第六百五十七話 魔物海層
青い海と青い空。
こう見てると普通の海にしか見えな……あ、海面から大きな水しぶきが上がった。
それに呼応するかのようにあちこちから水しぶきが上がり始める。
やはりここは魔物が住む海のようだ。
魔物が怒って水魔法や風魔法を使ってるのかもしれない。
でもその気持ちはわからなくもない。
魔物からすればせっかく魔瘴で満ちた快適な海になったはずだったのに、気付いたらこんなきれいな海に転移させられてたんだから。
そんな魔物がいる海を眺めながら会議をすることになった。
海辺のカフェでお茶でも飲みながらという感じだろうか。
カフェじゃなくて漁港の海際にあるただのテーブルとベンチだけど。
でも地上の市場を探せばカフェがあるかもしれない。
この前散策したときは魚屋や海鮮系の飲食店しか目に入らなかったけど。
「ピュー! (ご主人様! 見て見て! サババ!)」
お~?
ペンネが海の中から顔を出した。
その傍らにはサババが横になって浮かんでいる。
本当に倒せるんだな。
さっきからペンネはすぐそこの海で遊んでいる。
モニカちゃんが作ったペンネの遊び場らしく、そこには普通の魚もたくさんいるそうだ。
出現する魔物はアジジとサババのみ。
どうやら天然の魔物じゃなくてダンジョン産の魔物らしい。
もう少し慣れてきたらアサーリやヤリイッカも入れると言っていたそうだ。
遊び場じゃなくて完全に修行場だよな。
「お兄ちゃん、よそ見しすぎ」
マリンが小声で言ってくるので適当に頷いておく。
今はカトレアが各階層責任者たちへダンジョンの仕組みについて詳しい説明をしてるから別に聞かなくてもいいし。
「ピュー! (ご主人様! アジジとサババ追加して!)」
追加だと?
あ、ペンネが海へ入るための入り口付近にアジジとサババが何匹か転がってる。
せっかくだからゲンさんにさばいてもらってみんなに食べてもらおうか。
「ロイス君、ペンネちゃんに少し静かにするように言ってください」
「まだ子供なんだから仕方ないだろ。それにアジジやサババを倒したことをカトレアに褒めてもらいたいみたいだぞ」
「え? ……ペンネちゃん! 凄いですよ!」
「ピュー! (うん!)」
ペンネもカトレアも嬉しそうだ。
「で、アジジとサババ追加してくれってさ」
「遊んでるほうが静かにするでしょうから少し多めに入れておきましょうか。マリン、お願いします」
「は~い」
遊びじゃなくて修行だからな?
いや、ペンネにとっては遊びなのか……。
ん?
この階層の責任者二人を含む冒険者四人は驚いた様子で陸に打ち上げられた状態のアジジたちを見ているようだ。
ペンネの強さをまだ知らなかったのかな。
そして会議は続く。
ダンジョンの説明が終わったあとは、今後の運営について話し合うことになった。
天然海層、養殖海層、魔物海層。
まずこの海階層の各階層の呼び方をそう決めた。
階層と海層でややこしいがあえてそうした。
天然海層と養殖海層の責任者はマウリさん。
魔物海層の責任者はラニさんとモアナさん。
しばらくはその体制でやってみることも正式に決定した。
この人たちの給料はウチとサウスモナの町から半分ずつ出すことになるそうだ。
てっきり町が全部出してくれるものと思ってたのに。
大樹のダンジョンの従業員という肩書きを使うことによって威厳を持たせたいらしい。
威厳というか脅しに近いよな。
責任者に逆らえば各海層どころか魔道ダンジョンにも入れなくなるかもしれないと思わせたいのだろう。
それと責任者ではない二人の冒険者についても同じような従業員扱いにしてくれとのこと。
どうやらこの四人の冒険者はギルドの推薦でここに派遣されてきたらしい。
推薦するにあたり、ギルドは十人ほどの冒険者に声をかけたそうだ。
そして各個人と面接も行い、コタローやベンジーさんは実際にその面接の場にも参加したとのこと。
というかコタローってどこにでも顔出してるよな……。
俺たちがオアシス大陸から帰るときはモーリタ村に来てたし……。
分身の術とか使ってるんじゃないだろうな?
戦闘センスで言えばカスミ丸やアオイ丸よりも上らしいし。
「……なんでござる?」
ミオとどっちが強いのだろう?
