第六十六話 鍛冶工房
「ん、ここどこ? なにあれ?」
転移するのも初めてなのに、いきなり物資エリアに連れてこられたら戸惑って当然だろう。
栽培エリアに解体エリア、転移エリア、厨房エリアと、様々な光景が目に入ってくるからだ。
しかもパッと見では数えきれないほどのウサギがいる。
「この厨房エリアの横に鍛冶工房を作ろうと思います」
「ん、わかった。……ウサギが料理してる……あ、ミーノ?」
厨房エリアではミーノがウサギたちとともにカレーを作っていた。
ミーノも俺たちが集団で来たことを不思議に思いこちらを見ている。
するといきなりミーノがこちらへ向かって走ってきた。
「あれ!? アイリスちゃん!? どうしたの!?」
「ん、ここで鍛冶やることにした」
「えっ!? 本当!?」
「ん、いまから工房作る」
「えっ!? ここに!?」
二人は知り合いだったか。
マルセールの町はそんなに大きい町ではないから同年代で知らない人はいないのだろうな。
俺ですら二人と知り合いだったのだから。
まぁ知り合いが近くにいたほうがアイリスさんもやりやすいだろう。
朝は食堂の従業員より早く来てもらう予定だけど、帰りはいっしょに帰ってもらうつもりだったしな。
「ん、ミーノがカレー作ってるの?」
「そうだよ! もしかしてさっき食べてくれたのアイリスちゃん!?」
「ん、凄く美味しかった」
「本当!? 嬉しいぃぃぃ!」
「ん、フランから聞いてたの」
「そうなの!? フランちゃんにも食べてもらいたいなぁ!」
フランて子がさっき言ってた友達か。
俺とは面識がない子だな、たぶん。
仲良さそうに話してるし、その間に作ってしまうか。
「ドラシー、この図面通りに作れる?」
目の前にドラシーが現れる。
ここ数か月は魔力を溜めることに専念してもらっているため、魔力を多く使うのは久しぶりなはずだ。
「えぇ、大丈夫よ。お察しの通り昔に工房を作ったことがあるしね。水や防音のことも任せて。でもトイレやお風呂まで作るの? それにベッドまで。キッチンはさすがにないようだけど、これじゃ家ね」
「あぁ頼むよ。鍛冶師は職人だからな。落ち着ける空間で仕事をしてもらいたいんだ。キッチンはすぐ横にあるしな」
「わかったわ。職人は頑固者が多いって言うしね。じゃあカトレアちゃん、ララちゃん、ユウナちゃんはこっちへ来て」
ドラシーの周りに三人が集まり、ドラシーの魔力が急激に高まっていく。
発せられるオーラは魔力の少ない俺から見てもおそろしくなるほどの光景だ。
アイリスさんも異変に気付きこちらに寄ってくるが、心なしか震えてるようにも見える。
数分後、なにもなかった土地に一軒の鍛冶工房が完成した。
アイリスさんとミーノはわかりやすく目を見開いて驚いており、言葉が出ないようだ。
カトレアとララとユウナは魔力を使い切ってその場に座り込んでしまった。
俺はすかさずクッションを一つずつ三人に渡す。
すると三人はクッションを枕に横になった。
魔力を使い果たす行為は一見寿命を縮めているようにも見えるがそれは違うらしい。
魔力を使うことで逆に体は若々しさを保とうとするんだってさ。
だから三人の顔は疲れ切っているものの満足気な表情をしている。
「ロイス、三人は大丈夫なの?」
「えぇ、大丈夫どころか喜んでますよ」
「ん? どういうこと?」
「まぁその話はいずれ。先に中に入りましょう!」
「ん、よくわかんないけど」
外と工房内を行き来するドアは正面と厨房エリア側の二つで今は厨房エリア側から入る。
ミーノはなにも言わずにカレー作りへ戻ったようだ。
一通り中を見たが、町の鍛冶屋と比べてもいい作りになっていると思う。
「うん、いい感じじゃないですか?」
「ん、新しくていいね」
「道具類はどうでしょう?」
「ん、使ってみないとわからないけどたぶん大丈夫」
「そうですか。トイレとお風呂とベッドはありますし、なにかキッチンを使うようでしたら外のミーノがいたキッチンを使ってください」
「ん、ダンジョンって凄いね」
アイリスさんの目は輝いている。
ドアが開く音がした。
三人も入ってきたようだ。
「わぁ~鍛冶工房って感じだね!」
「広いのです! もうこれは家なのです!」
