第六百四十五話 のんびりしたい
第十三章のスタートです。
オアシス大陸から帰ってきて数日後の2月1日、パラディン隊が正式に設立された。
その準備や挨拶回りのために近隣の村や町に訪問してたせいで少しも休む暇なくずっと忙しかった。
勤務体系を考えるのも大変だったし。
パラディン隊設立から数日経った今でも色々と手探り感が凄い。
ボワールの町にも生まれて初めて行ってきた。
マルセールより寒いのはわかっていたが、なんと雪が降り積もっていた。
あんなに積もってる雪を見たのはノースルアンに住んでたころ以来だ。
魔道列車が繋がれば、雪を気にすることなく移動できるようになるのはかなり大きなメリットだと思う。
だが今はその雪のせいで魔道プレート設置の作業が遅れてるらしい。
まぁそれは仕方ないか。
とにかく、今日はようやくゆっくりとできる時間が訪れたのだ。
朝の受付も終わったので、夕方までとことんのんびりしてやろうと思う。
とりあえず今は管理人室のソファに寝転び、たくさんの画面をただただぼーっと眺めている。
これが俺の理想の管理人生活だからな。
……あの火山での戦いからもう一週間か。
あれはなんだか現実じゃない出来事だったようにも感じる今日この頃。
本当にオアシス大陸に行ってたのかさえ怪しく思えてくる。
全てが夢だったんじゃないかと。
でもボネが魔瘴で苦しんでいたのは事実だし、今もまだ完全には治りきっていないことがなによりの証拠になってしまう。
そのボネは俺のお腹あたりにピッタリくっ付いて寝ている。
ボネはしばらくウチで静養させることになったため、俺が外出する際にもいっさい同行していなかった。
だが俺がウチにいるときは俺から片時も離れようとしない。
風呂も魔物たちとではなく俺といっしょに入るようになった。
俺がトイレに入るときだけはドアの外でジーっと待ってくれているが、気になって仕方ない。
魔瘴のせいか無茶な魔法を使いすぎたせいかはわからないが、声を出したりするだけでもまだ頭痛がすると言う。
魔法を使うなんて以ての外らしい。
だからずっと無言だ。
俺の頭の中に声が聞こえてくるわけでもない。
普通の猫はこんな感じなのかもしれないけどな。
まぁ朝から可愛い猫とこんなにのんびりできるなんて俺は幸せだ、うん。
……そんな俺とボネをさっきからずっと見てきてるやつがいる。
目の前にある小さなテーブルの上にテーブルセットを出して座り、紅茶を飲みながら。
「なにか言えよ」
「……今日はどこにも行かないの?」
「うん。今日はダラダラする」
「そう」
……それだけかよ。
「俺に会うの避けてたよな?」
「え……そんなことないわよ」
「嘘つけ。俺がいないときにカトレアから色々話を聞いてたのは知ってるんだからな」
「アナタが忙しそうにしてるから声をかけづらかっただけよ」
「ならなんで俺が呼んでも出てこなかったんだ?」
「タイミングが悪かっただけよ」
「誤魔化すなよ」
「……なんて言葉をかければいいかわからなかったのよ」
「メタリンのことか? それとも火山ダンジョンのことか?」
「両方。でも無事にボスを倒して帰ってきたんだからダンジョンのことはまぁいいわよね。だからメタリンちゃんやボネちゃんのことね」
「まぁいいって言うけど、倒せたのは本当に偶然なんだぞ? 本当に火山ダンジョンやボスのこと知らなかったのか?」
「知ってたら言うわよ……。それにアナタをナミに行かせもしなかったわ」
「ふん」
「ほら……こうやってアナタが怒ってることわかってたから会いづらかったんでしょ」
「別に怒ってないし。どうせいつかは倒さなきゃいけない敵だったんだし。地震や噴火に怯えることなくぐっすり眠れるのは幸せだなって思ってるだけだよ」
「……きっとオアシス大陸の人たちはみんな感謝してるわ」
「別に俺は感謝されたいわけじゃないからそんなことどうでもいいんだよ」
「少し気を静めなさいよ……。ボネちゃんも安心して眠れないでしょ」
……ボネはジーっと俺の目を見つめてきてる。
だが言葉は発しない。
話さないのではなく、話せなくなったかと思うほどに。
「ボネがいなかったらミオだって死んでた可能性が高いんだからな? それどころか俺たちが着く前に全滅してた可能性だってある」
「それもちゃんと聞いたから……。でもボネちゃんが守ってくれたんだからいいじゃない」
「そのせいでボネは今苦しんでるんだぞ」
「わかってるわよ……。だからできるだけアナタの傍にいるように言ってるんじゃない」
「ん? ドラシーが言ったから俺にピッタリくっ付いてるのか?」
ボネの意思じゃないとなるとなんだか少しガッカリだ……。
「できるだけ大樹かミニ大樹の傍にいるか、もしくはロイス君の傍にいなさいって言っただけよ。アナタがいないときはどっちかの木の下で寝てるわ」
じゃあ大樹よりも俺を選んでくれたってことだな?
