第六百三十九話 再噴火
……収まったか。
「戦いが始まったってことかな?」
「だと思います。でもこんなに近くだとこれほど揺れも大きいんですね……」
「こんなのがしばらく続くと思うと心臓に良くないよな」
「でもこの子がいてくれるおかげで心の準備ができて助かりますね」
「ミャオ」
この地震予知ができるチビ猫、本当に便利だな。
ん?
シファーさんやオアシス爺さん婆さんが戻ってきた。
「今の地震が一番大きかったぞ!」
「これまでのでってことですか? 地下遺跡より少し近くなったからじゃないですかね」
「これくらいの距離でそんなに変わらんわい! あやつら、大丈夫じゃろうか……」
「今ので倒すのは無理と判断して逃げてきてくれるのならそれはそれでいいですけど」
「でもそれじゃ根本的な解決にはならんからの……」
じゃあ爺さん婆さんも行ってこいよ。
バビバ婆さんは行ったのに。
「ゲンさんはまだ戦ってました?」
「いや、疲れたのか飽きたのか、地震がある少し前からもう堂々と座っておる」
「魔物は襲ってこないんですか?」
「うむ。そんなにすぐ湧いてくるってわけでもないし、見られても鎧の置物と思われてるのかもしれん。人間にしては大きすぎるしの」
岩だからニオイもあまりしないだろうしな。
「おっと、ここにいたのか」
あ、ラシッドさんじゃないか。
「今の地震ヤバくない?」
ナスリンさんたちもいっしょのようだ。
「どうされたんですか? 食料調達のために冒険者全員に召集がかかったと聞いてましたけど?」
「俺たちは別だ。あの三人も上に来てる」
ナミ三人衆のことか。
「水道屋もいっしょだ」
「水道屋? ……なぜ水道屋さんがこんなところにまで?」
「もうあと一息、最後の一押しってところで倒せそうなときに後悔したくないからな」
マジか……。
溶岩の間へ行くつもりってことだよな。
「ちなみに何人くらい来てるんですか?」
「三十人だ」
「三十……多いですね」
「動ける人には全員来てもらった。でも決して強制はしてない。戦闘経験はそこまでない人がほとんどだが、水魔法の腕は確かだ。このまま助けてもらってばかりじゃ先祖の名を汚すことになるという思いの人ばかりなんだよ」
思いだけではどうにもならないけどな。
「でも正直、溶岩の間に辿り着くのも厳しいと思いますよ。この階層の敵とラシッドさんたちとでは少しレベルが違いすぎるかと」
「できるだけ戦わないように、逃げることを優先して素早く移動するつもりだ。俺たちの目的はマグマスライムを倒すことだからな」
「そんな甘くはないと思いますが」
「やってみないとわからないだろ」
まぁそれはそうだが。
「じゃあ俺はとめません。どうか生きて帰ってきてください」
「え? いっしょに行ってくれないのか?」
「は? ……俺がですか?」
「だって、じゃないとゲンさんが動いてくれないんじゃないか?」
「は? ……ゲンさんに頼るつもりだったんですか?」
「じゃないと俺たちが辿り着けるわけないんだろ?」
いやいやいや……。
なんて自分勝手な人なんだ……。
「ゲンさんの仕事は俺の護衛なんですよ? だからここを離れるのは無理です」
「だから管理人さんもいっしょに行こうって言ってるんじゃないか」
「俺じゃこのダンジョンは無理ですって」
「いや、管理人さんなら大丈夫だ。対魔物の身のこなしは水道屋の連中よりも断然いいはず」
「はずって……。それなら俺より動けない水道屋のみなさんが心配になりますけど……」
「走って逃げるからいいんだ。後方から敵が来たらみんなで水魔法をぶっ放して近付けないようにするから。ゲンさんには後ろのことを気にせずにどんどん進んでほしい」
「……ゲンさん一人で敵をどうにかできるとでも思ってるんですか?」
「ゲンさんでもどうにもならないんならさすがに諦めるから」
どうにかはなっちゃうと思うが……。
でもゲンさんのことをよほど信頼してるようだな。
昨日地上の休憩場所にいるときに親交を深めたんだろうか。
「どうする?」
カトレアに聞いてみる。
「ダメに決まってるでしょう。ロイス君はもちろんゲンさんだけもダメです。ゲンさんはこの火山よりももっと大きなものを守ってるんですからね」
「だよな」
ラシッドさんもカトレアにはなにも言えないようだ。
「……私も行くから、ダメ?」
「は?」
なぜシファーさんまで行く気になってる?
