第六百五十話 美容院にて
朝の受付も終わったので、美容院に行こうと思う。
平日のこの時間は営業時間外なので冒険者の客は誰もいない。
だから客がいるとすればウチの従業員だ。
でも俺といっしょになるのは気まずい人もいるだろうから、できれば誰もいなければいいんだが。
とりあえずストアのバックヤードに転移する。
……ここも人が増えたな。
以前は会議スペースだった場所も今では防具職人たちの作業スペースとなっている。
もはや俺には従業員全員の名前までは憶えれていない。
どこか違う場所で会っても従業員か冒険者かの区別さえつかないかもしれないな。
まぁララなら従業員全員の顔と名前までわかるんだろうけど。
それにしてもみんな忙しそうだ。
俺が来たことに気付く人なんて誰もいない。
「クラリッサ」
「あ、ロイス君」
「髪切ってほしいんだけど、今は無理そうか?」
「ちょっと待って」
クラリッサはホルンに駆け寄り、一言なにか話をしてすぐに戻ってきた。
「行こっか」
許可が下りたようだ。
ここにクラリッサがいたということは今客は誰もいないのだろう。
そして美容院に向かって移動し始める。
「あれ? 朝シャンプーしてきた?」
「あぁ。忙しそうだしな」
「そんなの気にしなくていいのに。みんなここでウサちゃんにやってもらうのが気持ちいいって評判なの知ってるでしょ?」
「俺は客のようで客じゃないから」
「特別扱いするのならわかるけど、その逆はダメだって」
「予約なしでやってもらってるだけでも特別扱いだろ」
従業員でも予約はしてるはずだしな。
そして美容院へと入る。
「あ、メイナードがいたのか」
「おはようございます!」
「おはよう。練習か?」
「はい!」
冒険者と同じで美容師も修行しないと上手くなれないもんな。
「よし、じゃあ今日はメイナードに頼もうか」
「えっ!? いいんですか!?」
「うん。失敗してもいいから遠慮なくやってくれ」
「はい!」
「ちょっとちょっと……。本当にいいの? メイナードはまだ私とお母さん以外の人の髪を切ったことないんだけど……」
「あぁ。失敗しても髪はまた伸びてくるしな」
「任せてください! ではシャンプーからいきます!」
せっかくだからシャンプーの腕も見てやろうじゃないか。
ってなにをどう見ればいいのかはさっぱりわからないが。
……まぁシャンプーは普通だな。
メイナードとウサギのどっちがいいかと言われれば、可愛さの面でウサギを選ぶ人も多いだろう。
……乾かし方も普通だな。
それならやはりウサギにお願いしたい。
「本日のカットはどうされますか? お決まりでない場合は、よろしければこちらをご参考にしてください」
「ん?」
宿屋フロントに置いてある設定魔道具のようなものを渡された。
「……なんだこれは」
そこには俺の顔が表示されていた……。
正面、後ろ、右横、左横から見た俺の頭が四つ。
今の俺が映ってるわけじゃないよな?
