第六百四十話 参戦
いや、本当になんでこんなことになったんだ?
「ゴ(思ってたよりは全然湧いてないな。あいつらが一掃してくれてたおかげだろう)」
なんで俺はゲンさんの後ろを走ってるんだろう……。
「ゴ(そんなに怒るなって。カトレアも苦渋の決断だったんだ)」
というかゲンさんって走れたんだな。
しかも一歩が大きいからか、結構速い。
俺は付いていくのでやっとだ。
こんな状態で攻撃しろと言われても絶対無理。
「ゴ(後ろのことは心配しなくていい。昨日あいつらを見てたが、そこそこ戦えてたぞ? 逃げに徹するのならば死にはしないだろう。モーリタ村で修行してただけの実力はある)」
俺の周りには俺の知らない人たちも多く走ってる。
水道屋に加え、衛兵隊からも二十人ほど同行することになった。
今日この火山にいた見張りの衛兵は、衛兵の中でも実力がある者ばかりを集めてきてたらしい。
その中にはダイフクに怪我をさせられたあの人もいた。
ほかにも俺たちといっしょにサウスモナからナミまで移動した人が四人ほどいる。
ラシダさんはさっきの部屋に残ることになったが、ラシダさんの妹さんはいる。
衛兵ではなくて水道屋としてだが。
「ゴ(お前がそんな顔してると周りのやつらも気を遣うぞ)」
よく走りながら喋れるな……。
それにいつもより饒舌な気がする。
戦いが続いてるせいでテンションが上がってるのだろうか。
でも残念だが、俺に気を遣ってる人なんてほぼいない。
なぜなら衛兵も水道屋もシファーさんの護衛で手一杯だからな。
手一杯というか、自然とそうなってるというか。
そりゃ俺なんかよりはシファーさんを守りたいだろうし。
なんたって砂漠の女神様だ。
引退したとはいえ、女神様への今までの恩は忘れるはずがない。
それに今は強大な魔物に立ち向かおうとしてる。
まさに救世主だ。
水道屋が束になろうがシファーさんのほうが上なんじゃないか?
ってそれはさすがに水道屋をなめすぎか。
でもメネアとシファーさんの二人なら、三十人程度では足元にもおよばないんじゃないだろうか。
「ゴ? (おい、聞いてるのか? カトレアはただボネたちが心配だっただけだからな?)」
「喋ると苦しくなりそうだから喋らないだけだって」
「ゴ(ならいいが。そんなにイライラしても仕方ないぞ)」
別にイライラなんかしてないし。
◇◇◇
ゲンさんが溶岩の間に行きたいというので、まずはカトレアを呼んできて相談することにした。
衛兵たちにはこの場を外してもらっている。
「……そうですか。ゲンさんがそこまで不安になってるということであれば仕方ありませんね」
「まぁ確かに地震がさっきの一度きりだってのもなにか変だしな。一昨日はあれだけずっと続いてたのに」
「マグマスライムの攻撃直後に、一斉攻撃で倒したんでしょうか? それとも……」
「俺は倒すのを諦めただけと思うんだけどな。おそらく噴火も凄かっただろうし、そんなのを間近で見たら誰でも諦めるって。だから今はこっちに向かって帰ってきてる最中で、もうすぐメタリンが先に報告に来る……はず」
「……もしそうならメタリンちゃんはもう戻って来てても良さそうなものですけど」
「どうしようか悩んでしばらく会議してたのかもしれないし。今もまだ会議中かも」
「……溶岩の間に入るなり罠にかけられたという可能性もありますからね」
「国王が見たっていう女性か」
「はい。マグマスライムを手懐けたことも考えないといけません」
「手懐ける? そんなことできるのか?」
「魔族にはそういう能力を持った方がいると聞きます。洗脳のようなものでしょうか。大樹のダンジョンに出現する魔物と同じように命令できる可能性もあります」
「え……それはマズいだろ……」
「マズいと言いますが、大樹のダンジョンで魔物に細かく設定できるのはそのような力を持った先人の方々がいたおかげではありませんか」
「ん? ……もしかして、ララシーって魔族だったのか?」
「……ララシーさんお一人の力で大樹のダンジョンを創ったわけではないということです」
「おい? 今の間はなんだ?」
「とにかく、その女性はマグマスライムを倒していないということです。それが意図的なのか単純に無理だったのかはわかりませんが、ロイス君がみなさんに言ったように、もしその女性がいた場合はまずは疑ってかかるべきです。例え今みなさんといっしょにいようともです。ゲンさん、そのあたりはよろしいですね?」
「おい? 話を逸らしただろ? なぜ魔族であることを隠す? 住んでる場所が特殊なだけであって、同じ人間だろ?」
「今はそのことよりも溶岩の間に行くことが大事なだけです」
「……だな」
なにかスッキリしないが今は揉めてる場合じゃない。
「ロイス君も行きたいんですか?」
「そんなわけないだろ。今ここにいるだけでも足が震えてるんだぞ」
「ですよね。ならゲンさんだけで水道屋のみなさんを連れていってもらうことになりますが」
