第六百五十三話 サウスモナ視察
今日は日曜日。
俺にとっては仕事も休みで寝坊ができ、一日中ゆっくりできる日だ。
そんな最高な日になるはずだったのに、こんなに朝早くからサウスモナ行きの魔道列車に乗っている。
まだ七時だ。
「ハリ(ヤダよ……行きたくないよ……)」
「モ~? (船には乗れたんだよね? なら大丈夫だって)」
「ピィ(人工的な海で波が激しいとかもないから余裕ですよ)」
海に行くと聞いてこわがるハリルをウェルダンとメルが励ましている。
「サンドイッチかパンケーキかおにぎり、どれにしますか?」
「サンドイッチ~」
「私はパンケーキがいいです」
カトレア、マリン、エマは朝食を食べるようだ。
俺にも選ばせてくれるようなので、パンケーキを取った。
飲み物は……ホットミルクにするか。
列車の中で食べる朝食もなかなかいいもんだな。
「ホロロ~」
ワタもお腹が空いたようだ。
すぐにカトレアとリスたちが魔物用の朝食の準備をする。
ハリル、ウェルダン、リス三匹、ワタ、そしてボネとゲンさん。
今日は今大樹のダンジョンにいる魔物総出でお出かけだ。
お出かけというか仕事なんだけどさ。
ちなみに貸し切り列車だから乗っているのは俺たちのみ。
ビール村に停車することもないため、マルセールから約五十分の乗車時間だ。
でも総出とは言ってもチビ猫だけは置いてくることになった。
護衛ができるわけでもないし、ユウナが今日はチビ猫と遊ぶから置いていけってうるさかったからな。
チビ猫が最初にやってきたときはあんなに文句を言ってたくせに。
しかも今日はシャルルといっしょにチビ猫の名前を考えるとか言ってた。
また機嫌悪くなっても面倒だから任せることにしたけどさ。
ん?
ご飯を早々と食べ終えたボネが俺のところへ戻ってきた。
まだあまり食欲はないようだ。
今日も連れてくるか悩んだが、ボネが行きたいと言うので連れてきた。
お出かけする元気があるのはいい兆候だと思う。
……シルバたちも元気でやってるといいが。
シルバ、マカ、タル、ダイフクはララといっしょにヒョウセツ村にいる。
スノー大陸の西の果ての山奥にある村だ。
あ、今はピピもいっしょか。
ララが説得してもあの村の人々は誰一人として避難することを望まなかったらしい。
封印魔法なんかもかけてもらわなくて結構だと言われたそうだ。
あの村は魔瘴や魔物と共存していく道を選んだわけだな。
それならそれで構わないから、ララはさっさと帰ってこればいいんだが、なにやら面白いことを見つけたと言う。
だからしばらく長期休暇を取ってヒョウセツ村に滞在するんだとさ。
ピピに聞いても、ララに口止めされてるからと言って内容を教えてくれはしない。
雪を楽しんでるのは間違いないようだが。
とにかく今はララのやりたいようにやらせてあげようと思う。
でも村がそういう決断をした以上、マクシムさんもウチには来なさそうだな。
そうなるとヒューゴさんパーティもメネア獲得戦線に参入せざるを得ないかもしれない。
三つ巴での取り合いだな。
「どこかに新進気鋭の戦士でソロの人とかいないかな~」
……とか呟いてみれば突然現れたりするかもしれないから、とりあえず声に出してみた。
「なんですか急に」
「寝言じゃないよね?」
「誰に向けて言ってるんですかね……」
そう簡単に現れたりしないよなぁ~。
前衛タイプなんて一番数が多いんだから、強い人が次々と出てきてもおかしくないはずなのに。
まぁ同じEランクの人たちは今のパーティが解散でもしない限りほかのパーティに入ろうなんて考えないだろうから仕方ないか。
でもパラディン隊設立によってメンバーが抜けたパーティはほかにもたくさんあったのに、どこももうちゃんとメンバー補充してるんだよなぁ。