「画面の下にある右矢印を押してみてください!」
「右矢印? これか? ……あ」
メロさんの顔に変わった……。
次はヤック、その次はオーウェンさん、さらにヤマさんと……。
「……つまり、髪型を参考にするための魔道具ってことか?」
「そうです! お客さんも言葉だけでは伝えづらい部分があると思いますから! こちらから選んでもらえたらより理想に近付けると思いますし、僕らもこれを見ながらスムーズにカットができると思うんです!」
なるほど。
これはいい魔道具だ。
さっきの練習もこれを見てやってたんだな。
「もうお客さん相手にも使ってるのか?」
「いえ! まだ開発中です! 機能をもう少し追加したいとかで! あ、もちろん開発してくれてるのはカトレアさんたちですけどね!」
俺の知らないところでもこんな魔道具を作ってるなんてカトレアたちも本当に大変だな。
「実用開始するときには俺の顔は使うなよ」
「え……」
「えってなんだよ? こんなに顔見られると嫌に決まってるだろ。載せるならせめて誰かわからないようにしろ」
「でも……」
「でもじゃない。勝手にそういうことすると怒る人もいるんだぞ?」
「ロイス君、これはまだ見本だから。ちゃんとお客さんに許可取って載せさせてもらうようにするからいいでしょ?」
「ん? お客さんも載せるのか?」
「これだけたくさんの人がいるからサンプルは選り取り見取りだもん」
それはそうだな。
まぁ許可を貰うのならトラブルもなさそうだしいいか。
「それにね、ロイス君の髪形は人気なの」
「俺の髪形?」
「うん。管理人さんみたいにしてくださいって言う人結構いるからね。ほかにはオーウェン君とか、女性はリョウカちゃんやシンディちゃんも多いかな? 私たちにもわかりやすいように従業員の名前をあげてくれてるんだと思うけど」
「ふ~ん。じゃあこれが導入されたら今後は俺の人気がどんどん落ちていくな。落ちていいんだけど」
「でもロイス君人気だからね~。ロイス君の髪形にしておけばモテると思ってる人も結構いるし」
「なんだそれ。まるで俺がモテモテみたいな言い方じゃないか」
「誰がどう見てもモテてるでしょ」
「モテてます! 羨ましいです!」
「こら。それよりどうせロイス君はいつもの髪形って言うんだからそれと同じように切らせてもらいなさい」
「うん!」
そしてカットが始まった。
クラリッサはメイナードの手先を注視している。
「そういや昨日カトレアから聞いたんだけど、従業員増やしたいんだって?」
「うん。できればでいいんだけどね」
最近は宿泊客が右肩上がりに増えているおかげで三人で対応するのは厳しいのだろう。
平日夜と日曜に人が集中するのは変えられないからな。
でもさすがにウサギにカットは任せられないし。
「無理しなくていいからね? パラディン隊もできたばかりだし、ストアの従業員も増えたばかりだからお金も色々とかかるだろうし……。それにここは利益が出てないだろうし……」
「美容院単体での利益の心配はしなくていいって。この美容院でお金を使う人は少ないかもしれないが、なかったらみんなが困るし、宿屋に付随したサービスという位置付けなんだから利益は宿屋と共通だって言ってるだろ?」
「それはわかってるけど……。でも先月のお給料はさすがに少し貰いすぎなんじゃないかと思うし……」
「先月の給料?」
貰いすぎということは多いってことだよな?
喜ぶところなんじゃないのか?
確認してみるか。
レア袋からデータ参照用端末を取り出す。
メイナードは俺がゴソゴソしだした瞬間に俺から少し離れた。
そういう心配りや気遣いは大事だぞ。
どれどれ……。
カミラ :28480P
クラリッサ:36260P
メイナード:18990P
ほかの従業員と比べてそこまで高いという感じはしないよな。
週休一日はみんな同じだし、美容師組は平日夜も仕事があったり、特に日曜がハードな分、少し高くなってるだけじゃないか?
普段の日中は防具職人として働いてもらってるんだし、妥当というか安いくらいだと思う。
メイナードの備考欄には、美容師見習い、平日午前中は美容師修行、午後は防具職人手伝いと書かれている。
午前は仕事じゃないと判断しての給料か。
「カミラさんより高いことを言ってるわけじゃないよな?」
「それは平日の夜とかは私とメイナード二人で対応する時間帯もあるからその分だと思う。でもそんなこと関係ないくらい高くない? 申し訳なくなるよ……」
「それだけ働いてるってことだろ? ララやカトレアがきちんと査定しての給料だから遠慮なく貰えばいい」
「そうは言うけどさ……。ここにいれば家賃、光熱費はかからないし、食費もほぼゼロに等しいんだよ?」
「逆に言えばそれらが全部天引きされてるかもしれないだろ? 別の職場でならもっと貰えてるかもしれない」
