第六百六十一話 サハ女王とご対面
これが女王のいる城か。
……でもこれを城と呼んでいいのだろうか?
この町のほかの建物よりは大きいけど、ほんの少し立派ってだけだよな。
それに外に衛兵が二人いただけで、中に衛兵の姿は全くといいほど見られない。
ナミに初めて行ったときみたいに、衛兵たちは女王がいる部屋に集められてたりして。
「吐きそう……」
おっと、そんなことより今はマリンのことだ。
「大丈夫か?」
「無理……」
言わんこっちゃない……。
こんなに暑いのに無理するからだよ。
マリンはここへ歩いてくる途中からゲンさんの腕に抱えられることになった。
普段は外を歩くことすらほとんどないのに、いきなりこんな灼熱の空の下なんか無理に決まってる。
しかも地面は砂で歩きにくいし熱いし。
最近はここにも雨が降るようになったみたいだが、今日に限って降ってないし。
せめて帰りは馬車で帰れるように、コタローにはウェルダンを呼びに港に戻ってもらうことになった。
「すみません、この子をどこかで休ませてもらえませんか?」
「……こっちに来い」
外に馬車でも出そうかと思ってたけど、目立つだろうからできればそれは避けたい。
城の中で馬車を出すわけにもいかないだろうしな。
そしてベッドがたくさん並ぶ部屋へ連れてこられた。
「好きなところ使え」
……好きなところと言われても、ほとんど使用されてるんですけど。
おそらく衛兵たちだろうが、みんな苦しそうにうなされているようにも見える。
その人たちの救護のために数人の女性が動き回っている。
回復魔道士ではないらしく、怪我人に包帯を巻いたりポーションを飲ませたりしているようだ。
「ここに寝てるのは魔物にやられた衛兵たちだ。ここ数日ほとんどの衛兵が食料調達のために町の外に狩りに出ててな」
「へぇ~……」
それなのにこの人たちは港でいつ来るかもわからない俺たちを待ち続けてたのか……。
そりゃ町の住民も怒るわけだ。
ってそれもこれも全部俺たちのせいなんだろうか。
「マリン、どのベッドがいい?」
「……変な臭いするからヤダ」
ん?
……確かに。
これは衛兵たちの汗や血の臭いかな?
少しくらい我慢しろと言いたいところではあるが、マリンをここに寝かせるわけにはいかないか。
この町の衛兵は男が多いみたいだし。
「ならいっしょに行くぞ。ゲンさんの上にクッションでも敷いて寝とけ。そのほうが俺も安心できていい」
「うん」
「ゴ(俺はベッドじゃないんだぞ……)」
俺とマリンの会話を聞いて気を悪くしたであろう衛兵たちが再び歩き出す。
そして女王がいると思われる部屋の前にやってきた。
さすがにここには見張りの衛兵がいるようだ。
コタローはまだ来ないよな。
俺一人で女王相手に交渉なんてできるのだろうか。
パラディンたちの前で不甲斐ないところを見せることにならなければいいんだけど。
「……大樹のダンジョンの管理人が来たと聞いてたのだが?」
見張りの衛兵は俺を見て怪訝そうにしている。
「こちらがその管理人だ」
「……本当にまだ子供だったのか」
む、失礼な。
もうすぐ大人二年目に入るのに。
「まぁいい、入れ」
衛兵は軽そうなドアを開けた。
……中はそんなに広くない。
だが見るからに立派なイスがある。
そしてそこに座る女性。
この人が女王か。
「女王様、大樹のダンジョンの管理人をお連れしました」
「……」
「……初めまして。パルド王国にあります大樹のダンジョンで管理人をしておりますロイスと申します。ご挨拶に来るのが遅くなりまして申し訳ありません」
「……」
足を組み、両腕を左右の肘掛けに乗せ、いかにも偉そうな態度で俺を見てくる。
年齢は確か五十歳くらいだっけ?