さすがに年の分まだコタローか?
でもミオは身体強化魔法が使えるからミオが上かな~。
そういやコタローが戦ってるところ見たことないな。
おっと、今はコタローよりもこの冒険者の女性四人のことだ。
この四人は二人ずつの別々のパーティだったらしい。
ラニさんとモアナさんは別パーティ。
つまりあとの二人も別パーティで、それぞれラニさんとモアナさんと二人パーティを組んでたってことだな。
年齢はラニさんたちは十七歳で、モアナさんたちは十八歳。
お互いギルドで顔を合わせることはあるものの、話したことは一度もなかったらしい。
ラニさんたちは真面目、モアナさんたちはやんちゃって感じで性格も正反対っぽいしな。
冒険者としての実力は、四人ともこの町の冒険者の年齢相応って感じだそうだ。
つまりウチで二~三年修行した同じ年齢の人たちよりはかなり落ちる。
でもこの魔物海層では船で魔物を倒すのが基本だし、そこまで実力は関係ないからな。
それとモアナさんは父親が漁師で、モアナさん自身も小さいころから船に乗ってたらしい。
だがあるとき海で魔物に出くわし、危うく船が沈みかけたんだとか。
そういった危険から船や漁師を守るために、船に護衛として乗船する冒険者になろうと決めたんだそうだ。
まさに今回のこの魔物海層にはうってつけの人物だったのかもしれない。
だが責任者を任せるには性格面で少し不安が残る。
相方も似たような雰囲気を感じるし。
そこでラニさんだ。
ラニさんというかラニさんパーティだな。
モアナさんより真面目で冷静そうな年下二人。
この魔物海層は危険そうだから四人パーティのような形で活動させてほしいと言ったのもラニさんのようだ。
ギルドはラニさんを責任者にする予定だったらしいが、モアナさんが自分も責任者をやりたいと言って聞かなかったから二人体制になったらしい。
「なんか見られてる? こいつこわいんだけど……」
「見ないほうがいいって……。ダンジョンのボスなんだからこわくて当たり前だよ……」
ボスなんて久しぶりに言われたな。
というかモアナさん今俺のこと、こいつって言ったか?
そっちのほうがこわいだろ……色々と。
俺が年下だからとかだったらまだいいけど、誰に対してもそんな口調なら危なすぎてそりゃ責任者なんてものは任せられないな。
「「……」」
ほら、ラニさんたちは不安そうにしてるじゃないか。
「おいモアナ、冒険者の世界にも礼儀ってのものはあるだろ。お前がそういう態度だとこの町の冒険者全員がそうだと思われるんだぞ? もちろん漁師としてもだ」
「だって……」
お?
マウリさんが強めの口調でモアナさんを叱りつけた。
そうか、漁師繋がりで昔からの知り合いか。
この様子だとマウリさんには頭が上がらないって感じだな。
「そこの二人を見ろ」
マウリさんの言葉にみんなの視線が脇に寝転がっている二人に向く。
「……あの二人はなにしたんだよ?」
「大体想像はつかないか? 失礼な態度を取った挙句、殴りかかろうとまでしたからこうなってるんだよ」
気絶してびしょびしょのまま地面に寝かされてる二人。
風邪ひいても知らん。
「あいつらでももう一度チャンスは貰える。だがその次はない。お前もここで働くのが嫌になったらいつでも上に戻っていいぞ。だけどそのときはもう二度とここには来るなよ。地上の海なら出入り自由だから誰にも遠慮しなくていいしな」
「え……それは嫌だ……」
「ならこの環境がどれだけありがたいかをちゃんと理解しろ。まずはそこからだ」
「もう理解したって~……。だからマウリ君はあまりこっちには来るなよ」
「そんな暇はなさそうだから安心しろ。それはそうと、お前からも父親に一度顔出すように言っとけよ?」
「父ちゃんは頑固だから無理だって~……」
漁師の父親はまだダンジョンに来たことがないらしい。
そういう漁師はまだまだたくさんいると聞いた。
その多くはこんな偽物の海になんか行きたくないという意見の人だそうだ。
そんなお遊びみたいな漁をするくらいなら漁師なんかやめたほうがマシだと言う人もいるとか。
それにこの海階層はまだ試験中なこともあって今は入れる人間を制限してることを気に食わない人もいるだろう。
もしかするとそこに選ばれなくて不満がある人たちなのかもしれない。
まぁこの海が魔力で創り出した偽物なのは事実だ。
でも今のところ魚は本物なんだけどなぁ~。
それに海水もこの近辺のもの採取して復元してるのに。
でもやっぱり天然の海とは呼べないもんなぁ~。
あ、もしかしたら魚の養殖に反対してるのかも。
でも養殖も天然物ではないってだけで本物の魚なんだけどな。
結局得体の知れないダンジョンが気味悪いってだけなんだろう。
今までの漁師としてのルールにさらにダンジョンのルールが加わって面倒だろうしな。
なにかあくどい商売に加担させられるかもしれないし。
もしかすると魔王と手を組んで世界中に魔瘴をばら撒いてるのは大樹のダンジョンのやつらなんじゃないか?
