第六百三十七話 ミオ対三匹の鳥
ミオは氷の上を器用に滑っていく。
崖の上に比べると霧も薄い。
すれ違うガイコツドッグたちはミオに気付くも、急転回はできないのかそういう命令なのか、そのまま崖を目指すことを選択している。
そのとき、上空で凄い音が聞こえた。
上は霧でハッキリとは見えないが、リヴァーナの魔法が壁に当たった音だろう。
おそらく土魔法と風魔法の合成魔法。
それを何発か放ってるようだ。
そのおかげか、氷が降ってこなくなった。
もしプチダークドラゴンがあの魔法に当たってたら無事ではすまないだろう。
そして前方からは戦いの音が聞こえてきた。
視界に入ってきたのを確認し、一度足をとめ、様子を窺う。
メタリンと灰色の鳥が戦っているようだ。
脇には黒い鳥もいる。
白い鳥はその二匹の鳥の後ろで羽をパタパタさせている。
その向こう側に、大きな氷の塊もうっすらと見えている。
霧が薄いということは、あの女に気付かれるということだ。
だがもちろんミオは女を攻撃する方法も色々と考えていた。
両手にクナイを持ち、ゆっくりと近付く。
しかし、ミオは異変に気付く。
氷の塊の上に、あの女の姿がない。
瞬時に探知を発動する。
……いない。
騎士タイプの魔物は壁伝いに回り込むようにして来たと言っていた。
もしかしたら今女は端のほうに移動してるのかもしれない。
ミオはこれをチャンスと考え、すぐに氷の上を滑り出した。
少し右にズレるように動き、右手に持ったクナイに風魔法を纏わせ、白い鳥を狙って投げる。
すると黒い鳥が攻撃に気付き、白い鳥の前に移動してクナイを斜め後ろに弾いた。
「コケッ!?」
だがすぐあとに左手で投げていた二投目のクナイが黒い鳥の体に突き刺さった。
一投目と軌道が重なっていたことと、魔力が込められていなかったことで認識できてなかったのかもしれない。
「キュ!」
メタリンがミオに気付きなにか言ってるが、ミオにはその言葉が理解できない。
だから気にすることなく、黒い鳥に向かって今度は手裏剣を投げた。
後ろには白い鳥がいるから避けることはできない。
黒い鳥は自分で弾くことを選択したようだ。
魔法防御専門というわけではなく、物理防御にも自信があるのかもしれない。
だが手裏剣は黒い鳥の直前で左に曲がった。
「ケコッ!?」
そして灰色の鳥の背中に刺さった。
それを見たメタリンがすぐに体当たりで灰色の鳥を吹っ飛ばした。
「コケッ!?」
黒い鳥の腹には二本目のクナイが刺さっていた。
さっきと同じように手裏剣を投げたあとの軌道に乗せただけなのに、どうやら手裏剣を目で追ってしまったようだ。
腕も手裏剣とは逆の腕で投げてるのに、この鳥はバカなんだろうか。
なんてことを思いながら、ミオは少し先の氷上に土魔法で足場を作り、そこを踏んで一気に黒い鳥に飛びかかる。
そして黒い鳥が間近まで近付いてきて、首を斬ろうと短剣を構えたときだった。
「うっ!」
左真横からなにかが飛んできてミオの体にぶつかった。
ミオはその衝撃で吹っ飛ばされ、氷の上を頭から滑らされることになる。
だがどうにか短剣を氷に突き刺し、むりやりとまることに成功した。
「はぁ、はぁ……」
ミオは突然のことになにが起きたのかわからない。
灰色の鳥が襲ってきたのか?