「……ふふ、私もなにか作れますかね」
さて、あとは受付と入り口だな。
「アイリスさん、受付も一人で大丈夫ですか?」
「ん、あまり得意じゃないけどやってみる」
「ならこの正面のドアを転移魔法陣で地上と繋げますね。そして地上側では受付だけのスペースを作ります」
「ん、よくわからないけどお願い。でもこっちで作業してて誰か来たらわかるの?」
「それは……いや、ちょっとお待ちを」
受付に誰か来たら音かなにかでわかるようにすれば簡単なことだけど、一人来るたびに作業を止めていたら当然効率は悪くなるよな。
鍛冶屋でのおじさんのように受付に一人いて、その人が武器の状態を見れてお金の管理までできれば言うことないのか。
やはりあと一人は最低でも必要になるよな。
……そこまでできるかわからないが試してみるか。
もう既に鍛冶工房は物資エリアに作ってしまったわけだし。
「カトレア、ウサギたちで暇そうなのいる?」
「……解体エリアと栽培エリアからなら一匹ずつ回せますね。みんな作業が早くなってますから」
「じゃあすぐ連れてきてくれる? それとみんな一回工房から出てもらっていいかな?」
カトレアはウサギを呼びに行き、他のみんなもいったん外へ出る。
「ドラシー、少し変更する。ここに受付を作りたいから全体をもう一回り大きくしてほしい。この正面のドアも厨房エリア側にずらすよ。それと受付カウンターの中へは権限を持ったもの以外入れないように結界を張ってくれ。中の様子は見えてて構わないから。で、風呂とトイレは厨房エリア側のドアから一番遠いここだな」
「けっこう変えるわね。でもわかってるのよね? 物資エリアに冒険者が入ることになるのよ?」
「もちろん。でもここの受付だけだし、安全性はお墨付きだろ? 地上側の入り口は管理人室とゲンさんからも見える小屋の入り口の横に作るよ。それにこの階層を使えるのならもっと色んなことができそうだ」
「新しいことをするのはいいけど管理する人のことも考えなさいよ? カトレアちゃんの仕事が増えるんだからね?」
「わかってるって。あっ、カトレアに鍛冶工房用の受付魔道具作ってもらわないとな」
「言ってる傍からアナタって子は……」
そんなことを言いながらもドラシーはすぐに作り直してくれた。
「うん、これで完璧だ。アイリスさん、これならアイリスさんは転移せずにお客のほうから転移してきますので」
「ん、ロイス、この子は? この子が作ったの?」
「あぁ、さっき紹介してませんでしたね。彼女はこのダンジョンのダンジョンコアなんです。つまりこのダンジョンで一番偉い存在です」
「ん? へ? この子が? ん? ダンジョンコア?」
「まぁそれもおいおいわかっていきますので今はあまり気になさらずに」
「また可愛い子が増えたわね。ホント女たらしね。誰に似たのかしら」
ドラシーがなにか言ってるが聞こえないふりだ。
俺だって好きで女性ばかりを集めてるわけではない。
偶然だから仕方ないじゃないか。
……確かに可愛い子ばかりだけど。
それにヤックやメロさんだっているんだから濡れ衣もいいところだ!
「ロイス君、連れてきました」
「おぉちょうどいいところに。ありがとう。アイリスさん、彼らがアシスタントにつきます。教えればきっと武器の損傷具合や作業内容も理解できるようになると思いますので受付を任せられるかもしれません」
「ん、やってみる。料理ができるんならきっと大丈夫」
「お願いします。本来食事や睡眠は必要ないんですが、ご褒美にあげると喜びますので。ユウナ、しばらくアイリスさんについて色々案内してあげてくれないか? 権限はお前と同じにするから」
「任せてなのです! 私は先輩なのです! アイリスさん、よろしくなのです!」
「ん、ユウナ、お願いね。よろしく」
「え!? 先輩をいきなり呼び捨てなのです……でも私より三つも年上なら仕方ないのです……」
ユウナが落ち込んでしまったが誰も気にしていないようだ。
とりあえずこれで鍛冶工房は完成だな。
今週いっぱいは道具の確認やウサギたちの指導をしてもらうとして、来週の月曜からオープンしようか。
ここのところ新しい要素がなかったから冒険者たちもビックリしてくれるだろう。