まぁそれはパーティ酒場のおかげもあるか。
しばらくはメンバー募集が活発になるだろうからと、ジジイ、ギャビンさん、ディーナさんの三人に頑張ってもらったもんな。
「列車に乗って外を見てると色々考えることができますよね」
「うん。なにも考えずにぼーっと風景を見てるだけでも気が安らぐし」
「地上はどんどん魔瘴に浸食されていきますけど、ここはなにも変わらないからいいですよね~」
うんうん。
今後は失われた風景を求めて、列車に乗りたいと言う人が増えるかもな。
少し考え事をしてただけのつもりだが、どうやらもう着いたようだ。
五十分ってあっという間だな。
列車を降りると、コタローが待っていた。
そして駅の管理人室に顔を出して軽く挨拶をし、魔道ダンジョン内を歩いてパラディン隊支部へと向かう。
「おはようございます!」
支部のロビーに入ると、事務のお姉さんが慌てて立ち上がり挨拶をしてきた。
「おはようございます。これみなさんで食べてください」
用意してきた大量のデザートを差し入れとして渡す。
「ありがとうございます!」
みなさんと言っても今は二人しかいないようだが。
地上の受付にもう一人いるか。
俺たちが来ることはコタローから聞いていたようで、なにしに来たのかまでは聞いてこない。
モニカちゃんがいる部屋に行く前に、なんとなく食堂に入ってみたくなった。
カトレアたちは先に行くそうなので、ボネとゲンさんを連れ人間は俺一人だけで入る。
そこでは夜勤明けの隊員や、今日は休みと思われる隊員たち十数人が食事をしていた。
「「「「おはようございます!」」」」
「「「「お疲れ様です!」」」」
やはり立ち上がって挨拶をしてくる。
「おはようございます。お疲れ様です。そんなに畏まらなくていいですから、食事を続けてください」
「「「「はい!」」」」
みんなガチガチだな……。
管理人と冒険者のような関係ではないから仕方ないのかもしれないけどさ。
ウチでしばらく冒険者として活動してた人を見つけたので隣に座ってみる。
挨拶以外で話したことはないと思うが、俺に対しての警戒心や緊張感はほかの人よりかはマシだろうしな。
「ここの食事は大樹のダンジョンのものと比べてどうですか?」
「そりゃ大樹のダンジョンと比べると品数がだいぶ少なかったり味付けが違ったりはしますけど、なにも不満はありません。一食20Gで食べ放題なんですから最高だと思います。それに月に四度ほど大樹のダンジョンにもお邪魔できますしね」
「そうですか。ここだけのオリジナル料理とかも出てます?」
「ありますよ。魚系が多いですかね。やはりこの町は港町ですし、食堂の従業員の方もサウスモナで育ってきた方々みたいですから」
「なるほど。ありがとうございました。食事中にすみません」
「いえ。こちらこそいつもありがとうございます」
とても丁寧でしっかりした人だ。
だからこそ試験にも受かってるんだろうけど。
さて、肝心の料理はどんな感じ……ん?
「わぁ~! 広いね!」
食堂の入り口から子供が入ってきた。
「こら、みんな食事中なんだから走ったり騒いだりしたらダメだぞ」
「は~い!」
奥さんらしき人は食堂の中を物珍しそうに見回している。
どうやら家族三人で朝食に来たようだ。
この男性はパラディン隊に入って今日が初めての休みの日なのかもな。
隊員の家族はいつでも利用できるからもっと来てくれてもいいのに。
十五歳以下の子供は半額だから、三人でも一食たったの50Gだ。
家で作るより安いんじゃないか?
って家で家族水入らずでご飯を食べる時間も大切か。
「あっ!? 黒猫だ! 可愛い!」
ほう?
