挨拶なんぞ別によい。そなたも楽にしろ。イスは勝手に使え」
コタローはレア袋からイスを出し、俺の隣に置いて座る。
「モ~? (ねぇ、マリンちゃん運ばなくていいの?)」
ウェルダンはベッドに前足を乗せてマリンの様子を窺っている。
「マリン、今すぐ港に行くか?」
「……大丈夫。ちょっとマシになった」
「そうか」
……えっと、こっちはなんの話をしてたんだっけ?
あ、マグマを活用するってところまでか。
「失礼します」
ん?
部屋の入口のほうから女性の声が聞こえた。
……あ、この服は確かさっき救護室みたいなところで動き回ってた人だろうか。
でもこの城にいる女性みんながこの服着てるかもしれないか。
「なんだ?」
「私たちも町の外に向かったほうがよろしいでしょうか?」
「行かなくてよい。お前はここでお前にできることをやれ」
「ですがあちらのほうが怪我人もたくさんいるとお聞きしましたが?」
「よいと言ってるだろ。それより来客中なのが見てわからんか?」
「……失礼いたしました」
女性は頭を下げ、部屋を出ていこうとする。
怪我人の話をしてたからやはりさっきの救護室にいた人なのだろう。
「待て」
「……なんでしょうか?」
女性の姿は半分見えなくなっていたが、入り口に戻ってきた。
「フリージアをここに呼べ。ハルジオンは……おそらく騒ぎを聞きつけてもう西に向かっただろう。とにかくフリージアをすぐに連れてこい。お前もだ」
「……わかりました」
一人は西に向かったということは、その二人は衛兵の人なのか?
ということは衛兵隊長みたいな役職の人が来るのかな。
「王女でござるよ」
コタローが小声で話しかけてくる。
「王女? 今の話に出てきた二人が?」
「いや、王女は」
「そなたはハルジオンと会ったことがあるそうだな」
女王は俺たちの会話を遮るように話しかけてきた。
「え? いえ、私はお会いしたことないはずですが……」
「そなたに言ってるのではない」
「え?」
……ん?
コタローに言ってるんじゃないってことは……
「俺ですか?」
「そうだ」
ハルジオンさん?
…………いや、知らない……よな?
本当にサハの王女様と会ったことがあるのなら、さすがの俺でも覚えてないなんてことはないと思うけど。
「すみません。俺はハルジオン王女様とお会いしたことはないと思うのですが」
「ハルジオンは王女ではなく王子だ」
「王子? ハルジオン王子?」
なんだ、男か。
さっきコタローが言おうとしてたのは、王女はフリージアさんでハルジオンさんは王子だということだったのか。
って俺、サハの王子と会ったことあるのか?
……でもハルジオンなんて名前は聞いたことないと思うんだよな。
別名を使われてたらさすがに気付かないし。
「なぁ、俺会ったことあるか?」
コタローに小声で話しかける。
「ないはずでござるけど……。自分も会ったことないでござるし」
よし、なら会ってないはずだ。
「我の前で繰り返し内緒話とは失礼なやつらだな」
「「申し訳ありません」」
すぐに謝っておく。
と、そのとき、さっきの女性が再度やってきた。
そして開きっぱなしになっていたドアを閉める。
「連れてきました」
ん?
王女様を連れてきたのにその言葉遣いはいいのか?
お連れしましたとかのほうがいいと思うけど。
「なにかご用ですか~? 女王様」
フリージア王女と思われる女性が歩きながら女王に話しかける。
王女様もこの服を着てるのか?
やはりこの城にいる女性はみんなこの服なんだろうか。
「我の隣に座れ。ダリアもだ」
「はい」
「は~い」
二人は部屋の隅から俺が座ってるイスと同じ物を持ってきた。
そしてそれぞれ女王の左右に置き、そこに座った。
……ダリアさんとやらは王女の隣じゃなくてそこに座っていいのか?
それじゃまるで……
「まずそなたから自己紹介しろ。コタローは知ってるからよい」
え、俺?
「……パルド王国の大樹のダンジョンというところで管理人をしておりますロイスと申します」
「大樹のダンジョン? の管理人? 本物?」
「はい」
フリージア王女は俺より年下かもしれない。
「今度はこっちの番だ。我の右にいるのが第一王女のダリア、左が第二王女のフリージアだ」
え……ダリアさんもやはり王女だったのか……。
「ロイス様、お会いできて光栄です。お噂は……」
「よろしくね~。町を救ってくれるんでしょ?」
軽い……。
ダリアさんとは大違いだ。
というか今ダリアさんの話の途中で割り込んできたのは失礼にならないのだろうか……。
「後ろで寝てる子、さっき大きな人に抱えられてた子だよね? 大丈夫なの?」
もしかしてフリージアさんもさっきの救護室にいたのか?