だがあの鳥はメタリンによって吹っ飛ばされてたはず。
「キュ?」
「えっ?」
氷の上でうつぶせになってるミオの前にメタリンが現れた。
「キュ?」
「え……もしかして今の、メタリンちゃん?」
「キュ」
「……なんで?」
「キュ」
メタリンは向こうを見ろと言ってるようだ。
「……あ」
黒い鳥がいた場所、そこに大きな氷が出現していた。
黒い鳥と白い鳥はさっきとは違う場所に立っている。
見間違いではない。
大きな氷の塊が二つに増えてるからだ。
「……あの氷はあの女が?」
「キュ~」
違う、あの白い鳥だ。
と言ってるのがミオにもわかった。
「キュ」
「……じゃああれはミオを狙っての氷魔法ってこと?」
「キュ」
「……」
白い鳥はミオが黒い鳥に接近して攻撃する瞬間を狙っていた。
上空が霧で見えないことを利用し、あんな大きな氷を準備して待っていた。
メタリンがいなかったらと考えるとミオはゾッとした。
「さっき、それを教えてくれようとしてたの?」
「キュ」
「そっか……ごめんね」
「キュ」
もう少しちゃんとメタリンの目を見ていれば、なにか罠があることくらいは気付けたかもしれない。
アリアもダルマンに言われてた。
相手は接近戦対策も考えてる、迂闊に近付いては相手の思うつぼだと。
じゃなければメタリンはとっくに三匹の鳥を倒してるはずだと。
よく見ればあの氷もマグマスライムなんかではない。
白い鳥によって魔力で作られた、ただの氷だ。
だから女があの上にいないのも当たり前だったんだ。
周りにはほかにも大きな氷の塊がある。
メタリンが黒い鳥を追い詰めた数の分だけあるのかもしれない。
ミオは自分が思い上がっていたことに気付かされた。
ここまで来るダンジョンでCランク以上の敵と互角以上に渡り合えてるという自負があったせいもある。
でもそれは全部仲間がいたおかげだったんだ。
自分はまだまだ弱い。
一人ではなにもできない。
大樹のダンジョンで期待の新人としてもてはやされているのも、全部リヴァーナのおかげだったんだ。
ミオは途端に虚しい気持ちになった。
目からは自然と涙がこぼれ落ちていた。
泣いてるつもりはないのに、どんどんと涙が溢れてくる。
目を瞑り、氷に顔を付けてもとまることはない。
氷が冷たいかどうかもわからない。
「キュ」
ミオの顔にメタリンがピッタリとくっ付いた。
「キュ」
それは凄く温かかった。
氷の冷たさは感じないのに、なんでメタリンはこんなに温かいのだろうか。
メタリンが着てる防具のせいもあるかもしれないが、人の温もりのようなものに思えて仕方ない。
人じゃなくて魔物だけど。
ミオは自然と心が落ち着いていくのを感じた。
「……ミオが泣いたこと、ロイス君には内緒だよ?」
「キュ~」
「……いじわる」
「キュ……」
冗談が伝わってないのかと思って困惑するメタリン。
「ふふっ。いいよ、言っても」
「キュ……」
ちゃんと冗談として伝わってたことに逆に困惑するメタリン。
「ロイス君はね、ミオはもっと遠距離攻撃を鍛えたほうがいいって言うの」
「キュ?」
「そのほうが危険が少ないからだって。せっかくクナイや手裏剣をそんなに上手く扱えるんだから、遠くから安全に攻撃してたほうが楽だろって言うの。それに魔物に近付いていく間にも攻撃できたほうが効率的だろって」
ロイスらしい考えだとメタリンは思った。
「でも威力が弱ければなんの意味もないとも言うんだよ? ミオが、牽制にはなるからって言っても、牽制目的じゃない本気の攻撃だったら敵はもっと嫌だぞって言うの。確かにそれはそうだけど、そこまでの威力がないから牽制で使うんでしょ?」
ミオがこんなに喋る子だったことを初めて知ったメタリン。
いつもボソッと一言程度しか喋らない素っ気ない印象しかなかった。
こうしてる間にも敵が襲って来ないか心配になり、周囲を警戒する。