一目見てボネの可愛さに気付くとは。
少年がこっちに近付いてきた。
「触ってみるか?」
「うん!」
俺がボネを両手に乗せて少年の前に持っていくと、少年はボネの背中を優しく撫でた。
「サラサラ!」
「気持ちいいだろ?」
「うん! でも食堂にまで猫連れてきていいの!?」
「う~ん、本当はダメだな。でもこの子は賢くておとなしいし、毎日お風呂にも入ってて凄く清潔なんだよ」
「へぇ~! 猫も毎日お風呂入るんだね!」
「ただの猫じゃなくて、魔物だからな」
「え? 魔物?」
少年は一歩後ろに下がった。
「そう。この子は魔物なんだ。でも敵じゃない。人間の味方をしてくれるいい魔物だ」
「いい魔物?」
「この建物の中でウサギや猫がたくさんいるのは見てきたか?」
「白いウサギや寝転んでる猫なら見たよ? ってよく見たらウサギはそこにもいるね……」
「そのウサギも魔物だ」
「え……」
「もちろんこのウサギや猫たちもいい魔物だから安心していい。でも町の外には悪い魔物がたくさんいる。その悪い魔物から町を守るのが君のお父さんの仕事だ」
「それは知ってる! パラディン!」
「そうだ。お父さんは町に住む人々の命を守ってる」
「凄いよね!」
「あぁ、凄い。でも大変な仕事だ。町を守るということは魔物よりも強くないといけないからな」
「お父さんは強いもん! 家で修行だってしてるもん! 昨日は魔物がたくさん出るダンジョンにだって行ってたんだもん!」
そういや昨日来てたな。
「そうか。なら安心して守ってもらえるな」
「うん! お兄ちゃんもパラディンなの!?」
「いや、俺はパラディンじゃない。見るからに弱そうだろ?」
「う~ん。よくわかんない。でもここに入れるのはパラディンだけって聞いたよ?」
「この建物で働く従業員や、君のようなパラディンの家族だって入れるだろ?」
「あ、そっか! 魔物といっしょにいるし、じゃあお兄ちゃんは従業員だ!」
「正解。俺は君のお父さんのように強くはないから戦えないけど、パラディン隊を陰で支えるような仕事もたくさんあるからな」
「そうなんだ! じゃあこれからもしっかり支えてね!」
「もちろん。君もお父さんやお母さんをあまり困らせないようにな」
「うん! あっ!? 美味しそう!」
少年は料理が目に入るとあっさり向こうへ行ってしまった。
走ったらダメだとさっき言われてたのに。
隊員であるお父さんは非常に申し訳なさそうにしている。
一方、奥さんは終始微笑ましそうに俺と少年を見てきていた。
これが親としての普通の反応なのかもしれない。
俺のことを奥さんに話してるような様子はなかったから俺が何者かはまだ知らないはず。
「良かったらこれあとで食べてください。ウチから持ってきたデザートの詰め合わせです」
「……すみません。でもありがとうございます。色々と」
「いえ。なにかご不便な点があればいつでも遠慮なく言ってくださいね」
みんなに注目されてしまってるのでそろそろ出るか。
食堂入り口に向かって歩き出しつつ、食事中の隊員たちに向かって軽く頭を下げた。
だがみんなは再度すぐに立ち上がり、きっちり揃ったきれいなお辞儀をしてきた……。
食事の邪魔をしてしまったな。
「えぇっ!?」
食堂を出ようとしたとき、さっきの奥さんが発したと思われる声が聞こえた。
おそらく俺のことを聞いたのだろう。
だが俺は振り返ることはせずにそのまま食堂を出た。
「ゴ(隊員からもその家族からもお前の好感度爆上げだな)」
「爆上げって……」
「ゴ(というかお前の場合なぜか下がることがないよな。外面がいいとかは別にして、お前のぐうたら具合を知ってるはずの従業員とかにも好かれてるし)」
「それってもう悪口じゃ……」
「ゴ(いい意味で言ってるんだよ)」
「いい意味って言えばなに言っても許されると思ってるんだろ?」
「ゴ(知らん。ほら、早くペンネに会いに行ってやれ)」
あ、誤魔化しやがった。