可愛いやつめ。
「あ、それで思い出したけど、ダルマンさんのこと覚えてるか?」
「えぇ。少しの間ここに住んでたからね」
「右腕の診察をしてたのはドラシーだよな?」
「もちろんよ。でもアタシのことには気付いてないわよ?」
「そうみたいだな。爺ちゃんの能力としか思ってなかったみたいだし」
「ちゃんと制御できてるかしらあの子。ああいう生まれつきの呪いってボネちゃんがかかってるような魔瘴病とは違って厄介なのよ。そういやあの子ももう三十歳手前なんだってね。確かここに初めて来たときはまだ十代だったと思うけど」
ドラシーにとっては人間なんか生まれたと思ったらすぐに死んでいく感覚なのかもな。
「で、聞きたいことはまだたくさんあるんだぞ」
「はいはい。なんでも答えてあげるわ。……あら? その話はまた今度にしましょうか」
「おい?」
ドラシーが消えた。
なんでも答えてあげると言ったすぐそばから逃げるとは……。
なにか聞かれたくないことがあるのか?
「ただいまでござる!」
ん?
「ロイス殿!? いるでござるか!?」
この声はアオイ丸か?
起き上がり、ボネを抱えて玄関に行く。
そこにはアオイ丸が一人で立っていた。
「帰ったか。お疲れ」
「みんなもいっしょでござる!」
エマたちやティアリスさんたちもってことか。
アオイ丸が外に出たので俺も付いていく。
……あ。
「みなさん、お疲れ様です。……ダルマンさんたちもこんなに早く来てくれたんですね」
「ははっ。みんなの話を聞いてたらすぐに行きたくなってさ。村のほうは任せておいて大丈夫そうだしな。それに俺たちだけで行こうと思ったら移動が面倒だろ? あの船凄いよな。魔道列車も。あ、早速で悪いけど、墓に行っていいか?」
「えぇ。アオイ丸、案内を」
アオイ丸はダルマンさんパーティを連れて家の裏側に行った。
ダルマンさんだけじゃなくてパーティ全員で来たということは、ウチのダンジョンのレベルを確かめてやろうってわけか。
それはそうと……。
「ミオ、体調はどうだ?」
「うん。もう大丈夫」
「そうか。でも無理はするなよ? あとでスピカさんに診てもらうから」
「わかった。……ごめんね。心配かけて」
「心配はしたけど謝ることじゃないぞ」
「うん。みんなも似たようなこと言ってくれた」
この様子だとボネに助けられたことは聞いてないな。
……リヴァーナさんは元気なさそうだ。
帝都で敗北して屍村に向かってたときと同じ感じがするな。
「ダンジョン酒場に行きましょうか。受付横の魔道具で指輪を再発行してください。メネアはそこの窓の前な」
「うん!」
楽しみという感情が顔に出まくってるな。
「私とアリアさんはどうすればいい?」
パラディン隊の仕事に行かなくていいのかってことか?
「今はとりあえず中に入ってください。あとで俺もいっしょにパラディン隊本部に行きますから」
「うん、わかった」
パラディン隊のみんなには、この二人は極秘任務中のため合流が遅れると伝えてある。
当然ながら二人のことを知らない人も多く、とんでもなく強い人たちだと噂されてるのが面白かった。
まぁ強いんだけど。
「ピィ? (ボネ、大丈夫?)」
「ピィ? (まだ頭痛い?)」
「ピィ? (安静にしてないとダメだよ?)」
「モ~(魔瘴病のツラさは本当に地獄だからね……)」
優しいやつらだ。
今日はみんなでいっしょに寝よう。
「エマ、今日は休みでいいからな」
「はい。そうさせてもらいます」
エマもお疲れだろうな。
モーリタ村からリーヌに行き、ラスに行き、やっとここに帰ってこれたと思ったら再びモーリタ村に行ってもらったからな。
あの高台の道全体に封印魔法をかけてきたのだろうか。
……ん?
カスミ丸は道の真ん中でしゃがんでなにしてる?
「カスミ丸? 気分でも悪いのか?」
「違うでござる。しつけをしてるのでござるよ」
「しつけ?」
……あ。
「お前も来たのか……」
「ミャオ」
地震予知ができるチビ猫だ……。
この前俺たちが火山から戻ってきたあとはバビバ婆さんに付きっきりで看病してたらしい。
だから俺が帰るときは会わずじまいだった。
今度はダルマンさんたちが心配で付いてきたのかな。
「あれが大樹でござるよ。絶対に近付いてはダメでござる」
「ミャオ」
「ウチの宿はペットの持ち込みは禁止だぞ?」
「宿じゃなくて魔物部屋で暮らしたいそうでござるよ」
「はぁ? 魔物部屋?」
「ピィ(たぶんご主人様に会いたかったんだと思います)」
「ピィ(私たちが行ったときも、ご主人様も来てるんじゃないかと思って探し回ってました)」
「ピィ(僕たちからご主人様の匂いがするから付いてきたんですよきっと)」
「モ~(ただの猫にも好かれるなんてご主人様はモテモテだね)」
「ミャオ」
まぁいいか。
こいつは賢いし可愛いし、きっとララも気に入るだろ。
……だがやはりというべきか、メタリンの姿はどこにも見当たらない。