でもそれじゃなぜ王女が二人して救護の仕事を?
回復魔道士ではなさそうだし、よほど人がいないのだろうか。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「そっか」
女王の前なのにこの王女はこんな態度でいいのだろうか……。
でもまぁ王女だからな。
シャルルなんかに比べたらこれでもだいぶマシに見えてくる。
あの国の王女たちは相当酷い、うん。
そして女王は二人の王女にこれまでの話を説明する。
「え? 十分の一って、そんな狭い土地にみんな住めるの?」
「異を唱えるべきです。この方々は自分たちの立場を利用しつつ、我々の弱みに付け込んでいると思われます」
おいおい……。
ここにきての反対意見かよ……。
「ダリアよ、実際今の我々の立場は弱いのだ。町を助けてくれるというだけでも感謝しないといけないんだぞ? それにこの者たちはナミまでダンジョンを繋げるつもりなんだ」
「ナミまでですか!? さすがに今の状況では危険が伴うかと!」
「へぇ~? 凄いこと考えるね~」
この三人は親子なんだよな?
違和感しか感じないが……。
「それにハルジオンは大樹のダンジョンがやろうとしてることに間違いはないと言ってる」
「……女王様、最近ハルジオンに少し甘すぎませんか?」
「む? そんなことはない」
「そんなことあるって。今までもだったけど、今まで以上に優しくしてるの丸わかりだし」
「そんなことはない。お前たちにも優しくしてるだろ?」
「「……」」
そこで無言になるなよ……。
女王が俺たちの目を気にしちゃってるじゃないか……。
「お兄様もなんだか人が変わったみたいに優しくなってるしさ。旅先で頭でも打ったんじゃないの?」
「それにやけに大樹のダンジョンに肩入れしてることも気になります。どなたかに洗脳でもされたのでしょうか?」
洗脳って……。
しかも完全に俺を見て言ってきてる。
ダリアさんは礼儀正しい人かと思いきやちょいちょい失礼なところがあるよな。
でもハルジオン王子がウチと接触してることは間違いなさそうだ。
しかもなぜかウチに好意的ときた。
その旅先というのがウチだったということでいいのか?
「ハルジオンは成長したのだ。それも凄くいい方向に」
「あれ成長とかいうレベルじゃないでしょ。完全に中身別人だって」
「そうですよ。この前なんて救護室に来て、怪我して寝ている衛兵のみなさんに見舞いの声かけてたんですよ? しかもそのあと私に、『ダリアお姉様、日々の救護活動お疲れ様です。本当に頭が下がります』……なんて言ってきたんですよ? あんなの私が知ってるハルジオンではありません」
立派な人じゃないか。
でも前は酷い人だったってことか?
それなら素直に成長を喜ぶべきなんじゃ……。
「男はときに突然そうなったりするものだ。あやつにはなにかきっかけが必要だと思ってたからこそ我も旅に出すことを了承した。それがまさかこの短期間でここまで立派になってくれるとはな」
女王だけは満足気だな……。
「ねぇ、お兄様になにがあったの? 知ってるんでしょ?」
「大樹のダンジョンに行ったのですか? 女王様もハルジオンもなにも話してくれなくて……」
どうやら二人は俺に聞いてきてるようだ。
だが俺には本当に心当たりがない。
「モ~? (ご主人様~。マリンちゃん寝ちゃったから僕もゲンさんのところ行ってきていい?)」
「ん? いいけど、衛兵たちもたくさんいるらしいから敵と間違えられないように気を付けろよ」
「モ~(うん。じゃあ行ってくる)」
ウェルダンはゆっくりと歩いて部屋の入口まで行き、自分でドアを開けて出ていった。
「今の子、魔物?」
「はい。牛の魔物ですね」
「牛? ブルブル牛とかカウカウ牛ってやつ?」
「あ、よくご存じですね。たぶんブルブル牛だと思うんですけど」
「ふ~ん。というか本当に話せるんだね、魔物さん」
魔物さん?
俺が魔物と話せることよりも、魔物が俺と話せることに驚いたってことか?
今までそういう見方はあまりされたことなかったな。
「その小さい子も魔物?」
「そうです。主にマーロイ大陸東部に生息してるマーロイフォールドという猫の魔物ですね」
「へぇ~。東部だと、ミランニャとかユウシャ村らへん?」
「そうですそうです。この子はユウシャ村付近で仲間になりました。でもよくすぐ地名が出てきますね」
「今の世界って狭いしね~」
今の世界?
昔の世界はもっとたくさん町があったのか?
「その子に触っていい?」
「え? ……すみません、今は俺や後ろの子の護衛中ですから」
「誰も襲ってこないのに? でもそんなに小さくて可愛いのに、護衛を任されるなんて強いんだね」
別に触るくらいはいいかとも思ったんだが、ボネは触ってもらいたくなさそうだった。
というかこのフリージア王女、年の割に落ち着いてるというか大人びてるところとかがマリンと似てるな。
マリンと気が合ったりするんだろうか?
