第六百三十六話 霧の中での戦い
次々と崖を駆け上がってくるガイコツドッグ。
プチダークドラゴンは相変わらずこちらに近寄ってくることはなく、あちらこちらに出没し適度に火を吐いている。
まるで霧の濃さを調整しているかのように。
上空からは先ほどまでより威力を増した氷が降ってきている。
「くっ……今は耐えろ!」
ダルマンたちは霧の中から突然目の前に姿を現す白い骨の魔物に苦戦していた。
ティアリス、グラシア、デルフィの三人は魔力障壁で手一杯。
その三人の周りを囲むように陣形を作る。
前の中心にダルマン、左にアリア、右にミオ。
左横にメネア、右横にヒューゴ、後方にガボン。
ダルマンも守るだけではなく、左手の剣や、盾で殴ったりして戦っている。
一方、バビバ、メンデス、ソロモン、そしてリヴァーナは、物理攻撃で戦うみんなのサポートに回っていた。
「あ~! これじゃキリがないよ! メタリンちゃんも孤立しちゃってるし! 早くどうにかしないと!」
リヴァーナがイライラして大きな声を出す。
「まずこの霧を晴らさんことにはどうにもならないね。誰かなにかいいアイデアないのかい?」
バビバが全員に問いかける。
「こちらも火魔法を使いましょう! 霧なんてしょせんただの水滴です!」
ティアリスが叫ぶように言う。
「リヴァーナ! この杖使って!」
ティアリスはリヴァーナに向かって杖を投げる。
「これ一本だけ!? ほかにはないの!?」
「火山で火魔法を使うことになるなんて想定してなかったんだから仕方ないでしょ! ミオちゃんとソロモン君も火魔法でリヴァーナに続いて! 私が風魔法で適当に散らすから!」
そしてリヴァーナはダルマンの横に出て、前方広範囲に火魔法を放ち始めた。
ミオは右、ソロモンは左、威力はリヴァーナほど出ていないが、ガイコツドッグにもそれなりに効果はあるようで敵の勢いは少し弱まった。
「よし! 薄くなってきてる! その調子だ!」
ガイコツドッグの姿もさっきまでより離れた場所から見えるようになってきた。
だがガイコツドッグの数が減る気配はない。
「私が下に降ります!」
アリアが言う。
「ダメだ! 一人じゃ無理だ!」
すぐにダルマンがとめる。
「大丈夫です! リヴァーナさん! 下の氷の上に土魔法で足場を作ってください!」
「やめろ! 死ぬ気か!?」
「相手は魔道士です! 接近戦にさえ持ち込めば勝算はあります!」
「メタリンちゃんに対しての対応を見ろ! 相手は接近戦対策も考えてる! それこそ相手の思うつぼかもしれない!」
「くっ……」
アリアは遠距離からの攻撃ができない自分を腹立たしく感じた。
「ここは一旦退くぞ! 相手に合わせる必要はない! とりあえず来た道を」
「新手の敵だ!」
ダルマンの声を遮るかのように、後方にいるガボンが大きな声をあげた。
「壁伝いに回り込んできた! 騎士タイプが二体いる! 誰かヒューゴのフォローに入ってくれ!」
「簡単には逃がさないってわけか……。アリア、頼む」
「……はい」
アリアはヒューゴの元へと加勢に行く。
「どうすればいいんだよ……」
ガイコツドッグと戦いながら、ダルマンが嘆くように言う。
「ミオが行く」
「……やめとけ」
「小さいころから霧の中での修行はたくさんしてきた。まずあの三匹の鳥を始末する」
「……やれるのか?」
「うん。メタリンちゃんもいるし、ミオは氷上でも問題ないし。むしろ相手のほうが不利になると思う」
「……リヴァーナ、いいのか?」
「うん! こうなった以上はそれがベストっぽい! 上空の氷やドラゴンは私がなんとかするから上は気にしないで行ってきて!」
「うん。本気出す」
二人の会話を聞き、とめることを諦めたダルマン。
ロイスからは、ミオとリヴァーナは本来二人だけのパーティだと聞いた。
しかもまだ組んだばかりで、結成から一か月も経ってないとも。
なにやらミオは忍者とかいう一族の末裔で、その忍者はミオ以外全員情報屋として活動しているらしいではないか。
ジャポングという土地柄、それまであまり魔物とも戦ったことがなかったという。
だがこのダンジョンの道中で見てきたミオからはそんなことは微塵も感じず、まるでもう長年強い魔物と戦ってきてるとしか思えないような戦いぶりだった。
魔物の気配を探るのも上手いし、自分たちのパーティにミオがいてくれたらどれだけ楽だろうかとも思った。
ここまではクナイによる遠距離攻撃が目立ちがちだが、忍者は素早さを活かしての接近戦が最も躍動できるらしい。
まだ本気を出していなかったようだし、それなら託してみるのもありかもしれない。
ミオはダルマンの様子を窺っている。
一応ダルマンの答えを待ってくれているようだ。
「わかった。頼むぞ」
「うん。ここは任せたから」
そう言ってミオは霧の中に消えていった。