「そんなとこあるわけないって……。私たちがソボク村にいたころの収入聞く?」
「教えてくれ」
「え……聞くんだ……」
「言いたくないのなら聞かないけど」
「言うのは全然いいんだけど、ロイス君は本気で心配しそうだからやめとくね……」
俺が心配するほどなのか……。
まぁカミラさんが病気だったこともあるしな……。
「とにかく、これくらいの給料ならなにも問題はない。もっと貰ってる人もいる。それに家賃がかからないって言うけど、それは三人が所有する家がないからとも言えるだろ? また三人で住む家を持ちたいのならお金はあるに越したことはない」
「ソボク村の家の相場聞く?」
「……やめとく」
流れ的に凄く安そうだ……。
データ参照用端末をレア袋にしまうと、メイナードは再び俺の髪を切り始めた。
「でも新ソボク村になって少しは高くなったんじゃないか?」
「らしいね。移住者の人たちで住民もだいぶ増えたみたいだよ。あ、そういえばセレニティーナがね、公園を少し増築したいって言ってたんだけど」
「公園って桜の?」
「うん。お客さんが増えて手狭になってきてることと、桜が咲く前の時期には梅を見れるようにしたいみたい」
「梅か。でも居住エリアや商業エリアを広くするのならわかるけど、公園はな~」
「こんな寒い季節なのにも関わらず、公園目当てに観光客が来てるみたいなの。池とかきれいでしょ? それに半年前はマルセールにこんなに人が集まるなんて想定もしてなかったから、桜の季節になったら公園が観光客で溢れかえるんじゃないかって心配もしてるみたい」
「マルセールからソボク村に行くだけでも観光になるのか」
「魔道列車ですぐに行ける隣村と言えども、列車に乗ったらそれだけでお出かけ気分だからね。それにほら、魔道列車の乗客も増えるから、運行本数増やしたら収入も少しは増えるでしょ?」
「でも客はお年寄りが多くなるんじゃないか? 満席になったとしても、魔道列車の利益は乗客一人当たり片道3Gくらいだぞ」
「「え……」」
こう聞くと少ないと思うだろ?
でも一日で計算すればそれなりの額にはなるから不思議だ。
「魔道列車ってそんなに魔力消費量多いの?」
「運賃の半分が魔力消費分で、2割は町や村への税金。一区間の運賃20Gとして、六十歳以上の人は元々の運賃から20%割引だから利益は約3G」
「「……」」
「魔力消費はあくまで路線全体で計算してだから、マルセール⇔ソボク村間だけで考えるならもう少し少なく計算してもいいかもしれないけどな。それに遠くから来てくれるのならその区間分の利益も増えることになるし」
「……プラスにはなるってことだよね?」
「今の計算は満席時で最も利益率がいい場合の話だ。乗客数が少なければもちろんマイナスになる。具体的に言うと……」
「いや、そこまで言わなくていいや……。私なんかが口出してごめんね……」
別に口を出したってほどではないと思うが。
「じゃあさ、セレニティーナの本当の狙いはその魔道列車の税金による村の収入アップにあるかもしれないってこと? 税金はマイナスになることはないもんね……」
「狙いって……。友達を悪いやつみたいに言うなよ」
「だって……。今の話聞いちゃうとそう思っちゃっても仕方なくない?」
「あの人が無理に運行本数を増やせって言ってきたことは一度もないから安心していい。ちゃんとウチの利益もわかってる。じゃなけりゃソボク村駅の責任者なんて任せてないから」
「……ならいいけど」
マズいな……。
友人関係に亀裂が入ったらどうしよう……。
ん?
誰か従業員が転移してきたようだ。
「失礼します」
「あ、リョウカちゃん」
リョウカか。
「お客さんってロイス君か~」
「うん。メイナードが切ってるの。どうしたの?」
「ダンジョン探索をお休みの冒険者の方から髪を切りたいと相談を受けたんですけど、美容院のような店は初めて利用するらしく、予約するのも色々と不安がってるんです。なのでできればお客さんがいない今の間に切ってもらえないかと思いまして」
「いいよ。私空いてるから連れてきて」
「ありがとうございます。あ、女性ですので」
リョウカは店の入り口から出ていった。
「そんな特別扱いしていいのか?」
「いや、こんなの初めて。でもリョウカちゃんが言ってくるんだから悪いお客さんではなさそうだしね」
それもそうか。
その冒険者もまだウチに来たばかりなんだろうしこれくらいはいいか。
ダンジョンに入ってないということは怪我でもしてるのかな。
「というか俺がいたらマズくないか?」
「メイナードの練習台になってるって噂になれば好感度も上がるよ?」
「別に俺の好感度なんか上がらなくていいんだよ」
そしてリョウカとお客が入ってきた音がした。
気を遣わせないように寝てるフリでもするか。
「あ、ロイス君だ」
ん?