「ゴ(いいぞ。でも水道屋のみんなはロイスもいっしょに行ってくれたほうが安心するんじゃないか?)」
「言葉がわかるからって意味?」
「ゴ(あぁ。ただでさえ俺はこんな兜を被ってるせいで顔が見えないんだし。まぁ元々表情に出るほうでもないけどな)
「大丈夫だって。今朝もシファーさんとなにか話してたじゃないか」
「ゴ(あいつウチにいたときでも毎朝挨拶に来てたからな。というか本当にあいつも行くのか?)」
「戦闘経験で言えば水道屋もシファーさんもほぼ変わらないだろうし」
「ゴ? (でもそれなら尚更お前もいっしょに行ったほうがいいんじゃないか?)」
「……なんで俺を連れていこうとするんだよ?」
「ゴ(いや……別にそういうわけじゃないんだが……)」
「なんかやっぱりゲンさんらしくないぞ。そんなに不安ならもう出発したほうがいい。カトレアも賛成してくれたんだし」
「ゲンさんはロイス君に来てほしいんですか?」
「ゴ(まぁな。俺がいない間にお前がまた牢屋にでも入れられでもしたら、さすがに今度はピピをとめられないだろうし)」
「俺が牢屋に入ることはもうないから心配しなくても大丈夫だって。……大丈夫だよな?」
「……もし水道屋のみなさんが帰ってこないということになったらわかりませんね」
マジか……。
それも全部俺のせいにされるのか……。
今度は仲間の冒険者や魔物を犠牲にしてまで水道屋を破滅させたとかいう疑いをかけられるんだろうか……。
実はそれが本当の目的だったんだろとか言われて……。
「ピピのやつな、俺が牢屋に入れられたと聞いたとき、衛兵を皆殺しにしてでも俺を助けなきゃって思っちゃったらしいぞ」
「ゴ(そこまでは言ってない)」
「皆殺しとまではいかないまでも似たようなニュアンスだったんだろ? 俺を助けるために、邪魔するやつは全部消すとか。ゲンさんはそれを心配してるんだ」
「……それってロイス君のお爺さんが懸念してたことでもありますよね。魔物になにかあってロイス君が怒るか、ロイス君になにかあって魔物が怒るか」
「だな。もしかしたら爺ちゃんはピピにその危険性があることをわかってたのかもしれない。ピピはずっと俺とララを守ってきてくれたわけだし」
「魔物たちの中でもゲンさんの次くらいに冷静そうなのに、わからないもんですね」
「あの場でボネとメタリンが耐えられたからてっきりほかのみんなも大丈夫かと思っちゃってたよな。現場にいないやつが聞いたらみんなピピと同じように思うのが普通なのかも」
「それほどロイス君のことを想ってくれてるということなのでしょうが、愛情が深すぎるのも考えようということですか」
「魔物だから歯止めがきかなくなることもあるのかも」
「ゴ(人間と魔物という別の種族だからこそ、互いを思いやる気持ちが強くなるんだろうな)」
「なるほどなぁ。カトレアも魔物たちのことになると過保護すぎるところがあるもんな」
「人間と同じ暮らしをするんですから、一番近くにいる私たちが色々と気付いてあげないといけないでしょう。ロイス君しか言葉がわからないからといってロイス君に全部任せるのも違うと思いますし」
「ゴ(そうだぞ。お前一人であの数の魔物のお世話をするのはまず無理だ。ちゃんと礼を言っとけ)」
「俺が世話しなくてもちゃんとみんなで世話し合ってるじゃないか。みんな家族が増えることに喜んでるしさ」
「ゴ(それは魔物に理解がある人間があそこにはたくさんいてくれるからだ。もしお前だけだったらみんなもっとバラバラに行動して、一か所に居着くなんてことはまずないと思うぞ)」
「ふ~ん。魔物たちはカトレアたちが面倒見てくれるおかげで仲良く生活できてるんだってさ」
「それなら良かったです」
「ゴ? (なぁ、もうそろそろ行っていいか?)」
「え? あ、そうだったな。じゃあ水道屋呼んでくるから」
「ちょっと待ってください」
「なんだよ?」
「……やっぱりロイス君も行ってください」
「は?」
「だってボネちゃんやメタリンちゃんになにかあってたらどうするんですか? あの子たちがピンチのときに頼れるのはロイス君なんですよ? ハリル君の声だってロイス君にしか聞こえてなかったじゃないですか。もしロイス君しか気付いてあげられないような状況になってたら……。それにロイス君が近くにいたほうがゲンさんもボネちゃんたちも力が発揮できるんでしょう?」
「……本気で言ってるのか?」
「はい。それなら牢屋に入れられる心配もありませんし」
「いやいや……。ここにいて牢屋に入れられるより俺が死ぬ確率のほうがよっぽど高くなると思うんだが……」
「でもその代わりボネちゃんやメタリンちゃんが生き延びる確率も上がります」
「……俺は行かない」
「行ってください。ハリル君とワタちゃんと猫ちゃんは私が見ておきますから」
「絶対に行かん」
「絶対に行ってください。ゲンさん、ちゃんと守ってくれるんですよね?」
「ゴ(任せろ。ついでにこの武器でマグマスライムも倒してきてやる)」
「……」
なぜ俺に拒否権はないのだろうか……。