みんなは騙されてるに違いない。
俺たちから海を奪ったのはやつらだ。
とにかくダンジョンなんて悪だ。
あの管理人さえ殺してしまえばダンジョンは……
「お兄ちゃん? どうする?」
「……なにが?」
変な妄想をしてしまったせいで変な汗をかいた……。
「……漁師全員に、見るだけならいつ来てくれても構わないからって声かけたみたい。でもここに来るということはダンジョンの海に興味があることを認めたことになっちゃうから意地になって来れないんじゃないかって。だからまだ来てない漁師の人たちに、どうにかして一度この海を見せる方法はないかって話」
意地か。
一度反対した以上は来にくいもんな。
「……みんなまだ現実が理解できてないんだろう。それにこの海が本物ではないことは事実だし、そんな海で獲れる魚を信用できないのも仕方ない。でもそんなにウチに懐疑的な人たちがここにやってきてダンジョンのルールを守れるかどうかは怪しいから、無理に声をかける必要はない。そもそも漁師は帝国やジャポングから移住してきた人たちの中にもたくさんいるから別に人数には困ってないし。ここの準備さえできればすぐにでもマルセールからサウスモナに移住したいっていう人も多いし、なによりウチに理解がある人たちばかりだしな。だから漁がしたくなったらそのうち向こうから頭を下げてでもやってくるだろ。まだしばらくは大丈夫かもしれないけど、生活に困ったら嫌でも来るしかなくなるんじゃないか? どうせ漁師しかできないんだろ?」
「なんだよその偉そうな言い方!? 父ちゃんをバカにしてんのか!?」
「ん? なにか間違ったこと言いました?」
「言った! ……いや、言ってないかもしれないけど、父ちゃんをバカにした! 漁師しかできないのは確かだけど! でもあんたが私たちを見下してるのはよ~くわかった! 漁師どころか庶民をバカにしてる! あんたのところに来てる冒険者にもそんな態度なんじゃないのか!? 私はやっぱりこんなのやめる!」
「どうぞお好きに。それよりさっさと家に帰って父ちゃんに告げ口してみたらどうですか? 今この海階層に大樹のダンジョンで一番偉くて一番権力を持った独裁者のような管理人が来てて、漁師たちみんなをバカにしてたって。ダンジョンへの文句や苦情を言うなら今だって。俺がここに来るなんてめったにないことですよ?」
「あぁ! そうさせてもらう! ほかの漁師たちにも言ってやるからな!? 絶対逃げるなよ!? おい! 行くよ!」
「おうよ!」
モアナさんとその相方は怒りの形相で走っていった。
二人が去ったこの場は静まり返ってしまった。
マリンとカトレアとエマ以外の人たちはこの状況に困惑しているようにも見受けられる。
「今ので本当にみんな来てくれるかなぁ?」
「「「「え?」」」」
マリンの発言にキョトンとなる一同。
「父ちゃんが来るかどうかはわからないけど、何人かは来るだろ。気性の激しそうな人が多いみたいだし。あとのことはマウリさんに任せるか」
「そうだね~。じゃあこっちはこっちで作業進めよっか。とりあえずマウリさんとコタローさんは地上でお出迎えしてきてください。また暴れたりする人がいるといけないので一応リスたちもいっしょに行かせますから」
「……わかったでござる」
コタローがなにか言いたそうな目で俺を見てくる。
わざわざあんなに怒らせなくてもいいのにってことか?
それとももっといい方法があったんじゃないかとでも言いたいのか?
でもこっちのほうが手っ取り早そうだしな。