誰だ?
目だけを動かして鏡越しに声の人物を探す。
「あ、ミオじゃないか」
「え? 呼び捨て?」
「クラリッサは初めて会うか? ミオはカスミ丸の従姉妹だよ」
「あ~~~~。この子が」
いっしょの部屋に住んでることは知ってるようだ。
「ならそんなに遠慮せずに来てくれたらいいのに。カスミ丸さんは普通に来てくれたよ?」
「カスミ丸は王都で美容院くらい行ってただろうけど、ミオはジャポングの山奥から出たことなかったらしいからな」
美容院どころか普通の店に行ったこともなかったらしいし。
ミオは店の中をキョロキョロ見回している。
「ミオちゃん、じゃあこっちに来て。リョウカちゃん、ありがとう」
カスミ丸やリヴァーナさんと美容院の話などしなかったのだろうか。
そしてミオはわけもわからないままクラリッサにシャンプーをされた。
そのあとは髪型カタログ的な端末を見せられている。
すぐに決まったようで、クラリッサがカットの準備に入った。
その間に俺のほうのカットは終わり、再びシャンプーされる。
髪を乾かされてるときに、ふと横からの視線が気になった。
ウサギ二匹が俺を見つめている。
シャンプー担当と掃除担当のウサギだ。
特に仕事を全部取られているシャンプー担当のウサギはどこか悲しそうに見える……。
「どうですか!?」
どうやらこっちは終わったようだ。
メイナードがキラキラした目で俺を見てくる。
「うん、まぁ悪くないんじゃないか?」
「本当ですか!? じゃあお客さん相手に切ってもいいですか!?」
「それは俺が決めることじゃないから。クラリッサとカミラさんに聞いてくれ」
「まだダメ」
「え~~~~っ!?」
「ほかにも従業員の人で練習させてもらってから」
「えっ!? 従業員の人も切っていいの!?」
「許可くれた人だけね」
「うん!」
合格に近い評価は貰えたようだ。
カットが三人体制になればクラリッサたちの負担もだいぶ減るか。
その分ウサギを増やさないといけないが。
でも一人か二人は新しい従業員を入れたほうがいいか。
店員の忙しさにお客も遠慮して、カラーとかあまり利用してないみたいだし。
「髪の色も変えれるの?」
「え? 変えたいの?」
ミオも興味を持っているようだ。
「きれいな色の人多いし」
「でもミオちゃんの黒髪も凄くきれいだよ? 艶があってみんなが羨むと思うし」
「でも普通だし。アイリスさんみたいなのがいい」
「アイリスちゃん? 銀色ってこと?」
「うん。なんかカッコいい」
「確かにカッコいいし、きれいだけど……」
クラリッサは俺を見てくる。
商売なんだから客の要望通りにやってあげればいいのに。
面倒なのかな。
「ミオ、カラーは少し時間かかるから、ちゃんと予約してからな」
「そうなの? わかった。ごめんね」
「違うよ? 時間のことはいいんだけど、この黒髪がきれいだからもったいないなって思っただけだからね?」
カラーをしたところで自分たちの作業が増えるだけで収入が増えるわけではないからな。
「え? ロイス君?」
おっと、俺がクラリッサを疑ってるみたいになってるじゃないか。
まるでさっきクラリッサがセレニティーナさんを疑ってたかのように。
少し雰囲気を悪くしてしまったかも。
「今日は時間あるし、このあとソボク村に行って現地を見てくる」
「え? 急だね……」
「セレニティーナさんや村長さんも俺たちに遠慮して言えないんだろうしな。それにこの前、村全体を魔道化したばかりだし。移住者たちの仕事を増やすことが目的だったとはいえ、それならそのときついでに言っとけよって話だし」
「……じゃあ一度話を聞いてあげて。なんかごめんね……」
ついでに抜き打ちでパラディン隊がしっかり働いてるかどうかも見てこようか。