ナミの補佐官さんと同じくらいって言ってた気がする。
……というかこわい。
なんでそんなに睨んでくるんだよ……。
女王の横に立っている衛兵二人は無表情で俺を睨みつけてくる。
挨拶がマズかっただろうか?
それとも怒っているからなのだろうか。
「こやつは本物の管理人か?」
女王が喋った。
「え? ……本物ですよね?」
港からずっといっしょにいた衛兵たちまでもが怪訝そうに俺を見て、丁寧な言葉で聞いてくる。
そういや衛兵たちに自己紹介なんてしてないよな。
いくらパラディン隊や魔物が大勢いっしょにいたからといって、勝手に俺を管理人だと決めつけてここまで連れてきてしまったのは問題があったんじゃないだろうか。
「本物ですよ。と言いましても証拠のようなものはなにもありませんけど」
「……サウスモナのリッカルドはいっしょに来なかったのか?」
「忙しいみたいでして。今日俺が突然訪ねたものですから都合が合いませんでした」
「……コタローとかいうやつは?」
「あとで来ます。今は用事で港にいるものでして」
「……そっちの少女は? 以前会ったそなたの妹や、緑髪の錬金術師とは違うようだが」
「従妹のマリンです。この子も錬金術師で、魔道列車の開発責任者でもあります」
「……体調が悪いのか?」
「外の暑さにやられてしまいまして。女王様の前で失礼だとは思いましたが、このまま少しばかり休ませていただけるとありがたいのですが」
「……好きにしろ。……その大きい鎧の中身は魔物か?」
「そうです。ちなみに猫も魔物です」
女王は俺から見て左横に立っている衛兵となにか会話を交わす。
「……イスを持ってこい」
「はっ!」
どうやら俺が管理人ということをわかってくれたようだ。
というか話に聞いてた感じとは違うな。
相手のことなんか無視してガンガン話しかけるようなもっとガツガツしたイメージだったんだけど。
疲れてるのかな?
イスが一脚だけ準備される。
俺がイスに座るとボネが俺の膝の上に乗ってきた。
ゲンさんは俺の後ろの地面に座り、そのゲンさんの膝の上ではマリンがぐったりとして横になっている。
パラディン四人はゲンさんより後ろに立つように命じられた。
いっしょに来た衛兵たちは四方に散って俺たちを警戒している。
……女王護衛の二人、年齢は結構いってるけど、熟練の衛兵って感じで強そうだな。
「で、用件はなんだ?」
魔道化のこと以外にあるのだろうか?
というか焦ってるはずなのにやけに落ち着いてるな。
平静を装ってるだけか?
でも衛兵たちは女王が相当怒ってるって言ってたしな……。
「本日、サウスモナからこのサハの町まで魔道ダンジョンを接続したいと思ってるのですが」
「……それは助かる」
え、それだけ?
もっと喜んだりするか、早く町全体を魔道化しろって怒鳴ってきたりしないのか?
……そういやカトレアは別に女王がこわい人だとは一言も言ってなかったな。
俺の中で少しばかりイメージが膨らみすぎているのかもしれない。
「ですが少々条件を変更させていただきたい所存でありまして」
「変更? なにをだ?」
いや、絶対こわいって……。
ナミの国王や補佐官さんからは感じなかったオーラみたいなものを感じるし……。
ってまだ少し話しただけじゃないか。
これくらいで怖気づいてると今日ここに来た意味がない。
「町全体を魔道化させていただくという話だったと思うのですが、それを変更したいんです」
「……範囲を狭くしたいということか?」
「そうです。消費する魔力量のことを考えますと全体というのは厳しそうなもので」
「サウスモナは町全体を魔道化したのであろう? しかも今後さらに広げていくという話も聞いてるぞ?」
「サウスモナはウチにとって南部の拠点的な場所ですから。それにパラディン隊という、ウチ直轄の町を守る組織も発足しましたし、町の隅々まで目が届きやすいという事情もあります」
「……そうか」
え……。
まさかこれだけで納得してくれたのか?