「その……私もいたほうが少しは戦力になれるかなと思って」
「あれだけ嫌がってたのに?」
「だってそれはこわかったから……。でもゲンさんの戦いを見てたらなんだかこわさも薄れてきたというか……」
「それは完全に気のせいです。この階層の魔物はとんでもなく強いです。ウチのダンジョンで言うと、今後作る地下五階、いや、地下六階相当のレベルです。ゲンさんがそれより強いってだけですから」
「……そんなに強いのならゲンさんもみんなといっしょに行かせたら良かったのに」
「だからゲンさんには大樹の森を守るという使命があるんですって。つまりこんな危険な場所では俺を守ることが最優先なんです。もちろんほかに仲間の魔物がいれば別ですが、今は誰もいないでしょう? ワタとハリルに俺の護衛を任せろと言うんですか?」
「……」
シファーさんだってそのことはわかってるはずなのに。
さっきの地震のせいで不安になってるのか?
どうしてもメネアを助けに行きたいと言うのなら俺は別にとめないぞ。
ハリルは不安そうに足元から俺を見てくる。
ケンカをしてるとでも思ってるのかもしれない。
ワタは地震で飛び起きてからずっと俺のお腹に張り付いている。
よほどこわかったのだろう。
「取り込み中のようだが、いいか?」
あ、衛兵隊長はまだダンジョン内にいたんだな。
てっきり隣の部屋から上に戻ってるものかと思ってたぞ。
「なんですか?」
「いや、ゲンさんがなにか言ってて、たぶんロイス君を呼んできてくれと言ってる気がしてな」
「……わかりました。ありがとうございます」
席を立ち上がり、ワタとハリルとともにダンジョン内に向かう。
シファーさんが泣きそうになってた気がしたが、気付かないフリをした。
ゲンさんは衛兵たちがいるすぐ壁際にいた。
ダンジョンにこんなきれいな鎧の置物があったら違和感しかないが。
「呼んだ?」
「ゴ(様子がおかしい気がする)」
「おかしいってなにが?」
「ゴ? (地震もさっきの一度きりだ。マグマスライムが暴れているのならもっと地震が起きそうじゃないか?)」
「う~ん。噴火が発生するような強い攻撃のときにだけ、地震も発生するとか?」
「ゴ? (なら今はどういう状況だと考えればいい?)」
「マグマスライムが魔力を回復しきれてない状態で戦ってるか、戦闘をしていないかのどちらかかな」
「ゴ? (戦闘をしていない状況とは?)」
「みんなが逃げたか全滅したか、もしくはマグマスライムが魔力不足で全く攻撃できないか、もうマグマスライムを倒したか、のどれか」
「ゴ(メタリンにはすぐ報告に戻ってくるように言ってあったよな?)」
「戦闘中に戻ってこないだろ。それに戻ってくるにしてもまだ早いと思うけど」
「ゴ(そうか……)」
「なに焦ってるんだよ?」
「ゴ(いや……全滅したんじゃないかと不安になってな……)」
「もしボネの封印魔法が破壊されてもメタリンだけは戻ってくるって。メタリンにはマグマの熱さもそこまで関係ないんだし」
「ゴ(そうなんだが……)」
「……まさかゲンさんも行きたいとか言わないよな?」
「……ゴ(いや、俺はお前を守るとあいつらに約束した。例えあいつらが帰ってこなくても……)」
おい……。
ボネとメタリンのことがめちゃくちゃ心配になってるじゃないか……。
「……ゴ? (途中まで迎えに行ってもいいか?)」
「は? なんだよ途中までって……」
「ゴ(帰りは疲れて大変だろうし……)」
「……行きたいのか?」
「……ゴ? (すまん。少し見てきていいか?)」
少し見てくるってなんだよ……。
「はぁ~……。わかったよ。でも途中までじゃなくてちゃんとみんなと合流してくれ」
「ゴ(おう。全滅してたら死体は回収してくる)」
「その場合は残ってない可能性が高いけどな。それと、ついでだから水道屋の人たちも連れてってくれ」
「ゴ? (水道屋?)」
「上に三十人も来てるらしいんだよ。自分たちもマグマスライムと戦いたいとか言って。ラシッドパーティやナミ三人衆も。それにシファーさんも行きたいとか言い出してさ」
「ゴ(ふふっ。いい心意気だ。前は俺に任せていいが、死ぬ気で付いてこいと言っておけ)」
なんでこんなことになったんだろう……。