「で、女王様はなんで私たちをここに呼んだの?」
「無論、こやつと会わせるために決まってるであろう」
「じゃあもう会ったから私は戻っていい? このあと怪我人がたくさん来るんでしょ?」
「……仕方ない。ポーションは足りてるか?」
「節約してるから大丈夫」
フリージア王女は立ち上がり、イスを元あった場所に戻す。
「じゃあね、ロイスさん。交渉はお手柔らかにしてね。また今度ゆっくりお話でもしましょ」
王女は歩きながら話しつつ、そのまま部屋を出ていった。
やはりフリージア王女も救護室で仕事をしているようだ。
なんとなくだけど、仕事ができる女の雰囲気を感じる。
それよりポーションの数がどうとか言ってたな。
この町には錬金術師とかもいなさそうだもんな。
「女王様、ウチからポーションを提供させてください。非常事態ですし、友好の意味も含めまして、もちろん無償で」
「いいのか? では遠慮なく頂いておくとしよう。ダリア」
ダリア王女が立ち上がり、こっちに向かって歩いてくる。
だがコタローが俺の前に出ると、ダリア王女はコタローの前で立ち止まった。
その間に俺はまずレア袋からレア袋を取り出し、次にポーションやエーテルを移し替える。
これくらいあれば十分だろう。
仮になくなったとしても魔道列車でサウスモナからすぐに持ってこれるし。
「コタロー、量が多いから保管場所に収納するの手伝ってやってくれ。はい、これ」
「……わかりました」
レア袋ごと渡さないのかと、一瞬怪訝そうにしたな。
まだそこまで信用したわけじゃないし。
「……その袋の中に大量のポーションが入ってるのですか?」
「そうです。では案内をお願いします」
そしてダリアさんとコタローも部屋を出ていった。
この場に残ったのはまたしても女王と俺とボネとマリン。
「あれがレア袋とかいうやつか?」
「はい」
なんだ、知ってるのか。
少し存在が広まりすぎてるのかもしれないな。
「では話を戻すか。ナミまで魔道ダンジョンを接続するという話ではあったが、マグマに加え、魔瘴による魔物の出現数増という障害もあるんだぞ? しかも新手の魔物まで現れたときた。本当にできるのか?」
「ウチには優秀な冒険者たちが大勢いますし、優秀な錬金術師や優秀な魔物もいますからね。一気にやってしまいたいと思います」
「……お手並み拝見といこうじゃないか。悪いが我らの衛兵たちは貸せんぞ?」
「もちろんです。ですがこの町の魔道化に関しては衛兵さんも手伝ってくださいね?」
「衛兵たちに手伝えることがあるのか?」
「山ほどあります。早速このあと作業を……ん?」
「女王様!」
一人の衛兵が駆け込んできた。
「町の南付近に魔物が大量に出現しました!」
「なにっ!?」
「どうかすぐに援軍を! このままでは全滅です!」
今度は南か。
やはり来るのが少し遅かったのかもしれない……。
「……西側も非常事態でな。援軍は今しがた西側に送ってしまったばかりだ」
「そんな……」
衛兵は両膝を床につき、絶望の表情を浮かべている。
そこまで切羽詰まった状況なのか。
もう既に衛兵の何人かは死んでるのかも。
放っておくと町の中にも影響が出るかもしれない。
……力になれるかはわからないが、動ける人間は一人でも多いほうがいいだろう。
人がたくさん死ねば死ぬほど俺が悪く言われそうだし。
特にこの町の衛兵たちは口が悪いからな。
「女王様、俺が南に行ってきます」
「なんだと? そなたは戦えるのか?」
「少しですけど。コタローも連れていきますので、マリンのことお願いしていいですか?」
「待て。行かなくてよい。南側は捨て、住民はすぐに避難させる」
「ではその避難する時間くらいは稼いできましょう。おそらく西側の敵よりは弱いですし、俺の強力な魔法があれば少しは戦力になれるかと。この砂漠に生息する魔物の行動パターンも頭に入ってますし。それに俺にはこの猫がいますしね」
「……すまん。では行ってくれるか? その娘のことは我に任せろ」
強力な魔法についてツッコんでくれないんだな。
本気で強いと思われてたらどうしよう……。
「ではお願いします。あ、一応ここに馬車出させてもらいますね。マリンが暑そうなら馬車の中に運んで冷房を付けてください。それと衛兵さん、港で俺の仲間が作業してるんですけど、伝言をお願いできますか? できれば西側にも伝言をお願いしたいんですけど、誰かほかに暇な人いますかね?」
さて、ケガだけはしないように控えめに戦闘してくるか。
危険そうならすぐに逃げよう、うん。