「だからロイス君が色々考えてくれたの。クナイや手裏剣の強度を上げたり魔法を付与したりするために、ミスリルと魔力プレートで作ってくれたりね。それも何十本とだよ? しかも余った素材の切れ端で作ってるし、職人たちも実験がてら作ってるから無料でいいって言うんだよ? そんなわけないよね?」
ミオに甘いロイスなら言いそうだなと思ってしまうメタリン。
「カスミちゃんが、同じ物欲しいってロイス君に言ったら、買えって言われてたし……」
「キュ……」
「だからいくらかわからないけど、ミオも買うことにしたの。でもお金ないことを知ってるから、ローンで一日50Gを二~三か月払い続けてくれればいいって。冒険者カードから勝手に天引きされてるんだよ? でもミオはカスミちゃんと同じ部屋に住んでて宿代がかからないから、みんなの宿代に比べたらかなり安いんだよ?」
ミスリルの武器は確かどれも1万Gを超えてたような……。
クナイや手裏剣は小さいとはいえ、それを数十本となると……。
メタリンはそれ以上考えるのをやめた。
「しかもね、職人たちがまた新しいの作ったから試しに使ってみてくれとか言って、改良したクナイや手裏剣を次々にくれるんだよ? テスト段階の物だからこれはタダでいいって言うの」
甘い、甘すぎる……。
そりゃあララやマリンに色々言われてるわけだと納得してしまうメタリン。
だがすぐに、それほどミオの才能を見込んでのことだと思い直す。
「キュ」
「え?」
「キュ」
「……そうだよね。ここまでしてもらってるんだから結果で示さないとね」
なんとなく伝わったようだと安心するメタリン。
「クナイに風魔法を纏わせて速さを上げることでクナイによる物理的な威力も上がるでしょ? でも敵が魔力障壁を使ってきたら簡単に防がれるかもしれないってことはロイス君も想定してたの」
「キュ?」
「うん。私の風魔法自体はそんなに威力があるわけじゃないからね。だからさっきみたいに一投目を囮にする方法も考えてたってわけ」
「キュ」
「うん。事前に色々想定しておくことは大事だよね」
ロイスは凄いんだぞと誇らしげになるメタリン。
「でもただ想定してるだけよりも、やっぱりこうやって実際に経験してみると全然違うね。アイデアが色々と浮かんでくるもん。だからもう出し惜しみはやめた。どうせロイス君がまた新しい武器くれるし」
「キュ?」
ミオはゆっくりと体を起こし、立ち上がった。
「今度こそ全力でいくね。メタリンちゃんは私の周りを警戒してて」
「キュ?」
「大丈夫。次は失敗しない」
ミオは足場を土魔法で固めたあと、手裏剣をそれぞれの手に二枚ずつ持った。
視線の先にはこちらを警戒する黒い鳥と灰色の鳥、その後ろに白い鳥。
白い鳥は崖のほうを向いて羽をパタパタさせている。
前の二匹の鳥は傷を負ってるはずだが、そのことをいっさい感じさせない佇まいだ。
「ふぅ~」
ミオは一息吐いたあと、両方の手を交互に二度ずつ凄い速さで振った。
四枚の手裏剣が弧を描くように、鳥たちの左右と上空斜め方向から飛んでいく。
ミオは続けて素早くクナイを二本投げた。
なんとそのうちの一本のクナイは燃えている。
続けてさらに手裏剣を四枚投げる。
クナイの炎は相手に近付くにつれてどんどん大きくなっていく。
あとから飛んでいった手裏剣のうちの二枚も燃えているようだ。
大きな炎は弾かれ、近くにあった大きな氷の塊に激突しそのまま氷は割れた。
そう思った時にはまた大きな炎を伴ったクナイが鳥たちに迫っていた。
すると今度は上空から大きな氷が落とされた。
これまでの攻撃で黒い鳥が致命傷を負ったか、白い鳥が今の状況を危険と判断したのかもしれない。
もしくはミオが炎の後ろに隠れていると思ったのかもしれないし、大きな炎のあとに飛んで来るであろう二投目のクナイを防ぐためかもしれない。