「できれば今の規模の……十分の一程度に」
「なんだと!?」
あ、さすがに怒ったか。
「……いや、話を続けろ」
え……。
今明らかに怒りの表情に変わってたのに、なぜか急に落ち着いたな……。
目なんか凄くこわかった。
でもこれはやはり俺を怒らせないように気を遣ってるに違いない。
周りにいる衛兵たちは怒りで目が血走ってるように見えなくもないが。
衛兵たちはウチの立場のほうが優位だということを理解できてないのかもな。
……ん?
女王の左にいる衛兵の人だけはまだ無表情だな。
冷静と言うべきか。
「町の規模を十分の一程度にしていただきたいと思ってます。ぜひこの機会に住居等の建物の建て直しのご検討を」
む?
女王はまたしても左の衛兵と会話を交わす。
よほど信頼されている衛兵なのだろう。
右の人には話しかけようともしてないもんな。
というかここには大臣みたいな人はいないのだろうか?
この国は何事も女王の独裁とは聞いていたが。
「わかった」
「え?」
「確かに、町の規模を縮小して封印魔法の範囲が狭いほうが衛兵たちも守りやすい。それにこの町も随分古くなった。今の町では今後魔道列車が繋がったところで観光客などとても寄りつかないだろう。最も近いサウスモナと比較されるとなればなおさらだ」
ほう?
ちゃんとそういうことまで考えてたか。
今衛兵と二人で話し合ったわけじゃないよな?
……まさか全部この衛兵の意見だったりして。
「なんだその顔は?」
「いえ……正直、少し意外だったものでして」
「こんな状況なんだから無理を言ったり欲を出しても仕方ないだろう。それとも我の良からぬ噂でも聞いていたか?」
「……いえ」
はいなんて絶対に言えるわけないし……。
でもカトレアやコタローも今の女王を見たらこの町に対する考えも変わるんじゃないか?
というか『われ』って自分のことだよな?
なんだか凄く偉そうだ……偉いんだけど。
「だが一つ頼みがある」
「……頼みですか?」
「そうだ。マルセールでは他国から避難してきた民のために、ダンジョン内に多くの住居を構えたと聞いた」
「……だからサハもダンジョン内に住居をってことですか?」
「いや、住居は地上でどうにかする。そなたの言うとおり、直ちに建て直しを検討しよう。我が求めてるのはダンジョン内の……」
またしても衛兵と話をする女王。
やはりこの衛兵はただの衛兵じゃないようだ。
「そうだった。ダンジョン内にて、我々に一つの階層を与えてほしい」
階層という言葉が出てこなかったのだろうか。
「階層をですか?」
「そうだ。階層というか土地だな。魔道列車が走る階層の線路脇でもいい。とにかく我々がなにか自由にできる安全な場所が欲しいのだ。もちろん対価は支払う。狭い地上ではできることも限られるからな」
「……なにする気ですか?」
「それはこれから検討するが、作物を育てるかもしれないし、観光客を呼び込むためになにか考えるかもしれない」
う~ん。
対価って階層維持魔力分の費用や魔石だよな?
それなら別にいいんじゃないだろうか?
「マリン、聞いてたか?」
後ろを振り向いて話しかける。
「……うん。……要検討」
まだツラそうだな……。
でもここまでは全部マリンの筋書き通りだ。
地上が落ち着くまで階層の一つくらい貸してあげてもいいとも言ってたし。
だから今更検討なんてする必要はないんだろうけど。
「少し検討させてください。このあと、今港で作業してるメンバーたちと話し合いますから」
「わかった。その前に、町を縮小することにはハッキリと了承しておこう。だからと言うわけではないが、こちらのためにもできるだけいい返事が欲しい」
う~ん。
やっぱり偽物女王なんじゃないか?