氷の上に飛び降りたか、崖を下りていったかまでは見えない。
「……任せた、か。ふふっ」
まだ自分の半分ほどしか生きてない子供にそんなことを言われ、つい笑ってしまうダルマン。
「よし! メンデス、ミオがいなくなった分のカバーは頼んだぞ!」
「もうやってるって。ダルマン君ももっと倒してよ」
メンデスは半分呆れながら言う。
一方、後方ではガボン、アリア、ヒューゴの三人が二体の魔物と戦っていた。
敵の一体は、足先から頭まで比較的きれいな鎧装備に身を隠し、右手に剣、左手に盾を持っている。
だが背中部分には大きくヒビが入っている。
もう一体は、全身ボロボロの鎧に、両手には大剣を装備している。
その鎧の隙間からは、つい目を背けたくなるような色や形状をした皮膚や骨が見えていた。
「アンデッドだ! 首を落としたくらいでは死なないから油断するなよ!」
「はい! でも鎧が厄介ですね……」
「アリアに任せろ! お前は俺たちのサポートとガイコツドッグを頼む!」
ガボンが二人に指示を出す。
「……アリアさん?」
だがアリアの動きは完全にとまっていた。
「どうされましたか!?」
「……」
ヒューゴの問いかけに応えることもなく、アリアはぼーっとしている。
「アリアさん!?」
「……え? ……すみません」
アリアは気を取り直したのか、ヒューゴと入れ替わるようにして前に出る。
そして片手剣の敵と相対した。
……だがアリアは敵の攻撃を防ぐので精一杯といった感じだ。
「アリアちゃん!? アンデットが苦手なの!?」
見かねたグラシアが声をかける。
「……仲間なんです」
「仲間!?」
「……私と同じ騎士隊の……パール王国の騎士隊の」
「「「!?」」」
「まだ三か月くらいしか経ってないのに、もうアンデッドになってるなんて……」
「もっと昔の人かもしれないでしょ!?」
「いえ、鎧の型でわかりますから……。それにそっちの大剣を持ってる方……私とずっといっしょに戦ってきた先輩です。大剣使いは珍しかったですし、構え方も戦い方も先輩で間違いありません」
「「「……」」」
思わず手を緩めてしまうガボン。
そのせいでアリアと同じように防戦一方になってしまう。
そのときだった。
「「「「あっ!?」」」」
ガボンが相手をしていた大剣使いが炎に包まれた。
「アンデッドは燃やすか浄化するかだよ」
いつのまにかガボンの近くにバビバがいた。
その手には、先ほどまでリヴァーナが持っていた杖が握られている。
バビバは続けて数発火魔法を放つ。
そして敵は完全に動きをとめた。
「アンデッドは人間ではない。体内に魔石が生まれた立派な魔物だ」
「「「「……」」」」
「このあともあんたの仲間だったやつらが次々と襲ってくるかもしれないよ? その中にはもしかしたら親だっているかもしれない」
アリアの手がとまる。
それを見たヒューゴが敵の攻撃を咄嗟に剣で受けとめに入った。
そしてガボンが横から思いっきり斧を振るう。
敵は吹っ飛び、そのまま壁に激突した音が聞こえた。
アリアの目からは涙が溢れている。
「ここであんたが死ねば、あんたもアンデッドになるかもしれないね。あんたなら強くて立派なアンデッドになるんじゃないか? そしてあんたはこのアンデッドたちと同じ行動を取らされることになる」
壁に激突した敵はすぐに起き上がったようで、再び霧の中から姿を現した。
先ほどのガボンの一撃によって盾はどこかに飛ばされたようだ。
さらに左半身の鎧が破壊されたことにより、その部分からはアンデッド特有の肉や骨が見えている。
「戦わないなら邪魔だから先に死にな。アンデッドになる前に燃やしてやるからなにも心配することないよ」
そしてバビバは向かってくる敵に対して火魔法を放つ。
敵は左手の盾でガードしようとするものの、その手に盾はない。
火魔法は鎧が破壊された部分に命中し、そこから鎧の中まで広がり体全体が燃え出した。
それでも敵はこちらに向かってゆっくりと、よたよたと歩いてくる。
「……私は、みんなの分も生きるって決めたんです」
アリアはそう言うと、剣を握り直した。
そして敵に近付き、まずは右腕、次に左腕、そのあとは首と、全て鎧ごと斬り落とした。
「私たちの鎧、こんなに脆かったんですね……。いや、この剣が凄いのか……」
それでも歩いてくる敵に対し、剣の先で胸を軽く押し返した。
すると敵は後ろに仰向けで倒れた。
「グラシアさん、浄化をお願いしてもよろしいですか?」
「……うん」
「そっちのせんぱ……アンデッドもお願いします。このあと同じ鎧を着たアンデッドがどれだけ出てきたとしても、もうこれ以上の浄化は必要ありませんから……」
アリアの目からは涙がとまらない。
バビバ、ガボン、ヒューゴはもう次のアンデッドと戦っていた。