だが大きな氷は炎の影響があったのか、すぐに溶けた。
その先には黒い鳥がふらふらになりながら立っているのが見える。
灰色の鳥の姿は見えない。
そしてその黒い鳥に向かっていく二投目、計六投目として投げられたクナイ。
そのクナイはこれまでのクナイとはなにかが違っていた。
火魔法や風魔法を纏っているわけではない。
一見するとこれまでの二投目と同じように投げただけのクナイにも見える。
黒い鳥はそのクナイを弾こうとする力も残っていないのか、まともに正面から受け止めた。
刺さりはするだろうが後ろに行かせることはないと考えたのだろう。
だが無残にも、クナイは黒い鳥の体を突き破った。
クナイはそのまま、後ろにいる白い鳥にも命中。
さらには白い鳥の体にも穴が開き、クナイは後ろの大きな氷の塊も破壊して真っ直ぐ飛んでいった。
黒い鳥が倒れ、白い鳥も倒れる。
白い鳥の隣に、灰色の鳥が倒れてるのが見えた。
黒い鳥も灰色の鳥も、最後まで白い鳥を守ろうとして死んでいったのだろう。
「……実は白い鳥が一番ほかの二匹を守ってたんだよ」
「キュ?」
「あの広範囲の雪や氷を降らせることで二匹を守ってたの。ミオを攻撃してきたあの大きな氷も黒い鳥を守るため。灰色の鳥はメタリンちゃんの攻撃を食らっても大丈夫なくらい頑丈だから、白い鳥は黒い鳥を守ることを優先したの。家族で言うと、白がお母さんで、灰色がお父さん、黒が息子さん。そう考えたらなんだか納得できない? あ、色的には黒がお父さんで灰色が息子さんなのかなぁ。って三匹とも似てるようで種類が違うんだっけ」
ミオが言った例えになるほどと思ってしまったメタリン。
家族だったらみんながみんなを守りたいと思うはず。
でもなぜ娘ではなくて息子なんだろう。
それに白がお父さんの可能性もあるんじゃないだろうか。
そんなことを考えてる間にミオが鳥たちのほうへ歩いて行くので慌てて付いていく。
「見て。やっぱり黒が息子さん。お母さんが守るように、抱きしめるようにして上から覆い被さってるもん」
「キュ……」
「可哀想だけど、こればっかりは仕方ないよ。この鳥たち、大樹のダンジョンにもいる敵かな?」
「キュ~」
「いないっぽい? どっちにしても魔石は頂かないとね。新種だったらロイス君喜んでくれるだろうし。また今度ダンジョンで戦おうね」
ミオは最後にそう言って、レア袋に死骸ごと収納した。
「あ、最後に投げたクナイ取ってきてもらっていい?」
「キュ?」
「あれ一本しかない特殊なやつみたい。アイリスちゃんとカトレアちゃんとララちゃんが苦労して作ったやつだから大事に使えって言われてるの」
「キュ?」
「あのクナイは持つところより先が回転するようになっててね、付与されてる風魔法を利用して一瞬で凄い回転数になるの。風魔法は回転させるときに使うだけから、投げたときにはただの回転するクナイってわけ。ミオが風魔法で速度上げようとすると干渉して回転数が落ちるかもしれないからそのまま投げろって言われてたの。まさに魔力障壁を使ってくる敵向けの武器でしょ? まぁ普通の敵にももちろんかなり有効だけど。持ってるだけでも危険だから取り扱いには注意しろってさ。振動でまだ手の震えがとまってないもん」
「キュ……」
結局ララもなんやかんや楽しんで作ってそうだ。
炎のクナイも気になるところだが、あれもおそらくララの火魔法を利用しているのだろう。
だがクナイのこと以上に、メタリンはミオの実力におそろしさを感じていた。
灰色と黒の鳥には手裏剣やクナイが刺さりまくっていた。
自分が倒せなかった相手をいとも簡単に、しかも遠距離攻撃だけでほぼ三匹同時に倒してしまうとは……。
ロイスに、ミオに負けてるじゃないかと言われたらどうしよう……。
そんな不安とともに、ミオの頼もしさも感じつつ、クナイの回収に向かうメタリンであった。