話がスムーズに進みすぎる。
そのくせ、なんだか威圧感が凄い。
事前に聞いてたのだと外面は陽気で中身は腹黒な人ってイメージだったんだけど、まるで真逆だ。
「我のこと、話に聞いてた人物像とは違うか?」
「……いえ、決してそのようなことは」
「隠さなくてよい。普段よそ者のことは気にしない我々でも、そなたのことは色々と耳に入ってきてる。そのうえで、素の我のまま接したほうがそなたの目に映る印象が良いと考えてのことだ。これも全部打算的な考えにすぎん」
なるほど。
偏屈野郎に変に疑われても面倒だからってことだな?
港でお出迎えしてくれた衛兵たちには女王の考えが伝わってなかったようだが。
「ゴ(おい、マリンがナミのこと早く言えって言ってるぞ)」
あ、そうだな。
「それともう一つ大事なことを伝えなければならないんでした」
「大事なこと? なんだ?」
「実は魔道ダンジョンをナミの町まで延長できないかと考えてます」
「ナミまでだと!?」
女王は体勢を前のめりにして聞いてくる。
衛兵たちは声こそあげないものの全員が驚いた表情をしてる。
「はい。火山噴火後のナミの町の現状は知ってますか?」
「……民はみなピラミッドに避難できたとは聞いたが、町は消滅したと聞いてる」
「そうです。町とピラミッドを結ぶ地下通路があったおかげで避難できました」
「そなたもナミ……ピラミッドに行ったのか?」
「はい。最初の噴火が発生したとき、たまたまモーリタ村にいましたもので」
「……その話は本当であったか」
俺がモーリタ村にいたことまで伝わってるのか。
「ナミの町までダンジョンを延長することに賛同していただけますか?」
「もちろんだ」
え……。
あっさりすぎないか?
ナミとは敵対とはいかないまでも敵視してるんじゃなかったのか?
町や国としてはライバルではあるが人命がかかってるとなると別ってことか?
「でもそんなこと本当にできるのか? 砂漠や魔力の問題があって不可能ということではなかったか? それに今はマグマ問題も発生してるんだぞ?」
「そのマグマを活用しようと思いまして……」
ん?
女王の横にいる衛兵二人が動いた。
するとドアが開く音が聞こえ、部屋の外にいた見張りの衛兵が入ってきた。
「女王様!」
「何事だ?」
「町の西側が魔物に襲撃されています! その魔物によって西側に配置していた衛兵たちの半数が戦闘不能にされたそうです!」
「なにっ!?」
「すぐに援軍を! 見たことのない凶悪な魔物とのことです!」
「わかった! ここにいる全員行け! 我のことは心配ない! ほかの場所からも連れていけ!」
「「「「はっ!」」」」
そして衛兵たちは女王だけを残し部屋を出ていった。
西側ってことはナミ側か。
今の話し振りだと町にも被害が出てるってことだよな?
衛兵たちが見たことのない魔物だとすると新種か?
それとも……。
なんだか嫌な予感がするな。
「パラディンのみなさんも行ってください」
「え? でも俺たちは管理人さんの護衛だろ?」
「俺は大丈夫ですから。それに現場では回復魔道士を必要としてるはずですし。もし敵の数が多かったり、みなさんでも危険そうなら、町の人たちには港に向かって避難するように誘導してください。それとゲンさんも行ってきてくれ。もしかするとマグマ系かもしれない」
「ゴ(こいつらだけでも大丈夫じゃないか?)」
「いや、空を飛んでたりでもしたら厄介そうだからさ。それに町のマナなんかもう当てにしないほうがいい。一体でも魔物の侵入を許せば魔物たちは一気に押し寄せてくる」
「ゴ(わかった。ボネ、ここは任せたぞ。あ、マリン用にベッド出すからな)」
ボネは頷きもせず無言でゲンさんを見る。
ゲンさんはマリンをベッドに寝かせると、パラディン四人といっしょに急いで部屋を出ていった。
そしてこの部屋に残ったのは女王と俺とボネ、後ろのベッドに寝てるマリン。
……なんだか不思議で異様な光景だ。




